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不思議な魔女っ子とちびっこサポーターの冒険譚  作者: 三沢 七生


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260.影の信念

シリアスな感じが続きます。

サルハナさんの実家の雑貨屋にて、サルハナさんの口から明かされる秘密。

そう、サルハナさんは、この世界と繋がる事がある別の世界からやってきた魔人だった。

影の魔人と病床に伏せていたサルハナとの出会いを語るサルハナさんは、私たちの目を憚らずワンワンと泣いてしまった。

千年間ずっと孤独だったサルハナさん、私たちは慰めつつ今に至る。




サルハナさんはしばらく泣き続けていたけれど、やがて深く息を吸い込み、震える手で涙を拭った。

嗚咽は残ってる、でも少しずつ呼吸を整えながら、ぽつりと口を開く。


「……うちはさ、ずーっとこの町を守り続けてきたんだよ」


その声は、どこか遠くを見つめるような響きを持っていた。


「オルンはさ、うちの両親…サルハナの両親が生きてた頃から、もう閉山が決まってたんだ。鉱脈が尽きちゃってたみたいでさ、採算が合わなくなったーって。町の人たちもどんどん移住して、最後にはほとんど誰もいなくなっちゃったよ」


サルハナさんは、少し寂しそうに微笑む。


「サルハナの故郷が無くなっちゃうのだけは嫌だと思ったね。うちは、その後ずっと各地を回って、強い魔物を倒しまくってたんだよね」

「倒しまくった?その理由は?」


うーむ、私もイマイチ分かんなかった。

オルンがなくなるのと、あちこちで強い魔物を狩るのと、一体なにがどう繋がってるんだ?


「理由?うーん、単純にさ、取り込んだ人たちの力を試してみたかったってのもある。けど……多分、いや、本当はそれだけじゃないんだよ」


サルハナさんはちらりとフレヤさんを見て、肩をすくめた。


「オルンをそのままの姿で残しておきたかった。町は人がいなくなったらさ、町なんてどんどん廃れていくでしょ?でも、もし、オルンを治めてたヤツに大金をドバドバ払い続けたら、保存してもらえるかもしれないって思ってさ」


私たちは静かに耳を傾ける。


「当時、オルンのあたりを治めてたのは、今のレグモンド帝国の前身、レグモンド一族だったんだよね。地方の一領主。うちはその領主にさ、手に入れた魔物の素材や財宝を、全部献上したよ。あとね、その時代って、この辺り一帯が戦争を繰り返す地獄みたいになっててさ、領主同士がひたすら戦争しまくってたの。ま、みんなよっぽど鉱脈が欲しかったんだろうね」


そう言うと、サルハナさんは少し得意げに笑った。


「うちは、そのレグモンド一族の戦を全力で手助けしたんだ。戦場で暴れまくって、敵を蹴散らしてさ。そのおかげでレグモンドは勢力を拡大できたってわけ。ほら、うちって元は影でしょ?この世界の有象無象なら殺すのなんて朝飯前なんだよ」


そんな怖いことを飄々と語るサルハナさんに、フレヤさんが驚いたように眉を上げる。


「それって……」

「まあ、そういうこと!本当はこんな殺しはしちゃいけないって思ってたけどさ……サルハナが住んでいた痕跡がさ、どうしても残したかったんだよ。その見返りとして、うちはレグモンド一族に頼み込んだんだよ。『これからも儲けは全部渡すし、困ったときは助ける。その代わりにオルンの町をそのまま保存してくれ』ってね」

「それで……その願いは本当に受け入れられたのですか?」


恐る恐るといった具合に尋ねるフレヤさんに、サルハナさんは歯をむき出しにして笑った。


「いやー、レグモンド一族にとってもさ、これっぽっちも悪い話じゃなかったんだよ!だって、うちみたいな化け物が味方についてるってだけで、周りは手を出しにくくなるでしょ?それに、戦争でも勝ち続けられる。定期的に収入が手に入る。しかもこの化け物が敵に回ったらどうなることか、当の本人たちがよーく分かってる。だから、うちのお願いはすんなり通ったよ」


サルハナさんはうんざりしたような顔で軽く肩をすくめたけど、その瞳の奥には何か深いものが宿っているように見えた。


「それで、うちの両親が亡くなってからも……オルンはそのまま保存され続けたってわけ。誰も住んでないのに、ずっときれいなまま。今でも変わってないんだ」


サルハナさんは少し間を置き、懐かしそうな表情を浮かべる。


「……サルハナの両親のことも、話しておこうかな」


そう言うと、サルハナさんは優しく笑った。


「うちはサルハナの全部を受け継いで生きることになったからさ、最初はめちゃくちゃ戸惑ってたよ。そりゃそうだよね、目の前の娘はさ、完全にサルハナを再現しているだけの、訳の分からない影の魔人なんだもん。でも……うちは、サルハナの分まで生きるって決めたんだ」


サルハナさんは握りしめた自分の拳を、ジッと見つめながらそう言った。

その固い決意は、千年経った今も変わってないんだね……


「お父さんとお母さんもさ、最初は困惑してた。でも、やがてうちを娘として受け入れてくれたんだよ。うちもさ、サルハナから受け継いだ気持ちを最優先にして、両親に接したよ。はは、幸せだったな……「ああ、両親がいるってこういうことなんだ」って、死体から取り込んだ知識じゃなくて、身を持って味わった。幸せだったな……」


サルハナさんは目を細める。


「うちは、あちこち駆け回って、強い魔物を倒して……その見返りでオルンを守ってた。お父さんとお母さんも、それを見てやっと心から納得したんだ。……いや、納得以上だったかな。うちを全面的に受け入れてくれたんだよ」


その声には、確かな温かさがあった。


「最後は、うちなんかに感謝しながら寿命で亡くなった。……幸せそうだったよ。うちのことを心配せずに、安心して旅立ったんだと思う」


彼女はふっと息をついた。


「お墓は、家の裏に作ったんだよ。今もちゃーんと残ってる」


そう語るサルハナさんの表情は、どこか穏やかだった。




サルハナさんの後ろ姿を見つめながら、私は静かに息を吐いた。

家の裏手には二つ並ぶ墓。

風に揺れる草。

沈黙。


後ろに立つ私とフレヤさんも、何も言わずにサルハナさんの小さな背中を見守っていた。


サルハナさんは、じっと墓を見つめたまま、何かを考えているようだ。

けれど、長い沈黙のあと、ふっと振り返って笑った。


「ねえねえ!フレヤくん!アメリくん!うちの両親のまえでさ、『魔女っ子旅団』の話を聞かせてちょうだいよ!ねっ!?」


ぬおっ?ええっ!?

と、唐突だね……ああ、ご両親に色々聞かせたいのか。


「だってさ、超有名人じゃん? もうアメリくんフレヤくんの冒険譚は、傭兵たちの語り草になり始めてるんだからさ!お父さんもお母さんも知ってるでしょ?ここにいるハーフリングのフレヤって子はね、あのマテウスの千年後の子孫なんだよ!」


フレヤさんと目があった、フレヤさんは優しい目をしてる。


フレヤさんは、これまでの道中で出会った変わった人たちのこと、戦った魔物のこと、ちょっとした失敗談のことなど、お墓に向かって語りかけるように喋った。

フレヤさんの言葉は、墓の前の空気をふっと和らげるように軽やかだった。


楽しそうなサルハナさんの横顔を見つめる。

この人は悲しさを隠しているわけじゃないんだ。

きっとサルハナさんは『サルハナ』として生きているから、こうして自然に話せるのだろうな。


そうして、墓参りは終わった。


夕暮れの陽が長く影を伸ばしていた。




その後、サルハナさんの実家の中で、私たちは夕食を食べることに。

色々と聞きたそうなフレヤさんに気がついたのか、先に口を開いたのはサルハナさんだった。


どーやら本来、サルハナさんは食事も睡眠もまったく必要ないらしい。


「え、サルハナさん、食事いらなかったんですか?」


フレヤさんが驚いたように聞き返すと、サルハナさんは笑いながらスプーンをひらひらと動かした。

サルハナさんはちょっと面白そうにニコニコしてる。


「んー、うちは影だからね!食事も睡眠も、別に必要ないんだよね」


そう言われてみると、不思議な感じだけど、これまでの旅を思い返すと確かにサルハナさんがガッツリ眠ってるところを見たことがない。

「腹減ったよー」と騒ぎ出す姿すら、一度も。

うわっ、いかにもサルハナさんっぽい行動なのに、全然気がつかなかった!


「……では、一体どうして?」

「いや、だってさ、サルハナとして生きるには、そういうのも大事じゃん?ねっ?」


器の中の料理をスプーンで弄りながら、サルハナさんは軽く笑う。


「美味しいものを食べるのって、幸せじゃん? ぐっすり眠れると、気持ちいいでしょ? うちは、そういうのをちゃんと味わいたいんだよね。本来のサルハナが全然出来なかった『生きてる』っていう実感、大事にしたいんだ」


言い聞かせるような、あるいは、確かめるような声。


「だからさ、うちもご飯を食べるときは食べるし、眠るときはちゃーんと寝るよ。こういう当たり前のこと、大事にしないとね」


フレヤさんは納得したように静かに頷いた。


私はそっと胸に手を当てる。


食べること、眠ること、日々を過ごすこと。

それは、生きることそのものなんだ。

サルハナさんは、『サルハナ』として生きるために、あえて無駄なことを大切にしてるんだね。


凄いな、この人は……本当に親友だったんだ。


「まぁ急いでるときは全部省略しちゃうけどね!色んな姿になれる!ご飯も睡眠もいらない!ね?30年もありゃ、大陸中を駆けずり回るくらい余裕でしょ」

「はは、そういう訳でしたか。それは秘密だとしか言えない訳ですよ」


苦笑いのフレヤさん。

はは、そりゃ言えるわけないね。




そして食事が終わると、サルハナさんはふと真面目な顔になり、こんな話をし始めた。


「……ねえ、うちはさ『死者を取り込む』ことができるんだよ」

「ですね、そう仰ってました」

「そう。サキュバスみたいな真似っこじゃない。亡くなった人の存在そのものを、まるごと自分の中に取り込むのさ」


軽い口調だけど、その言葉にはどこか重みがあった。


「それは……」


と、フレヤさん。

少し緊張した面持ちだ。


サルハナさんはピッと指を一本立てた。


「まずメリットから話すね。うちは取り込んだ人の姿形だけじゃなくて、その人の知識や経験を、そのまま自分のものにできるんだ。だから、色んなことを知れるし、力もそのまま手に入る」

「……つまり、取り込めば取り込むほど、強くなると?」


それが事実なら、多分、サルハナさんに勝てる人なんていなくなる。

この人が本気を出したら……私でも勝てるのだろうか?


「うんうん、そんな感じ。でもね……」


サルハナさんは、今度は少し寂しそうに笑った。


「デメリットもあるんだよ。例えば……取り込んだ人の関係者や、特に家族の前には姿を見せられない。当然だよね」

「ま、まぁ…死んだはずの知り合いがフラフラ歩いていたら、騒ぎになるに決まっています」


それは多分、相当恐ろしいよ…!

もし、それが最愛の人だったら……。

いや、想像するだけで滅茶苦茶こじれそう。


いやぁ、こりゃなかなか凄いデメリットだ。


「だからさ、その人の大切な人の前に立つのは、なんていうか……残酷でしょ?」


サルハナさんはふっと目を伏せた。


「それにさ、取り込んだ死者の無念とか憎しみとか、そういうのまでぜーんぶ受け継ぐことになる。取り込んだ直後はさ、それがすごく重くてさ……数日間は気持ちの整理がつかないことだって、たまにあるんだ」

「そ、そんなの…つっ、辛いじゃないですか……」


人一人の一から十の全てを取り込む…

それを、何人も、何人も……

普通なら発狂しそう。


「初めのうちは全然なんとも思わなかったしさ、むしろ「へぇ、この世界の人たちって面倒だし大変だな」くらいにしか思ってなかったよ。ま、元の世界じゃさ、こっちみたいに親子兄弟がいる種族も勿論いるけど、うちには親も兄弟も居なかったしね。死が身近過ぎてさ、別に一々悲しむ頭はなかったっつーかね」


そう言いながらも、サルハナさんのその顔には、どこか遠い影があるように見えた。


「人を取り込み過ぎたし、人として長く生きすぎたせいだろうね。今更元の世界に帰ろうなんて気も起きなくなっちゃったよ。この世界の人らしくなりすぎちゃってさ、あっちに馴染めそうもないよ。でもうちは、どこまで行ってもこっちの人じゃない。気がつけばさ、はは……どっちの人でもなくなっちゃったよ」


長年にわたって何人もの死者を取り込み続けたせいで、きっと、もう誰よりも『この世界の人間の気持ち』に寄り添える存在になってしまったんだ。


それは、影の魔人が『サルハナ』として生きるために背負った、もうひとつの宿命なのかもしれない。


フレヤさんも私も、しばらく何も言えなかった。


なんて言えばいいのか、適当な言葉が見つからなかった。


ただ、目の前にいる影の魔人が、誰よりも人らしく見えてしまったのが、不思議でならなかった。

面白かったという方はブックマークや☆を頂けますと幸いです。

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