254.夢
サルハナさんのマブダチがワイバーン便に乗せてくれるってさ!
わーっ!ワイバーン便、ワイバーン便!
そんなワイバーン便の主はなんとこれから向かう予定だったレグモンド帝国の大皇女のアナスタシア様。
お、おいっ!振り幅が凄すぎるぞサルハナさん!!
そんな訳でマグヌス・ワイバーンの背中に乗って今に至る。
どーやらアナスタシア大皇女は本当に私とフレヤさんの冒険に興味があったようで、フレヤさんが私との出会いから今日に至るまで大冒険を、饒舌に語っていた。
アナスタシア大皇女は無邪気な笑顔を浮かべながら、まるで子どもが夢物語を聞くように、フレヤさんの話に夢中になっていた。
私は当事者のはずなのに、フレヤさんの口から語られると、なーんとも不思議な気分になる。
ああ、私とフレヤさんは、こんなに色んな大冒険をしてきたんだなぁ。
しみじみとそう思う。
アナスタシア大皇女に言えないエピソードも満載だけど、もしかしたら、後世の人たちも私たちの冒険譚に胸を弾ませる日が来るのかもしれない。
ふと、アナスタシア大皇女が楽しそうに笑った。
「はは!たしかにサルハナの破天荒ぶりは冒険譚向けかもしれんな!しかしサルディン石で安定した収入か。サルハナはつくづく商売上手というか…商いの神に愛されているな」
そんな風に褒められたサルハナさんだけど、当の本人は心ここにあらずといった様子で、「はは、はぁ」なんて空返事。
ちらりと見ると、地面を見ないようにしている。
……まだ怖いんだなぁ。
「サルハナとは、かれこれ三百年近い付き合いだが――「さ、三百年!?」
あ、しまった!!思わず素っ頓狂な声を上げて、アナスタシア大皇女の言葉を遮っちゃった!!
いやいや、三百年!?
じゃあアナスタシア大皇女は300歳以上?
えーっ!?
「はは!その反応は新鮮だな!ふふ、そうか。アメリは記憶喪失だったな」
ホッ…アナスタシア大皇女は楽しそうな反応だ!
アナスタシア大皇女は私の驚きようが面白かったのか、楽しそうに微笑んだ。
「アメリさん、アナスタシア大皇女はとても有名な方なんですよ」
あ、そんな有名な人なんだ?
フレヤさんが解説を続ける。
「人間族国家の中で、先祖帰りの妖精族でいらっしゃって、私と同じくらいの年齢にしか見えませんが、そのお年は…えーと」
ご本人を前に「こんな若く見えるけど、かなり歳食ってるんだよ!」とは言えないわな…
「はは、気にすることはない。私は今年で三百十一歳だ。まだ十七やそこらの小娘に見えたか?」
「そ、そうとしか…見えません…!」
実際、何の説明も無かったら十代のお姫様にしか見えないもん。
こんなの初見で「さてはあなた…300歳は越えてますな!」なんて当てられる訳がないよ!
そんな私の心の声をよそに、サルハナさんが肩をすくめながらニヤリと笑った。
嫌な予感のする笑みだ…
っていうかもうワイバーンの背中には慣れたみたいだ。
「ナースチャちゃんとうちは、ババア同士の腐れ縁のお友達だよ。ナースチャちゃんがガキンチョだった頃からの付き合いだね。『おい!おまえ!ずがたかいじょっ!』なーんて、偉そうに指をピッとさ!」
「うるさいぞ、サルハナ」
「はは!まぁ、ババア同士、気兼ねなくぺちゃくちゃ話せるのなんてうちしかいないんだよねー?」
ちょっ!ちょーいっ!!
アナスタシア大皇女をナースチャちゃん呼ばわりなうえ、ガキンチョって!
「サルハナさん!流石に失礼ですよ!」
フレヤさんが即座にツッコミを入れる。
そうです、フレヤさんの言うとおり。
いくらなんでも失礼過ぎる。
でもアナスタシア大皇女は微笑みながら肩を竦めた。
「いやいや、サルハナ相手に今更失礼もなにもない。実際、無駄に年を重ねた私に対し、ここまでズケズケと踏み込んでくるのはサルハナ以外いない。現皇帝すら私の扱いが慣れていないからな」
「もうさ、何代後の子孫たちが帝国やってんのかも分かんないもんね?」
「はは、流石にそれくらい覚えているな」
なんか、素敵な関係だな。
一人だけ寿命が全然違うと、周囲は長年いる大皇女をどう扱えばいいのか分からなくなって、世代が変わるごとにどんどんよそよそしくなっていく。
そんなことに疲れた頃に、ふらっと目の前に姿を見せるのがサルハナさん、か…
自分の幼少の頃を知っていて、絶対にペコペコしたり、顔色を伺ったりしない、唯一の親友。
そうか、アナスタシア大皇女にとってサルハナさんはかけがえのない存在なのかもしれない。
そしてサルハナさんもアナスタシア大皇女の孤独が分かっていて、敢えてざっくばらんに関わっているのかもしれ…いや、サルハナさんのズケズケ入り込んでくるのは元からか。
「それで、大皇女殿下。こんな視界の悪い夜に、しかもワイバーン便で急ぎのご用事とは?」
お、フレヤさんの言うとおりだ!
なにもこんな夜に出発することも無かろうに…
フレヤさんがやんわりと尋ねると、アナスタシア大皇女は、にんまりと笑ってみせた。
「ガンバヤル商会から『大地の篩』を借りてきたのだ。魔法鉱石以外を粉々に砕く魔導具でな」
「だっ、大地の篩…?」
聞いたことないな…
んー、フレヤさんは知ってそうな顔だ。
アナスタシア大皇女は私の目を見て穏やかに微笑む。
優しい笑顔だな、この人は本当に綺麗な人だね…
「そうだ。借用にも順番があって、漸く我々レグモンド帝国の番、というわけだ」
「あ、じゅ、順番が…あるのですね…」
台数が少ないのかな?
順番ってことは期間が定められているってことだよね。
ふーん、これまで数百年間、よくもまぁ大きな揉め事もなく、ここまで来たもんだなぁ。
「オルゾガンを離れてから二十日間しか使えないという制約がある。だからこそ、借りた直後に急いで自国の採石場へ向かっているというわけだ」
「なるほどですね。それなら急いで向かう理由も納得です。それにワイバーン便を使う価値があります」
フレヤさんは納得したように頷く。
ふーん、その魔導具を岩に当てて発動させれば、ガンガン魔法鉱石だけを抽出できて、そして時間制限があると。
なら急ぐ理由も理解できる。
使えなくなるんじゃ、そりゃあオルゾガンに大人しく返却した方が今後の良好なお付き合いにも繋がるし、もめ事も起きないわけだ。
でも、そもそもそんな都合のいい制約つきの魔導具なんて…
あー!それがサルハナさんが建国前のエルヴェルネス王国で、ダークエルフ族から譲り受ける約束を取り付けただなんだって!
「いやー、うちが四百年前にダークエルフ族に『数日オルゾガンから離れたら使えなくなる制約でもつけといてよ!』って注文しといてよかったねぇ」
「やっぱりサルハナさんの入れ知恵だったわけですね」
やっぱりサルハナさんが絡んでた。
フレヤさんのそんな言葉にサルハナさんが肩をすくめながら、あっけらかんと言い放つ。
「はは!そうそう!うちだよ!だってさ、そうすりゃ、あらゆる国が借りたがるし、使えなくなりゃさ、また使いたいから返すよね。みんなナースチャちゃんみたいに必死!そこが狙い目なのさ!」
興味津々の私たちと、呆れ顔でサルハナさんを見つめるアナスタシア大皇女。
ちなみにアナスタシア大皇女の護衛や使用人たちは徹底したプロ集団!もう全然「会話なんて聞いてません」と言わんばかりの澄まし顔だ。
サルハナさんは飄々とした様子で言葉を続けた。
「たとえばだけどね、ある国が抜け駆けしてオルゾガンを侵略しようとする。そうした瞬間に、他の国々は敵に回るよね?」
「今まで普通に借りられたものが独占される恐れがありますからね…」
フレヤさんは腕を組みながら呟くようにそう言った。
そしてそんなフレヤさんはかわゆいのである。
「でしょ?ほら!もう防衛なんて最低限で済むようになった!勝手に牽制し始めてさ、何かありゃそれ以外の勢力が守ってくれちゃう!よその国がオルゾガンを攻め始めたらさ、ナースチャちゃんとかすっ飛んできちゃうよ!」
「…すごいですね!そんなところまで見越して…すごい…」
フレヤさんは思わずといった感じでそう呟いた。
私もかなり驚いているというか、すごく感心している。
「ふふーん!貸し出しサービスで暴利を貪る必要なんてなくてさ、良心的な価格を取って、お利口な都市だってアピールして、ついでにみんなに守って貰うのさ!貸し出しで暴利を貪るよりよっぽど利益があるってサルハナお姉ちゃんは考えたわけ!イエァ!」
サルハナさん、こういうところ本当に抜け目がない。
フレヤさんに向けて両手でピッと指を指した。
「ふふ、何百年経とうと相変わらずだな、サルハナは」
アナスタシア大皇女は楽しそうに微笑む。
サルハナさん、気分が良くなったのか、ニコニコしながら口を開いた。
「しかしさ、いつまでこんなお使いみたいなことしてんのさ?ナースチャちゃんに意見できるヤツなんざ帝国内にいないでしょ!」
はは、確かにそーだよね…
大皇女なんて肩書きの皇族が、わざわざワイバーンに乗って現地に赴く…そんなことする必要があるわけがない。
「お使いか、はは!たしかに、だな。しかし、帝国内では『大皇女様直々に行ってもらえばオルゾガンへの誠意も見せられるし、護衛も少数で済むのにな…』という空気が漂っていた。私はそれを察して、この任務を引き受けたまでだ」
「つまり、大皇女殿下が行けば、外交的にも都合がよく、軍事的な負担も少ないと?」
おいおい、なんだよその不敬な空気は!
皇族だよ!?醸し出しちゃダメでしょ!
フレヤさんもビックリしてるよ!
「ああ、その通りだ。加えて、帝国の者たちは、私がこういう役回りを買って出ることに慣れている。私自身、こうして大空を駆け回るのが好きだしな。王城などにいるより、よほど気が楽だから、そんな空気を利用させて貰っているだけだ」
アナスタシア大皇女はさらりと言うけれど、それってつまり、相当な実力と信頼があるからこそ成り立つ話だよね…
「ナースチャちゃん、ほんっとに便利な大皇女だよねぇ」
「うるさいぞ、サルハナ」
二人のやりとりを見て、私は思った。
アナスタシア大皇女は、ただ高貴な身分にいるだけじゃない。
自分の立場を理解し、それを利用して帝国の利益を守っている。
そして、それを遠慮なく指摘できて、軽口を叩き合えるのがサルハナさんなんだな…
この二人、やっぱりいい関係だな。
マグヌス・ワイバーンは北へ向けて、優雅に翼を羽ばたかせる。
その動きはどこか気品を感じさせ、まるで空を舞う王侯貴族の馬車のようだった。
アナスタシア大皇女曰く、このマグヌス・ワイバーンは皇族お抱えの自家用ワイバーンらしい。
なるほど納得だね。
ちなみに本来なら、もっともっとビューンと速く飛べるのだとか。
でも、今は優雅にのんびりと。
これなら、地上から見ても「あの旗、あの優雅さ…ああ、皇族の方々が乗っていらっしゃる」と、一目で分かるだろう。
ふと右の方に視線を送る。
フレヤさんの綺麗な横顔…違う違う、違ーうっ!
綺麗でかわゆい横顔だけど!今はフレヤさんじゃなーいっ!
目を凝らすと、東の空のずっと向こうが紫色に染まり、地平線の向こう側が静かに赤く色づいていた。
「わぁ…」
思わず声が漏れた。
フレヤさんがこっちを見た。
そして直ぐに東の空に顔を向けた。
「アストラリスの木が、夜の星々と最後のお喋りを交わす刻…ですね。空から見ると、また格別ですね…」
神話の言葉かな。
ああ、そういう風に表現するんだ。とても素敵だ。
この瞬間は、ただ美しく、儚く、けれど、確かに新しい朝がやってくる予感に満ちている。
フレヤさんは、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「アメリさんと出会うまで、私はマテウスのような大冒険をするなんて思ってもいませんでした。夢はいつまでも夢のままで、恐ろしい魔物も、手に汗を握る駆け引きも、こんな雄大な景色も…すべてが、遠い世界の出来事のようで……。でも、こうしてアメリさんと出会って、アメリさんと二人で…こんな大冒険ができて…」
ふっと笑う。
「ああ、考えが散らかってるな…ははは」
フレヤさんが振り返り、私の目を見た。
その瞳は、涙で潤んでいる。
「私をここまで連れてきてくれて…夢の続きを見せてくれて、本当にありがとうございます」
「そ、それは、わっ、私もです…!こ、これから、もっと…冒険譚は半分にも、い、行ってないです!」
私とフレヤさんの大冒険、フレヤの冒険譚はまだまだ続くよ!
これからも私たちは、お互いに支え合いながら、一歩一歩、前に進んでいくんだ。
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