22.ベルーガの町
そんな訳で無事にベルーガ入りした私達。
衛兵の人達はやっぱり私達の身体に染み込んだニキシー臭さを感じ取ったようで、心のつかえが取れたような、新たなつかえが出来たような…そして今に至る。
フレヤさんにとって、ベルーガ自体はある程度馴染みがあるようで、町に入ってから迷わず一直線に宿へ向かった。
隣町だし、サポーターやってりゃ、そりゃ馴染みくらいあるかな。
「急ぎましょう。恐らく小柄な女2人くらい、余裕で泊まれるとは思いますが、宿を取りっぱぐれるとその辺で野営になります」
フレヤさんはそんな風に言いつつ歩みを進める。
た、確かに宿には泊まりたい。
この臭さを直ちに何とかしたい。
「ちなみにお目当ての宿は白虎亭です」
「し、白い虎……ですか?そっ、そんな動物が、この辺に居たりするんですか……?」
「いえいえ、まさか!白は清潔さを表す言葉でして、虎は力強さの象徴のような動物です。だから結構宿や食堂の名前としては在り来たりな名前ですよ。他にも白猫ですとか白鷲とか。後はその町の名前そのままとか、創始者の名前とかですかね」
ふぅん、この辺りの人達がパッと思いつく感じの名前なんだ。
「なるほど……ち、ちなみに、おすすめの理由は……?」
「まず、一階の食堂部分の中央に沸いている湯がたっぷり入った大釜がありまして、それを掬って湯浴みをするなら、お湯は無料です。そしてベッドのシーツをマメに洗っているようで、なかなか清潔だった印象ですね」
ふーん、そういや宿屋っていう宿屋に泊まった記憶がないから気がつかなかったけれど、シーツの綺麗さとかも重要になってくるんだね。
「それに、宿泊料の割に、料理が中々美味しかった印象があります」
「おお!たっ、楽しみですね……!」
そんな事を話しているうちにお目当ての白虎亭に到着。
割と小綺麗、年季は入ってるけど大切に維持してきた宿なんだなぁって素人目線では感じる。
あちこちに花が植えてあったりするのもいい感じ。
「とりあえず10連泊で交渉してみます。一番安い雑魚寝の部屋は当然避けるとして、個室のベッドは大きかったハズです。2人でベッド1つでもいいですか?」
フレヤさんとの添い寝。
何だかんだフレヤさんの実家ではそうやってコンパクトに寝てたから良いも悪いもない。
喜んで!ですよ。
「とっ、当然です。そ、そっちの方が何かあった時、あ、安心ですし…」
「ふふ、承知です。じゃあ行きましょう」
そうして私達は白虎亭の扉を開ける。
中は大きな釜を囲むように長椅子と長机が所狭しと並べられている。
夕暮れ時ともあってか、既に一階の食堂部分はそこそこ人が入っていた。
小綺麗な格好をした商人のような人も居れば、傭兵のような人も居る。
みんなワイワイ賑やかに、思い思いにお酒を楽しんでいるようだ。
なんか良いなぁ!こーゆー雰囲気!
建物の中に入って向かって右側の方にカウンターがある。
カウンターの奥の部屋から食べ物を持った給仕と思しき女の子が忙しそうに出入りしている。
建物の柱部分には必ずと言って良いほど照明のランプの明かりが灯っていて、薄暗いながらもとても暖かい雰囲気を演出していた。
結構大きな宿屋なんだなー。
何人くらい泊まれるんだろうなぁ。
そんな賑やかな光景に釘付けになっているうちに、フレヤさんは既に受付のおばちゃんと交渉に入っていた。
おっとっと、一人になるのはマズい。
フレヤさんが側に居ないとクールな魔女設定にボロが出る。
「食事付でベッド1つの個室を10連泊でお願いしたいのですが……」
「はいよ、ん。ハーフリングのお嬢ちゃんとそこのメイドさんのお嬢ちゃん……確かにベッド1つの小部屋で十分そうだね。10連泊してくれるってなら……んー、一泊あたり2人で銀貨6枚だけど、ベッドも1つだし銀貨5枚!しめて銀貨50枚でいいよ」
10泊すると……えーと、肉串で言うところの…えーと500本!
1日あたり二人で肉串50本。
なるほどなるほど、高いのか安いのかさっぱり分からない。
毎日そんな量の肉串ばかり食べれそうもないなって事だけは分かった。
ま、まぁ銀貨10枚も安くなったんだし、肉串がえーと銅貨10枚くらい…大銅貨だと1枚だから100本?
別に肉串が好きなわけじゃないんだけど、ついつい肉串換算しちゃうね。
兎にも角にも値下げ交渉って案外簡単なもんなんだなー。
「私達はランプやロウソクは不要です。部屋もシーツも生活魔法で洗浄可能なので、もう一声っ!いけませんか?」
おお!銀貨10枚程度では納得しないのがフレヤさん。
まさかここで更に値下げに打って出るとは思わなかったよ。
受付のおばちゃん、腕を組んでうーむと唸る。
「なんだい!随分ガメツいガキだねえ!」とか怒られない?
ハラハラドキドキ!
「うーん、そうさねえ……。ま、女の子のお客なら部屋も汚さないし、飯の量でキャンキャン文句も言わないしね!よしっ、10連泊で銀貨45枚!どうだ!?」
「やった!えへへ、ありがとうございます!ではそれでお願いします!」
満足げなフレヤさん。
いやー凄いなぁ。
私だったら萎縮しちゃって間違い無くそこまでぶっ込めなかったよ…
今にもふんす!と聞こえてきそうなフレヤさん。
かわゆいなぁ…
見てくれよおばちゃん!
このフレヤスマイルをさ!
値引いて良かったと思うでしょ?
そんな訳で私とフレヤさんに割り当てられた部屋は3番の部屋。
特に誰かに案内される訳ではなく、フレヤさんを先頭に二階部分へと向かう。
チラリと見えた扉が無い大部屋の中にはベッドがずらりと並んでいた。
「ざ、雑魚寝の部屋……扉がないんですね……?」
「私達は女の子ですから、あの手の部屋は極力避けたい所ですね。どうしようもないケースは今後あるとは思いますが……」
そ、そうだよね。
こーゆー部屋に泊まって万が一何か起ころうものなら、私がフレヤさんを守らなきゃいけない。
アビスランパードで……
いやいや、過剰防衛になるかな……?
私のフレヤさんに手出ししようのもなら、それは万死に値すると声高に宣言したいとこだけど、いざ本当に殺すのはやり過ぎだ。
私だってそれくらい分別は付きますよ……
「ほら、ここです。3番」
扉と扉の間隔から察するに結構狭い。
『3』と書かれた木のプレートが打ちつけられた扉をフレヤさんがゆっくりと開ける。
「何というか……狭いですね」
「恐らく人間族の大人一人が泊まる想定の部屋ですからね、こんなもんですよ」
フレヤさんの言うとおり、本当に大人の人が一人寝られるだけの部屋だ。
大きなベッドがあって、ベッドに腰掛けながら使うであろう申し訳程度の小さな机。
夜は冷たい隙間風が吹き込んできそうな鎧戸。
私達のようなちびっ子2人が湯浴みするくらいは問題なさそうなスペースはある。
「うんうん、私達2人で寝るには十分ですね」
「そ、それもそうですね……フ、フレヤさんとなら、狭くてもその……く、苦じゃないどころか……フへへ……」
「ふふ、じゃあお互い役得って事ですね」
魔性の女フレヤ!
今さりげなく私の心をぐわっと鷲掴みにした!
ニコニコしながら人の心をぶんどるフレヤさん。
私のハ、ハートを返してよ!
「さてと。湯浴みは後にするとして、とりあえずご飯を頂きますか」
「そ、そうですね…!匂いにつられてお腹が空いてきました。さっきからグウグウと…」
「ふふ、私もグウグウです」
ペロッと舌を出してウインクするフレヤさん。
えーっ?この人は何でこんないちいち可愛いんだ…!
くそー、とりあえず抱きしめてやる!
一階の食堂部分へと向かった私達。
予め渡されていた『3』と書かれていた小さい木の板をカウンターに二枚ほど出すと、木の板と引き換えにご飯が渡された。
ふーん、木の板が引換券なんだ。
渡された麻の小袋に、ジャラジャラと木の板が入ってたから何かと思ったら…なるほどね。
そして間もなく出てきた料理は、何やら焼いたスライス肉と酢漬けの葉物野菜。
お肉と野菜が浮かんだスープに、半分に切ってある堅そうなパン。
フレヤさんと私は、とりあえず空いていた長机に並んで座って食べることに。
「いただきます」
「いただきます」
フレヤさんも気に入って、言うようになってた食前の挨拶。
美味しそう!美味しそう!
美味しそうだけど…これ、何の肉?
「こっ、このお肉は……その、何の肉でしょうね?」
「これは塩漬けウルフ肉ですね。ウルフ肉はその辺でいくらでも手に入りますし、塩漬けは保存が効くので結構どこでも出てきますよ」
塩漬け……確かフレヤさんの実家でも出てきたかな。
名前の印象によらず、案外しょっぱくない熟成肉。
とりあえず口に放り込んでみたお肉は、味の深みが感じられて美味しかった。
ハーブが利いてるのかな。
って言うかフォレストウルフってどんだけ居るんだ?
絶滅もせず、そんなウジャウジャ湧くもんなんだ……
「おっ、お、美味しいですね。美味しい……ですけど……」
そこまで言った私はフレヤさんの耳元で続きを囁く。
(フ、フレヤさんの実家で食べたのには、ま、負けます)
私の言葉を聞いたフレヤさんは、嬉しそうににっこり笑う。
(こういう所は質よりも量を作らなきゃいけないところなので、流石に手間暇かけた家庭の味には勝てませんよ)
二人で感想を述べながら料理を食べ進める。
料理も中々美味しいし清潔そう。
ここなら快適に泊まれそうではあるね。
寝るのにも不便はなさそうだし。
部屋には一応ずずっと横にスライドさせる閂もある。
フレヤさんが町に到着してから早足になるほど度には良い宿なんだね。
でも、『フレヤさんの実家の味には勝てないね』なんて、ちょっと無神経な発言だったかな………
無神経な私自身に少し反省。
フレヤさん、ゴキゲンそうだし良いのかな。
そうだ、そう言えばフレヤさんが料理を注文した記憶がないぞ?
「あ、そう言えば……た、食べるものって何か、え、選んだりしないんですか……?」
そして周りを見てみると、大抵みんな同じものを食べている。
定番メニューなのかな?
『お前、白虎亭で飯食うってのにアレを食わねえで一体何を食うってんだい?』ってくらい定番のやつなのかな?
いやいや、そんな物珍しい料理でも無さそうだし、飛び抜けて美味い訳でもない。
「余程高級な宿にでも泊まらない限りは、朝も夜も出てくる宿の料理はみんな一緒なのが普通ですよ」
「へえ、そ、そういうものなんですね…」
定食屋じゃあるまいし、大量に作るとなるとそうなるのかー。
まぁ好きなものを選べ!と言われると優柔不断な私はメニューと睨めっこしつつアワアワしそう。
ちなみにお酒は別注文らしく、当然お酒など飲まない私達はご飯を食べた後、中心の大釜から備え付けの大きな桶にお湯を汲んで部屋に戻った。
御馳走様でした。
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