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不思議な魔女っ子とちびっこサポーターの冒険譚  作者: 三沢 七生


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222/556

219.ヴェイル・パス検問所

シャリア男爵領の領都ケセレアを出発してから、どれくらい経ったんだろう。


私たちはそれから、引き続きアル・モンタル街道を、山の北側に沿うように北西へ北西へと進み、いくつもの領地を通り過ぎてきた。

ウェイン子爵領にメルストン男爵領、それから…あー、ええっと?あれはなんだったっけ。

そうそう!カールズ準男爵領とか、ハートレイ騎士爵の村みたいな場所もあったっけ。

とにかく細かく刻んでくる、小さな小さな領地の数々!


カールズ準男爵領を抜けたとき、通りかかった小さな村で市場が開かれていて、干し肉や素焼きの壺、あとなんだか薬草っぽい匂いのする袋が並んでいた。

「これで旅の疲れが取れますよ」と村のおばちゃんが、そう言って渡してくれた茶葉。

その茶葉から淹れるお茶は薄い緑色をしている緑茶。

ほんのり渋くて、どこかほっとする味がした。

この辺りでは紅茶よりも、その緑茶がよく飲まれているらしく、その味にドはまりしたフレヤさんはおばちゃんから大量に緑茶の茶葉を仕入れていた。


そしてちょいちょい街道に関所があり、行き交う人々が僅かばかりの通行税を支払う。

これはどーやら傭兵であっても、商人組合の会員であっても、皆平等に払うものらしく、そんだけこの辺りの領地の維持は大変なのかもしれない。

いかにも田舎な景色が続くけど、歩けば歩くほど道が入り組んできて、ほんのりと旅の味わいが出てくる感じ。


北西に進むにつれて、空気がぐっと冷たくなってきた。

それもそのはず、この辺りは結構標高が高いらしい。

朝なんか、真夏のはずなのに、寒さで鼻がピリッとして思わずくしゃみが出そうになるくらいだ。

これから冬がやってくるのかと勘違いするくらいで、私もフレヤさんも日中はこの地方で有名な羊毛で編まれたケープを羽織っている。

ケープは裏地に綿布が縫いつけられているタイプがよく売られていて、これがまた暖かいこと暖かいこと!

夜はもちろんのこと、下手すると昼間でさえ吐く息が白くなる始末。

そんな気温なので、夜は毛皮のマントは必需品。


でも、澄んだ空気と広がる青空、そして遠くの山々はなんとも素晴らしい景色で、まあ、歩くのは悪くないなあ、なんて思ったりする。

ぐるりと遠くの方を見回していても、遠くに見えるのは山々の連なりだけで、まるで大地のお皿の中に居るような、なんとも不思議で壮大な気分にさせる。


そんな呑気なことを考えていたら突然「ギルム」とかいう魔物に襲われた。

フレヤさん曰く、この辺りでは「ミストフェザー・ギルム」と呼ばれているらしく、ふわふわと霧の中を漂う大きな大きな昆虫みたいな透明な羽が特徴の魔物。


その姿形を初めて見たとき、なんというか…「タヌキが、そっ、空を飛んでますね…」と、私は思わず口に出してしまった。

いや、本当にそんなデタラメな見た目なんだよ。

フレヤさんも実物は初めて見たよーで、「なんというか…タヌキですね…」なんて、しばしポカーンとしてた。


「アメリさん、この手の見た目がマヌケな魔物に騙されては危険ですよ。気をつけてくださいね」


と、フレヤさんが冷静に返してくれたけど、丁寧な言葉の中にほんの少し呆れが混ざっているのがわかる。


それはさておき、この「空飛ぶタヌキもどき」は、実際本当に油断ならない類いの魔物だった。

十数頭の大所帯で群れていて、ふわふわーっとした呑気な動きで翻弄しつつ、唐突に鋭い爪で突然襲いかかってくる。

しかも連携が取れているから厄介。

ミストフェザー・ギルムが放つ羽音が辺りに「ブーン」と響き渡り、愛らしい表情でジッと眼下にいる私たちを見つめる…不気味過ぎて、何ともいえない気分になる。


「フ、フレヤさん、上、う、上です!」

「承知しました!」


フレヤさんの冷静な反応でツインサイクロンが火を噴き、ミストフェザー・ギルムをひるませる。

ポーラさん仕込みの『戻ってくるスローイングナイフ』で私が一撃入れ、大きな被害もなく倒すことができた。

見た目で油断を誘っているだけで、落ち着いて対処すればなんて事はない、特段強いわけでもない単なる雑魚魔物だった。


最近思うのが、フレヤさんはツインサイクロンで戦うことにすっかり慣れてしまったという点について。

はじめは「護身用」としてフレヤさんに携帯して貰ってたツインサイクロン。

もはやフレヤさんは立派な戦力になってしまっている。

武力は私の担当だったはずなのに…でもフレヤさんもツインサイクロンで戦うのは楽しいようだし、そんな細かい役割分担なんて、フレヤさんのかわゆさの前ではどーでもいいのだ。


戦闘後、フレヤさんがギルムの大きな羽を容赦なくナイフで切り落とし「この羽は魔力を帯びているようですので、ギルムが棲息していない地域で売ればきっといい値になりますね」と、嬉しそうに笑った。

その穏やかな笑顔に、さっきの緊張がふっと解けた気がする。

ミストフェザー・ギルムから切り取った透明の羽は角度によって色が変わり、光を反射させてみると、霧の中に虹色の光が混ざるという、とても幻想的なものだった。

私とフレヤさんは歩みを進めることも忘れ、暫くクスクス笑いながら羽を片手にそんな幻想的な光を楽しんだ。


そんなことを繰り返しながら、次の宿場町を目指して進む私たち。

時折振り返ると、遠くには通り過ぎた町や村の名残が見える。

そしてまた、これから訪れる場所の景色がどんなものなのか、ちょっと楽しみになってくるのだった。


思えば遠くまで来たもんだ。

フレヤさんも最近、目の前に広がる景色を眺めると「自分の知っている世界からどんどん離れていっているような気分です」なんて、ワクワクを隠しきれない、といった表情をしながら呟いている。

そんなフレヤさんを見ていると私は「ああ、今まさに『フレヤの冒険譚』の世界にいるんだな」なんて、不思議な気分にさせられるのだった。




そして私たちはついに、ウィルマール王国の終点に到着した。


「地図によれば、あれがヴェイル・パス検問所のようです」


山と山の切れ目に堂々と鎮座する、石造りの巨大な門。

遠くからでもその存在感は抜群!

こんな僻地に、これほどのものを築き上げた人々の努力や意図を想像すると、感嘆の声が漏れちゃいそう。


緩やかな坂道を登り続けるにつれ、途中で木々の姿が次第に消えていったことに気づいた。

ヴェイル・パス峠が姿を現すと、木どころか草一本生えていない荒涼とした風景が広がる。

切り立った崖に挟まれた峠道は、まるで巨人が山に一刀両断を加えたかのよう。


ビュービューと通り抜ける冷たい風の音が耳に残る。

気温そのものも低いけどさ、この風がそれをさらに鋭く感じさせやがる。


「…さ、寒い寒い寒い!」


思わず声に出してしまった私の感想が、霧のような白い息に乗って宙へと消えた。

ただでさえ寒いのに、そんな白い息のせいで気分は真冬。

うー…本当に寒いっ!!


「どこかアルマー峡谷に似ていますね。ただ、あちらは今頃、こんなに寒くはないでしょうけど」


フレヤさんの言葉にうなずきつつ、アルマー峡谷を思い出してみる。

ああ、今頃はもっと暖かい…いや、暑いんだろうなぁ。

あれ?峡谷とかいう割には川なんてなかったけどな?


「峡谷…ってわりに、か、川はなかったような…」

「そうですね。あそこは川の流れを人工的に変えてできた峡谷跡が基盤になっていますね。このヴェイル・パスも、ひょっとすると同じように昔の自然地形をうまく利用して作られたのかもしれません」


たしかになぁ。

こんな綺麗にスパッとできた切れ目だし、フレヤさんの推理は案外正解かもしんない。

長年かけて水の流れが削りだした裂け目を峠として活用、川は別のルートを通ることに…いやぁ、昔の人はよく考えたもんだなぁ。


「しかし歩きにくくなる風ですね…まるで季節が逆戻りしたような感覚ですよ」

「あ、あの…ハイパボリカ…」


のあっ!?

フレヤさんが私の口元をふさいだ!し、しかも手が冷たいっ!!


「我々はもっと寒さに慣れておかないといけませんから、その手のズルは禁止ですよ?『霊絶の凍原』の寒さに比べれば、この辺りの寒さなんて序の口でしょうからね」


フレヤさんは少し冗談交じりに言ってるけど、その真剣な眼差しに、私は抗議の言葉を飲み込む他ない。


「ま、真面目ですね…」


ま、そーゆーところがフレヤさんらしいね。

私の軽口にウインクで返したフレヤさん。

かわゆくてついつい軽口を返しちゃう。


フレヤさんの厳格な方針のおかげで、暑い時期にこんな寒い場所を進んでいる今でも、私のマギアウェルバによる防寒対策という名のズルは封じられたまま。


「今、カントの辺りでは今が真夏の陽気でしょうが、私たちが進む先はますます寒くなるでしょう。秋や冬にこの手の標高が高い峠を越えるなら、季節を考えないと相当な困難を覚悟する必要がありそうです」

「で、ですね…」


同じ世界とは思えないよなぁ。

真夏で汗ばむ陽気が広がる場所もあれば、こんなに寒くて吹きさらしの地域もあるなんて…

世界は広いよ、本当に!




進む道の先、ヴェイル・パス検問所がいよいよ目前に迫ってきた。

どこか厳かな雰囲気すら漂うその巨大な門を見据えながら、私とフレヤさんは足を一歩一歩進めていく。




石造りの巨大な門を前にして、私たちはいよいよ検問所へと足を踏み入れた。


「こ、ここでも…また、つ、通行税を払わないといけないんですかね…?」


ヴェイル・パスまでの道中で学んだのだ。

こういった過酷な場所にある検問所は、傭兵の等級だろうとお構いなしに、しっかり通行税を徴収するものであると!


「そうですね。傭兵だからって免除にはならないみたいです」


私の呟きに、フレヤさんは冷静な口調で答えた。

そして軽く顎に手を当てながら続けた。


「傭兵組合で聞いた話だと、一人銀貨一枚が相場みたいです。ただ、こういう場所では何があるか分かりませんから、少し多めに準備しておくに越したことはありません」

「ぎ、銀貨五枚くらい見ておけば…い、いいんでしょうか?」

「エルヴェルネス王国側でも同じだけ徴収されるはずですから、念のため十枚くらいは用意しておきましょう」

「は、はい…!」


異空間収納から取り出した袋を開ける。

が、ふと気づく。

…エルヴェルネス王国の通貨って持ってたっけ…?


「あ、ちなみに検問所に限っては、ウィルマール王国の通貨でも通用すると傭兵組合で聞いてますので、問題ありませんよ」


フレヤさん、ほんと頼りになる。

私の考えることなんて、すべてお見通しだよね。





検問所の周囲には、行き交う傭兵や商隊の姿がちらほら見える。

馬車を伴った隊列が積荷検査を受けているのもあれば、傭兵のみで構成された小さな集団も見える。

道中に見た光景の延長線上とはいえ、この場所の張り詰めた空気は一味違う。


門前に近づくと、鎧に身を包んだウィルマール王国の兵士たちが鋭い視線で出入りする人々を監視している。

別にやましいことをしたわけではないのに、その目つきに思わず緊張が走る自分が情けない…


へえ!正面に見える受付窓口!これは珍しい!

こういう検問所では直接話をするだけかと思ったけれど、ここでは書記が帳簿を広げて座っているみたいだ。

ふーん、名前や目的なんかを記録するのかな?


あ、いよいよ私たちの番だ。


「旅の通行です。これが通行税です」


フレヤさんが用意していた銀貨を窓口に置いた。

書記は慣れた手つきで帳簿にスラスラと何かを記録していく。


「お前たち…えーと?な、なんだ?傭兵か? 組合員証はあるか?」

「ええ、もちろんです。アメリさんも提示してくださいね」


おっとっと!

通行税を払うから出さないと思ってた!

首から外して提示する感じだね、どれどれ…


「あ、は、はい…!」

「どうぞ」


訝しんでる、訝しんでるぞー?

こちとらかわゆいハーフリングとメイド服を着た人間族と思しき子供のちびっ子二人組。

『魔女っ子旅団』の噂を聞いてなかったら訳の分からない組み合わせだもんね。


「えーと…なっ!?じゅ、十等級!?へぇ…二人きりで旅をするわけだ。宿泊はどうする?」


ん?宿泊?

予想外の単語にビックリ、なんの話だろ?


「いいえ、このままエルヴェルネス王国へ向かいます」

「そうか、宿泊はなし…と」


書記の兄ちゃんは慣れた手つきで私たちの情報を書き込み続ける。

そうかそうか、この検問所には多分だけど宿泊施設があるんだね。

そりゃ僻地だもんね、夕方以降にここにたどり着いてしまえば、当然泊まる人も多いんだろうな。


「お隣のエルヴェルネス王国側も通行税は銀貨一枚ですか?」

「ん?ああ、その通りだ。一人銀貨一枚。これが通行許可証だ。向こうの窓口に提示すれば問題なく通れる」


細長い木の札を受け取る。これが許可証ってやつか!


「ありがとうございます」


ぼやっとしてるとフレヤさんから離れちゃいそうになる。

私はついていくのに必死だ。

面白かったという方はブックマークや☆を頂けますと幸いです。

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― 新着の感想 ―
にゃんにゃんにゃんわ! 良いなあ、すんなり通れて(←悪いことしてないのに毎回出国審査で引っかかった人)。
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