39.何者
護衛の旅もついに岩場に突入。
フレヤさんみたいに注意喚起つきの挨拶がしたい私。
しかしそんな時に限って誰ともすれ違うことなく今に至る。
ちなみに今日は岩場を抜けてから野営をするらしい。
流石にこんな上から襲われそうな所じゃテントは張らないか。
ふーん、まぁ別に期待してた訳じゃないけどさ?
注意喚起する前に岩場抜けちゃいそうだなー。
いや、抜けてからだって注意喚起は出来るけどさ?
何かもう明日とかになったらどーでも良くなってそう。
やりたい熱が高いうちにやりたかったなーなんてさ?
いやーマジで残念だなーなんて。
そんなブー垂れてた私についにその機会が!
向こうに片膝を立てて岩に腰掛けた魔法使いみたいなラフな格好の人が居る!
イザベラさんもフレヤさんも知らんぷりしてくれてる。
メイソンさんは当然護衛される側、挨拶係じゃないから知らんぷり。
ぐふふ、舞台は整ったよ!!
じゃああのにーちゃんに近づいたら注意喚起しよう!!
「こんにちは!森でき、昨日盗賊に襲われたので…警戒して下さい…!」
ふふん、どーだ!?
私でもスラスラと言えただろう!?
「ふふ、どうしたの急に。練習に余念がないわね!」
「ははは、アメリさんやる気マンマンですね!そんなに挨拶したかったのですか?」
イザベラさんとフレヤさんに笑われた…?
ん?なんだなんだ?
「え?いやいや、あちらにいらっしゃる方に…」
「誰もいらっしゃらないと思いますが…誰かいらっしゃるのですか?」
メイソンさんまでポカンと!
なんだこれ!馬鹿にされてんのか!?
馬鹿にしてないのはロバのフーリーちゃんだけだよ!
私は注意喚起しちゃいけませんって事かっ!
これはプンスコと言わざるを得ぬだよ!?
「いっ!いますよ!います…!」
「ちょっと!腹いせかなんか知らないけれど、怖いこと言わないで頂戴。誰もすれ違わないからって今度はお化け?」
「え?いやいや!い、いらっしゃいますよ!?えっ…お化けっ…!?」
辞めて辞めて!ちょっと辞めて下さいよーっ!
私だけしか見えないお化けだっての!?
えー…?ちょ、ちょっと声かけてこよ!
絶対生きてる人だよ!ってかそうであれ!
「あの…!こんにちは!!」
座っていた人と漸く目が合う。
「まさか隠蔽している姿が見えるとはな」
「あ、あの…お、おお、お、お化けの方ですか…?」
うわぁ…どどど、どうしよう…?
生きてる人じゃ無かった…?
「アメリちゃん下がりなさい!!闇の奥、幻影の仮面、見定めし真実の焔!ファイアヴェイン!!」
イザベラさんの声と共に発動する魔法。
マズい!…のか?
とりあえず護衛せなっ!
慌ててメイソンさんの目の前まで跳躍した。
私から見れば何も変わらないけど、これは皆からも姿が見えるようになったって事かな?
「はは、流石炎姫といったところか!お見事だな!」
「あなた、魔法協会の差し金ね?」
「ま、そんな所だ」
「今更魔法協会が何の用?あなた達のしょうもない草の根活動のお陰で傭兵組合の組合員へのスカウトは全面禁止になったハズよ。坊やが産まれる前の話だけれどもね」
ま、魔法協会?
イザベラさんをスカウトしに来たのか?
少なくとも穏やかなスカウトでは無さそう。
「今回あんたには興味がねえ。俺はそっちのメイドに興味がある」
イザベラさんが雑魚ってか?
このにーちゃんさぁ、ちょっと実力を吹かしてない?
イザベラさん、めちゃんこ強いよ?
ん?私に興味があるって言った?
この中でメイドは…私しか居ないわな。
「えっ…わ、私…ですか?」
「出来れば穏便に。場合によっては手荒に。こっちとしては素直に首を縦に振ってくれると助かるんだがな」
こ、こういう場合どうするんですかね…?
「熾炎の輪舞が闇を彩る!現世と虚構の交わる深淵!無慈悲なる灼熱の力が全てを灰と化す!禁断の叡智を今ここに!クリムゾンサークルッ!!」
イザベラの詠唱とともに魔法協会のにーちゃんがどす黒い火柱に包まれる。
どひゃー!こりゃ凄い威力!
ってこれ…灰も残らず死んじゃうやつでしょ…
こっちから手を出した形になっちゃうよ…
しょ、証拠隠滅ってヤツか…!?
振り返るとフレヤさんもメイソンさんも顔を引きつらせてる。
魔法協会ってそんなに怖いものなのか?
イザベラさんは…イザベラさん…
みんな固まってる…
違う、何かされてるんだこれ。
え?何か詠唱した?
あわわわ…!
「あわわ…な、何をしたんですか…?」
「おいおい、それも無効ってか…マジかよ」
それがマジなんすよーこれ…私は動ける。
どどど、どうするどうする?
っていうかさっきの凄い魔法が全く効かないって…!
結界的な何か?
さっきから何も詠唱してないぞ…?
なんだなんだ?
魔導具的なやつ?知らんけど…
と言うかこの魔法協会のにーちゃん。
あれだけされたのに、それでもこの魔法協会のにーちゃんからは殺気を感じない。
「ここを通るのを待ってたんだぜ。破落戸も一発で蹴散らせる。空の魔物も正確に一撃。隠蔽もマヒも全く効かない。メイド、お前は魔法協会に来い」
魔法協会のにーちゃんがこ、こっちに来る…!
あわわ…、なんだなんだ?
狙って私のスカウトに来たのか?
何でここを通って知ってたの?
「い、嫌です…!私はフレヤさんと旅を…」
「なるほどな。フレヤっつーのはそこのハーフリングだな?よしっ、じゃあフレヤとやらを殺せば…」
心の底から一気に爆発する感情。
私自身の怒りともう一人の私の怒り。
コイツはダメだ、敵だ。
気が付けば私は杖を握り締め、地面を蹴って魔法協会の敵に襲い掛かった。
「はは、こちとら身体強化の魔法で底上げしてるのに苦戦だ!益々気に入った、お前は魔法協会に入れ!」
「ふざけるな…フレヤさんに指一本触れてみろ…」
コイツ私の攻撃をナイフみたいなやつで全部捌いてる…!
魔法協会ってこんな武闘派ばっかなの?
あー、こんな時に剣の一本でもあればな。
『
マギアウェルバ
火よ火よ 光よ光よ
この身に今こそ革命を
立ち上がる民衆の足音は
止むことを知らない
高揚する傀儡
アドレナリンレボリューション
』
『
マギアウェルバ
風よ風よ
落ちる前に舞い上がれ
一陣の風をこの身に宿せ
天使と舞い踊れ
メディオクリスコーラス
』
とは言え泣き言を言ってる状況じゃない。
こっちも身体強化で力の底上げをしないとだ。
早口モードで手早く。
ズバッと事態を解決できそうな魔法があればいいんだけど、こんな崖や岩場では私の攻撃魔法は危ない。
無防備なフレヤさん達に落石なんてあったら守りきれない。
あー、くそ…だから岩場は忌避させるんだね。痛いほど理解したよ。
「これはしんどいな!益々気に入った!漆黒の無限へと続く闇の刃、翳りの中から現れん、シャドウブレイド!これでどうだ?」
魔法が来る…、違う!フレヤさんにだ!!
まずい!!
卑怯なヤツだな!!
『
マギアウェルバ
火よ火よ
ゴウゴウと沸き起こる
燃え盛る狂喜をこの身に宿せ
狂気の歓喜
ハイパボリカ
』
魔法は大丈夫、でもアビスランパードを全員にかける余裕はない!
フレヤさん達の方で守らないとダメだ!防戦に徹するのか…
幸いアイツの魔法はフレヤさん達には効いてない。
ハイパボリカの勝ちだね、一安心だ。
「結界のようなものか?それでもそっちのお荷物の方に行ったという事は物理攻撃までは防げないという事だな!」
流石に見抜かれたか。
アイツ、懐からなんか出した。
なんだ?何が始まる?
「コイツは取っておきだ!精々楽しんでくれよ!」
黒いガラス玉?
そんなガラス玉から禍々しいという表現が最適な黒い霧のような物が出てきた。
毒霧?いやいや、アイツも巻き添えを喰らうからそれはない。
「魔界から連れてきた下級デーモンのお出ましだ!やれ!」
私の前に姿を現したのはまるでゴブリンのような人型の魔物のような何かだった。
肌の色は灰色、ボサボサの長い髪の毛はくすんだ白。
そんな髪を掻き分けて額から上に向かって突き出す長い角。
ボロっちい布を纏ってるだけ。武器はなさそう。魔法で戦うのか?
ただ一つだけハッキリしてる事がある。
もう一人の私が…警鐘を鳴らしてる。
それくらい目の前の下級デーモンとやらはヤバいやつなんだ。
大丈夫だよ、もう一人の私。
後でフレヤさんには私が謝っとくから全力でどーんと行こう。
あなたのまだ隠してる全部、私に託して。
お願い、私…まだフレヤさんといっぱい冒険がしたいよ。
『
マギアウェルバ
光よ光よ
民を導くその手に握る棒は
悪を討ち滅ぼす聖剣となる
成し遂げろ未来の英雄
フラグメンアニモ
』
杖を異空間収納に仕舞って代わりに両手に出てきたのは魔法謹製の光の剣。
二刀流…扱えるっ!
「フレヤさん…全力を出す私を…ゆ、許して下さいね」
下級デーモンとやらから視線が外せない。
ボサボサの髪からチラッと目が見えた。
鋭い目が私の姿を捉える。
次の瞬間、下級デーモンは大地を蹴った。
全身がゾワリとする。もう下級デーモンは私の目の前だ。
下級デーモンの長い爪からは黒い光が放たれる。
闇属性の魔法が付与されてるのか?
光の剣でどうにかいなすけど、身体が重い。
なんだこれ…弱体化でもかかってるのか?
頭の中に浮かんできた技、もう一人の私の知識だ!
『ライティングシフト!』
フラグメンアニモで出した光の剣が二本とも激しく光る。
魔法じゃない…?なんだこれ?今はそれどころじゃない!
身体に感じていた重さが徐々に無くなってきた。
この場の属性が光に支配されたんだ。
それでもこの下級デーモンが弱体化したわけじゃない!のか?
超高速の爪による斬撃技、回避し損ねた何発かが私の身体に焼け付くような苦痛を与える。
い、痛い…!
この第二の人生が始まって以来、初めて感じる痛みだ。
突然身体の奥底から一気に恐怖が湧き上がって溢れそうになる。
痛い痛い痛い…痛い!
痛くて痛くて怖い!!
今、命のやりとりをしてるんだ私…
今までそんな感覚無かった。
もう無理、お願いだからもう辞めて…!
それでも私を休ませる気など毛頭ないようで、下級デーモンの攻撃はまるで威力を落とさない。
『ライトフラッドッ!!』
無意識に光の剣でバツを書くように交差させて空を切る。
目が焼き付きそうな激しい光の激流が下級デーモンを押し返す。
無意識じゃない…もう一人の私だ。
ごめんね、臆病風を吹かせちゃって。
『
マギアウェルバ
大地よ大地よ
急がば回れ
急ぐ阿呆は足元を掬われる
底無しの大地
マディスワンプ
』
下級デーモンの吹き飛んだ先の地面を泥沼にする。
これで少しでも足を…かかった!!今だ!!
『
マギアウェルバ
大地よ大地よ
土の精霊を出し抜く事は出来ない
お前の足音は大地を鳴らす太鼓が如く
大地を震わす律動
フットスタンプ
』
フットスタンプは初めて使う魔法。
でももう一人の私は確信してる。
決定打にならずともこれで一時的に時間が出来ると。
フットスタンプの衝撃は物凄いようで、下級デーモンは見えない何かに踏みつけられて泥沼の中に深く突き刺さってしまった。
いつまでも時間が出来た訳じゃない。
さて、ここからどうする?
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