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不思議な魔女っ子とちびっこサポーターの冒険譚  作者: 三沢 七生


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226.フローラ

エルヴェルネス王国にて唯一、人間族や獣人族の通行を許可している

ノアルカン街道。

若手兵士の育成支援という何とも楽な依頼の帰り道で目撃したのは、攫われたお姫様を探しに来たというリュフラル王国の獣人たち。

ニヴェリア族という魔人族の手により粉微塵に粉砕される姿を目の当たりにしつつ今に至る。




さっきのニヴェリア族の兵士による対処は、私たちには微塵も関係のない話ではある。

話ではあるけど…何となく重たい気分になっている。

宿屋に戻ってきて食堂で晩御飯を食べて、美味しい料理を目の前にしても気分は変わらない。


それはフレヤさんも同じみたいで、さっきからスープを掬うスプーンを持つ手の動きが鈍い。


「な、なんか…ニヴェリア…族?す、すごかった…ですね…」


芯まで凍り付かせてから、粉微塵にしてしまう。

まるで、元々そーゆー氷の彫像だったみたいに…だ。


「獣人や人間との溝は想像以上に深いようですね。何というか…あんなの、戦争の火種になったって不思議ではありませんし、何なら戦争になっていない方が不思議です」

「わ、私も…そっ、そう思います…」


エルヴェルネス王国がナントカってお姫様を攫った挙げ句、捜索隊が殺されたり捕まったりしている。

そんなの、宣戦布告されたって文句は言えないし、そりゃ戦争になるだろって思う。


「私たちはリュフラル王国のペルセナ姫殿下は捜索しませんし、隣国であるリュフラルやウィルマールが関わって来そうな依頼は受けませんよ」

「そ、その方が良いです…!な、なんか…関わらない方が…いいかと…」


フレヤさんに言われるまでもない!

ただの傭兵でしかない私たちがちょっとやそっと首を突っ込んだところで、こんがらがった糸くずが解けるとは思えない。

どっちかに肩入れして、この先の旅路が面倒になるのだけは避けたい。


「ですね。何より…恐らくペルセナ姫殿下だって正直…生きていないと思いますよ?」

「まっ、魔物もいますしね…。魔法で、ま、迷うらしいし…」


普通のお姫様ともなれば戦いの心得なんてなかろーに。

多分、今頃は魔物の腹の中にいるかもしんない。


「それにしてもペルル。ああいう場面でカアカアと騒ぎ立てるのはダメですよ!」

「カア…」


そーだよっ!!

カラスに説教したって仕方ないけど、それでも小言の一つも言いたくなる。

エルヴェルネス王国側が気難しい連中ばかりだったら、今頃私はペルルと仲良く氷の彫像になっていたかもしれない。


「カ、カラスに…せっ、説教しても…仕方ないですよ」

「カア!」

「いたっ!!つ、抓られたっ!!」


ぐぬぬぬ…嘴で首筋をキューッと抓ってきた!?


「ペルルは賢いから、きっとアメリさんの馬鹿にしたような口調が気に入らなかったんですよ」


フレヤさんまで!

ま、まぁ…否定できないくらい賢いんだよなぁ…




それから数日間、私たち『魔女っ子旅団』は、常設依頼の薬草採取をのんびりこなしたり、村周辺の害獣や魔物駆除をこなすという、ごく普通の傭兵として過ごした。


そんな最中、傭兵組合にはリュフラル王国からの依頼として『ペルセナ殿下の捜索』についての依頼が張り出されていた。

かなり報酬額が良いらしく、外部から私たちみたいに精霊族や魔人族がやってきては、あちこちに話を聞いて回っていて、村の人たちから煙たそうに扱われていた。

当然、私たちはその依頼には関わらない方針だ。




村にきて八日目の夕暮れ時。


「はは、宿の扉にとうとう貼り紙が出ましたよ。『行方不明者の聞き込みは禁止』ですって」


フレヤさんが苦笑いしながら宿の扉を指さした。

大きな文字でそう書かれた貼り紙が張り出されているのを見て、私も苦笑が漏れてしまう。

ここ数日、宿には泊まりもせず、食事もしない傭兵たちが、テーブルごとに聞き込みをしにくる…そんな迷惑行為にさすがに宿側も対策したらしい。

村人じゃないから私たちに聞き込みをする傭兵こそいないけど、流石にウンザリしていたもん。


「ぶっ、部外者の、わ、私たちですら…け、煙たいと感じます…!」

「カカカッ!」


ペルルもジロジロ見られてお冠か?

私の肩で羽をバサバサさせるもんだから、顔が少しくすぐったい。


「ふふ、まずはご飯にしましょうか」

「で、で、ですね……!は、腹ペコです!」

「カア!カア!」


ペルセナ殿下がどうしたって? 知らない知らない!

今の私たちは平和に傭兵生活を楽しむフェーズなのだ。

幻想的なエルヴェルネス王国で、幻想的な毎日を過ごしたい!

血生臭い争いなんてお断り!


「あら、おかえりー」

「ただいま戻りました! あの貼り紙、本当に効果ありました?」


私たちを出迎えてくれたのは宿の女将で、ダークエルフのエッラさん。

彼女も例外なく妖艶で美しいけど、どうやら相当な年齢らしい。

ダークエルフは深い紺色の肌に雪のような白髪が特徴的だが、彼らの中で年老いた姿のダークエルフはあんまり見ない。


「はは、効果抜群さ。宿の利用者はほとんどこの国の人じゃないからね、パッタリ来なくなったよ」

「早く見つかれば良いんですけどね…とりあえず、晩ご飯をお願いします!」


うむうむっ、もうペルセナ殿下はどーでも良い!早くご飯にしましょう、ご飯!今はご飯なのだ!


「あいよ! あと、そっちの子、今日から合流するお仲間かい?」


ん? お仲間……?

ペルルのこと?


「そう。アメリとフレヤの仲間。この村で『魔女っ子旅団』に合流する流れになっていた」


ギャッ!?

そ、そそ、そこのお嬢ちゃん、なに者ーっ!?

フフフ、フレヤさぁんっ!?

って、フレヤさんもポカーンとしてる…


ハーフリング?いや…ダークエルフ…?

なんだ、このちっこい女の子…?


「お代はどうするんだい? フレヤちゃんが払うのかい?」

「その通り。私は入国して間もないから魔葉幣を持っていない。そういうわけでフレヤ、よろしくお願い」


ぬおっ! 私たちの名前を的確に呼ぶこの子…

そりゃ、『魔女っ子旅団』は名が売れてるから顔と名前くらい一致するかもしれないけど…


「えっ、あっ!? はい!お支払いします!」

「アメリ、食堂に行こう」


え、なっ!? 食堂に行こうって言われても…

あっ!ああっ!?わ、私はピンときたぞ…!?

この碧眼と落ち着いた口調……!

ナ、ナイトリリィ!?


私の目を見つめながら、にやっとしたナイトリリィ。

ほへー、黒ずくめじゃないと、こんな普通っぽい子なんだ…

明るめの紺色の肌と灰色の髪で、どこからどう見ても普通の精霊族に見える。

こんな普通の見た目なら、ウィルマールの検問所も余裕で素通りか。


そんな彼女が何食わぬ顔で私たちと同じテーブルにつく。


(な、ナイトリリィ!? なぜ私たちの前に!?)


フレヤさんが声を潜めながら問いただす。

ナイトリリィはお構いなしに目の前のウサギ肉のステーキをナイフでギコギコと切り分け始める。


「前の仕事から足を洗った。生きる目標がなくなった。そんなとき、アメリとフレヤを思い出した。それで傭兵になることにした。それだけ」

(それだけって…! はぁ……)


私たちを目標にするにしても、もう少し接触の仕方があっただろうに!


「仕方がない。お金も無ければ知り合いもいない。あの国にいつまでもいるわけにはいかない。だから探して接触した」

「ど、どうしますか…?」

「カア?」


どうしますもこうしますもない気もする。

フレヤさんの言葉に困り果ててる。

追い返して余計な問題が増えても厄介だしな…


「アメリさんも殺気を感じている様子はなさそうですし、まぁ…『魔女っ子旅団』のモットーは『来るもの拒まず』ですから」


フレヤさんは諦めムードで、ひょいひょいとウサギ肉ステーキを食べ始めた。

ペルルは首を傾げて私を見つめる。

よもやこんなお客さんがいる中で「この人はウィルマール王国の王侯貴族から恐れられたナイトリリィって伝説の暗殺者です」なんて説明出来るわけもない。


「ペルル、あ、あとで…説明しますね…」

「カア!」


ペルルも飲み込んでくれ、頼むよ!




慌ただしく食事を終え、私たちは落ち着く間もなく泊まっている6号室へ戻った。

妙に無言で小走りになる私たちに、周囲の宿泊客は一瞬目を止めたものの、すぐに興味を失った様子。


部屋に戻ると、ナイトリリィが無表情のまま、子供が新しい部屋を探検するように興味深げに視線を巡らせていた。

こっちの気苦労を知ってか知らずか呑気なもんだ…


「で、ナイトリリィ?」


フレヤさんの問いかけに、ナイトリリィは一瞬だけ視線を伏せ、小さく息を吐いた。


「その名前は捨てた。本名はこれ」


ん?傭兵の組合員証だ。

目の前に差し出された傭兵の組合員証には『フローラ』と記されている。

あれ?へぇ、4等級?


「おや?4等級ですか?」

「うん。一時期、本当の姿を、仮初めの姿に紛れさせて活動していた」


相変わらずの言葉の軽さに私もフレヤさんも困惑。

いや、ふと気付いたよ!

もしかしてこの名前にもまた重い物語が隠されているのではないか!?と…


「ま、まぁ…本当の姿を誰も知らなかったんですもんね…なるほど、いつか暗殺稼業から足を洗ったときのことを考えて、堂々と他国に渡れるよう、周到に用意もしていた訳ですね…意外と賢いな…」

「ん?いや、特に何も考えてなかった。運が良かった、ラッキー」


そこは「その通り」と嘘をつけばいいものを…

なんというか、ナイトリリィはやっぱり戦闘以外はポンコツだね。

フレヤさん、苦笑いだ。


「それで?フローラさんはこれからどうするつもりなのですか?」


フレヤさんの言葉を聞いているのか聞いていないのか、ナイトリリィ改めフローラは、私の肩の上にとまっていたペルルに手を伸ばした。

されるがままのペルル。


「まとまった金が欲しいからペルセナ殿下を探しに来た」


一攫千金狙いか…


「報酬額の桁が違いますからね…元ナイトリリィなフローラさんなら余裕なのではないですか?」


ちょっと皮肉混じりの言葉を投げかけるフレヤさん。

フローラはフレヤさんの皮肉を真に受けたのか、ちょっと胸を張っている。


「アメリとフレヤの後ろをつけていた私は、当然リュフラル王国の使節団が大揉めしていた場面もみていた」

「なっ!?ち、近くにいたのですか?」


げっ!?そ、そんな、私たちの後をつけ回してたのか!?

暇人か!?いや、生きる目標がなくなったから暇人で正解か…


「いた。ウィルマールでもずっと近くで監視していた。ウィルマールで声をかけたら迷惑をかける。だから、本当はエルヴェルネス入りしたらすぐに声をかけようと思っていた」

「流石、元凄腕の暗殺者ですね…アメリさんですらまるで気がついていなかったですよ…」


仰るとおりでごぜえます…

すげーな…本職の暗殺者が殺気を消すと、もうまるで気がつけないもんなんだ…

このナイトリリィ…改めフローラは、油断している私たちなら、暗殺することなんて朝飯前なんだ。

そして私も油断していると全然気がつけないもんなんだ…


「安心して。アメリが油断していた訳ではない。私は暗殺者。視認不可能な形で後をつけるくらい朝飯前」


あまりの堂々たる言葉に返す言葉を失う私たち。

しばし沈黙が続き、ようやくフレヤさんが口を開いた。


「そ、それって良いことなんでしょうか…?」

「うん。私はプロ、二人は素人、問題はない」


まったく悪びれない声だ。

ただただ苦笑するしかない私たち。

ま、なら良かったね!


「そ、それなら…よ、良かった…」

「良くないですよ!下手したら仲良く寝首を掻かれていた可能性だってあったんですから!」


ぐぬぬぬ…ぐうの音も出ない。


「そんなことはしない。フレヤは私の復讐の手助けをしてくれた恩人。そんな恩人の寝首を掻くなんてしない」

「ひゃっ!きゅ、急に抱きつかないでくださいよ!」


ぬおっ!?

私のフレヤさんに抱きつかないでーっ!!


「だ、抱きつくのは…い、いいですからっ!!フ、フレヤさんから、はっ、離れてくださいっ!」


油断も隙もない泥棒猫だよっ!!


「と、とにかく!それであの騒動を見て、それからはどうしたのですか?」


あ、フレヤさんからパッと離れた。

フローラは再びペルルを両手で抱え込んだ。

ペルルは眠いのか?妙に大人しい。


「リュフラル王国の姫殿下の失踪。これは間違いなく金になると踏んだ私は、早速、姫殿下を攫った連中を見つけてきた」

「ほうほう…攫った連中を見つ…えっ!?犯人をもう特定したんですか!?」


どわっ!!ペルルをいちいち放り投げないで!!

ギャー!!フレヤさんの口に手をーっ!!


「声が大きい」

「す、すいません…」

「私の手に掛かれば、素人の行動なんてお見通し。人間族と獣人族が視認できない魔法がかかっている森を逃げ道に選んだとしても、それ自体、精霊族の私には無意味。追跡を避けるための森だけど、私にとっては逆に森は目立つ。姫殿下を抱えて移動するなら当然足元の負担が増える。足跡が深く、歩幅も乱れる。その癖、方向性が直線的で隠れる気配もない。私にとってはそれだけで十分。短時間で逃げた先を特定できた。攫った連中に尋問したら、呆気なく吐いた。」


す、すげー…この人、サラリととんでもない事を言ってる…

プロの暗殺者って有能すぎんか?天才か?


「私たちはその依頼にはノータッチなんですけれどね…それで?ペルセナ殿下は今どうなっているのですか?」


もう一度ペルルをひょいと持ち上げたフローラ。

初めて目に見える笑みを浮かべた。

その笑みにはどこか小悪魔のような狡さも垣間見える。

これは…ゴクリだ。


「姫殿下が今どうなっているか…知りたい?」


フローラの声が部屋の静寂を破る。

彼女の軽い語り口に対して、心の奥に何とも言えない不安が芽生えるのを感じた。

面白かったという方はブックマークや☆を頂けますと幸いです。

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