29.棚卸し
私の独断でやった大釜やその周りの洗浄。
周囲の度肝の抜き過ぎにより、慌てたフレヤさんに手を引かれ、そそくさと部屋に戻って今に至る。
フレヤさんが何を言わんとしてるか分かってる。
ものすっごい怒ってる……!
いや、気のせいかな?
ひょっとすると、案外――
「あれはやり過ぎです!大釜を片手で軽々と抱えたまま、火の中に立って生活魔法の洗浄……!あの場にいたみんな、驚くべき点が頭の中にワッと押し寄せて、大渋滞を起こしてましたよ!」
フ、フレヤさん案の定めっちゃ怒ってる……!
全然気のせいじゃなかった!
ここは弁解をだね……私にだって言い分ってもんがあるんだよっ!
きっと分かって貰えるはずだよ……多分。
「おっ、おばちゃんから頼まれまして……わ、わたっ、私がもっとですね?その……ゆ、有能アピールをすれば……し、指名依頼が増えるかなぁと……」
「アピールが過剰なんです!」
「で、でも……!フレヤさん、わ、私をよく持ち上げて……その、有能アピールするじゃないですか……?だ、だから……」
そ、そうだよそうだよっ!
フレヤさんだってちょいちょいさ、秘匿のひの字もない程に私のことを有能だ有能だとアピールするじゃないですか!
そりゃ私だって自ら動かなきゃと思うわけですよ!
「あのですね……魔法に関するアピールは、あまりしてないんですよ、私」
な、なんだってー!?
いや待てよ……そう言われれば……そうかも?
「傭兵組合側にはあのビクターさんに勝ったと武術面をアピールするだけでも、十分に美味しい依頼が貰える可能性があるから、敢えてしているんです!」
私みたいに何の考えもなしに、私の事を自慢したくてウズウズしてた訳じゃないんだ……!
い、いやっ!私だってちゃんと考えてたよ!
しかし胸に手を当てずとも思い当たる節はある。
確かに昨日、フレヤさんはアルベルトさんにもそんな事を言ってたかも。
「後はアメリさんの怪力の噂が良からぬ形で広まりそうな時や、アメリさんの魔法に関心が集まりそうな時、こちらから武術面をアピールする事で、謎めいた魔法の印象を、武術で散らそうとですね……!」
あわわわ……!
フレヤさん、考えて考えて、めっちゃ戦略的にやってたんだ……!
そうだよ!ニキシースネーク……いやいやヴィントスネークを衛兵の人に渡したときもそうだ。
ビクターさんの話題から見事に話が逸れてる!
さっき宿に帰ってきた時もだ!
とんでもない噂の魔女メイドから、便利な女に印象が逸れてる!
武術面と魔法を天秤にかけて、武術推しで誤魔化す事にしてたんだね。
あばばば……!
フレヤさんが一生懸命コツコツ石橋を叩いて確認している姿をさ、『おっ!さては石橋を壊したいんだなー?』って勘違いして、全力でぶっ壊しにかかってる!
私は馬鹿だ、純度の高い馬鹿だ!
悪気のない馬鹿はとても厄介だよ!?
「わ、私……ぜ、ぜ、全然知らず……すいません……!」
「いえ、予め作戦を説明していなかった私にも落ち度があります。という訳で、アメリさんが今現在使える魔法を書き出しませんか?私も予めアメリさんに『それは人前ではマズい』と教えられます」
ふむふむ、一理ある。
っていうか私も書き出した事はない。
ここらで整理するのもいいかも。
私とフレヤさんと仲良くぴったりくっつきながら並んで、手帳を広げる。
フレヤさんの息遣いや温もりが心を落ち着けてくれる。
「じゃあ魔法の名前と、ざっくりどんな効果なのかを教えて下さい」
「あ、はい。えーと……ま、まずはマディスワンプで、こっ、効果は単体から広範囲。わ、私が敵と判断したモノの足元を、どっ、泥沼に変えます。あの、つ、次にジョルトサンダーで……こ、効果は単体から広範囲。こ、これ、これも私が敵と判断したモノに、かか、か、雷を落とします。……一発で仕留められませんが、ざ、雑魚は動きが凄く鈍くなります。こっ、これらは、カントの町に初めて行くときに披露してます……!」
饒舌に語る私。
フレヤさんはスルスルと手帳に書き込み「ふーっ」と息をついてペンをヒラヒラと遊ばせる。
「その程度なら……普段使いも行けそうですね。でも雷ですか……聞いたこと無い属性ですね。うーん……」
そ、そうなの?
雷だよ?
別に珍しくも無くない?
たまに空でゴロゴロ言ってるよ?
「えへへ……じゃ、じゃあ次は……ア、アビスランパードとか?ア、アクティデンテス……あ、あと、ヒ、ヒ、ヒーリングは特に説明いりませんよね?あ、あのハゲの腕もほら、ヒーリングで治しましたし……」
フレヤさん、猛烈な勢いでスルスル手帳に書き込みながら、徐に口を開く。
「アビスランパードがその存在を知られてもいいのは、手練れの傭兵になった頃です。護衛の際も、なんかこう……抽象的な説明で誤魔化してアビスランパードを施します。万が一、他人が見ている目の前でアビスランパードの効果が発動した時は『アースグレイブみたいな魔法を使った』と誤魔化しましょう」
「わ、分かりました……!アースグレイブ……」
アースグレイブ?
そんな魔法は使えないけど……何となくイメージが湧く。
うーん、記憶をなくす前に、見たことあるって事かなー?
「アクティデンテスって、ゴブリン相手に使ってたアースグレイブの氷版みたいなやつですよね?」
「ですです。あ、あれも平気ですよね……?」
「そうですね……んー、大丈夫かなと思います」
結構問題ない魔法ばっかじゃん。
初めからこうしてフレヤさんのチェックを入れておけば良かったなぁ!
「それでヒーリング、アメリさんがヒーリングを使って、何か聞かれた際は『ハイヒーリングです』って説明して下さいね」
「えっ?そ、そんな……な、なぜ見栄を?あ、あの、た、ただのヒーリングですよ……?」
「あのですね……ただのヒーリングで、あんな滅茶苦茶に折れた腕は治りませんよ」
な、なぬっ!?
そーなの?
「アメリさんはエクスヒーリングを使えるのか、そしてあんな輩になぜエクスヒーリングを使ったのかと驚きましたが、やっぱり単なるヒーリング感覚でしたね……」
高い金を払って僧侶に治して貰うなんて耳にしたけど、エクスヒーリングとやらでしか治らないからお高い訳かー。
なんか高位の魔法っぽいもんなぁ、エクスなんてつけちゃってさ。
「ヒーリングで治るのは、たとえば擦り傷だとか、そういうちょっとした切り傷です。正直、ハイヒーリングと偽るのも苦しいですが、エクスヒーリングなんて、研鑽を積んだ聖職者でもない、子供のメイド見習いにしか見えないアメリさんがホイホイ使うのは不審すぎますので、ハイヒーリングだと言い張って下さい」
世間一般で認知されてるヒーリングと、私の使うヒーリングって威力の桁が違うのか……
そ、そんなん分かるか!
「あ、はい……き、気をつけます」
「まぁ……ハイヒーリングと言い張るのも、どうかと思いますが……」
はは、現に研鑽なんてまるで積んでないもんなぁ……
徳が高いとか低い以前に、そもそも僧侶には見えないね。
「他には?先ほどのものですかね?」
「あー、ハ、ハイパボリカは……ぼっ、防御面を爆発的に向上させると言いますか……さ、さっきみたいに、ひ、火も全く熱くなくなる感じです。ア、アドレナリンレボリューションはですね、じょ、じょ、常時あんな感じの馬鹿力が発動します……」
「日常的なお手伝いでホイホイ使うものでは無さそうです。使うとしても人目の無い、もしくは魔法に疎い人の前などで使う感じですね」
「き、気をつけます……」
もう、それしか言えない……
後はまだ一度も使ったことのない魔法について、頭の中のイメージをもとに必死にフレヤさんに説明。
地割れを起こして、敵を地中深くにずるずると引きずり込む魔法。
隕石を降らせる魔法。
魔法の剣を出す魔法。
物凄く早く動けるようになる魔法。
局地的な大地震を起こす魔法。
ゴーッと火柱を出す魔法。
風でビューッと切り刻む魔法。
敵を一時的に喋れなくする魔法。
一時的に自分達の姿を消す魔法。
広範囲の人を一斉に治癒する魔法。
怪我の度合いによるけど、死んだ直後の人なら蘇生させられる魔法。
黙ったまま、一通り手帳にスルスルと、私の魔法についてメモしていたフレヤさん。
ペンをゆっくり置いて呼吸を整えたかと思ったら、ぐわっと私の顔を見つめた。
「危なかった……!!そ、その中で気軽に使っても良さそうなのは早く動けるというメディオクリスコーラスって魔法と、姿を消すというエアサイレンチア、火柱のバーニングオルガってやつと、風で斬るエクスクレオテンペストとかいう魔法だけですよ!えーと……ソラサイレンチアって沈黙もいけますかね」
えっ!?少なっ!!
実用可な魔法少なっ!!
「今『えっ!?』って顔したでしょう?使えるわけないじゃないですか!?天変地異や怪奇現象を起こす魔法や、魔法で剣を実体化させるなんて魔法!!地中に引きずり込むってなんですか!?なんかもう……怖いですよそれ!」
「うー……で、でも……ほらっ!!そ、蘇生!!蘇生は良いお小遣い稼ぎになりそうな……?」
そうだよ!私は便利な女なんだ!
お金になりそうな匂いがぷんぷんするよ!
「そそ、そ!そんな事ね、ほ……本当に出来るんですか!?死んだ人を生き返らせる事なんて不可能ですよ!?出来るわけないでしょ!嘘は……言って無さそうですけど………そ、そんな神の御業みたいな事、本当に出来るなら……お、お小遣い稼ぎなんて次元の話じゃないですよっ!だって、アメリさんは生き返った人って見聞きした事ありますか!?」
「い、言われてみれば……無い、かも?」
「はぁ……アメリさんならそれくらい出来ても不思議では無いのがまた恐ろしいですね……。死者を蘇生させられたら……アメリさん、神様ですよ?」
じっとりした視線で私を見つめないでっ!
いででっ!両頬を軽く抓られた!
「いいですか……?天変地異が可愛く見えるレベルですよ?蘇生なんて絶対やっちゃだめです!魔法に精通してなくたって、異常な性能の魔法だと分かります」
「……ひゃ、ひゃい」
「どんな有名な傭兵になろうと、普通に暮らしたいなら、絶対に蘇生なんてさせちゃダメです!そんな事が出来るとバレたらアメリさん争奪戦が大陸全土で始まりますよ……」
フレヤさんの額に、ツーッと汗が流れる。
言われてみれば……たしかにフレヤさんの言うとおり。
死者を蘇生するなんて気楽に言ってはみたものの、そんな自然の摂理に真っ向から反抗するような反骨精神に溢れた魔法があっていいの?
いや、まああるんだけどさ…?
そうだよ、そんなのおかしいよ。
気絶した人を起こすのとは訳が違うじゃん。
それでも私のそれは、死者を蘇生させる力がある。
記憶が私にそう教えてくれるんだ。
本当に出来るか、その辺の誰かで試してみましょうかって気安く出来ない点がまた厄介。
蘇生しなかったら単なる快楽殺人だ。
なんだか自分の力が怖くなってきた……
私、何者なんだろ?
そんなおかしな魔法、何で使えるの?
フレヤさんの言うことが世間の常識だとするならさ?
私ってこの世界の異分子じゃん……
「ふふ、そんな今にも泣き出しそうな顔をしないで下さい」
「だっでぇ…、わだじ…!」
正体不明な自分が怖い。
みんなと違うのが怖い。
「今のところフレヤの冒険譚は、ちゃーんと面白おかしい冒険になってます!」
フレヤさんはそう言うと、私の頬を伝う涙を指で拭ってくれた。
「みっ、みっ、みんながら……ごわがられで!いじめられで……!!ぞ、ぞうなっだら……ど、どうじよう…!」
「その時は強引な言い訳でトンズラです!ハチャメチャなアメリさんとしっかり者の私。ね?面白そうでしょ?」
「……う、うん」
「私もちょっと怖がらせすぎました。でもアメリさん、アメリさんの魔法は、おいそれとホイホイ使えるものではありません。それだけは頭の片隅に置いといて下さいね?」
「はい……」
私を抱きしめて、背中を優しく撫でてくれるフレヤさん。
フレヤさんは本当のお姉ちゃんみたい。
しっかりしてて、優しくて、お茶目なお姉ちゃん。
きっと大丈夫。
自分が何者だとしても、隣にフレヤさんが居れば大丈夫。
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