208.領都ケセレア
ようやっとシャリア男爵家のお膝元、シャリア領のカトレスの町に到着した私たち。
自分たちの領地にやってきたという安堵感、そして未だミュロウ伯爵家から狙われているのではというピリピリ感。
お目当ての宿でシャリア男爵夫妻のそばで護衛しつつ今に至る。
宿で夕食を済ませ、ヴィルジニーさんが湯浴みを終えるころ、私とフレヤさんはシャリア男爵夫妻の部屋に集まった。
今晩も再び私とフレヤさんは同じベッドに潜り込むことになり、私は男爵夫妻が飲むワインの香りをかすかに感じながら過ごす。
フレヤさんが手帳にスラスラとペンを走らせる音を耳にしながら、私はぼんやりとその横顔を眺めていた。
その時だった。
突然、部屋の窓の鎧戸が音もなく少しだけ開いたのだ。
鋭い寒気が全身を駆け巡り、思わず近くに立てかけていた杖を掴む。
次の瞬間、私の目は影を捉えた。
二つの小柄な影が、どこからともなくスルリと滑り込む。
「ご安心を。私たちです」
「おおっ、これは驚いた…まったく気配を感じなかったぞ!」
ほっ、良かった良かった…
ポーラさんとラウラさんか、全身から緊張が抜けた気分だよ…
「ご主君に報告があります」
ラウラさんが口を開いた。
二人ともヒルドリック家のメイド服のままだ。
「よろしく頼む」
「はい。カトレスの町付近で暗殺者と思われる三人を確認し、我々が処理しました。逃走者はおりません」
ほへー、すげー!
なんて頼りになる人たちなんだ!
『偽魔女っ子旅団』優秀すぎるよ!
いいなぁ、処理しましたって格好いい言い方だね!私も是非真似っこしたい!
「ちなみに何処の手の者か証拠は残されていただろうか…」
と、リュドヴィックさん。
気になるよね、その辺。
いやー、とは言えいくらなんでもそーゆーのって証拠は残さないよなぁ…
ポーラさんが無表情のまま口を開く。
「特定の家の紋章などはなく、暗殺者が着ていた服や装備は一般的なものでした。ただし、一部に魔法加工がされているようですので、高い身分のスポンサーがいることが推測されます」
「それらの印から判断するに、彼らがミュロウ伯爵家の関係者である可能性は非常に高いと思われます」
ラウラさんがそう補足をした。
やっぱ推測の域からは出られないという事か…
ただ、貴族同士の裏のやりとりにこうして暗殺者がさも当然のごとくホイホイと出てくるのは怖い。
「ただし、これが完全な証拠となり得るかは不明です。別の勢力が意図的にその印を用いている可能性もございます」
「つまり、ミュロウ伯爵家が直接送り込んだという決定的な証拠ではないってことかしら?」
「はい、奥方様。そのように解釈いただければ。ですが、この一連の行動に関しては、彼らがミュロウ伯爵家に関連しているという前提で対処する方が安全かと存じます」
ラウラさんが平坦な調子でそう言った。
やっぱり『偽魔女っ子旅団』は、なにも偽フレヤさんだったポーラさんが全面的に喋る訳じゃないんだね。
「ちなみに本日始末した中に、小柄な少女のような暗殺者は居ましたか?」
お、フレヤさん。
それはたしかに気になる。
まぁいないんだろうだろうけど。
「いえ、おりませんでした」
「そうですか、そうですよね…」
偽フレヤさんとフレヤさんのやりとり。
うーむ、フレヤさんの方がかわゆいね。
おっと、気が逸れた!いやぁ、そんな簡単にはいかないわな。
「ちなみにアメリ様の腕を落とした件の暗殺者というのはひょっとするとナイトリリィかもしれません」
「ラウラの言うとおり、あのアメリ様を後一歩まで追い詰めており、王国内の暗殺者である、そしてナイトリリィは小柄であると噂があります」
ん?ナイトリリィ?
あの暗殺者のちびっ子、そんな名前なん?
ん?あ、フレヤさんもよく分かってない感じだ。
なんか恐らく『その界隈で有名』な類いのヤツだね、きっと。
フレヤさんが口を開いた。
「ナイトリリィ…あの暗殺者はナイトリリィというんですか?」
「ここ数年か、たしかに噂を聞いたことがあるな…そうだ、目撃者のいない暗殺者、ナイトリリィ…まさかそのナイトリリィだと言うのか…?」
リュドヴィックさんの低い声が緊張を帯びて響く。
そ、そんなに強敵だったの!?
道理で強いわけだよ…もう一度なんて戦いたくないよ…!
「恐らくはそうかと。大変申し訳ございませんが、そうなってくると私とポーラだけでは対処は困難となります」
「いや、謝ることはない。私もこの目でナイトリリィの強さを見ている。アメリ殿とフレヤ殿がいるうちにこの問題をどうにかしておかないと、我々は間違いなく殺されるということだな…」
一応渡り合えてた私がどっか別の国に旅に出てしまえば、シャリア男爵家はナイトリリィの毒牙にかかるというわけか。
こりゃ本当に面倒なことに巻き込まれたもんだ。
「怖いわ…私もその噂は聞いたことがあるけど…そんな、まさか…」
「ナイトリリィといえば、ミュロウ伯爵家と関連付けられて語られるからな…いつだって絡めて語られるが、よもや我々がそんなものに狙われるとは…」
「わ、私が決着…つっ、つけます!」
傭兵としてスパッとお悩み解決しなきゃ!
…またスパッと腕を斬られたらどーしよ…いや、もしくは首とか?
あばばば…どうすりゃいいんだ!?
「うちのアメリと対峙したあの暗殺者がナイトリリィなる暗殺者だとすれば、今日カトレスの町まで来た暗殺者はポーラさんとラウラさんの偵察に来たという感じで間違い無さそうですね」
「フレヤ様の仰るとおりかと思います。まるで手応えのない相手でした」
な、なんで間違いないの?
『偽魔女っ子旅団』がいなきゃさ、今頃この部屋に押し込まれてあわや大乱闘でしょ!?
あー…でも確かに、あのちびっ子暗殺者に匹敵する強さを誇る暗殺者が3人も雁首揃えてノコノコやってきてたとして、それが『偽魔女っ子旅団』にこうもアッサリ始末されるってことは、多分そんな強いヤツじゃなかったのかも。
「今日ここへやってきた者が報告に帰ってこないとなれば、当然それに対応すべく体制を整える…そうだな。決戦の地は恐らくは領都ケセレア…」
リュドヴィックさんもヴィルジニーさんも顔が強ばっている。
気が重いな…絶対避けられない戦いだよね。
それ以上は刺客がやってくる事もなく、翌朝私たちは目的地であるシャリア男爵領の領都ケセレアへ向けて出発。
道中も目立って魔物に遭遇することもなく、日がてっぺんに登る頃には領都ケセレアへ到着した。
流石に自分たちのお膝元、町の入り口では呼び止められる事もなく素通り!
ケセレアはフォークヘイヴンの村より一回り大きい町かな?ってな感じの賑やかな町で、途中見えた広場では野菜や布が所狭しと並び、呼び込みの声が響いていた。
活気がある様子に胸を躍らせたのも束の間、ここもやっぱり若い男の人の数が少ない。
子供に女の人に老人、兵士も他と同じく子供や女性の兵士の姿が目に留まる。
現実に引き戻されたよーな気分だ…
一団はそのまま町の中央通りを突き進み、シャリア男爵家の屋敷へ。
言い方はアレだけど、屋敷は二階建てでこぢんまりとしている。
ヒルドリック家の屋敷を見てきたから…だけではない、あまり裕福じゃなさそうなのは火を見るよりも明らか。
本来なら「屋敷に着いた!一安心!」な訳だけど、状況が状況だけにまるで油断できず。
私たち『魔女っ子旅団』は引き続きそのまま護衛を継続することに。
「アメリ様は武器に魔力を纏わせることは出来ております。今はそれを撃ち出すようにされていましたが、その魔力が手から離れず、伸縮性のある紐のようなイメージで、身体と武器を繋ぐ練習をしてみると良いでしょう」
そう助言してくれるのはポーラさん。
屋敷につくや否や、リュドヴィックさんもフレヤさんも「アメリの特訓をすべきだ」という意見で一致。
という訳で私たちは早々にこのケセレアの町にある演習場までやってして、こうしてポーラさんから指南を受けている。
ちなみにラウラさんは護衛隊のリーダーと一緒にヤナギハーラ・センセの子孫が代々営んでいるっぽい薬草屋に、早々に行ってしまった。
どーやら暫くの間、ラウラさんとポーラさんとで交代する形で護衛するらしい。
と言うわけで、あのちびっ子暗殺者がやっていた『戻ってくる投げナイフ』の種明かしはポーラさんがしてくれることに。
ポーラさんは右手に木でできた短剣を持っている。
「それでは私が解説しながらやってみせます」
「あ、はい…」
これができればちびっ子暗殺者も楽勝!って訳じゃないけどさ、手数は増えた方がいいに決まってる。
絶対にモノにしてやるぞっ!!
「まず、この木の短剣に魔力を馴染ませます。これはアメリ様もできています」
ふむふむ、魔力って目に見える訳じゃないんだけど、とりあえず私もやるアレだ。
「魔力を紐のようにイメージして、短剣と自分を繋ぎます。こうして投げると、紐の引きで自在に動かせるんですよ。」
「ま、魔力の糸…はい…」
これはかなーりの練習が必要そう。
うーむ、伸縮性のある紐みたいな魔力…魔力が伸びると。
ふむふむ、ポーラさんの説明は簡素でいてとてもわかりやすい。
実際、軽く前に放り投げた木の短剣が有り得ない動きをして空中でうにょうにょ動いてる。
「そしてこのようにして投げます」
うおっ!猛烈な勢いっ!これはなかなか…
いやぁ、ポーラさんも手練れなんだな…
「今私の右手とあの短剣は繋がっています!そして良い頃合いに…こうです!実戦ではこのように分かりやすく引っ張るようなことはしませんが、グイッと一気に引っ張ります」
なるほどなるほど!
だから伸縮性のある紐をイメージする訳だ!
ポーラさんの大袈裟な右手の動きに合わせて短剣が急に方向を変えて、ポーラさん目掛けて帰ってくる!
「ここで注意すべきは、投げたときの勢いや回転ではなくなっているという点です!投げてターンさせるだけならコツさえ掴めば簡単なのですが、受け取るのについては練習が必要となります!…っこのような形です」
パシッと受け取るポーラさん。
いやぁ、お見事!
これが出来るようになると、戦術の幅が一気に広がるよね!
仕組みさえ分かりゃ、あのちびっ子暗殺者から短剣を奪い取ることだって出来ちゃう。
「アメリさん!どうです?分かりましたか?」
「あっ、は、はいっ!!や、やって…みます…!」
ここはフレヤさんを安心させたいところ。
きっとこれがお姉ちゃんなら、こんなことくらい難なくできたはず。
それなら私だって…!
「はい、それではこの木の短剣でどうぞ」
「あ、あ、はい…」
よし、まずはいつもみたいに魔力を纏わせると…これは平気。
次に紐ね、とりあえず足元で試してみようかな。
武器丸ごと、そして私の手、それを繋ぐビヨーンと伸びる紐。
「流石アメリ様です。その調子です」
おっ!これは案外出来ちゃう!
ふーん、これを上手いこと扱う訳だね!
「アメリさん、投げられそうですか?」
「はっ、はい!」
どーにか投げられそうですよ!フレヤさん!
見ててくださいね!手数を増やしますからね!!
よーしっ、やるぞ!!
「なっ、投げます!!」
このまま投げるっ!!
まだ魔力で繋がったままだ!
これはグイッと引っ張るってよりは、魔力を操作する感じで…!
よっと、おおっ!ここまでも上手くいった!
戻ってくるときが難しいって言ってたよね、うーむ。
あれだな、これ…お姉ちゃんの力のおかげか、ゆっくりゆっくりと戻ってくる木の短剣が見える。
「とっ、取れましたぁ!!」
短剣を受け取った瞬間に思わずガッツポーズをしちゃったよっ!
ああっ、胸の奥がじわっと熱くなる!
ぐふふ…このかっちょいい技が自分にも出来るなんてっ!堪らんっ!!
なんかさ、地面スレスレから投げて斬り上げるみたいにやるのとか絶対かっちょいいよね!?
よしっ!これはもっと練習すればモノになるぞ!!
「アメリ殿は本当に初めて試されたのですか?私の目から見る限り、熟練の技のように見えましたが…」
いやぁ、リュドヴィックさんもヴィルジニーさんも滅茶苦茶訝しんでいる…
実際、本当に初めてなんだけどなぁ。
「私もうちのアメリの戦い方で今のは見たことがありませんので、間違いなく初めてだと思います。うちのアメリは初見の武器でも巧みに操ってみせるという、類い希な才能がありますので、恐らくそのお陰かと」
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うむうむ、実際いつぞや触った弓なんかがモロにそのお陰だよね。
もうちょっと慣れておきたいところだね!
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