3.初陣
平和にガタゴトとカントの町まで向かっていた私達に牙を剥く狼…魔物の群れ。
サラさんとダンさんの状況はあれよあれよという間に悪化。
私は御者のトムさんと遠くから見守っていて今に至る。
多分自分のこの身体には手を貸せる程度の力がある。
何故か自分でも分かる。
でも私が魔物と?
戦えるの?
…死ぬほど怖い。
っていうか生き物の命を奪うの?
そんな事、私できる?
あれ?魔物はいいのかな?
いやいや、そんな事考える場合じゃないだろ!
自分を拾ってくれた人が苦戦してるのに、ここで助太刀しないでどうするんだ?
「わ、わたっ、私、多分……ま、魔法、使えます…!」
戦った経験なんてあるかどうか分からない。
いや、多分…ない。
でも力があるならやらなきゃ!
「そうか!えっ!?いや、…えっ!?お嬢ちゃん…そんななりして魔法使いか?使用人じゃないのかい!?…子供は危ないからと言いたいところだけど、このままじゃあいつら死んじまう…お嬢ちゃん、いけるか?」
「い…いけます…!やってみますっ!」
いやいや待ってよ自分。
本当に魔物と渡り合える…?
やらなきゃやられる。
命を奪うの奪わないのウダウダ言ってる場合じゃない。
生きるために戦うんだ。
「いよいよとなったら俺がお嬢ちゃんを拾い上げて逃げっから、あんま近くへ行かない。わかったか?」
「は、はい!」
でもでも、魔力とか?そ、そういう感じのやつは大丈夫なの?
本当に大丈夫?
「よしっ!いつでもトンズラこけるようにしとくからよ!頼んだぜ!」
でも…行くしかない!
私は覚悟を決めて止まった馬車から飛び降りた。
膝が震えているのが分かりたくなくても分かる。
怖い。
怖い。怖い。
全然効果がなくて、魔物がこっちに来ちゃったらどうしよう。
膝が笑ってる。
でもここでやらなきゃみんな死ぬ可能性もある。
モタモタ考えている場合じゃないんだ。
魔法を使うんだと覚悟を決めると、突然右手に杖が現れた。
古めかしい木の杖。
捻れて捻れて先端がフックみたいになってる。
うわっ、この杖…血痕が…!?怖っ!!
どこから出てきた?
いやいや!今はそんな事はどうでもいい!
苦戦しているダンさんやサラさんに向けて全速力で向かわなきゃ。
『マギアウェルバ…』
知識はあるけど実際に見た憶えはない魔法。
身体中を得体の知れない何かが流れる感覚。
身体が熱い。
ゾワゾワと力が何処からともなく沸き上がってくる。
走ったまま杖を両手で持って前に構えてみせる。
『大地よ大地よ
急がば回れ
急ぐ阿呆は足元を掬われる
底無しの大地』
湧き上がる高揚感にも似た気持ちの高ぶり。
私、本当に魔法が使える!
ははっ!魔法が使えるんだっ!!
足を止めて杖を天高く掲げる。
力が溢れる!
『マディスワンプ!!』
フォレストウルフだけが突如ドロドロになった地面に足を取られる。
足止めしただけ!
いくらズブズブ沈もうと、狼…それも魔物の力ならピョーンと飛び出てきそう。
沼から脱出できたらそれまで。
まだだ。
『マギアウェルバ
雷よ雷よ
禁足地に足を踏み入れるは愚か者
愚か者には神の鉄槌が下る
轟く怒声
ジョルトサンダー!!』
目を開けていられないような眩い閃光。
耳がキーンとおかしくなる轟音が辺りに轟く。
フォレストウルフ一匹一匹に一斉に雷が落ちた。
フォレストウルフ達の動きが鈍くなった!
沼にハマって雷に打たれた状態。
しんどそうに即席の沼で身悶えしてるように見える。
む、虫の息!
今がチャンスだ!!
辺りには焦げたような臭いが漂っていた。
ちょっと臭い。
「い、今の…」
私を見て呆然とするダンさん。
私も呆然としていたと思う。
だって、魔法が使えるって理解してたけど、こんなに強い魔法が使えるなんて。
でもトドメは刺せてない。
致命傷じゃない。
この弱った状態はいつまで続くの?
「ま、まだです!今のうちです!トドメを刺しましょう!」
しっかり頷いたダンさんとサラさん。
次々にフォレストウルフに剣を突き立てていく。
私も魔法で応戦しないと…!
魔法を使おうとしたら身体から力が抜けそうになる。
頭が痛い…
魔力が尽きたって事かな…
じゃあこの杖でぶん殴って戦うしかないね。
手に持っていた杖をギュッと握り直す私。
私は身体が覚えていた動きに任せて次々にフォレストウルフを杖で殴って回った。
我ながら恐ろしいけれど、魔法使いってこんな肉弾戦で戦えるものなんだとどこか他人事のように感心してしまった。
フォレストウルフの頭をかち割ったり、喉に杖を突き刺したり。
何か必殺技みたいな物は浮かんでこなかったけれど、十分に戦力になれてると思う。
むしろ必殺技と呼んでもおかしくない威力の攻撃ばっかだよ。
そんな風に考えられるくらい心は不思議と冷静だった。
やがて最後の一頭が残った。
コイツはまだ余力がありそうで、泥沼から抜け出せたようだ。
他のフォレストウルフよりデカい。
「す、すいません…!魔力切れてて…!」
「十分だ!よしっサラ!俺が引きつける!その隙にいけるかっ!?」
ダンさんの言葉にグッドサインを出すサラさん。
「任せなっ!」
これで行けるのかな?
まず動き出したのはダンさん。
左側へ跳躍しつつデカい親分みたいなフォレストウルフのに向かっておたけびを上げる。
次にサラさん。
右側からフォレストウルフの背後に向かって身を屈めながら走る。
フォレストウルフの親玉。
デカい…!デカすぎる…!
ダンさんに送っていたハズの親玉の視線が、突如サラさんの方へ向かったかと思うと、サラさんに向けて走り出した。
不味いよ!ダンさんとは違ってサラさんは盾を捨ててる!
このままだと体格差のありすぎるフォレストウルフの親玉の攻撃を防ぐ手立てがない!
私が何とかしなきゃ!
咄嗟にサラさんやフォレストウルフの親玉の方へ向かって跳躍していた私。
まただ。
自分自身も信じられない身体能力。
今、私飛んでいる。
途轍もないジャンプ力。
全ての感覚がとてもゆっくり。
走馬灯って言うんだっけ?こういうの。
走馬灯ってそもそもなんだ?
この杖をあの親玉の脳天に突き立ててやる。
行ける!行ける!
あれ、着地したとき…足は大丈夫?
私自身が大ケガしないかこれ!?
全体重をかけた私の攻撃は見事に親玉の脳天に命中。
フォレストウルフの親玉は頭が良さそう。
良さそうだからこそ、私のようなちびっ子のヒョロヒョロした使用人風情がこんな攻撃に転じるとは思っていなかったんだろう。
警戒すべきは剣を持ったダンさんと、背後を狙っていたサラさんだと。
頭の良さが災いしたのかな。
うわぁ、そう言えばこの杖どうしよう…!
脳みそとかに直接触った杖なんだよね。
ひ、引き抜かないと…
血まみれの杖をズルズルと引き抜いた私。
ピョンと地面に降りる。
ふー…
こんなに動物?いや魔物?を殺めたのに、殺めた事に対する罪悪感みたいな物は感じてなかった。
何これ、私って殺し慣れてるの?
それはなんか…嫌だな…
サラさんが興奮気味にこちらに向かって走ってくる。
あっ、そっか。
助かったんだ…
ホッとすると思わずその場にへたり込んでしまった。
まだ身体が震えている。
目には涙が滲んでいる。
罪悪感は感じてないけど、兎に角怖かった…
「おい、お嬢ちゃん大丈夫か?」
ダンさんに声をかけられる。
そんな風に尋ねてきたダンさんこそアチコチ怪我をこさえている。
「こ、怖かったので…こっ、こ、腰が……抜けました……」
「はは、お疲れ様。あたし達助けられちゃったねー!よっと!!」
情けなくも腰が抜けた私をサラさんが軽々とお姫様だっこで持ち上げる。
兵士をやっているだけあって力あるんだね。
「あっ!ダンさん…け、怪我、あの、な、治します」
「おおっ、治癒魔法も出来るのか!」
怪我を治せる魔法も知っている。
この幾ばくかの魔法知識だけがぼんやりした記憶の中で、異常なくらいハッキリと頭の中に鎮座している。
この怪我を治せる魔法は残りの魔力的にも多分発動出来そう。
『マギアウェルバ
光よ光よ
ひと匙の奇跡を与えたまえ
奇跡を彼の者へ
包み込む光
ヒーリング』
抱きかかえられたままダンさんに治癒の魔法をかける。
ダンさんは淡い光に包まれ、やがて身体中の怪我は癒えて血が止まっていた。
じ、自分で魔法かけといてなんだけど…凄っ!!
傷…消えたんですけどっ!!
はえー、すげーなー!
「凄いねえ。怪我が綺麗サッパリ消えたよ」
「ああ、お嬢ちゃんありがとう。お陰で傷が癒えた。久しぶりに治癒魔法を受けたが…いやはや凄いな」
「いえいえ…き、気にしないで……下さい」
自分でも良く分からない力に感謝されるのは何だかむず痒いね。
「さ、思わぬ臨時収入だね!よし、あたしらが代わりにあいつらを回収するからさ、暫くその辺で座って見ててよ、ね?お姫様?」
サラさんはニイッと微笑んでから私をゆっくりと地面に降ろした。
ダンさんとサラさんはなんとその場でフォレストウルフの死骸の処理を始めた。
死骸を吊すための木を馬車から手際良くさっさか運び出している。
御者のトムさんも手伝い始める。
仕上げが随分雑な床だなぁと思っていた馬車の床には角材が敷き詰められていただけのようで、その角材を手際良く組み始めた。
「これから血抜きしたり内蔵引きずり出して捨てたりするから、気持ち悪かったら馬車の中に居てくれ」
ダンさんが笑いながらそう言うと、サラさんも豪快に笑った。
いやぁ、こんなところで!その場で!本当にやるんだ!
逞しいなぁ本当。
「きょ、興味があるので……けけ、見学します…!」
「女の子なのに珍しいな!はは、まぁやるぞサラ」
「ああ、さっさと処理して帰ろうか」
2人はせっせとフォレストウルフを逆さ吊りにして、多分太い血管があるんだろうなという胸の上の方に御者のトムさんが鼻歌を歌いながら手際良くナイフを突き立ててゆく。
結構重たそうだけど、やっぱりサラさんもダンさんも手際良いなー。
動作に迷いがないし、解体素人の感じじゃないもんな。
御者であるハズのトムさんですら陽気にブスブスとナイフを突き立てて!
ハラハラしてるのは私一人。
一通り処理が済んだらダンさんもサラさんも一休み。
御者のトムさんも腰を下ろして一旦休憩となって今に至る。
話を聞けば、普段も途中で食用可能な魔物に遭遇すると、こうしてその場である程度処理をするとの事。
こうして血抜きをして、内蔵を捨てて、凍らせておく事で肉を美味しく頂けると言っていた。
「こ、凍らせる…?」
「ほれ、こうして凍らせるんだよ」
サラさんは石ころを手にとる。
目の前で石ころを凍らせてみた。
石ころはびっしりと霜が張っている。
「生活魔法さ。詠唱魔法程じゃないけどね。生きてるヤツには簡単に抵抗されるけれど、死んでしまえば、ね」
「な、なるほどですね…!」
「ありゃ?お嬢ちゃんも出来るでしょ?そんな魔女みたいに大魔法が使えるくらいだしさ?」
「そ、そうですね…」
あー、うーん。
出来るって感覚があるかなー。
その後ダンさんはフォレストウルフを水の生活魔法でジャブジャブ洗い始めた。
どうやらこの世界の兵士はこのくらいの戦闘にはあまり向かない日常的な生活魔法は使えて当然らしい。
生活魔法…、確かに知識にあるし、多分私も出来る感覚がある。
詠唱もいらない、ちょっとした訓練次第で使えるお手軽な魔法。
しかし人や動物や魔物など、生きている者相手には通用しない。
魔力を纏っている生き物であれば無意識で抵抗しちゃう為、あくまで桶に水を張ったり薪に火を焼べたりと、本当に生活にしか使わない魔法。
しかし身を清めたりするのは人に通用するというご都合主義のような便利な魔法。
はは、どういう仕組みなんだろ。
圧倒的な便利さを前に、そんな野暮な推測は不要だね。
一通り洗い終えるとついにフォレストウルフの切り開いたお腹から内臓をズルズルと引きずり出す工程に。
この手のグロ耐性は自分には無いんじゃないかなぁと思っていたけれど、案外見ていても何とも感じなかった。
慣れた手つきで次々と処理してゆくサラさん達三人。
兎に角処理が早い!
余程手慣れていると見える。
取り出した内臓はどうするのかと尋ねたところ、どうやらそのまま放置するようだ。
魔物はこの手の内臓をあまり食べない。
替わりに動物達が食べるようで、そうして動物達にお裾分けをして命を紡いでいくと言っていた。
何か良いね、そーゆー風習って。
3人とも手際良く凍らせたフォレストウルフの死骸を馬車に乗せてゆく。
こうして魔物の死骸を解体して食べるだけでなく、素材を入手してお金にしたりもするらしい。
みんな逞しいんだなぁ。
この解体に関しては、出来そうな感覚はないかな。
面白かったという方はブックマークや☆を頂けますと幸いです。