211.原書の存在
シャリア男爵夫妻に連れられてやってきたのは『センセ薬草店』
そこは一面の蔦で覆われた家で、センセの子孫は人間族ではなく、身体からニョキニョキと蔦を伸ばせるドライアド族のお姉さんのクラーラさんという人。
自己紹介も終わり、さあ今後について話をしましょうというわけで今に至る。
「それでは店内のレイアウトを変えますから、その場でおまちくださいまし」
おいおーい、クラーラさん、冗談がきついぜ!タハハ…
そんなまじめな顔をして目を閉じたってさ?今からこの売り物で溢れかえっている店内を…って、わぁぁぁっ!!
「フフフ、フレヤさん…!!みみみみ、店の中…!み、店の中ぁっ!?」
棚から台からカウンターから…あばばば…!!
吊られてた薬草みたいなのもワサワサとっ!ワサワサとっ!?
「ドライアド族の得意とするものです!私に抱きついてて良いですから、落ち着いて下さい!」
大変だぁっ!!大変だぁっ!!
このお店、壊れるよっ!?
あ、フレヤさん…!
「ふふ、落ち着きましたか?これはドライアド族の得意とする固有能力ですよ。この家も恐らくはクラーラさんが固有能力が色濃く作用している家なのだと思います」
フレヤさんに抱きしめられて、荒れ狂っていた心がスッと、風のない湖のように落ち着いた。
「あ、そ、そうなんですね…」
ビ、ビックリしたよ…心臓が止まるかと思った…!
「ドライアドと言えば説明はいらないかと思ってしまいまして、驚かせてごめんなさい」
「あ、だっ、大丈夫です…!そ、そっ、それにしても…すす、凄いですね…!」
棚だとか商品はささっと脇に寄って、代わりに店の真ん中に蔦でできた丸いテーブルと椅子が姿を現した。
ビックリ仰天!凄い、凄すぎるよ!!
「アメリさん、目が輝いてますね!ふふ、これまでドライアド族の方に会うのは初めてですもんね」
「じょ、常識なんですか…?」
「んー、そうですね…街道に町や村があるようなところに住まう人であれば知ってはいると思いますよ?実際にこの目の前で見るのは私も初めてでしたけれど」
知ってて「ああ!これがドライアドのアレね!」だったらまだ良かった。
しかし、こちとらそんなことが始まるなんて夢にも思ってなかったよ!
でも…まるで御伽噺みたいな固有能力だね!なんの御伽噺か知らんけど。
「これがヤナギハーラ・センセによる医学書です。世に出回った方の医学書でして、20冊のうちの1冊になります」
クラーラさんが、即席で作った蔦のテーブルに大切そうに厚い本を置く。
その本は、角が擦り切れ、表紙にはいくつもの補修跡が残っている。見ただけでも、この医学書がどれほどの熱意によって読み継がれ、必要とされてきたのかが伝わってきた。
クラーラさんは異空間収納を持っている口っぽいね。
持っているとしたら、たしかに薬草屋には向いていると思う。
しかし、こりゃ随分と分厚い本だ…
「あ!これです!」
フレヤさんが叫んだ。
「私の故郷のカントの傭兵組合にあった物は手付かずで埃を被ってましたので、これより状態は良かったですが…たしかにこれです!」
ええっ!?うそーん!?
こ、こんな分厚い本を幼い頃のフレヤちゃんは読破して、その上、覚えたってーの!?
フレヤさん…天才過ぎるよっ!!
そんな分厚い本を前にしたら私は、読む気が萎えるどころか、その場から逃げ出したい衝動さえ覚えそうだ。
そんな圧が半端ない本を子供が手にとって…いやはや、フレヤさんは途轍もない努力の人だ。
この本で頭をぶん殴ったら無事じゃ済まなそうだよ?
「…世に出回った方ということは」
リュドヴィックさんが本に手をかけた。
「原書…のようなものも存在する、と?」
むむっ?
あ、たしかにリュドヴィックさんの指摘のとおり「世に出回った医学書の方」ってことは、逆に「世に出回っていない方の医学書」があるはずだ。
「ええ、あります」
ミケルさんと視線を合わせて小さく頷き合ってから、クラーラさんはそう言った。
そして言葉を続ける。
「ヤナギハーラ・センセは『渡りし人』です。故郷の文字で書いた手記も残しているのですが……彼の子孫の誰も解読できず、内容は不明なままです」
その言葉と共に、テーブルの上にまた新たなものが現れた。
古びた手帳の束だ。
しかも一冊や二冊じゃない、何十冊にもなる手帳。
「読んでみても良いですか?」
おっと、貴重な書物だ、フレヤさんが言わなかったら無造作に触るところだった…
「ええ、どうぞ、ご覧になってくださいまし」
クラーラさんの返事を受けたフレヤさんから視線を向けられた。
うん、私なら多分読める気がする…いや、読める。
「それでは失礼して…アメリさん」
「あ、はい…えーと表紙に…『異世界に地球の医学を広めるぞ計画、その3』『柳原太一』と、かっ、書かれています…」
なーんかお堅いもんだと思ってたけど、こりゃ本当にメモ帳みたいなもんかな?
良く見りゃ『その1』や『その2』もある。
医学書を出すなんて、ヤナギハーラ・センセは常に眉間にしわを寄せているよーな人って印象だったけど、案外そーでもないのかも。
「アメリさん!」
クラーラさん、ガタンと勢い良く立ち上がった!
ビックリした…!
「ヤ、ヤナギハーラ・センセの字が…よ、読めるのですか!?」
「あ、は、はい…」
「タイチ・ヤナギハーラはヤナギハーラ・センセの本名です…名前はタイチ、そして家名がヤナギハーラだと伝えられています。部外者には伝えていない本名です…」
ほうほう!じゃあこれで私が読めると証明出来たわけだ?
ありゃ?こ、これ…ひょっとして解読班みたいなのに回される…!?
じわじわと不安に包まれていくようだよ…
このままだと「医学書解読担当・アメリ」に任命されるんじゃないか?
解読することになった場合、確実に私に指名依頼がくる訳で、そーなると何年がかりだ!?って感じだよね…
『フレヤの冒険譚』の医学書解読編、始まっちゃう!?
いやいや、それは困るって!
「ただいまー!」
どわっ!?ビックリした…
元気な声と共に部屋に現れたのは、背丈が小さく、耳がピンと尖った少女。
「あっ!男爵様と奥様!ごきげんよう!お客様も、ごきげんよう!ミケルとクラーラの娘でクリスティナといいます!」
これは確実にクラーラさんの娘さんって感じだね。
なんというかクラーラさんの生き写しみたい!
でも耳がピーンと旦那のミケルさんみたいに尖ってる。
「はじめまして。私は傭兵パーティー『魔女っ子旅団』でサポーターをしておりますハーフリングのフレヤといいます。こっちは戦闘担当のアメリです。よろしくお願いします」
「あ、あっ、アメリです…!」
おっとっと、頭下げなきゃ!
「おお、クリスティナか。ごきげんよう、元気そうでなにより」
「クリスティナちゃん、また薬草を摘みにいってらしたの?」
ふむふむ、男爵夫妻は何度も面識ありって感じだね?
ポーラさんは面識ありかな?昨日ラウラさんと一緒に来たのかな?
「はい、薬草を摘みに行ってました!あれ?なぁに、その手帳の山!」
お?クリスティナちゃんの身体からにゅーんと蔦が伸びた。
まだお母さんから見せてもらったことは無しって感じかな?
「こら!それはうちのご先祖様の手記よ!大切なものだから、あなたがこの薬草店を引き継いだときに渡すわ!」
「ちょっとくらいいいじゃん!どれどれ…えーと?」
はは、流石に読めないわな。
「ねえママ、なぁにこれ?『リファンピシンに代わる代用品の薬草は見つかったのに、なぜダプソンやクロファジミンが見つからない?クロファジミンがないのはひょっとすると』…って、難しいことばっか!ご先祖様ってこんな難しいことばっか研究してたんだ?」
みんな一斉に固まってしまった。
理由は解読結果をクリスティナちゃんがスラスラ読み上げてしまったからだ。
えーと、どれどれ?…たしかにそう書いてる…
「あ、あの…た、たしかに、そう…書かれてます…」
「クリスティナ、あなたは…それが読めるの?」
この只ならぬ空気を察知したクリスティナちゃん。
困惑気味に小さくこくっと頷いた。
「う、うん…知らない文字なはずなのに、読める…かな」
あ、フレヤさんが立ち上がった!
フレヤさんに注目が集まる!
「私の方から説明します。『渡りし人』はこの世界に渡ってくる際、神様から共通して三つ、スキルと呼ばれるお助け能力を授かると言われています。一つ目は『異空間収納』です。これはクラーラさんも持っていますね?」
「ええ、尤も私はドライアド族が色濃いので、そっちの力かもしれませんが…」
「私も持っていますし、クリスティナも持っていますので、恐らく種族的なものかと…」
判別がつきにくいんだね。
ドライアド族自身がそもそも魔力を豊富に持ってそうだし。
エルフ族であるミケルさんも使えるんじゃ、誰の因子を受け継いだのかさっぱり。
「ですね。二つ目は『無詠唱魔法』です。クラーラさんのお母さんやお婆さんも含め、家系にやたら生活魔法に長けた人はいませんでしたか?」
「それならクリスティナがまさにそうですね…」
ミケルさんの言葉にクリスティナちゃんは首を傾げつつ「うーん」と唸った。
「たしかに人より威力は凄いかなー?でも使う魔法は普通に詠唱ばっかかな。あとドライアドの力」
「人よりやたら洗浄が優れている、人一倍水が出せる、人一倍火力が凄い…これらは紛れもなく『渡りし人』の持つ神様から貰ったスキルです。クリスティナさんは恐らくヤナギハーラ・センセの因子を色濃く受け継いだのだと思います。そして最後の三つ目」
フレヤさんは手元のヤナギハーラ・センセの手記をパラッと適当にめくってみせた。
「三つ目は『あらゆる言語を理解できる力』です。これは『渡りし人』がまるで別の世界であるこの世界へ降り立った際に、言語の壁で躓いて野垂れ死なないよう、神様が与えてくれるようです。アメリさん、クリスティナさんにケットシー族の言葉で話しかけて貰えますか?」
『にゃ!こ、こんにちはにゃ!』
あぁナターシャちゃん…モフモフしたいよ!
自然の中でのすばしっこさは天下一品だったね。
夜目も効くし、頭もいいし、尻尾も触らせてくれるし…
懐かしいにゃ…
『にゃにゃっ!?こ、これ…私、分かるにゃ…』
「私たちにはその辺の猫がゴロゴロニャンニャン言っているようにしか聞こえませんが、以前一緒に旅をしていたケットシー族の者曰く、この言語はケットシー族にしか操れないはずの言語との事でした。お聞きになって分かる通り、我々では発音のしようがないと聞いています」
クリスティナちゃん、不安そうな顔をしている。
無理もないよね、急に己の持っている謎の力の存在を知らされたんだ。
ちょっとした私だね、何となく不安になっちゃう感じ。
「話を戻しまして、神様は『渡りし人』にそれら三つのスキルを授け、最後にその『渡りし人』が望む独自のスキルをくれると聞いています。ヤナギハーラ・センセが望んだスキルについては…」
「それは私の口から説明させて頂きますね」
クラーラさん、クリスティナちゃんの肩を抱き寄せながら口を開いた。
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