200.必要ありません
私とフレヤさんによって振る舞われた夕食。
フレヤさんがエルマス夫妻のように剽軽に語る私の恥ずかしいエピソード。
ピリピリしたムードが少しだけ緩やかになりつつ今に至る。
夕食が終わっても食堂にそのまま居座っている私たちシャリア男爵家一行。
男爵家一行が夕食後も食堂にとどまる理由として、多分だけど「村人たちが常に一行を監視している」からだと思う。
村人たちの視線を常に感じながら、男爵であるリュドヴィックさんはあえて食堂に留まることを選んだんだろうね。
部屋に戻って作戦会議を開けば、その動きが不審がられる可能性があると判断しての選択だろう。
そうだよね。
ここで用意された部屋に引き下がれば、村人たちがどのような行動に出るか分かったもんじゃない。
この状況では監視の目を逆手に取り、彼らの目の前で当たり障りなく過ごす方が安全かもしれない。
「あの、アメリと少し離席したいのですが…」
むむっ!?ややっ!?
ついにフレヤさん、動き出すのか!?
また傭兵組合の出張所だね!!
アリーナさんと作戦会議だっ!
「こ、こんな夜遅くに傭兵組合に行かれるのはどうかと!」
「そうです!こんな夜更けに行くことはありません!もう辺りも真っ暗です!」
「あっ、朝に、そうだ!朝に行かれると良いでしょう!!」
「そっ、そうだなっ!そうしましょう!ねっ!?」
なんだこの村人のオッサンの動揺ぶり。
こりゃあアリーナさんも警戒されているんだね。
良く見れば食堂に残っていた村人のオッサン3人の動揺っぷり、どこか不可解なものがある。
ただの親切心というには、どうも目が泳ぎすぎている。
さて、フレヤさん…どうする?
「そういう用事ではありません!花を摘もうかと…」
「では何故お二人だけ席を外すのですか!?こんな時間に採取を!?えーと…とにかく!こ、この屋敷に居た方が宜しいかと!!」
なんだよ、口を開けば開くほど胡散臭い連中である。
しかしこんな時間に薬草採取?
ははーん、わかったぞ?
さっきの謎肉に含まれてた毒が判明したんだね!?
んで、その解毒薬を作るために必要な薬草をブチブチと摘むんだ!
「お気になさらず。直ぐに戻りますので」
「それでは村の者をつけましょう!」
「そ、そうだな!!よし!!俺が行きましょう!」
「それが良い!そうしましょう!!採取に適した場所も村から程近い場所にあります!」
なんだよー、随分と必死な様子で食い下がるなぁ。
ソラサイエンチアとエアサイレンチアの合わせ技で消えて、監視の目をかいくぐるかぁ?
フレヤさん、顔が真っ赤、耳もピコピコ。
ん?なんだなんだ、このかわゆさ天元突破な…
「よっ、用を足したいだけです!!アメリさん以外、来ないで頂きたいです!!」
あっ…おしっこか…!
花を摘むって、その「花を摘む」ね…
私までこのピリピリに飲み込まれて、本当に薬草を摘みに行くのかと思ってた…!
そーだよね、女の子の「花を摘む」ってそーゆーことだね。
フレヤさんの頬が赤く染まり、手が震えている。
耳まで真っ赤、うつむきながら小声で「花を摘みたいで察してください…」と呟く姿は、なんともかわゆい。
そんな恥ずかしさの裏に見え隠れする気丈さが、なんともフレヤさんらしいとも思った。
『用を足したいだけです!』というフレヤさんの一言で、食堂の空気が固まった。
村人たちの視線がさまよう中、リュドヴィックさんが控えめに咳払いをして、妙な沈黙を打ち破るように口を開いた。
「…そういうことなら、どうぞお気をつけて」
気まずい空気が食堂を支配する。
どーやらフレヤさんは本当に用を足したかっただけのようで、私はフレヤさんとともに屋敷の裏手にある、木製の囲いで覆われた簡易的なトイレへ。
フレヤさんは「恥をかいた」とぷっくり頬を膨らませてプリプリと怒っていた。
「ピリピリし過ぎているのも問題ですね!監視するにも女性を一人くらいつけて欲しいですよ!」
スッキリしたフレヤさんだけど、怒りまではスッキリしてないね。
オジサンたちじゃ分かんないよなぁ、女の子のそーゆーの。
「デッ、デリカシーが…あ、ありませんからね…!まったくもう…!」
とんでもないオジサンたちだ!
いででっ!フ、フレヤさん!?
ほっぺを抓ったら痛いっす!!
「アメリさんだって私がおしっこしたいって言ってるのに気がついてなかったでしょ!私が言ったとき、ハッとした顔をしてましたよ?」
ふへへ、悪戯っぽい笑顔だ。
いやーバレてましたか!
「ふへへ…すいまへん…!」
「ふふ、でもアメリさんのそんなところが…」
そんなところが?
ふんふん、そんなところがなんだって?
ふへへ、フレヤさんフレヤさん、焦らすなんていけずな女だねぇ!
「へへ…そ、そんな…ところが…?むごっ!ふがっ!」
(しっ!何か聞こえませんか…?)
なぬっ?
何か?フレヤさんの手…いい匂いが…
あ、聞こえるかどうかか…!
ん?えーと…
おっ?なんか聞こえる…?
なんだろ、言い争ってる感じではない…?
(たしかに…!すっ、姿を消しますか?)
(もう少し様子を確認してからにしましょうか)
ま、なんでもない可能性もあるしね。
さてさて、どこから漏れてる声だろう?
(ほら、あの部屋ではありませんか?)
明かりがついている部屋の窓。
ちょっとだけ窓が開いている様子。
あ、たしかにあそこっぽいな。
口を噤んだまま小さく頷き合う。
抜き足差し足で近づく私たち。
低くくぐもった声。
それに続く笑い声。
そして、何かムシャムシャと粘着質な音。
あ、晩御飯の最中でしたか。
こら失礼しやした…
先に部屋の中を覗いたフレヤさんは真剣な表情を崩さない。
どれどれ、私もこっそりのぞき行為に勤しむか…
「……んふ、これだ……やはりこれが最高だ…!」
「はぁ…たまらないよ…!…美味しい!」
そこには、村長をはじめとする数人の村人が、テーブルの上に載せられた何かを手掴みでむさぼり食べている異様な光景があった。
その異様な光景が何を意味するのか、私は一瞬理解できずにいた。
なんだ…これ……
この人たち…一体何を…!?
さっき戻された料理たちだ…!
彼らの表情は、恍惚としていて目は虚ろ。
口の端から垂れるソースや涎なんて気にとめる様子もなく、一心不乱に手を震わせながらむさぼり食べてる…
気持ち悪い…
「よもやミュ…」
「こら!あの御方の名は出すな!どこで誰が聞いているか分からんぞ!」
ミュ?
ミュロウ伯爵家か?
声をあげれば自分の存在に気づかれる可能性がある。
ひとまず静かにその場を離れないと…
フレヤさんもゆっくりゆっくりと窓から離れた。
冷たいものが背中をツーッと流れたような感覚。
(やはり…口にしなくて正解でした…しかし尋常ではない、何というかこう…)
(はっ、ミュと…ミュ…)
ここはミュロウ伯爵の領地じゃない。
たしかギリギリ、ヒルドリック伯爵家の領地だ。
(ミュロウ伯爵…アリーナさんとまた情報共有したいですね)
(で、でも…監視…)
難しい顔をして腕を組むフレヤさん。
(これでは作戦会議もままなりませんね…)
ずっとこちらを見張ってるもんなぁ。
この状況では不用意な行動が命取りになる可能性がある。
今は私とフレヤさんだけじゃない、護衛の最中。
慎重に動かないといけない。
(とりあえずヴィルジニー様の湯浴みで…いや、女性が強引に監視に来てしまったら…)
(さ、流石に貴族の…ゆっ、湯浴みまで立ち会うのは…ぶ、ぶっ、無礼です!そ、それは断っても…ふ、不用意ではないかと…)
いくらなんでもヴィルジニーさんの湯浴みの同行を断るのは当たり前のこと。
湯浴みなんて私的中の私的。
ただの平民が手伝いを求めている訳でもないのに、貴族の女性の湯浴みをジッと見つめるなんて有り得ない。
(ではこの後すぐに湯浴みする流れにしましょう。我々の一団で女性は私たちとヴィルジニーさんとその侍女のカリーヌさんの四名。カリーヌさんは侍女なので同行は当然。私たちは女傭兵としてそばで護衛するのは当然ですね)
あ、侍女さんはカリーヌさんっていうのか。
とにかく、それで良いと思うな!
(そ、そうしましょう…!)
(そうと決まればカリーヌさんに自然に湯浴みを提案させる流れを作らないとですね…)
私たちの口から「ヴィルジニー様!湯浴みしましょう、湯浴み!」は不自然極まりない。
やっぱそこは侍女であるカリーヌさんの口から湯浴みの提案をさせる方が自然な流れ。
(あまり長すぎると不審がられます。戻りましょう)
(あ、はい…)
よし、次は湯浴み作戦だ!
さてどうやってカリーヌさんに湯浴みの提案をさせるかと思案していた私だったけれど、カリーヌさんとは呆気なく接触できてしまった。
カリーヌさんは廊下を足早に歩いていた。
片手には小さな瓶、もう片方には布を持っている。
「あら、ああ、フレヤ様にアメリ様」
私たちに気づいて立ち止まり、少し驚いた顔を見せた。
これはまたとない好機!
チョコチョコっと駆け寄るフレヤさん!
またそんなフレヤさんがかわゆいことかわゆいこと!
おっと、思考が逸れた!
(ヴィルジニー様を経由してリュドヴィック様にお伝えしたい事があります。この後湯浴みを提案して頂けますか?私たちは同じ女ですから護衛として…)
「ああ、それでしたらこれから湯浴み場の確認をしてくるところでございます。お二人に護衛を頼みたいと思っておりましたので丁度良いタイミングでした」
ほっ…なんだ、それなら良かった。
「良かったです。それでは自然な形でお願いします」
「ええ、お任せください」
カリーヌさんのウインク。
あまり長話するのもマズいってことでカリーヌさんとの会話は速攻で切り上げて食堂へ戻った私とフレヤさん。
食堂の中では明日以降の移動計画について話が進められていた。
というか、監視の目がある以上、あんまり散り散りになってしまうのも良くないし、じゃあ他に話すことはってなると、そんなどーでもいい話なんてないみたいな感じっぽい。
程なくしてカリーヌさんが食堂へ戻ってきた。
「カリーヌ、湯浴み場はどうだったかしら?」
お、ヴィルジニーさん、早速聞き取り調査。
貴族の夫人ともなると、旅の一つでもすりゃ湯浴みくらいしたいよね。
「問題ありませんでした。お湯も十分温まっていて、すぐにご利用いただけます」
「それは良かったわ。じゃあ、少し温まりに行きましょうか」
「承知しました」
あらら?意外や意外。
村人サイドは女の村人を用意してなさげ。
ま、まぁ…女の村人はさっき異常な感じでモシャモシャと謎料理をむさぼり食ってたもんな…
「そうですね。ただ、万が一に備えてアメリ様とフレヤ様にもご同行いただくと安心かと思います」
ここまでは予定調和。
うむうむ、これは流石に角が立たないでしょ。
「そうだな、そうした方がいいだろう。アメリ殿、フレヤ殿、ご同行お願いできますか?」
「ええ、勿論です」
ニッコリとフレヤスマイル。
むふー、かわゆいことかわゆいこと!
まぁそんないちいちリュドヴィックさんがお伺いたてせずとも、そりゃ護衛くらいするよ!
「それは良い考えね。ではお願いしますね」
「はい、それでは…」
「我々も湯浴み場へ同行いたします」
なぬっ!?
えっ!?むっ、村人ーっ!!
このオッサン、真剣な顔して何言い出してんだーっ!?
フレヤさんの言葉に被せるように、とんでもない申し出をしてきた!
「そうだな!そうしましょう!じゃあ…」
そうしよう!じゃないよ!村人オッサンその二!
フレヤさん、鋭い目つきで眉をひそめた。
頭おかしい発言をする村人を睨みつけた!
こわっ!!
「あなたたち、自分で何を言っているのかよく考えて発言してみてはどうですか?湯浴み場で何をするつもりなのか、私には分からないのですが」
「お前たち、自分の発言がどう聞こえるか考えたことはあるのか?」
リュドヴィックさん、本気で怒ってるっ!!
あばばば…怖い怖いっ!
冷ややかな視線を向けながらもまだ言葉が続くよっ!?
「湯浴み場に行く女性に、護衛でもない男がぞろぞろついていくなど、むしろ無礼ではないか?」
シャリア男爵家サイドのつめたーい視線が頭おかしい発言をしたオッサンに刺さる刺さる。
「あ、あくまで手伝いのつもりで…!そっ、それもそうでした!大変失礼いたしました!!」
「うちのアメリと互角に戦えたり、うちのアメリよりメイドとしての技術がある方であれば何かお願いすることもあるかもしれませんが、そうでなければ気を使っていただく必要はありません。こちらはこちらで過ごしますし、必要があればこちらからお声かけします」
フレヤさん、この失態に対してすかさずキッパリと「お前たちいらんわ!」と言い切った!
「行きましょうか」
「はい、ご案内いたします」
おっ、私たちも行かな!
これで邪魔者は来ない!
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