288.この上ない報酬
ルガードさんの馬車の護衛をすることになった私たち『魔女っ子旅団』。
初日の目的地であるラニフェア村へと到着し、お目当ての宿に宿泊したところ、真夜中にやってきたのは、ルガードさんを狙った暗殺者。
難なく暗殺者を撃退し、ほっと一息つきつつ今に至る。
フレヤさんが呼んできた衛兵によって、完全に伸びてしまった暗殺者二人組は連行されることになった。
意識が戻り次第、取り調べが行われるらしく、何か分かればルガードさん宛てに報告が届く手はずも整った。
ひとまず事件は片付き、夜も更けたため、私たちは部屋に戻る。
そして翌朝――
朝食を済ませた後、私たちはルガードさんの馬車に乗り込み、ラニフェア村を後にする。
次の目的地は、ルガードさんの住む陶芸の村、シュルヴィエ。
ラニフェア村を出発してしばらくすると、御者台に座るルガードさんが小さくため息をついた。
「まさか、こんなところで暗殺者に襲われるとは……いやはや、本当に助かりましたよ。アメリさんがいなければ、今頃どうなっていたことか……」
「そのための護衛ですからね。これくらいアメリさんにとっては造作もないことです」
フレヤさんは気楽にそう答えながら、チラッと私に視線を送る。
ふふん、その通りなのだよ!
あんな取るに足りない雑魚、全然問題ないよ!
「しかし、やはり妙ですね」
フレヤさんがそう言って難しい顔をした。
「妙……ですか?」
「普通、暗殺者とは、もっと確実に仕留めるための準備をするものです。あの二人……ちょっと雑すぎる気がします」
うーむ、フレヤさんの言うとおりではある。
何というか、もうちょっと下調べとかさ?護衛の実力とか確認するもんじゃない?
「うーん、そう言われれば、確かにそうかもしれませんね」
「……ええ。となると、考えられるのは——」
フレヤさんが口を開きかけた、その時。
ガタッ。
馬車が小さく揺れる。
どうやら道が少し荒れているらしい。
「おっと……すみません。この辺りは少し道が悪くて」
ルガードさんが声をかけると、フレヤさんは軽く頷いた。
そして、一度考えを整理するように指を組みながら続ける。
「暗殺者を差し向けた黒幕が、本当にルガードさんの献上品を快く思っていない人物なのか……それとも、もっと別の意図があるのか。襲撃が未遂に終わった今、黒幕はどう動くのか、気になります」
そこまで言って、フレヤさんは肩をすくめ、言葉を続けた。
「まぁ、単にその筋のプロの暗殺者を手配できるだけの伝手がなかっただけのような気もしますけれどね」
「はは、恐らくそんなことろだと思いますよ。ヤツはあくまで小金持ちの平民ですから」
ルガードさんは苦笑しつつも、その言葉に少し納得したようだった。
私の膝の上に座っていたポネットちゃんが口を開いた。
「また、わるいひと、くるの?」
「アメリさんがまたやっつけますよ」
間髪入れずにフレヤさんがそう答える。
「ピヨッ!ピヨピヨッ!」
任せなさいってーの!
あんな程度、私の敵じゃないよっ!!
「えへへ、アメリちゃん、すき!」
「ピーヨ、ピヨッ!」
ぐふふ、役得、役得!
そんなやり取りをしながら、私たちはシュルヴィエ村へと馬車を走らせる。
シュルヴィエ村には、ちょうど昼頃に到着した。
ルガードさんの馬車は、なだらかな坂を下りながら、村の入り口へと近づいていく。
その時、ふいに土と焼き物の香りが風に混じった。
「陶器の村、シュルヴィエ……!これはすごい!」
フレヤさんが村を眺めながらそう呟いく。
どれどれ?私も拝みたいっ!
わぁ!!焼き物の並ぶ屋台!!
煙突から白い煙を上げる工房かな?
建物もすごい!!
屋根の上には陶器の装飾。
家々の壁には、色とりどりの陶板みたいなのが埋め込まれていて鮮やか!!
えーっ!?これは別世界みたいだね!!
素朴な村かと思っていたけど、なんとも華やか!
これは焼き物の芸術に囲まれた村だなって感じだ。
皇室に献上するものを作るってのも納得。
「どうにか無事にたどり着けましたね!ホッとしますよ」
御者台に座るルガードさんが、満足げに目を細める。
馬車が村の中心に近づくにつれ、人々の視線が集まるのが分かった。
「おや、ルガードじゃないか!」
「ほら、皇室に献上した陶器の名匠さまだよ!」
道端の職人や子供たちが、次々と声を上げる。
ほへー、これじゃあまるで英雄の凱旋だ。
村の人々の表情には驚きと、ほんの少しの誇らしさが混じっている。
「ずいぶん賑やかですね」
フレヤさんはぽつりとつぶやく。
「はは、何せ揺るぎないと思われた陶芸の名家、イスパーナ家を押しのけて帝国の皇室に陶器を献上した男になってしまったんです。シュルヴィエに生まれた者として、騒ぎたくなる気持ちは分かりますよ」
ルガードさんが肩をすくめて笑う。
でも、ふと違和感を覚えた。
たしかに歓迎する声は多い。
だけど、中には冷ややかな視線を向ける人もいるみたい。
それは嫉妬か、あるいは――
馬車が村の広場に到着するころ、遠くで誰かが小さく舌打ちするのが聞こえた。
……まだまだ何か起こりそうな気がする。
気は弛めないな。
そっと背筋を伸ばした。
ルガードさんの工房は、村の広場から少し奥まった場所にあった。
おー、レンガ造りのなかなか立派な建物。
周囲には薪とか陶土の詰まったような袋が積まれている。
立派そうな窯と煙突!
少し煤こけている感じが、できる職人の工房っぽいなと感じる。
工房の扉が開くと、そこから現れたのは犬人族の女の人。
奥さんかな?
茶色の毛並みに、ふんわりとした耳、やさしげな目元が印象的な、包容力のありそうな人。
ポネットちゃんやルガードさんとそっくり!
尻尾がくるんと!くるんとして可愛いよっ!
「あらあら、おかえりなさい、ルガード。それに、お客様かしら?」
「おう、ただいま!紹介するよ、今回護衛を頼んだアメリさんたちだ」
ルガードさんの簡単な紹介に目を丸くする奥さん。
いやー、そりゃそうだよね。
ハーフリングのちびっ子と、デカいヒヨコだ。
この二人組が傭兵とは夢にも思うまい。
「はじめまして。傭兵パーティーの『魔女っ子旅団』と申します。私はフレヤと申します。そして……」
フレヤさんが私の方を見る。私は堂々と胸を張って——
「ピヨッ!」
「今は魔法の副作用みたいなものでこのようなヒヨコ姿になっていますが、こう見えても魔法の腕も、武術の腕も、そしてメイドの腕も超一流の傭兵、アメリといいます」
ううっ、フレヤさん!
相変わらずの自己紹介代行ありがとうっ!!
「まあまあ、可愛らしい!」
奥さん、疑うよりもパァッと顔を輝かせた。
しゃがみ込んでじっと見つめる。
つぶらな瞳、ブンブン振ってる尻尾、かわゆいっ!!
「この子が護衛を?……ふふ、でも、なんだか撫でたくなっちゃうわね」
「ピピヨッ!?」
モフッ。
——あっ、ちょっ!?
柔らかな手が私の頬を包み込み、もふもふと撫で始めた!
耳の後ろ、頬、そして頭の上……うぅ、なんだこれ……気持ちよすぎるぞっ……!!
「ピヨ……ピヨピヨ……」
「ふふっ、ポネットもナデナデしないとね!」
ちらりと横を見ると、ポネットちゃんも彼女の腕の中でふにゃふにゃになっている。
「おっと、そうだ、紹介が遅れました。私の妻のマルグリットです」
「マルグリットさん、ですか。お世話になります」
フレヤさんが軽く会釈すると、マルグリットさんもにこやかに返す。
そこから私たちは工房の中へ案内され、ルガードさんとポネットちゃんの身に降りかかった出来事、そして私たちがそれを助け出したことを、ルガードさんがマルグリットさんに説明した。
話を聞いたマルグリットさんは、目に涙を浮かべながら、ポネットちゃんをギュッと抱きしめた。
それは二人の無事を心から喜んでいるように見えた。
「メイドとしての腕も超一流ってことだけれど、お礼に丁度良いものがあるじゃないの!」
「ああ、そうなんだ。ちょっとアレを持ってきてくれないかい?」
ルガードさんがそう言うと、マルグリットさんは工房の奥へと向かった。
むふふ、丁度良いもの?
と言うことは……!?
マルグリットさんが、大事そうに包みを取り出してきた。
「エルド焼きのティーセットよ。アメリさん、気に入ってくれるかしら?」
「ピヨッ!?」
ピヨーーーーッ!!
包みが開かれ、そこに現れたのは、まさしく至高の品。
私の目の前に広がる光景に、心が震える!
は、羽が勝手にばたついてしまうっ!!
「ピピヨピヨピヨッ!ピピピッ!ピーッ!ピーヨピーヨ……ピーヨッ!!」
むふーっ!むふーっ!むふーっ!
た、たまらんっ!!
こ、これ……貰えるの!?
「ピヨッ!ピヨピヨ!ピーヨ……ピピピヨッ!?」
「ふふ、どうやらよほど嬉しいようです」
嬉しいようですなんてもんじゃないよっ!!
マ、マジでくれるの!?
本気で言ってる!?
「ええ、とても喜んでくれてるみたいね!」
フレヤさんとマルグリットさんがくすくす笑いながら私を見ている。
それもそのはず、私の羽はぶんぶんと動き、視線は完全にティーセットに釘付けっ!
……いけない、言葉が出ない。
いや、出ているのだけれど、伝わる自信がない……!
だけど、そんなことは些細な問題だ。
今はただ、このティーセットの美しさを脳内で味わい尽くさなければ!
まず視界に飛び込んでくるのは、エルド焼き特有の落ち着いた色彩。
淡い青と白の織りなすコントラストが絶妙。
単なる器としての存在を超え、芸術品の領域に踏み込んでいる。
表面に施された釉薬はしっとりとした光沢を放っているね。
まるであれだ、朝露をまとった花びらのような繊細さを感じさせる。
デザイン。
華美に走らず、あくまで洗練された優雅さを保っている。
それでいて、細部には手仕事の温もりが宿っている。
これは職人の精緻な技が込められていることが一目でわかるね。
カップ、ソーサー、ポット、それぞれが独立した美しさを持ちながら、並べると見事に調和。
一つの完成された世界を作り上げているよ。
ああ、なんという美……!
私は今、ただの陶器ではなく、歴史と文化、そして職人の魂を前にしているのだ……!!
このエルド焼きのティーセットでお茶を淹れたら、もうそれだけで至高の一杯になってしまうのでは!?
ああっ!!
こんなときになんで私の手は羽なんだよっ!!
うわーーーん!持ちたい!!
愛でたい!!
「でも、その羽では持てないようですね……」
フレヤさんが苦笑いしながら、そっとティーカップを持ち上げた。
「ほら、アメリさん。とてもステキなカップですね。これにアメリさんの淹れた紅茶。ああ、楽しみです」
「ピヨッ!」
ありがとうフレヤさん!!
そうだよ、もっとちゃんと見たかったんだよ!
よく見れば、ティーカップのシルエットの完璧さに気づく。
持ち手のカーブは絶妙だね、指を添えたとき、自然に収まるように作られているのが分かる。
細すぎず、太すぎず、誰が持っても違和感のないこの設計。
まさに黄金比!
縁がかなーり薄いね。
唇を当てたときに違和感なく、紅茶が滑らかに流れそう。
紅茶の香りを逃がさず、口当たりを最大限に高めるための計算されたような薄さだね。
内側の釉薬の質感も見逃せないよ、こりゃ。
表面がなめらかそうで、お茶の色が美しく映えそうだなぁ。
これなら、光の角度によって紅茶の色が変わる様子を楽しめそう!
底にわずかに丸みを持たせているのもポイントだね。
茶葉を淹れたとき、最後の一滴まで無駄にさせまいと構えているみたい。
まろやかな味わいを引き出すための工夫が凝らされているのがわかる。
「ピヨ……ピヨピヨ……」
ピヨー……うっとりしちゃう。
フレヤが微笑みながらカップを回して見せてくれる。
ふふふ、それでこそ理解者……!
「あ、そろそろ次ですかね?これがソーサーですよ」
「ピピヨッ!」
ソーサーは単なる受け皿じゃないんだよ!
エルド焼きの特徴なのかな?
ため息が出ちゃう繊細な模様。
ティーカップのデザインと絶妙に調和しているよ……
縁の部分にはさりげない装飾。
主張しすぎないけど、ちゃーんと品格を感じさせる。
中央にほんのわずかな窪み。
カップがぴたりと収まるようになっているね。
これはただの飾りではないよ、計算し尽されてる。
お茶を淹れる際の安定感もありそう。
ソーサーはね、カップを置いたときの音すらも上品に演出するためのものなんだよ!
ああっ!くそーっ!重さを確認したいっ!!
軽すぎず重すぎず、適度な重量感があるのが良いものなんだけど……!!
軽すぎると安っぽい。
でも、重すぎると取り扱いが難しい。
このソーサーはどうなんだろうなぁ!
「さすがにソーサーはもう良いですかね?わぁ……ほら!ティーポットも素敵ですよ!」
「ピヨピヨピヨピヨーーー!!」
来ました来ました!
最後にして最大の見せ場……ティーポットッ!!
「ピヨッ……!」
興奮が最高潮にっ!!
ティーポットを覗き込む私。
もう羽をバタバタしちゃうよっ!!
「私は素人なのでよく分かりませんが、アメリさんの反応を見るに、これは相当な逸品のようですね……」
このティーセットの中心にふさわしい威厳を持っているよ。
丸みを帯びたフォルムはどこか温かみを感じさせる。
それでいて流れるようなライン!
優雅さを醸し出しているね。
注ぎ口の形状、湯切れの良さを追求した絶妙な設計だ。
ここが雑だとさ、いくら上質な茶葉を使っても、最後の一滴が垂れて台無しになっちゃうんだよ。
でも、このティーポットにはその心配がないね。
綺麗に液体を切るための微細な調整がなされているのが見て取れる。
持ち手のバランスも完璧。
片手でも扱いやすくなっている。
ああっ!なんで私、ヒヨコ姿なんだよーっ!?
触りたい!持ちたい!
蓋のフィット感もカポカポやって確かめたいっ!!
ほんの少しの隙間を残しながらも、しっかりと閉まる設計。
蒸らしの時間をしっかりとコントロールするための工夫がなされてそうなんだよなぁ!
適度な密閉性が重要なんだよね。
茶葉の香りを逃がさず、最高の状態で抽出できるんだよ。
ああ、もう、なんという完成度……!!
これほどまでに理想的なティーポットを、私は見たことがあっただろうか?
いや、これこそが求めていた理想形だ!
「ピピピヨピピピヨピヨピヨッ!!」
私は感動のあまり、興奮した声を上げちゃった。
フレヤは苦笑しながら、ティーポットをそっと元の場所に戻す。
「ふふ、アメリにとって、これ以上ない報酬ですね」
フレヤさんがくすっと笑いながら、ゆっくりとティーセットをテーブルに並べた。
「そ、そんなに涙を流してまで喜んで貰えるとは……!これを作った職人として、この上ない幸せですよ」
「ふふふ、ピヨピヨだけでもちゃんと感動が伝わってくるわね!」
ぐふふふ……!!
これで、私のお茶の時間がさらに完璧なものになる!!
「元の姿であれば、今頃早口でまくし立てるようにして、このティーセットの素晴らしさを熱弁していますよ」
むふーっ!むふーっ!
私はこのティーセットを手に入れた瞬間から、またひとつ、お茶の道を極めるための新たな階段を登ったのだ……!
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