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4.カントの町

解体して凍らせたフォレストウルフをドンドン馬車に積み込んでいた最中。

向かっていた方角から何台もの馬車がやってきて、サラさんやダンさんと同じ格好をした兵士達が馬車から飛び出して走ってきた。

ん?何事だろうと首を傾げて今に至る。




「あっ!いけない!狼煙弾使ったんだったねえ!」

「はは!そうだったな!おーい!!すまなかった!!制圧は済んだ!!獲物を運ぶのを手伝ってくれーっ!!」


ダンさんが声を張り上げる。

はは、駆けつけたみんなに安堵の空気が流れたね。

駆けつけた人達からすれば空振り。

そんな形になったけれど、そんな事を咎めようとする人は居なさそうだ。

仲間が無事ならそれでいいじゃないってスタンスなのかな。


「さて、俺は事情を説明してくるか」


ダンさんは応援に駆けつけた仲間たちの元へ走っていった。




回収が済んだら再び馬車は出発。

ちなみに全部内臓まで取り出すのは流石に時間が足りず、大半は血を抜いて凍らせただけの状態。

下手すると抜ききってない死骸もあったみたい。


今度は馬車の御者台に御者のトムさんとサラさんが座って、私はサラさんの膝の上。

荷台が死骸でパンパンで乗っていられないからやむを得ずだ。


馬車が壊れたり、はたまた馬がこんな積載量で本当に馬車を引けるのか心配したけれど、そんな私の表情を見た御者のトムさんが、


「こいつらはそこいらの貧弱な馬とは違うから大丈夫だぞ!まぁ馬も車体もギリギリ、無事町に辿り着いたらこいつらには餌を奮発してやらなきゃな!」


とカラカラ笑っていた。

馬車ってそんなに荷物が運べるんだ…




「ところで荷台に満載したこいつらはどうするだい?一部始終を見てたけどよ、動きを封じ込めて雷でビカーッと身体を麻痺させたお嬢ちゃんのものだぞ、上位種もトドメ刺してたしよ。だよな?」


トムさんの言葉にうんうんと頷くサラさん。

うーむ、私がどうするか決めなきゃいけないのか。


「遠慮しなくていいよ?狩ったヤツの当然の権利ってやつさ。貢献度的に文句なしでお嬢ちゃんのモンだよ」


ふーん、そういう物なんだね。

とは言え処理は全てみんなにやって貰ってしまった以上、私が総取りは流石に気が引けるかな。


「あ、じ、自分は、やっつけただけで、かっ、解体したのは皆さんなので…みんなで……な、仲良く四等分しましょう」

「そうかそうか、ありがとうね。ダンもトムさんもお嬢ちゃんに感謝だね?」


サラさんの言葉にトムさんはにやけながら口笛をぴゅーと吹く。




暫くしてトムさんが、


「しかしよう、いつまでも『お嬢ちゃん』ってのもなぁ。思い出せないならよ、思い出すまでの仮初めの名前でも付けたらどうだい?」


と言った。

そうなんだよね。

確かに自分でも不便だなとは思う。


「あ、そ、そうですね……なっ、何が良いかな…」


名前。

自分の名前を決めるって何だか変な感じだなー。


ふとある名前が浮かぶ。


「『アメリ』…アメリと、な、名乗ります」

「へえ、アメリかい。良い響きだね」


サラさんがそう言うと、トムさんも言い聞かせるように私の仮初めの名前を口にした。


何だろう。

全然しっくり来ないけどふと浮かんできた名前。

仮初めの名前はアメリ。


「差し詰め『黒の魔法使いアメリ』って感じだな!中々格好いい二つ名だ。黒の魔法使い…か!」


トムさんは手綱を握ったままうんうんと頷いている。

二つ名?ちょっと格好いいかも!


「こんな可愛い女の子にそんな格好いい要素なんて!本当に無粋な男だねえ!」


サラさんがそう言うとトムさんが笑いながら言葉を返す。


「じゃあサラは何かあっと言うような妙案があるのかよ?」

「んー、思いつかないねえ…」

「なーんだ、じゃあいいじゃないか」


私の名前も決まったところで今度はカントの町について説明を受けた。


ちなみにカントの町の人口は500人程らしい。

住んでいるのは半分以上が人間族だと言っていた。

種族の分布について詳しく聞いてみると、どうやら獣人族や魔人族、精霊族等多種多様の種族がひしめき合って細々と暮らしているらしい。


国境が近いと言うだけが取り柄らしい。

通っている街道は旧街道のみ。

良くも悪くも国境付近というだけで、これといった特徴がない町。

一応国境警備と検問所の当番で領都から兵士達がやってくるから辛うじて町が成り立っているらしい。


昨今、町にやってくるような手合いはルート的に通行をやむを得ない商人か傭兵が旅の途中で町に滞在する程度の静かな町らしい。


サラさんもダンさんも検問所の当番がない日は町周辺に現れる魔物をやっつけるのが殆どで、たまに楽な日だとプラプラと町の中の巡回をしたりしているらしい。

魔物がひしめく世界は平和に暮らしてゆくだけでも一苦労なんだね。




それでも遠くに見えてきたカントの町は人口の割には随分と大きな町という印象を受けた。

ぐるりと古めかしい、ところどころ欠けている石造りの塀で覆われているのが遠くからでも分かる。

そして一基だけ大きな風車が町の中心と思われる場所でゆっくりグルグルと回っている。




「ようこそカントの町へ!とは言っても見ての通りなーんもねえド田舎だ」


皮肉交じりに笑いながら言うトムさん。

サラさんも笑う。

はは、この辺の人達は田舎という事にネガティブさは無いんだね。

むしろ、そんな田舎なカントの町が好きって感じだ。


「違いないね!大昔は交通の要所としてそれはもう人で溢れかえって栄えたらしいけどさ、今ではこの通り時代に置いていかれた平和で長閑な町だよ」


なるほどなるほど、塀の中に入ってみると殆どが農地。

こうして収穫した作物をお金にしている訳だね。


「の、長閑ですね…」

「長閑さなら掃いて捨てるほどあるな!」


トムさんがケラケラと笑う。




馬車は一旦町に入ってちょっとの広場で止まる。


「ま、とりあえずあたしの部屋にでもきなよ。宿舎なんだけどね」


サラさんがそう言うと、ダンさんが別の馬車から駆け足でやってきた。


「隊長には俺から報告しとく。とりあえずお嬢ちゃんを部屋まで案内してやるといい。サラも疲れただろう、金の分配や隊長への紹介は明日するとして今日はそのまま休め」

「悪いね。そうさせて貰うよ。ちなみにお嬢ちゃんは仮初めの名前って事で『アメリ』と名乗ることにしたよ。『黒の魔法使いアメリ』さ」


そう言って私を抱き抱えたままサラさんはひょいと馬車の御者台から飛び降りた。


「アメリか。覚えやすく良い名前だな。響きもいい。」


ダンさんがニコッと柔らかに微笑んだ。




サラさんに手を引かれるままにやってきたのは二階建ての建物だった。

ここに駐留する兵士達の宿舎という事だったが、思いの外綺麗に維持されている。

汗臭さとか薄汚れた感とかがまるでない。


お日様は丁度てっぺんあたり。

多分みんな仕事中なのか建物の中は人気がなく、シーンと静まり返っている。




「ず、随分と……し、静かですね…」

「みんな仕事中だからね、とりあえずゆっくり昼寝でもしようかね」


そう言いつつサラさんは数あるうちの一つの扉に手をかけた。


ふむふむ、部屋の中はベッドと大きめのチェストが2つずつか。

それ以外は家具らしい家具はない、質素なんだなぁ。


「さ、入って入って。うちの部隊、女は私しか居ないから贅沢に一人部屋なんだよ。そっちの左側のベッドを使っていいよ」

「お、お邪魔します…」


扉を閉めるとサラさんは着込んでいた装備品をガチャガチャと外してベッドの足下に無造作に置いてゆく。


まぁ一時的な宿舎って言ってるし、こんなモンかな?

寝泊まりするのに不便はなさそう。

とりあえず立ったままぼんやり見ているのも悪いね…

このチェストは使ってもいいのかな。

ベッド…座ろうかな。


ベッドはフカフカしていて、横になりたい誘惑が襲いかかってきた。


「でも…その、私の身辺調査とかもなく…しゅ、宿舎に入れてしまって良かったのですか…?」


そうだよ!いくら良い人たちとは言えどさ?

サラさん達にとって、はたまた私自身にとっても私という人間はどこの馬の骨かも分からない小娘だよ。

万が一私が凄腕スパイ的な物騒なヤツだったらどうするつもりなの?


「身辺調査ぁ?仮に敵国の諜報員とかだったらさ、設定がぶっ飛びすぎてて意味不明だよ!アメリ、どう考えたって遠い国から来た使用人だろう?ははっ!」

「そ、それは…確かに…」


ま、まぁそれもそうだ…

諜報員とかだったらもっと一般人に溶け込むに決まってる。

片や私は余所者丸出しでちびっ子の使用人。

これで本気で潜入しようとしてるなら馬鹿とか阿呆とかいう次元ではないね…


「何よりあんなにさ、ブルブル震えてあがって怖がって涙目になっているのに、あたし達を助けてくれたんだよ?戦利品だって仲良く山分けだなんてさ。アメリは悪い子じゃないでしょ」


えへへ、そう言って貰えるとちょっと嬉しい。


サラさんはチェストから楽そうなワンピースタイプのルームウェアを取り出し、着ていた服を脱いで着替え始めた。

私も黒いワンピースの中に着ていたのが白いネグリジェのような楽なモノだった事に気がつき、エプロンや黒いワンピースを脱いで丁寧に畳んでチェストのふたの上に置く。


はぁ、益々眠くなってきたね。


「えへへ…そ、そう言って貰えると、うっ、う、嬉しいです」


自分で身辺調査とか言ってたのが笑えてきたな。


「はは、まぁとりあえず休もうよ、ほら!」


サラさんが窓の鎧戸を閉める。

部屋の中は薄暗くなり、鎧戸の隙間から差し込む光が真っ直ぐに部屋の中を照らす。

お互いに「おやすみなさい」と声を掛け合いベッドの中に潜り込む。

暫くするとサラさんの方から規則的な寝息が聞こえてくる。

検問所で徹夜してた上にあんな大勢の魔物と戦ったんだ、多分相当眠かったのだろう。

私は思考の海に沈み込む。




検問所でルーカスさんが言ってたように、第二の人生を楽しむのも良いかもしれないね。

何よりどう言うわけか私自身、己の過去を積極的に思い出そうっ!という気分があまり湧いてこない。

過去を思い出せない事に焦燥感みたいな物が全然ないんだよね、これがまた。


ひょっとして思い出さない方が良いって事なのかな。

うーむ、記憶喪失って案外こんな呑気な感じなのかね?

それとも過去の自分がそんな風に警告しているのかもしれない。


このまま気ままに一人旅なんて良いかもしれないね。


少なくともあんなに大勢の魔物を一遍に弱らせる力は持っている。

魔法は本当に多彩。

身体能力を向上させたり、相手を拘束したりするくらいお手の物…多分。


使える魔法の種類はそこまで知らない…?

いや、思い出せないのかな?

良く分かんないな。


それにサラさん達には言えずにいるけれど、私は物を別の空間に仕舞っておける力が使える。

フォレストウルフの死骸をあんな風に馬車に満載にする必要があるという事は、おいそれと誰でも使える力ではないんだろう。

そう考えると何となく考えなしに魔法でもないこの力について言えなかった。


魔法使いの一人旅。

そうだ、傭兵とやらになって世界中放浪してみるのもいいかも。

旅が出来る道具や食料を揃えて。


そんな旅の途中で過去を知れたのなら儲けものだしね。

そう考えるとワクワクしてきた。


黒の魔法使いアメリの気ままな旅。

そんな気楽な旅暮らしも悪くないかな。


その前に、この使用人みたいなお仕着せ。

まるでメイド見習い。

替えた方がいいかな…?




面白かったという方はブックマークや☆を頂けますと幸いです。

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