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不思議な魔女っ子とちびっこサポーターの冒険譚  作者: 三沢 七生


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258.鉱山の町オルン

サルハナさんの故郷であるオルン鉱山に向かっている私たち。

道中飛び出してくる雑魚魔物を討伐しつつ歩みを進めている。

そんなに遠い場所じゃないと聞いたけど、なかなか歩いているわけで…今に至る。




サルハナさんを先頭に、荒涼とした荒野を歩く私たち。


歩いているうちに、ふと、会話が途切れた。

凄い…サルハナさんが居るのに沈黙。

あんなにパクパク動いていた口が…!?

こっ、これは凄いことですよ!!


「…空賊、いたじゃん?」


あ、速攻で喋りが再開された。

サルハナさんが黙り込む訳が無…空賊?また随分急だね。

進行方向を向いたままそう言ったサルハナさん。


私とフレヤさんは目を合わせてしまう。

小さく頷いたフレヤさんが口を開く。


「ええ、いましたね。空賊」


フレヤさんは様子見かな。

私は黙って聞いていよっと。


「トゥーロヴィ族が空賊をやる訳だけどさ、どこの国にも属さない、山の中でだけ生きる部族がさ、なんであんな危ない真似すんのか分かるかい?」


ふーむ…言われてみればだ。

険しい山岳地帯でひっそり生きる部族が、命の危険を省みずに、周辺諸国の金銀財宝を掻払うのは…うーむ。

とは言え買い物くらいはするんじゃないの?


「山岳地帯だけでは手に入らない物だってあるでしょうからね」

「でも山で生きるヤツらはさ、大概は山の中で完結するよ。だから山から山へ移動して暮らす生活が何百年、何千年と続いているわけ。欲しいものがあれば物々交換でさ、全然事足りるくらいに、山の中は自然の恵みでいっぱいさ」

「ま、まぁ…あの空を飛ぶ技能があれば魔物討伐も容易でしょう。魔法に頼らない、爆発を引き起こす道具も然り…」

「だよ。……トゥーロヴィ族はさ、山を守りたかったんだよね」


サルハナさんがピタリと足を止めた。

振り返ったサルハナさんの顔は、何となくやるせない顔をしていた。


「山に生きるトゥーロヴィ族にとって山はさ、何よりも大切だよ。そんな大切な山をさ、周辺の国々がガツガツドカドカ削って、ガンガンジャンジャンほじくり返してさ、山をドンドンぶっ壊す」

「この辺りの国は、挙って山をほじくり返していますからね」


まぁ儲かるもんね。


「だね。後に残るのは何もない禿げ散らかした山。だからトゥーロヴィ族は山を守るため、空賊として空から襲う道を選んだ。ま、根っからの悪人って訳じゃないわけさ」

「そういう動機があったんですね…」


そうなってくると難しい問題だ。

再び歩き出したサルハナさん。

フレヤさんも呟くように言って、歩いたまま腕を組んでしまう。


「でもさ、ナースチャちゃんたちみたいなほじくり返す側だってさ、生きていく為に山をぶっ壊してほじくり返すしかないよね」

「今更、全面的に採掘禁止になんてしようものなら、この辺りの国家群はたちまち立ち行かなくなりますね」

「その通り。地面の中に金になりそうな便利で不思議な石ころが混ざってる。それに気がついたヤツが出てきた瞬間から、もう…こうなる運命にあったんだろうね」


こんなロクな資源もなさそうな土地。

ちょろっと地面をほじくり返すと、そこには金になりそうな石がザックザク。


山を守りたい人も責められないし、生きていくために山をほじくる人も責められない。


「空賊が一方的な悪である、という単純な話ではない訳ですね」


そんなフレヤさんの言葉に、サルハナさんはピタッと歩みを止めた。

私とフレヤさんの視線がサルハナさんの後頭部に集まる。

サルハナさんは暫くそのまま立ち止まり、やがて口を開いた。


「片や、自分たちの大切なものを守りたかった。片や、飢える仲間たちにオマンマを食わせたかった。どっちも立派な正義だし、どっちも立派な悪。大概のもんってさ、単なる悪に見えても、その土台にはちゃーんと理由があるんだよね」


サルハナさんがこちらを振り返った。


「トゥーロヴィ族は山を奪われたけどさ、最初からなんも持ってなくて、憧れることが『悪』とされることもあるじゃんね」


私は返答に詰まってしまった。

返答に詰まってしまったのは私だけじゃなく、フレヤさんもきっとそう感じているに違いない。


なんだろう、サルハナさんのこの悲しそうな笑顔は。




肌を刺すような冷たい風が吹いた。

夕暮れの光を帯びた風が、広い大地の上を流れていく。


私もフレヤさんも、すぐには言葉を返さなかった。

サルハナさんの何気ない一言が、想像以上に重かったからだ。


私にも、なんとなく分かってしまった。


サルハナさんは魔人というやつだ。

『マテウスの冒険譚』の中に出てきた、マテウス達が立ち向かったという、あの魔人なんだ。

フレヤさん経由の魔人についての断片的な情報から考えて、サルハナさんの異常な能力や、とんでもない寿命。

サルハナさんが魔人であると仮定すると、驚くほど、ぴたりと嵌まってしまう。


フレヤさんが小さく息をつき、ぽつりと呟いた。


「……憧れることが悪だなんて、悲しいですね」


そんなフレヤさんの何気ない一言に、振り返ったサルハナさんはふっと口角を上げた。

けれど、それは笑っているというよりも、何かを誤魔化すような表情。


「だねー。でもさ、珍しい話でもないよ。ありふれた…どこにでもある話さ」


サルハナさんの顔を見る。

いつもみたいに笑っているのに、その顔はどこか寂しそうだ。


それ以上、誰も何も言わなかった。

代わりに、ざっざっという地面を踏みしめる足音だけが響く。


空は、ゆっくり、ゆっくりと深みを増していく。

赤と橙の光が地平を染め、遠くの山々が長い影を落とす。


誰かが喋らなくても、歩き続けることで、私たちの旅は進んでいく。


やがて、沈みかけた太陽が、向こうの山の端にそっと隠れた。

最後の光が、名残惜しそうに雲を染め上げる。


その時、サルハナさんが足を止めた。

遠くを見つめながら、ぼそりと呟く。


「……もうすぐ、着くよ」


そんなサルハナさんの言葉に、私とフレヤさんが視線を上げた。

黄金色に染まる空の下、岩山にへばりつくような街の影が静かに浮かび上がっていた。




はえー、随分と立派だ……


門の前に立った瞬間、そんな感想が頭をよぎった。


私たちの目の前にそびえるのは、まるで城壁のような分厚い壁。

唯一の入り口である門には、ハルバードを構えた兵士たちが並び、上の見張り台には弓兵が警戒を怠らない。


鉱山の町の入り口にしては、明らかに物々しすぎる。

感心しながら隣のフレヤさんを見ると、フレヤさんが何とも言えない顔をしているのに気づく。


ん? フレヤさんは緊張してるのかな?

心なしか、肩もこわばっているように見えるね。


私とフレヤさんが何も言わないまま立ち尽くしていると、前を歩いていたサルハナさんが突然、パッと異空間収納から何かを取り出した。


あっ!兵士たちの方にトテトテ走ってっちゃった!!

これはまた余計なトラブルが起きる予感…!!


「ほら、これ! うち、例のアレさアレ!」


チラッと見たところ、銀の鎖に、深い青色の石が埋め込まれたネックレス。

ただ、それだけのネックレス。


なのに、兵士たちは一斉に深く頭を下げた。


「……どうぞ、中へ」


まるで王族でも迎えるかのような態度の変わりよう!

思わず目を丸くする。

フレヤさんと目があった。

私と同じく、意外すぎる展開にビックリって感じの顔をしてる。


でも、サルハナさんは気にも留めず、門の向こうへと歩き出しながら軽く手を振った。


「いつもありがとさん!」


サルハナさんの気さくな言葉に、兵士たちは無言のまま敬礼を返す。


「ほれ!ぼさっとしてないで、二人ともついておいで!」


ぬおっ!呆然としてた!!


「……行きましょう」

「でっ、ですね…」


とりあえずサルハナさんの後を追うかね…




第一印象として、この町は妙だった。


どこもかしこも綺麗に整えられている。

メインの通りには店みたいなのもあるし、民家だってある。

畑もあれば、あちこちの坑道に続くと思われる横道もある。

足元は歩きやすい、滑らかな石畳。


でも、人の気配が全くない。


まるで、ついさっきまで大勢の人が住んでいたかのようなのに、その姿だけが忽然と消えてしまったみたいな……そんな奇妙な静けさ。

聞こえてくるのはヒューヒューと通り抜ける風の音と、遠くから聞こえる鳥の鳴き声だけ。

木や石の醸し出す古びたにおいが妙に薄い気がする。


ハッと我に返った。

なんだ、この得体の知れない気味の悪さ……

フ、フレヤさん、これは一体なんなの?


フレヤさんも足を止めている。

その表情は険しい。


「フ、フレヤさん…こっ、この町……」

「こ、この古めかしい町は……?」


フレヤさんの瞳が、不安に揺れている。

世情に疎くて呑気な私でも感じる気味の悪さだ、博識で聡明なフレヤさんが感じているものは、私のものよりもっと強烈なものに違いない。


「まるで……今朝まで大勢の人が住んでいたような……」


フレヤさんの言葉に、私は思わずゴクリと唾を飲み込む。

目が合った、フレヤさんの口が開く。


「見てください、あの石版の山」

「え?あ、あぁ…」


顎でくいっと指した店の軒先に、大量の薄い板みたいな岩が山積みになっている。

あ、地面に敷く石畳ではないんだ?

石版?いやぁ…紙とか木の板なら分かるけど、石版?


「紙が普及した今、わざわざ岩を切りだして石版を使うなんてことはありませんよ…」

「な、なるほど…」


意識して見まわすと、あちらこちらに石版が積まれているのが目に付く。

そー言われてみれば、これまで石版なんてものが町中でほったらかしてある光景なんて見た覚えがない。

あちこちの村に立ち寄った訳じゃないけど、あの貧乏なリュフラル王国ですら、だ。


「それに屋根。どの家の屋根もこれ…木の板に蝋を塗っているだけの屋根ですよ。べつにそれ自体が珍しいとは言いませんが、全部の建物がとなると……。瓦も金属板の屋根も見当たりません」


屋根!

そんなの全然意識してなかった!

た、たしかに見渡す限り、どこも屋根は木の板。

瓦や金属板みたいなものを上に載せてる家なんてない。


「井戸の巻き上げ機も妙に古めかしい機構なのに真新しい。畑に使うであろう犂も木製なのに新品同様。今日日、木製の犂なんて効率が悪くて使いませんよ……ま、まるで……ここだけ数百年前から時が止まっていますよ…」

「わ、私も……な、なんか違和感を、お、覚えたくらいです…」


私たちは遙か前を歩くサルハナさんに視線を送る。


この異質な町は、一体なんなんだ……?


フレヤさんの言葉は続く。


「それにこの町、道が妙に綺麗すぎます」

「み、道…ですか?」


足元に視線を落とす。

人工的に削られた石畳風の岩道。

かなり手が込んでいるね……


「これほど広範囲に整った道を作るには、相当な労力が必要です。でも、摩耗の跡がほとんどありません。重量物を運搬するはずの町でこの綺麗さは異質です」

「あっ……」


本当だ!


「あるはずの車輪の跡が全くないんです。ここは鉱山都市ですよ?重い荷車が何度も通るはずの……」


正直、殆ど使われていないと言った方がいい。

風化もしてなさそうだし、土埃みたいなのも見られない。

誰かが手を加えていないと出来ない芸当だ。


「何の店か分かりませんが、遥か昔に使われていたとされる石製の秤らしきものもあちこちで見かけます。これは……」


売り物は全く見かけないのに、どの店先も埃が積もっていないし綺麗なまま。

挙げ句、戸が半開きになっている家まである。

どこにも住民がいないのに、たしかに使われていた形跡だけはある。


でも、そんな私たちの様子なんてお構いなしに、サルハナさんは何でもないような顔で立ち止まり、こちらを振り返った。


「ほら、あそこ。うちの実家の雑貨屋!」


サルハナさんが指差したその先には、軒先に看板のかかった、古びた店が静かに佇んでいた。


この状況、サルハナさんにとっては『当たり前』なんだ。

いつものようにニコニコとしたサルハナさんの明るさが、今は怖く感じる。

それは隣のフレヤさんも同じみたいだ。


これは鉱山の町だけど、町なんかじゃない。

町の格好をした『何か』だ。


気味が悪くて怖い。

それでも危機とか殺気めいたイヤな予感はない。

私たちは今、何に巻き込まれているの?


とりあえず……サルハナさんの実家に向かうかな。

面白かったという方はブックマークや☆を頂けますと幸いです。

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