21.ニキシー
とりあえず隣町のベルーガの町へ向かいつつヴィントスネーク被害についての依頼を受けた私たち。
目的地周辺までやってきて野営をして今に至る。
翌日。
今はヴィントスネークが活発に活動するというお昼前の時間帯。
街道から離れている場所にお誂え向きな平べったい岩があり、すり潰したニキシーを置いて、草が生えていない離れた所からじっと様子を窺っている。
「は、鼻が曲がりそうだとは思いましたけれど……あ、案外慣れるもんですね……」
「匂いが届かない場所で待つわけにはいきませんから、どうなるかと思っていましたが、私も案外慣れてきました」
「は、鼻が曲がりすぎて……おお、おかしくなったのかも……!」
「ふふ、さもありなんですね」
そう。
昨晩、フレヤさんはニキシーの臭さについて、景気良く話を吹かした訳では無かった。
罠を仕掛けた時は二人揃ってニキシーが容赦なく放つ激臭に悶絶、何度もえずいた。
鼻の穴に詰め物をしてるのに!だ。
ウンコを踏むとのニキシーを踏むのと、どちらかを選べと問われた場合、喜んでウンコを踏むレベルでニキシーは臭い。
尤も、そんな選択を迫る奴が居たらまずはソイツの顔面をグーでぶん殴ってその場を立ち去るけれど。
兎に角、こんな臭いに誘われるヴィントスネークって相当イかれたヘビなんだなと涙ながらに思った。
しかし不思議なもので、オエオエ言いながらジッと待っているうちに、私もフレヤさんもすっかり慣れて耐性ができてしまったようだった。
ニキシー耐性、なんじゃそりゃ?
(アメリさん!ヴィントスネーク!集まって来ましたよ!)
ん?おっとっと、意識が逸れてた。
えーと、どれどれ……?罠を設置した岩は、と……
うわっ、たしかに黒い大蛇がニョロニョロと蠢いている。
あれがヴィントスネークってやつか!
うへぇ、テラテラして気持ち悪っ……!
(ひえっ……!え、えーと脳天を一突きですよね!?)
(そうですそうです!)
やるのは私しか居ない。
ここは覚悟を決めてやるっきゃない!
(よしっ……い、行ってきます!)
杖を握り締めてパッと駆け出す私。
岩に近づくに連れ臭さが増すニキシー臭。
……臭すぎて涙が出てきた。
ごめん、これやっぱニキシー耐性なんてつかないわ。
さ、さっさとやっつけて終わらせよう。
ヴィントスネークはまるで酔っ払ったかのようにニキシーの周りで狂ったようにとぐろを巻いていた。
見た所、三匹も!
それぞれこんがらがってしまいそうなくらい複雑に絡み合ってニョロニョロテカテカしている。
うわー、最高に気持ち悪っ!!
ふふふ、ニキシーに夢中になって私という捕食者に気がつかない愚かなヴィントスネーク達よ。
うっ、臭っ……!
飛んで火に入る夏の虫とはお前達の事よ……臭い!
ニョロニョロは気持ち悪いけれど、最早ヘビの気持ち悪さなんてどうでも良くなるくらい、とにかく臭いっ。
あまりの臭さに本能がカンカンとけたたましく警鐘を鳴らす。
こんな臭い実のどの辺りにヴィントスネークを夢中にさせる要素があるんだろう……
あーもうダメだ。
本当にさっさと終わらせよう!
「おぇっ……!えいっ!!」
勢いよく杖を脳天に突き刺すと、ヴィントスネークは呆気なく絶命。
そんな流れ作業をこなし、さっさと異空間収納にヴィントスネークを納めてその場から退散。
「ダッ、ダメです!ややや、やっぱり全然臭い!慣れない……!!」
「うっ!!アメリさんと共に激臭が……!!」
後ずさるフレヤさん。
そ、そんなぁ……!!
そんなこんなでニキシー臭に悶絶しつつ夕方までで合計7匹ものヴィントスネークをゲットした私達。
フレヤさんも「流石にそろそろ居ないでしょう」と言って、可及的速やかにその場から離れた私達。
鼻が曲がっておかしくなったまま、何かを食べようなんて酔狂な事を考える余裕もない訳で……
すぐそばの野営ポイントまで戻って簡単なスープだけ口にした私達は早々に寝ることに。
今日は流石のフレヤさんも臭いで疲れたのかメモ帳の内容の精査だけを行って、私の絵は明日という事になった。
まぁ精神的にやられてるし、そっちの方がいいかも。
描き損じそうだしね……
アビスランパードに守られたテントの中、フレヤさんがぽつりと呟いた。
「……私、ニキシー臭くないですか?」
明かりも消して真っ暗とは言え、フレヤさんの表情が微妙になってるのは声でわかる。
ふふ、可愛いやつめ。
うら若き乙女が自身の臭さを気にしおって、むふふ。
どれどれ?すんすん……
「うーん、そっ、率直に言うと……」
「率直にお願いします……!」
「は、鼻がおかしくなっている気がして……臭いかどうかは……よ、良くわかんないです」
そう。
一日中ニキシー臭さと仲良くしてたお陰で鼻の調子がおかしい気がする。
もうね、全然わかんね。
でもこれだけは言える。
「で、でも……フレヤさんの匂いは、い、いつも通り……すす、好きだなって思いますよ……」
あ、ちょっと変態っぽい発言だったかな……
「ふふ、ありがとうございます。私もアメリさんの匂いだなって思うし、好きですよ」
ななな、何で今私をキューンとさせるの!?
この人はいちいち可愛すぎるんだよドチクショー!!
私、フレヤさんをその辺の輩の嫁にやるのは絶対嫌だな。
多分ご両親であるユージンさんやミリアさん並みにそう思ってるなー。
「げへへ……わ、私をドキドキさせて、どっ、どうするつもりですか!」
「えへへ、ついつい!」
これ他のパーティーメンバーとかいらないわ。
私とフレヤさんだけで旅を続けよう!
心に誓うぞ、私は!
翌朝、さっさと設営したものを撤収。
後は報告するだけという事で一路ベルーガを目指す事に。
ベルーガで宿を取るということで今日は寄り道なし。
道中、フォレストウルフ数匹やゴブリン数匹に絡まれつつも、その辺は魔法を使うまでもなくあっさり撃破。
と言うか私の魔法は大袈裟な威力ものばかりで、雑魚相手に使うには範囲が広すぎたり威力が有りすぎる。
なんかこう…石礫が飛ぶとかさ?風でサクッと切るとかさ?お手軽な魔法が欲しいよ。
上位種みたいなのが出たとき用に魔力を温存するばかりで、ちっとも魔法使い感が無い。
格好は、好きでそのままとは言えメイド。
私を見て「さてはあなた魔法使いですね?」なんて言う人が居るわけがない。
フレヤさんは時間が惜しいという事でフォレストウルフもホカホカのまま異空間収納へ。
ゴブリンについてはフレヤさんが討伐証明の耳を切り取って魔核を取り出した。
そして私が街道の外までゴブリンの死骸を「どっせーいっ!」と勢い良くブン投げておいた。
私も死骸に平然と触れるなんて、すっかり慣れたもんだねー、偉い!
他愛もない会話をしながらトボトボと街道を歩いているうちに時刻は夕暮れ前。
他愛もない会話とは主にニキシーの臭さについてだ。
生活魔法でいくら汚れは落とせども、悲しいかな猛烈なニキシー臭までは完璧に落ちない。
改めてクンクンとお互いの臭いを確認してみたけど、二人とも鼻がおかしくなっている気がして、臭いかどうかがさっぱり分からない。
臭いを判定してくれる人が居るはずもなく、もう二人とも笑うしかなかった。
ニキシーは他の何の臭いに似ているだろうなんて真面目に議論し合ったけど、ぶっちぎりで臭いので比べる余裕がなかったねって結論に。
そしてついに私達の目的の町、ベルーガが見えてきた。
「今日はもう遅いのでとりあえず宿を取って、報告や諸々の手続きは明日にしましょう」
「そ、そうですね。と、とりあえず湯浴みしたいです……」
「確かに……!」
苦笑するフレヤさん。
いくら生活魔法の洗浄で身を清めようとも、なんだかもう身体中にニキシーが染みついてる気がするし、そう思うと気持ち悪くなってきた。
町の入口付近までやってきてフレヤさんは胸元からネックレスを取り出す仕草をした。
あ、これ町に入るのに身分の証明が必要になるのかな?
カントの町での出入りは顔パスのフレヤさんが居たからさっぱり意識してなかったけれど、考えてみればおいそれと知らない人をバカスカ街には入れないよね。
慌てて組合員証を服の中から取り出して胸元で握り締める私。
私たちの他に町を訪れる人は誰もいない。
き、緊張する…
私はクールな魔女。
慣れた感じを演出したいところだ。
私はアメリ、傭兵組合の傭兵で今回の来訪の目的は拠点異動。
さり気なく、さり気なく……
「ア、アメリです!よよ、傭兵ですっ……!えーと……!」
クールな魔女が台無しである。
ぐぬぬ、メッチャ上擦った。
緊張するんだもんなぁ。
立っていた衛兵の人達……ポカンとして……なぬっ!?
フレヤさんもっ!?
ありゃ!ま、間違えた……!?
「あの……アメリさん、私達はその、これ……見せるだけで大丈夫ですね」
フレヤさんが笑いを必死で堪えている。
衛兵の人達も2人とも、まるで子供を見るように微笑ましい顔をしている。
顔から火が出そう。
「す、すいません……」
「はは、ベルーガの町へようこそ。傭兵組合の人で等級が4以上の人は通行税は取らないから大丈夫だよ、アメリちゃん?は悪いね、2等級の人は通行税が必要なんだ。普通よりちょっと安くなって大銅貨2枚」
あ、そういやフレヤさんにもちゃんと等級があるんだ。
サポーターとしての等級……
フレヤさんに聞いたこと無かったなぁ。
んっ?だ、大銅貨…?!あー、そんなお金もあったね。
何というか、もうちょっと金銭感覚身に付けないとダメだこれ。
あれれ?カントの町でお金払ってた?
いやいや、払ってないぞ?
なんだなんだ?
「この町は初めてかい?」
衛兵の人がそう尋ねると、フレヤさんが応対し始める。
フレヤさんは特に気にする様子もなくちゃりんとお金を払う。
カントの町の衛兵の人はサラさんやダンさんのお仲間。
サービスしてくれてたのかな?
えー、サービス?通行税ってサービスしていいもんなん?
「私は何度かありますが、件のアメリは初めてとなります。今回は傭兵パーティーとしてカントの町からの拠点変更という形でベルーガまで来ました」
「お嬢ちゃんもそっちのメイドっぽいお嬢ちゃんなんてまだ子供なのに偉いんだなぁ!しかもメイドなのに傭兵な……ん?こりゃニキシー……の匂いか?」
私達に尋ねた方の衛兵の人がそう言ってくんくんと鼻を利かせ始める。
ガーン!!
や、やっぱり臭いんだ……!
フレヤさんが苦笑しつつ言葉を続ける。
「あー、はは……。カントの町でヴィントスネークの依頼を受けまして、来るついでに討伐してきました」
「おお!道理でニキシーの臭いがするわけだ!お嬢ちゃん達、本当に偉いんだなぁ!」
「他の連中はニキシーでおびき寄せるのを嫌がってなぁ、見掛けついでの討伐頼りになるなぁなんて話してたんだよ」
衛兵さん達はそう言って私達にニッコリ微笑みかける。
ニキシー臭いのは嫌だけど、こんな風に誰かの役に立ったと分かるのは嬉しいもんだね。
もう二度とやりたくないけど。
「とりあえず今日のところは急ぎ宿をとって、明日の朝詰め所の方へ伺います」
「おうおう、そうしてくれ。ちなみに何匹仕留めたんだい?」
「1日張り込んで7匹です。暫く様子を見て追加で出てくる気配も無くなったので、恐らくはあの依頼の界隈には居なくなったかなと」
フレヤさん、ちょっと嬉しそうな顔でそう言った。
ふんす!って感じがまた可愛いんだよなぁ!
「7匹!想定以上だな!」
「だなぁ…そんだけ仕留めりゃ大丈夫そうだな!いやーこんな早々に解決するとはなぁ!ありがとな、お嬢ちゃん達!」
衛兵の人達は驚く。
待ってましたそのリアクション!って感じ!
でもそんな驚かれると照れるね。
とりあえずペコッと頭を下げた。
モジモジしてて気持ち悪いとは思うけれど……
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