33.炎姫
イザベラさんの傭兵登録は案の定無事。
私達『魔女っ子旅団』の仲間入りを果たし、今に至る。
イザベラさん、別れの挨拶でもあるのかなーなんて思ったけど、特に挨拶したい人は居ないと仰ってる。
いやいや、いくらなんだってさ、さすがに一人や二人くらいは居るでしょうよ?
「挨拶?特別挨拶したいような相手はいないわ」
「あの、私達……あとはする事もありませんので、気を使っているのであれば、別に構いませんよ?」
フレヤさんの言うとおりだね。
そんな気を使うことなんて無いのになー。
私もそう思ったけど、フレヤさんもさすがに、別れの挨拶回りみたいな物はあるだろうと思ったようで、イザベラさんに挨拶について尋ねた。
その結果、イザベラさんはそう言いながら首を横に振ったのだ。
いやいや、信じられん!
「この町は昔から人間族ばかりなの。だから若い頃からの知り合いなんてみんな死んじゃったわ。その辺のおじいさんすら幼い頃を知ってるの。挨拶をしたい人はみんなお空の上よ」
エルフの寿命は詳しくは知らないけど、長命だっていう知識はぼんやーりと頭の中に残っていた。
エルフのイザベラさんと、その他大勢の人間とでは時間の流れがあまりに違うんだ。
あまりにかけ離れてゆく時の流れ、そうか……段々と知り合いも作りたく無くなるね。
「そうでしたね……確かにベルーガは人間が多いですからね」
「その通り。今年、百歳になったけれどね、まだ人生の三分の一よ?そろそろこの町も潮時かなって思っていたの」
旦那さんだけじゃない。
仲の良かった人達も、次々に先に天国へ行っちゃうんだ。
長寿って良いなって考えなしで思ったけど、ちょっと考え物だね。
「エルフの方なら尚更でしたね、ハーフリングの私達でさえ200年は生きます。年を重ねる毎に周囲の短命種とは没交渉になりがちですもん」
「そういう事。精霊族や魔人族が全然居ないのよ、この町」
フレヤさんもまだまだ生きる。
私、フレヤさんをおいて先に逝っちゃうんだ。
それは……イヤだな。
いやいや、そんな死ぬまでフレヤさんと一緒にいる訳じゃ……
うーむ、モヤモヤが消えない。
挨拶する相手なんていないとなると、本当にする事が無い私達。
じゃあ、とりあえず一旦町の外へ出て常設依頼でもこなすかという事になった。
イザベラさんはいつの間にかサッと狩人のようなスタイルに早変わり!
弓なんて斜め掛けにしちゃって様になってるのなんの。
胸が強調されてて女の私でも目のやり場に困るよ!
たわわな胸を見てたらイザベラさんにウインクされちゃった。
美人は本当にこういう仕草似合うなー!
聞けばイザベラさん、この数十年間、殆ど町から出なかったようで、町の門番をしていた元同僚の兵士さんもイザベラさんが狩人みたいな格好をして町から出て行こうとする様子に相当驚いていた。
「ええっ!?イ、イザベラさんっ!?そんな格好して……どうしたんですか!?」
「珍しいですね?イザベラさんが町の外へ出るなんて!」
あーそうか、この人たちはイザベラさんが仕事を辞めたことすら知らないんだ!
「私ももう百歳、人生の三分の一が過ぎたからそろそろ旅に出ようかと思ったのよ。だからさっき仕事辞めて来ちゃった」
『さっき道端でお金拾っちゃった』みたいなノリだ。
兵士さん達、飲み込むのに時間がかかったね。
だよなぁ、ずーっと働いてたらさ、もうずっとそこに居るもんだと思うよねそりゃ。
「えっ!?や、辞めたんですか……!?」
「そうよ、旦那だって死んで何十年も経っているんですもの。いつまでもマルゴー辺境伯家の好意に甘える訳にもいかないわ」
そんな風に言って肩を竦めてウインクを送るイザベラさん。
こういう仕草似合うなぁ。
「そ、そうですか……出立は…!?」
「明日よ。今日は肩慣らしがてら、久方ぶりの傭兵仕事ね。ほら、フレヤちゃんアメリちゃん、行くわよ!」
あっとっと、ズカズカ行っちゃった!
「あっ!待ってくださいよ!し、失礼します!アメリさん!」
「え、あ、は、はい!」
フレヤさんも置いていかないで!
兵士さん達、あわあわしてるけど……良いのかな?
「ブランクが有りすぎて心配だ」と、しきりに言っていたイザベラさん。
でも弓を駆使したファイアアローで難なく魔物を射止めていた。
最早私に戦闘で出番はなく、フレヤさんとひたすら採集に没頭。
「たまには的当ても悪くないわね」
何も居ない方向に向かって矢をセットせず弓を引くイザベラさん。
またその姿がよく似合っていること!
的当て……言葉選びが格好いいなぁ。
私だと何だろうね?
うーむ、杖でぶん殴る……たまには……撲殺……素振り?うー?
ダメだ……!
純度の高い暴力女にしかならない。
「百発百中ですね!矢も消費しませんからお財布に優しいです」
「ふふ、お財布と子供には優しい女なの」
フレヤさんはやっぱり安定して金銭面で感心してる。
イザベラさんも言うことがいちいち格好いいなぁ。
私もセクシーな魔女になった暁にはそれ言おうっと……
「ま、いくらお財布に優しくても、火魔法は使い勝手が悪くてね。うっかり大火事だから煙たがられる。風とかの方が何となくエルフらしくて良かったなって思うわ」
「か、格好いいじゃないですか……!ゴーって……!」
「アメリちゃん若いわね。こんな魔法、何の気なしに森の中で使えば放火魔、ダンジョンで使えば息苦しくて全滅。強いけれど難儀するわ」
え?あ、あー……確かに!
「ふふ、火魔法の魔法使いは単独で行動するのはなかなか難儀しそうですね」
「上級のクリムゾンサークルなんて使おうものならもう大変。私なんて、単にあちこち火をばら撒く厄介者よ」
適性がある魔法以外の威力はしょぼいんだっけ?
火属性かぁ、確かに緑豊かな大地で使うにはちーとばかし微妙かも。
とは言え格好いいよ!
常設依頼で捌けるものを異空間収納へ仕舞い込み、夕暮れ前になって私達は町へ戻った私達。
相変わらず私だけは通行料として大銅貨一枚を支払う。
イザベラさん、そう言えば長年住んでいた宿舎を引き払ったから今晩の寝床がない。
そんな訳で白虎亭で私達の部屋にイザベラさんを泊める交渉を、フレヤさんが担当する事に。
白虎亭へ入ると、フレヤさんが声をかける前にいつものおばちゃんから声をかけてきた。
「あら!イザベラさんじゃないかい!珍しいねえ!」
「ミラちゃんお久しぶりね。ふふ、お婆ちゃんのゾラの若い頃そっくりになったわね!」
「あはは!まぁ孫だからねえ!」
あ、おばちゃんはミラさんって言うんだ。
お婆ちゃんそっくりって事は、やっぱり代々ここで白虎亭を引き継いでやってきたんだ。
「で、どうしたんだい?魔女っ子旅団の2人と一緒だなんてどんな風の吹き回しだい?」
「私ね、明日この町を出ることにしたの。魔女っ子旅団とね」
飄々とそう言ってのけるイザベラさんの言葉に、くわっと目を見開くおばちゃんことミラさん。
イザベラさん、挨拶する人なんて居ないなんて言いつつ、旅に出る発言を聞くと割とこんな反応をする人が多い。
「な、なんでまた……!?」
「私ね、百歳になって人生の三分の一が経ったの。旦那の墓参りでもしてから、次の人生を見つけようかなって」
「そうかい……ま、そうだよね。でもイザベラさんが居なくなるとさ……みんな寂しいよ」
ミラさん、目が潤んでる。
なんだよ、みーんなから愛されてるじゃん。
「なあなあ!イザベラさん旅に出るんかい!?」
「バズの坊やじゃないの。ふふ、あんな可愛かった坊やが今じゃ立派なおじさんになったわね」
「いやー立派になったのはこの腹と禿頭だけだよ!いやいや、そんなデブだのハゲだのはどうだっていいんだよ!旅に出るのかい?」
酒を呷っていたおじさんまで来ちゃった!
「そうよ、旦那と過ごした頃に居た人たちもみんなお空の上よ。そうね……旅に出るキッカケがずっと欲しかったのかしら」
「そうか……寂しくなるなぁ。この町の英雄、炎姫のイザベラがなぁ」
慕われてたんだね。
みんな寂しい寂しいってさ……英雄?
ほむらひめ?
なんだなんだ!?
二つ名?格好いい!
こちとら『黒の魔女っ子』ですよ!
「あ、あのっ!え、英雄って……?ほ、ほむっ、ほむらひめ?」
「おっ!魔女っ子!聞きたいかい!?」
「き、聞きたいです……!ね、ねえ、フレヤさん!?」
「ええ!是非是非!」
照れ臭そうに笑うイザベラさんをおいて、バズさんと呼ばれたおじさんとミラさんが我が事のように嬉しそうに語り出した。
今から40年近く昔の事。
この平和なベルーガの町に程近い北東の森で、何の兆候もなく、突如として魔物溢れが起きた事があった。
深夜、突然町に響き渡る不気味な地鳴り。
やがて、奇襲に近い形で押し寄せてきた魔物を前に、住民達はパニックに。
ちょうどその日の夜は、町に駐屯していた兵士が少なかった。
数少ない兵士と傭兵達が慌てて戦いの準備をしていた時、色っぽい寝間着姿の炎姫イザベラが、フラフラーっと町の門の前にやってきた。
その晩、炎姫イザベラは一人で魔物の群れと対峙。
圧倒的な火の魔法で、明け方を待たずして魔物溢れを制圧。
まるで舞を踊るように自在に火を操る炎姫の姿に、いつしか住民達は騒ぐことも忘れ、ただただ炎に照らされたその妖艶な様子に見とれていた。
時のマルゴー辺境伯領主から魔物溢れを鎮圧した褒美を貰うが、全額を領内の孤児院に寄付するよう頼んだ。
炎姫伝説は今でも、吟遊詩人たちが時折酒場で歌って語り継がれている。
というお話。
やばっ!!
イザベラさん滅茶苦茶格好いい!!
私もそういう武勇伝欲しい!!
「単騎で魔物溢れを制圧するなんて痺れますね!そうかそうか、炎姫の話は有名ですが、イザベラさんがその炎姫その人でしたか!」
「旦那が守っていた町よ?そんな町を魔物なんかに滅茶苦茶にされたくなかったの。英雄だなんだってチヤホヤされたけれど、理由はそれだけ。それにやってきた魔物は数が多いだけで、雑魚勢揃いよ?」
そんだけの話なら結構知ってる人も多い話なんだね。
「俺達がガキの頃はよ、親からよく言い聞かされたもんだったなぁ。『今日もこの町で俺達が呑気に暮らせてるのはイザベラさんのお陰なんだぞ!』ってな!」
「はは、そうそう!そうだったねえ。『イザベラさんが居なかったら、あんたは産まれてなかったかもねぇ』なーんてさ」
この町の英雄、炎姫イザベラかぁ。
明日からみんな寂しくなっちゃうんだろうなぁ。
結局そんなイザベラさんから金を取るなんて出来るわけがないっ!という事で、ご厚意によりイザベラさんの宿泊料や食事代はすべてタダに。
周りの人たちからイザベラさんの話を聞きつつ、賑やかに夕食を取り、私たちは部屋へ戻った。
「あら、こんな狭い部屋で寝泊まりしてたのね。これ、ひょっとして、このベッドで2人で寝てたの?」
「ええ、2人とも小さいので、このサイズのベッドさえあれば十分ですね」
「や、野営の時も……く、くっついて寝てますよ」
そうなのだよ。
私とフレヤさんは寝ても覚めてもずっとピッタリ。
なんとお財布に優しいパーティーなんでしょう。
私、お財布とフレヤさんには優しい女なの。
「仲良くて微笑ましいなと思ったけれど、それにしても仲の良さが凄いわね……」
「ふふ、アメリさん可愛いですからね」
なっ!何を言ってるんだフレヤさん!
この2人を並べてたら可愛さなんて一目瞭然でしょ!
「フレヤさんの方が可愛いに、き、決まってますよ……!」
「顔を真っ赤にして何をムキになってるの?ふふ、アメリちゃんったら面白いんだから」
ぐぬぬぬ……からかわれてる!
ま、まぁフレヤさんがクスクス笑ってるから良いかな……?
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