241.やっぱり嫌だ
フレヤの冒険譚、謎の行商人編が始まります。
アドミス・パス検問所のエルヴェルネス王国側の門。
案の定、事情を知っていそうな衛兵から絡まれてしまうが、そこはフレヤさんが毅然と対応。
どーにかこーにか無事に切り抜けた私たちはそのまま目の鼻の先のリュフラル王国側の門へ向かいつつ今に至る。
「旅の通行です。宿泊はありません。通行税を」
そう言ってフレヤさんがリュフラル王国の受付の衛兵に二人分の通行税を支払い、首にぶら下がった傭兵組合の組合員証を掲げた。
おっと、私も掲げなきゃだ。
「はいはい、宿泊なし、通行税も確認、傭兵、等級も問題なし、うんうん、通行を許可します!」
ありゃ?案外アッサリしているね?
フレヤさんは平静を装ったまま、ニコニコしている。
ふーん、ここの衛兵たちの様子から察するに、リュフラル王国ではペルルの一件はそこまで噂になっていないみたいだ。
「ありがとうございます。さて、アメリさん、行きましょう」
厄介なやり取りが続いた後だからか、こんなスムーズだと逆に不安になる。
でも…まぁ、よさそうだし、フレヤさんについて行こう。
門の外を振り返ると、衛兵たちがこちらに笑顔でウインクしている。
なーんだ、意外といい国なんじゃない?
ちょっと嬉しい気分になっちゃった。
検問所を抜けると、別世界へと一歩を踏み出したような感覚を覚える。
ついさっきまで鬱蒼とした森が広がっていたエルヴェルネス王国の風景とは一転し、目の前に広がるのは荒涼とした大地だった。
木々はほとんど見当たらず、山の斜面は岩と砂に覆われている。
フレヤさんと地図で確認した限りだと、このリュフラル王国はエルヴェルネス王国を囲む山脈の外縁に沿って街道が続いている地域。
なんとなーく、エルヴェルネスの立地が巨大な噴火口だったんじゃないのかなぁ、と思わせる。
山の陰や斜面にはまだ雪が残っているし、風が吹くたびに冷気が肌に刺さる。
薄着じゃ到底耐えられそうにないけど、不思議とこの風景には妙な落ち着きがあった。
今は真夏とはいえ、エルヴェルネス王国を抜けても相変わらず寒さが厳しい。
山の斜面や影になっている場所にはまだ雪が残っている。
風が吹くと冷たい空気が肌に刺さるね…
薄手の服装なんかじゃ到底耐えられそうもない。
こりゃ引き続き厚着をしなければならないよ。
でも、この風景は妙に落ち着くんだよなぁ。
悪くない。
入国してから嫌な思いをしてない。
荒涼として寒いし、なんなら雪まで視界に飛び込んでくるけど、衛兵たちがすっごい優しかったのは高得点でした!
「な、なんか…い、意外と…よっ、良さげな…」
そう呟くと、少し前を歩いていたフレヤさんがくるりと振り返った。その表情は険しい。
まるで渋い食べ物でも食べているよーな顰めっ面!
「騙されちゃダメですよ!」
な、なぬっ!?
どーして水を差すのさっ!!
「なっ、なんで…!?」
な、なんかされたっけ…?
「この国にはペルルを利用して宣戦布告しようとした勢力がいたんですよ。その父親である国王も捨て駒扱いですし、私はこの件、まだ帳消しにはなっていません!」
「そ、そう言えば…!?」
どひゃー!なんかエルヴェルネス王国を出てホッとしたからか、完全に失念してたっ!!
そーだよ!!この国はエルヴェルネス王国に宣戦布告する大義名分として、ペルルをチョイスしたクソ国家だった!!
「これが帳消しになるには、相当な出来事が上書きしてくれないといけませんよ?」
フレヤさん、足取りが完全にプンスコである。
いやー私はすっかり失念してたわ…
私たちのペルルに仇なすとんでも国家…やっぱりこの国も嫌いだわっ!!
「とりあえずホルゴ街道を進む形になりますが、検問所にほど近いところに最初の村であるバルグンが見えてきましたよ」
あ、そっかそっか、すぐに村があるんだったね?
なんか完全に偏見だけど、この荒涼とした寒い感じ…貧しそう。
「ど、どんな村ですかね…」
「えーと、リュフラル王国の町や村は基本的に砦を中心に作られたものが多いようですよ?バルグンもマテウスが旅した千年前は、バルグン砦と呼ばれる単なる砦だったようです」
ほへー、砦かぁ。
まぁこのホルゴ街道ってのも、エルヴェルネス王国の外側に沿うように整備された街道。
そうやって、既にあるものを有効活用するってのはどの国でも共通なのかもしれない。
バルグン村は本当にすぐの位置にあった。
検問所に程近いからか、結構人はいるようだ。
小高い斜面に石造りの建物が並び、段々畑がホルゴ街道を挟むように広がっている。
これはこれで見事な光景だこと!
今は夕暮れ時、世界が全部橙色に染められているような感覚に陥る。
幻想的だなぁ…
「エルヴェルネス王国を抜けた時点で、まるで別世界に来たような感覚がしましたが…これはなかなかの街並みですね…!!」
「で、ですね…!でも…」
あれだ。
ここの住民…めっちゃ貧乏だこれ。
余所者と住民とが悲しくなるくらい身なりがハッキリしている。
まず、ここの住民たちが着ている服に目を奪われた。
彼らの服装は、古びた布地でできた独特な模様の民族衣装っぽいもの。
まるで古びたカーテンをそのまま身にまとったような印象だ。
その布地は所々が擦り切れ、ボロボロの状態になっている。
でも色鮮やかな模様がかすかーに残っているのが辛うじて分かる。
まるで古代の芸術作品が時の流れに風化したかのような印象。
私たちが日頃着ているよーな服とは全く異なる、独特な形と素材を持っているね。
袖や裾が長ーく垂れて、全体的にゆったりとしたシルエットが特徴的。
さらにさらに、住民と思しき人たち全員、このボロボロの服装。
何かの伝統衣装のようにも見えるけど、これまで全然見かけたことがないのでサッパリ意味が分からない。
「純度の高い獣人族が多いようですし、皆一様にあの珍しい服装をしていますね。遠い異国へ来たのだなと感じますよ…」
「ま、貧しそう…ですね」
私がそう言うと、フレヤさんは口を半開きにして村を見渡したままこくっと頷いた。
「それは否めないですね…とりあえず好きに村に入れそうですし、宿を探しましょうか」
「あ、はい…!」
この感じ…あんまし良い依頼とかは転がってなさそーだ。
バルグン村に足を踏み入れると、早速目に飛び込んできたのは揉め事の光景だった。
うわぁ…なんかもうさ、私たちは呪われているのではなかろーか?
フレヤさん、フッと立ち止まる。
様子見かな?
どーやら粗末な幌馬車三台が停まっていて、その幌馬車の商人風の男と、村人たちが言い争っている様子。
フレヤさんと目が合う。
うんざりしたような顔をしてる。
「話が違うだろ!!人間寄りの若い女を集めておけと言ってただろうが!!」
「だーかーらーっ!戦争の話が立ち消えになりそうだから、若い女なんかいらねえってーのっ!!」
「馬鹿も休み休み言えっ!!じゃあ若い男だけ下さいなんてそんな虫のいい話があるかっ!!」
揉めに揉めてる!
…これは例の「奴隷の需要」ってやつだ。
私が何も言わないうちに、フレヤさんがひそっと耳元でつぶやいた。
「慰み者にする予定が、戦争が起きないと聞いて手のひら返ししたようですね」
声のトーンが抑え気味だ。
純粋な獣人族とは違って、少し厚着した人間寄りの獣人族の若い女の人たちが、商人に向かって怒鳴り散らしているキツネそっくりの獣人の男の後ろで困惑気味にオロオロとしている。
どっちも引く様子はない。
「ウィルマールは今、若い男の需要だけは凄いんだっつーの!!戦争が起きないんじゃ若い女は需要が無くなるから買い取れる訳ねーだろって!!」
「話にならん!!若い男一人につき、女二人のセットで買い取ってくれるって言うから見繕って待ってたんだぞ!?」
若い女の人たちの側にいる純度の高い獣人の男たちはうんざりした顔でそっぽを向いている。
「どちらも譲歩する気配はありませんね。どっちも売れない奴隷を抱えることになるから必死です」
フレヤさんは声のトーンを若干抑え目にして、私の耳元でそう言った。
「さ、流石に…かっ、関係ないです、ね…?」
こんなん、私たちが首を突っ込んだところで、何かが出来るわけがない。
申し訳ないけど、こーゆーのはただ見守るだけだ。
「貧しい村なんかでは珍しい話ではありませんからね。行きましょうか」
そう言って再び歩みを進めるフレヤさん。
男と商人の言い争う声は暫く収まりそうもない。
くわばらくわばら…
フレヤさんの後ろをキョロキョロしながら歩いていると、このバルグン村の子供たちが二人、ササッと駆け寄ってきた。
二人ともネズミっぽい獣人族の子供、お兄ちゃんと妹かな、なんだろ?
スリとかって訳じゃ…うーむ、なさそう。
「ねえねえ旅人さん!旅の記念にね、特別なね、石をね、買いませんか?」
「すっごく珍しい石だよ!商人に卸すほど纏まって出ない、世にも珍しい石だよ!これを地下室とかに一緒に入れておけば、部屋中を冷やしてくれるっていう、便利な便利な魔法鉱石だよ!」
「ちょっとしかね、無いからね、奪い合いになっちゃうからね、旅人さんたちにね、特別にね、安く譲るよ!買いませんか?」
な、なぬーっ!?
そそそ、そんな便利なものが存在するのかっ!?
それどころか間違いなく…も、儲かる予感!!
フ、フレヤさん!!
「フ、フレヤさんフレヤさん!!かかか、買いましょうっ…!!チャ、チャンスです…!!」
ねえねえフレヤさん!買い占めましょう!!
この親切な子供たちから買い占めましょうっ!!
私たちに!特別に!安く譲ると言っていますっ!
水色の綺麗な石、いかにも冷やしてくれそうな見た目をしてる!
こんなのさ、暑い地域で売りさばけばボロ儲けじゃんっ!!
うへへへ、ぐふふふ…急に途轍もない災厄級の儲け話が舞い込んで来たっ!!
これで大金持ち…うへへ…な、なんだと…!?
振り返ったフレヤさんの表情は「面倒なことになったな…」と言わんばかりの表情…!!
「はぁ…注意していなかった私が悪いですね…」
「なっ…!?」
そう言って深い深ーいため息をついたフレヤさん。
ネズミっぽい子供たちの前でちょこんとしゃがむと、まるで諭すような優しい表情で言葉を続けた。
ネズミっぽい子供たちは緊張の面持ちだ。
「二人が手に持っているのはサルディン石ですね?」
「そ、そうだよ!」
「ハーフリングのお姉さん!か、買いませんか?」
ネズミもさ、獣人族の尻尾ともなると、シュルシュル動いて可愛いなぁ…
ってあれ?尻尾がだらんと垂れて地面についちゃってる。
嬉しいとか楽しいって気持ちじゃないのは私でも分かる。
よーく見れば、二人の満面の笑みは、どこか貼り付けたようなぎこちなさがある。
「確かに便利な石ですね」
「そ、そうなの!便利なの!」
「サルディン石に魔力を込めることが出来れば、ですけれどね」
フレヤさんのゆっくりとした言葉に、ネズミっぽい子供たちは固まってしまう。
しかしフレヤさんは言葉を続けた。
「サルディン石は並みの魔法使い一人では活性化が出来ないんです。周囲を冷やす効果のある魔法鉱石であれば、他にもっと効率のいい魔法鉱石はありますからね。申し訳ありませんが、私たちはそれは不要です」
そっかぁ…そんなに効率が良くない…
って、うわぁぁぁぁっ!?
わ、私まんまと騙されかけてたってことかっ!!
ぐぬぬぬ…よそから来た騙しやすそうな馬鹿な女だと思われてたと…!!
こいつら…う、うう…くそーっ!!
「…ご主人様のとこにね、帰ってもね…これじゃあね、なんも食べられないの…」
「騙そうとしてごめんなさい。でも!た、旅の記念に…!」
うわぁ…なんか泣き落としみたいなフェーズに突入しちゃった!!
こーゆーの弱いんだよなぁ…どうしよ。
この子たち、今日も何も食べられないって?うわぁ、買ってあげてもいいのでは…?
「それではお姉さんがそのご主人様とやらを然るべき相手に突き出しましょう。もしあなた達が本当に奴隷だというならば、雇用主である者は法律…いや、犯罪に抵触している可能性があります」
フレヤさん、スッと立ち上がった。
そのニコニコした顔の裏に、プンスコモードなフレヤさんを垣間見た。
あ、このガキ、嘘ついてるのかぁ?
フレヤさんの冷ややかな微笑みを見た瞬間、子供たちはワッと駆け出した。
「時間の無駄だな!行くぞ!バーカバーカ!」
ぐぬぬぬ…馬鹿だと…!?
「折角馬鹿そうなヤツがいたのに!!ハーフリングは賢いからダメだな、バーカ!!」
ば、馬鹿はお前等だバカヤローッ!!
うわーん!お兄ちゃんの方だけじゃなく、ちっちゃくて辿々しい女の子だと思ってた子からも、あんな辛辣な……うわぁぁぁんっ!!
「く、悔しい…!!」
「アメリさん、あんな詐欺紛いな話しにコロッと騙されてはいけませんよ…」
「すっ、すいません…」
呆れ顔のフレヤさん。
くそーっ!!踏んだり蹴ったりだよっ!!
子供から馬鹿と罵られ、そしてなぜフレヤさんから呆れられる必要があったのかっ!!
私もやっぱ、この国嫌いだよっ!!
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