245.なんなのこの人
怪しさ満点の旅の行商人サルハナさんのもと、私たちはこの国が管理するアルスガル鉱山へと向かった。
そこでサルハナさんは獣人の兵士に化け、堂々とゴミ捨て場に捨てられたらサルディン石を全てゲット。
悪戯が成功した子供のようにクスクス笑いながらトンズラをこいたサルハナさん。
そして見事にアルスガル鉱山から遠ざかって今に至る。
再びホルゴ街道へと戻り、ようやく元のハーフリングの姿に戻ったサルハナさん。
ズンズンと軽快ながら勇ましく進みながら、豪快に笑い声を上げた。
「あははは!いやー!大成功大成功!三箱分くらいは貰っちゃいましたなぁ!いや、もっとかなぁ?もっと、だ!豊作じゃあっ!豊作じゃあっ!」
不思議な小躍りをしながらそんな風に陽気に話す姿に、フレヤさんはサルハナさんにジットリとした視線を向ける。
「そうですね、不法な手段で大量にせしめてしまいましたね」
その冷たく尖ったフレヤさんの言葉に、サルハナさんはクルクルと舞うような動きでフレヤさんに近づき、その背中に軽く手を回す。
「その物言い!カーッ!!物は言い様とはよく言うよねぇ!フレヤくんに贈る言葉だよ!物は言い様!」
『物は言い様』は、自らを正義の味方と言い張るサルハナさんにこそ似合うセリフだ。
サルハナさんは大袈裟なため息をついてから、再び口を開く。
「良いの良いの!フレヤくん、こう思うんだ!『誰も不幸にならない正義の活動!』ってね!我々はね、不法投棄される予定のものを回収しただけなの!ゴミを放置しておく方が悪いってモンさ!」
それにしてもまるで疑われる事もなく、スルスルーっとゲット出来てしまった。
とにかく、この陽気な変人サルハナという女は恐らく、こーしてセコセコと犯罪まがいに品物をせしめて売りさばいているから、旅の行商人をしている疑惑。
それを聞いたフレヤさんは、つくづく呆れたような顔だ。
そしてそんなフレヤさんの耳元で、「まぁまぁ」と言わんばかりに両耳に囁き続けるサルハナさん。
「うーん、まぁ…たしかに、順当にいけば不法投棄されるゴミ…」
「だよだよー!ゴミだよゴミ!サルディン石はね、絵の具の顔料にするにも薄い色だし、本当に使い道がないゴミなんすよ奥さん!ヤダワー、ゴミヨー、コマルワー」
まぁでもサルハナさんの言うとおりかもしれない。
やり方こそ微妙だけど、不法投棄されるものを引き取ってあげただけ。
「夕方までにもう一カ所回っちゃうよー!ぐーるぐる回っちゃうよー!次は大丈夫!さっきみたいにだまし取るみたいなことはないから!ねっ?ねっ!」
「自分で『だまし取る』って言っちゃってるじゃないですか!もう、これ本当に大丈夫なんですか!?」
賑やかな旅は暫く続きそうだ…
私とフレヤさんは、とんでもない人に関わってしまったのかもしれない…
次の目的地でもあるバイナル採掘場。
サルハナさん曰く、ここはちょっと癖があるようだ。
「ふむふむ…エルヴェルネス王国との国境を越えたので、途中から人間族や獣人族が入れなくなったと…」
そーなのだ。
山の中ならバレなきゃ平気だとでも思ったのか、このバイナル採掘場はひたすらエルヴェルネス王国方面に穴を掘り進めたよーだ。
そしていつしかそんな悪事がエルヴェルネス王国にバレて、すったもんだの末に人間族と獣人族が途中から入れない鉱山と化した。
そしてエルヴェルネス王国側の工作により、魔物がうろつくダンジョン化したけれど、無理やり運営を続けているらしい。
何というか『馬鹿じゃないのか』って感じの採掘場だ。
「定期的に魔物掃討をしているっ!君たちぃ!何が言いたいか…分かるかねっ?」
私たちの前をゆくサルハナさんが歩きながら振り返った。
その満面の笑みを目の当たりにして、フレヤさんは呆れ気味。
「魔物掃討の当番が来たと兵士を騙し、大手を振ってまんまと中へ侵入しようという訳ですね」
フレヤさんの視線はヒエッヒエだ。
サルハナさんはフレヤさんに向けてピッと指を指し、それからパチンと指を鳴らしてみせた。
「正確っ!大正解…そうです!まーた間抜けな兵士を騙くらかして、ふへへ、しめしめ…って違~うっ!いやいやっ!人聞きが悪いねえ!君ぃ!」
ひょいとフレヤさんの隣に移動し、フレヤさんと肩を組むサルハナさん。
その表情、大袈裟なまでに悪巧みしているよーな笑みだ。
「騙すという点は間違っていないと思いますけれど」
「違うんだなぁこれが!出入口に蓋をしてるけどさ、中から魔物が出て来ちゃうから、これは正義の活動なのであるっ!そのついでにありがたぁくゴミをチョイと拝借しよってなもんですよ!」
また『正義』だ…
誰も不幸になってないんだからってのがサルハナさんの理論なんだろうな。
「まぁ…言い様によってはそうと言えなくもないですけどね…」
「そもそもね?そんな危険な採掘場をね?閉鎖しないリュフラル王国が馬鹿なのが悪ーいっ!バルグタ石が採れるからっていつまでも未練がましく掘り掘りしちゃってる、欲の皮が突っ張っているリュフラル王国が一番悪いっ!!」
欲の皮が突っ張っているのはサルハナさんもだろうに…
まぁ…誰かが大損こく訳じゃないし、別にいいのかなぁ…?
サルハナさんの話によれば、坑内に湧いた魔物が無視できなくなってくると一時的に封鎖し、傭兵を連れてきて魔物掃討を行い、そして再び掘り掘りを始めるらしい。
エルヴェルネス王国側を掘り進めずとも、リュフラル王国側からまだまだバルグタ石が出てくるから、こーして危険な採掘場が完全閉鎖されることなく、今もなお稼働しているとのこと。
そして今はちょーど封鎖時期らしい。
「命の危険!安い報酬!…んなもんねぇ、誰も依頼なんて受けないっすよー姉さん!そこでうちら!ゴミ同然のサルディン石だけで魔物掃討してやろうってんだから、寧ろ感謝されるべきなのですよ!」
「たしかにバルグン村の事務所の掲示板でも見向きもされていなかったですね」
狭くて暗い坑道で魔物掃討、しかも報酬は僅か…
そりゃ誰だってやりたくないに決まってる。
坑道を自由に行き来できるのは精霊族か魔人族って時点で、日銭が欲しい村人なんかじゃ受けられない。
そして受けられる精霊族や魔人族は普通にすぐお隣のエルヴェルネス王国にでも行けば割の良い仕事がゴロゴロ…
うわぁ、確実にクズ依頼だ…
「でしょでしょー?それを無報酬でやろうってんだから、うちらは正義!難しいことばっか考えてると、そういう顔になっちゃう!」
ニタニタ笑いながらフレヤさんの顔をグニグニと揉みほぐしちゃうサルハナさん。
ぐぬぬぬ…私のフレヤさんに馴れ馴れしい!
距離感がゼロなんだよなぁ、この人っ!!
「そういう顔にもなりますよ…」
この儲け話に乗ったことを後悔してそうだ。
バイナル採掘場はそんなに遠い場所ではなかった。
さっきのアルスガル鉱山とは違って鉱夫はまるで居ない。
居るのは数名の兵士だけ。
やっぱり話通り、ここは今封鎖時期中ってのは私でも分かる。
そしていつの間にか女のダークエルフの傭兵に変身していたサルハナさんが、堂々と入り口付近に立っている兵士たちのもとへ歩みを進める。
私たちは黙ってついてゆくことに。
「私、ここの魔物掃討の依頼を受けてやって来た傭兵よ。この子たちは私のお手伝いとしてスカウトしたの」
色っぽいっ!!
女の私から見ても、このサルハナさんが扮するダークエルフは色っぽい!!
とーぜん兵士たちの鼻の下も伸びている。
「…あっ、おおっ…えっ!?」
「あ、あんたら…あんなひでえ依頼を!?」
うわっ、この国の兵士からその言葉が出るか!?
これにはフレヤさんも苦笑い。
「ふふ、お使いみたいな雑用なんかより、こっちの方が感謝されそうですもの。こちとら何度もこの依頼を経験しているのよ?」
うわぁ…腕を組んで露骨に胸を寄せた!
色仕掛けだ!サルハナさん、確実にこーゆーのに慣れてる…
私もフレヤさんも呆れを通り越して感心だ。
「…そ、そうか!それなら安心だなっ!あ、坑内の地図はいるか?」
「ふふ、何遍も来ているから平気よ。さ、ライバルは来ないと思うけれど、早いところ終わらせたいからもう行くわ。身元の確認はいいわよね?」
「あっ……お、おう!」
サルハナさんの悩ましげな身体に夢中になっている兵士たちに追い討ちをかけるようにウインクをしてみせたサルハナさん。
そしてサルハナはだめ押しなのか、異空間収納から何やら瓶を取り出した。
「このご時世、あなた達も大変ね。これでも飲んで元気だしてちょうだい?ね?」
酒の賄賂だ!
兵士たち、まるで女神様でも見るかのような顔をしてる。
「ああ!本当にありがとう!終わったら適当に声をかけてくれ!」
「俺たちの方でパッと確認してよ、問題なしなら書類出すから忘れんなよ!」
満面の笑みでそう告げる兵士たち。
「ふふん、堂々と入れましたねぇ!さあさあ!お宝を頂きに、さあ行くぞーっ!!おーっ!!」
色っぽいダークエルフの姉ちゃんのまま、がに股で勇ましくズンズンと歩みを進めるサルハナさん。
もうフレヤさんも失笑するしかないよーだ。
「ちなみに魔物の掃討はどうなさるおつもりで?」
はは、フレヤさんはそう言うけど、まぁ私がやるんだろーなぁ…
しかしサルハナさんは力瘤を作ってみせてウインクをした。
「戦闘もサルハナお姉さんに任せなさいっ!バコーンと、ドカーンとやっつけちゃいますからねー!」
一人旅するくらいだから、まぁ戦いの心得はあるんだよね。
いや、本当に大丈夫か?
フレヤさんも不安そうな表情…私も戦うつもりで備えていよう。
坑道の中はしんと静まり返っていて、あちこちからポタリポタリと水が滴る音が聞こえてくる。
魔法で明かりを出しているけれど、ちょっと先は暗闇。
まるで光が圧倒的な暗闇に飲み込まれてしまっているみたい。
ちなみに三人とも、靴に布を巻き付けている。
これは足音が響きやすい坑道で、あまり音を立てない工夫とのことで、サルハナさんもフレヤさんも当たり前のようにやってた。
そんな気配りが必要だなんて全然知らなかった…
ダンジョン…というより、魔物が沸くよう細工された坑道だけど、とにかくこーゆー場所に慣れていない。
戦い方がよく分かんないってのが正直なところ。
「あ、あのー…」
「なんですか?」
フレヤさんならサポーターとして経験が多少なりともあるか…
「こ、こういう場所の…たっ、戦い方って…」
「そうですよね。まずアメリさんは近接戦闘も堪能なので、狭い場所でも扱いやすい武器で戦うのが適しています。今回はとりあえず体術で問題ないかと」
あれ?魔法は使わないのかな?
「ま、魔法…」
「坑道は脆い部分があるかもしれませんので、近接戦闘で済むなら使わないに越したことはありません。いくら風や水の魔法でも、敵が吹き飛んだりする事だってあります。衝撃がどんな影響を及ぼすかわかりませんからね」
ほへー、火以外なら何でも良いと思ってた。
いくら周辺に影響を与えないマギアウェルバでも、敵は吹き飛んだりする訳で。
いやぁ、勉強になった!
「うちもこぢんまりと戦うからねー!ド派手に決められないのがひっじょーに残念だけど!無料だから好きなだけサルハナお姉さんの立ち回りを見ておくんだよー?」
相変わらずの手ぶら。
この人も素手で戦うつもりか?
その時、坑道の奥の方から気配を感じた。
友好的とは程遠い…殺気だ!
「来たね!来た来た!じゃあ変身だね!」
なぜかその場で四つん這いになるサルハナさん。
あ、これ…この状況でまだふざけるの!?
サルハナさんは全身真っ黒な狼、いや…狼男みたいになってしまった!
これにはフレヤさんも驚きだ。
すげー、この人…本当に何者!?
「ニャーーーーーッ!!あ、違うかっ!こりゃ失敬!!あははは!」
…やっぱり、ふざけないと死んじゃう呪いにかかってるよ、この人…
狼男になったサルハナさん、敵の姿が見えてきたと思った次の瞬間には、既に飛び出していた。
は、早いっ…!!
「臨時収入ーっ!!いただきぃーーっ!!ニャーーーーーッ!じゃくてガオォォォーーンッ!!」
両手にはクローのように鋭い爪。
「君は革が欲しいから脳天!君は魔核だけ欲しいから、魔核だけ貰うね!えーと君は…どっちでもいいや!脳天!」
向こうからやってきた魔物が何なのかが確認出来ないまま、魔物がドサッと倒れる音だけが聞こえる。
ふざけたセリフだったけど、私もフレヤさんも息を飲んでしまった。
サルハナさん扮する狼男は、宣言通りに脳天に爪を突き刺したり、胸の辺りに両手を突き出して魔核を取り出したり、一切の無駄がない動きで仕留めていたのだから。
この人…尋常じゃないくらい強い。
絶対に敵に回したくない類の相手だ…
程なくして元のハーフリングの姿に戻ったサルハナさんがこちらに戻ってきた。
そのニコニコした笑顔は、さっきまで戦っていた人物とはまるで別人だ。
「いやー儲け儲け!アストラルヴォアとスレイヴェルグ、あとレッサースレイヴェルグってな感じでしたーっと!エルヴェルネス王国から来る魔物だから、単価がおいしいのなんのって!」
そう言ってドロンと目の前に出現したのは、胸の辺りをえぐり取られた巨大なコウモリみたいな魔物と、羽のない小柄なドラゴンみたいなので、青銀とでもいうのか、とても綺麗な鱗をしている魔物と、それよりも鱗の色が多少くすんでいるドラゴンっぽい魔物。
「これは…はは、サルハナさんは一体何者なんですか…?」
獲物を見つめつつひきつり笑いを浮かべてそう尋ねるフレヤさん。
サルハナさんはウインクしながら自分の口元に人差し指を当てた。
「女はねぇ、ちょっとくらい謎があるほうが魅力的なのだよ!フレヤくん!」
「謎が多すぎますよ…ちょっとじゃないでしょう……」
はは、この人…やべー…!!
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