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不思議な魔女っ子とちびっこサポーターの冒険譚  作者: 三沢 七生


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293.ハルピュイアの女の子

長閑なサン・マズラ街道を乗り合い馬車でゆく私とフレヤさん。

何にも起きないなぁと思っていたところ、目の前に飛び込んできたのは、今まさに人攫いに捕まろうとしているハルピュイア!

私とフレヤさんは慌てて馬車から飛び降り、いざハルピュイア救出へってことで今に至る。




どがっ!と勢い良く着地。

辺りの草がぶわっと揺れる。


――よし、無事に着地!


目の前には、網に入れられたハルピュイアの女の子。

そして、その周りにいた五人の男たち。

ぽかんと口を開けて固まっている。


「……あ?」


一番大柄な、ハゲた男が間の抜けた声を漏らす。


うん、まあ、そりゃびっくりすると思う。

だって今、空から降ってきたように跳躍してきもんね、私。


でも、こっちもぼーっとしてる暇はないっ!

ワイアットさんに頼まれてた「狼煙弾を上げる」こと、それに、人攫いってことはどこかにアジトがあるはず。

聞き出す必要がある……!


よし、つまり、まずは全員おねんねしてもらおうということだ!

私の時間だけがゆっくり、ゆっくりと流れ出す。


おねんねってことだから武器は使わない。

とりあえず格闘で――


「……っ!!」


一番近くにいたハゲに、思い切り右足の上段蹴り!!

狙うは顎。

頭に振動を与えて気絶させるっ!!


どごぉっ!!


完璧な打撃感!

よし、これで頭を激しく揺さぶられて、ふっと気絶――


ぐりんっ。


……ん?


あ、首が。


首が、曲がってはいけない方向に……ぐにゃりと……

首を傾げすぎた格好になっちゃった……!?


「あっ……」


どさっ。

不思議そうな表情のまま崩れ落ちるハゲた男。


えっ!?ちょっ!?気絶どころか、い、一撃で昇天した!?

いやいやいやいや!!ダメダメダメ!!

アジトを聞き出さなきゃいけないのに、いきなり殺害っ……!?


あばばばば……!ど、どうしよう!?

生かさないとフレヤさんに怒られるぞ……!!


「な、なんだコイツ……!?」

「やべぇ!な、なんかヤバいのが来た!!」

「に、逃げろっ…!!ほ、本当になんだこいつ!!」


残りの四人がざわつき始める。

大混乱だ。


い、いかんいかん!

これ以上パニックになって散る前に仕留める!!

……いや、違う違う!

仕留めちゃダメ!気絶させなっ!!


「え、えーと、こう……!!」


今度は慎重に!

拳底で顎を狙って、ぽこっと!


「あがっ!!」


うむうむ、意識こそ奪えど、命までは奪ってない。


はい次っ!!

反対の手で三人目の顎を!!


「あべっ!?」


おおーっ、ちゃんと気絶した!

やればできる!調子がいい!


よーし、このまま残りも――!!!




「……一人目を無表情のまま殺めて動揺を誘う。アメリさん、まるでフローラの暗殺術のようでしたね。はは……首を傾げすぎて死んだ人みたいになってますよ……」


引きつった笑みを浮かべたまま、足元でどろんと倒れたハゲた男を見下ろしたフレヤさんが呟く。


うぐぐぐ……べ、別にフローラから習った暗殺術に倣ったわけじゃないよ!!

くそー、元はと言えばこのハゲた男が弱いくせに人攫いなんてやってるのが悪いっ!!

おいっ!!この暴力性の高いエピソードが将来出版される『フレヤの冒険譚』に掲載されるんだぞ!?

そーなりゃ『おいおい、フレヤの相棒のアメリって女……やべえな…』って後世まで延々と語られ続けるんだぞっ!?


「そ、それは……べっ、別に…!」


くそっ!!

なんでこんなとこで人攫いなんてしてんだよ!!


「それよりもハルピュイアのお嬢さん、怪我はありませんか?」


そ、そーだよ!!

私が冷酷な暗殺者みたいだなんてどーでもいいよっ!!


「……都会は怖いんだなぁって思いました」


網から出してあげたハルピュイアの子が、ぽつりと呟く。


……と、都会?

いやいやいや、ちょっと待って。

どー見てもここ、大自然ダダ漏れなド田舎では……?


思わず周囲を見回してみる。

背の高い木々がざわざわと風に揺れ、草はぼうぼう、足元には苔むした岩。

うん、どこからどう見ても大都会要素ゼロ。

これを都会とは言わない。


「都会って……ここ、どう見ても田舎ですよ?」

「え?でも人がいっぱいいたし、なんか怖いこといっぱいあるし……都会ってそういうとこじゃないの?あ、森からね、今さっき初めて外に出たの!」


うーん、なんかすごい独特な感覚を持ってる子だなぁ……

っていうか……かなり幼い!

まだ子供じゃないの!!


そんなことを考えていたら、フレヤさんが穏やかに口を開いた。


「ふふっ、初めて外に出たのなら、驚くことばかりでしょうね。私はハーフリングのフレヤ、こっちはこう見えて精霊族で種族はよく分からないアメリ。あなたのお名前は?」


ハルピュイアの子はぱちくりと瞬きをしたあと、パッと笑顔になった。


「私、ポワティナっていうの!」

「ポワティナちゃん、ですね」


フレヤさんが微笑む。

私は改めてその子をじっくり見る。

小柄で、年齢的にもまだ幼い感じ。

でも、森の中で生きてきたせいか、どこか野生の勘が鋭そうな雰囲気もあるかな。


「ポワティナちゃんは、これからどちらへ?」


フレヤさんが優しく尋ねる。

ポワティナちゃんは少し考え込んだ後、首をかしげた。


「んー、わかんない」


わ、わかんない?


「えーと、ああ、そうか……出てきたばかりと言ってましたもんね」


そりゃそうかぁ。

生まれてからずっと森の中で暮らしてきたってことだよね。

行き先なんて考えたこともないのかも。


……このままポワティナちゃんをほったらかす訳にはいかないのは分かる。


「よし、私たちがとりあえず最寄りの町まで案内しましょうか?」

「いいの?ありがとう!」


ポワティナちゃんがぱぁっと笑顔になる。その無邪気な笑顔が、なんだかすごく眩しい。

っていうか、こんなホイホイと人を信じていいのかね!?

なーんか心配だなぁ……


「そういえば、ポワティナちゃんって、名前は誰がつけたんですか?」

「おじいちゃん!『マテウスの冒険譚』に出てくるハルピュイアの吟遊詩人の名前からとったんだって!」


マテウスの冒険譚。

その名前を聞いたフレヤさんが、「おっ!」と声を上げる。

フレヤさんの目が輝いたっ!!


「それならきっと、おじいさんは『マテウスの冒険譚』の愛好家ですね!」

「うん! おじいちゃん、よくポワティナの歌だって言って、いっぱい教えてくれた!でも、本で読んだことはないんだよね……。いつも寝る前におじいちゃんが歌ってくれたの!」


ふむふむ、なるほど、文字の読み書きはあまり得意じゃないのかな。


「ところでおじいさんはどちらに?一人で森の外に行くなんて、さぞ心配なさっているのでは?」


みた感じ一人ぼっち。

ちょっと保護者がいるようには見えない。

ポワティナちゃん、悲しそうな顔になっちゃった。

ああ……これは……


「死んじゃったの。もう寿命だって言ってた」

「そうでしたか……悲しい思いをさせちゃってごめんなさい」

「ううん!メソメソしてたらおじいちゃん、心配して天国に行けなくなっちゃう」


思わず胸がギュッとなった。

ダメだ、こーゆーのに弱いんだよなぁ……!


「私も今は本を持っていませんが……よかったら、今度『マテウスの冒険譚』のお話しの方をお聞かせしましょうか?」


フレヤさんが優しく提案する。

ポワティナちゃんの目がきらきらと輝いた。


「ほんとに!?うん! 聞きたい!」

「ふふ、では、町に着いたらゆっくりお話ししましょうね」


フレヤさんが微笑む。

ポワティナちゃんは嬉しそうに何度も頷いた。


これ、どうしよう……?

こんな純粋で健気なポワティナちゃんを、この先一体どーするんだ?

孤児院?いやぁ、なんかちょっと心配だなぁ。

でも独り立ちできるほど大人でもない。

関わっちゃった手前、次の町で「じゃあ、私たちはここで!バイバーイ!」……できないよっ!!




ここで一旦、人攫いを迎えに来る衛兵たちを待つことに。

拘束した人攫いたちはまだ意識を失ったまま、横たわっている。


フレヤさんが狼煙弾を打ち上げたから、最寄りの町の人たちには伝わったはずだ。

それまでの間、フレヤさんはポワティナちゃんから色々と話を聞くことにした。


「ポワティナちゃんは、ずっと森の中で暮らしていたんですよね?」

「うん! おじいちゃんと一緒に!」

「おじいさんは何族の方ですか?」

「あ、えっとね、おじいちゃんはミノタウロス族なんだよ!」


ミノタウロス族?

ほほー、それってつまり……上半身がゴツい牛の人だよね?

ぐふふ……ムキムキで逞し…いや、ま、まぁ、それはそれとして……


「それでは、そのミノタウロス族のおじいさんがずっと育ててくれたんですか?」

「うん!赤ちゃんのときに拾ってくれたの!」

「拾ってくれた……?」


ん?んん?

なんかサラッと重めのことを言ってない?

こりゃ訳ありだね。


「えっと、それはどういう……?」


フレヤさんが優しく促す。

ポワティナちゃんは少し考えるようにして、ゆっくりと話し始めた。


「えーっとね、おじいちゃんが言ってたんだけど……私、お母さんとね、盗賊に襲われてたんだって。でも、お母さんが守ってくれて……」


……守ってくれて?


「お母さんは、私をかばって死んじゃったんだって。おじいちゃんが来たときには、もうお母さんは死んでたって」


…………

………………

……………………え?


「おじいちゃんがね、盗賊をやっつけたの!それで、私を見つけてくれてね、お母さんのお墓も作ってくれたんだよ!」


あああああああああああ!!!

ダメだ、それダメなやつ!!

そんなん聞かされたら!!!


「っ……っ……っっっ……!!」


無理無理無理無理無理、もう涙腺崩壊!!!

過剰においおいと泣いてしまうよっ!!


「え、アメリさん?ちょ、 ちょっと、さすがに泣きすぎですよ……」

「だ、 だってっ……お母さんが……っ!!ポッ!ポッ!ポワティナちゃんを守ってっ……!ひっく……っ!!」


こーゆー話、本当に弱い!

うわぁぁぁん!涙が止まらないっ!!


「えっ、あれ? えっと……」


戸惑うポワティナちゃんと、苦笑いのフレヤさん。


「アメリさん、気持ちは分かりますけど……落ち着いてください。まだ途中ですよ……」

「む、無理っ……! こんなの……泣い……ううっ!!」


いや、ポワティナちゃん本人がそこまで深刻に捉えてないのは分かる。

分かるけどっ!!

私の涙腺はそういう理屈じゃ耐えられないんだよぉぉぉ!!


「アメリちゃん、面白いね!」

「はは……こういう人なんですよ…」


はい!そういう人のアメリです!


そんなわけで、私はしばらく地面に突っ伏して泣き続けるのであった……




私はまだえぐえぐとしゃくりあげている。


「うぅぅ……」

「……まぁ、アメリさんは放っておくとして」


もうね、そうしてください、本当。


フレヤさんは気を取り直して、ポワティナちゃんに向き直った。


「私たちのことも、少しお話ししましょうか」

「えっ?うん!」


ポワティナちゃんが元気に返事をするのを横目に、私は涙をぬぐう。


フレヤさんは胸を張りながら、ゆっくりと語り始めた。


「私たちは『魔女っ子旅団』という傭兵パーティーを組んで旅をしている傭兵です」

「魔女っ子……旅団?」

「ええ。今のところ、メンバーは二人です」


そう、メンバーは私とフレヤさんの二人。

私は傭兵で、フレヤさんは傭兵サポーター。


まぁ、こうしてる間もフレヤさんは私のサポートをせず、ただただ私を無視して会話を進めているよーに見えるけど、ちゃーとバッチリビシッとサポーターしてくれる名サポーターなのだ。

私はフレヤさんがいないとかなりのポンコツ。


「ちなみに、えぐえぐ泣いてたアメリさんも立派な傭兵なんです」

「へぇー!」

「しかも、こう見えてかなり強いんですよ?」


フレヤさんがさらっと言うと、ポワティナちゃんは目を輝かせた。


「えっ!? こんなに泣いてるのに!?」

「そう、こんなに泣いてるのに」


はは、ぐうの音も出ない。


「こんなに!?」

「こんなに。イサム並み、いや、それ以上かもしれません」

「すごい!こんなに!?」

「ふふ、こんなに」


二人して強調しなくていいから!!!


……まぁ、否定はしないけどね!!

ふふ、ポワティナちゃんとフレヤさん、クスクス笑い合ってる。


そんなやりとりをしていると、ポワティナちゃんが突然手を叩いた。


「それって、マテウスとイサムの『漫遊旅団』そっくりだね!!」

「ふふ、その通りですね」

「うん!おじいちゃんが教えてくれたの!」


ポワティナちゃんはとても嬉しそうだ。

でも、それ以上に嬉しそうなのは——


「ふふん、 実は私、そのマテウスの遠い遠い子孫なんです!!」


——フレヤさんだった。


「えええええっ!!??」


ポワティナちゃんが目を見開く。

そりゃまぁ、驚くよね。

この会話の流れ、フレヤさんが最も好きな流れだ。


「この手帳やインク瓶にペンを納められるベルトも、先祖代々大事に伝わってきたマテウスのものそのものなんです」

「本当ー!?すごいっ!!」

「それだけじゃないですよ? 冒険譚には書けなかったエピソードが書かれた手記も残されていますから、全て私の頭の中に入ってますよ」

「わあっ!すごい!!」


ポワティナちゃんは大興奮でフレヤさんに抱きつく。

全く疑うことを知らないポワティナちゃん。

まぁこれは真実だからいいとして、やっぱこれは放置できない。


こんな純粋過ぎる子、絶対に野に放っちゃいけない!

だって、こんな無邪気に人を信じるなんて……この世界で生きるには、ちょっと危なっかしすぎるよ!


フレヤさんは得意げに胸を張り、ポワティナちゃんはキラキラした目で見上げている。

……うん!いい雰囲気だね。


さっきまで涙ボロボロだった私は、そんな二人を微笑ましく見守ることにしよう。

面白かったという方はブックマークや☆を頂けますと幸いです。

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