199.名探偵フレヤ再び
ベミール村の傭兵組合の出張所の所長アリーナさんと話した私たち。
どーやら今回、色々と引っかかる点が多く、村の中では気をつけるよう忠告を受けた。
きな臭い雰囲気、気を引き締めねばと思いつつ今に至る。
流石にもう食べ終わっているだろうなぁとは思いつつ、夕食の席に戻ることに。
とーぜん、出された夕食を口にするつもりはない。
フレヤさんから「食後にそのままヒーリングサークルを使いましょう」なんて言われてるし、私もそーした方がいいと思う。
シャリア男爵家が案内されたのは二階建ての家。
ほかの家が平屋建てなので、恐らくそこが村長の家なのかな。
家の玄関にはシャリア男爵領の護衛が一人。
あれは確か馬車隊の人かな。
ん?家の外まで話し声が漏れ聞こえてきてる?
どーやら楽しく盛り上がっているというよりは、激しい言い争いって感じる。
フレヤさん、少し眉を寄せた。
この人はそんな顰めっ面もまたかわゆい…げふんげふんっ!
あんま関係ないことを考えてたらフレヤさんにおでこを弾かれる!
「案の定…ですね」
「も、盛り上がって…は、いなさそう…です」
うわー、これ大丈夫だったかな?
あれだけ護衛が居れば…まぁヴィルジニーさんの侍女が毒味役も兼ねてるだろうし…?
玄関に立ってる護衛している馬車隊の護衛と目が合う。
左手の拳を右胸に当てつつ肩を竦めた。
「さっきから、中で何か言い争ってるみたいなんだよ。具体的に何を言ってるかまでは聞き取れないけどね」
フレヤさん、護衛に向けて背伸びをした。
かわゆい!あざといよっ!!
あ、内緒話かな?
「気を抜くヒマは無さそうですね。出立前の会議の場で話題になったアレ…」
「ああ、例の伯爵家?」
護衛も身を乗り出した。
ふむ、フレヤさんの言葉でピンときてるっぽい。
「ミュロウ伯爵家がちょっかい出してくるっぽいぜ」っていうのは、私以外には周知の事実っぽいね。
「ええ。料理もやけに豪華でしたし、言い争ってる様子からするに、この村はどうやら黒だったのかもしれません」
「やっぱりか…料理の話題っぽいんだけど、なんかこう…普通の晩飯の相談じゃなさそうでさ。嫌な感じがするよ」
その軽い口ぶりとは裏腹に、護衛の目は警戒を隠していない。
フレヤさんも緊張の面持ちって感じ。
夕食の席に戻ると、目に入ったのは、シャリア男爵家の護衛たちと村人たちが言い争っている光景。
もう最高にげんなり…
「これらの料理から変なにおいがする、と言っているだろう!人間は誤魔化せても犬人族の俺の鼻は誤魔化せないぞ!!」
さっき私たちと遺体捜索した犬人族の護衛だ。
テーブルに並べられた料理を鋭い目で睨みつけている。
その横で、毒味役かな?ヴィルジニーさんの侍女も同じように険しい表情を浮かべてる。
「ウルフ肉だと説明したでしょう!これは普通に焼いたウルフ肉のロースト肉ですって!」
村人の一人が語気を荒げて反論してる。
でも違和感…その声にはどこか焦りが滲んでいるよーに感じる。
単にさっき「警戒しろ」とアリーナさんやフレヤさんから、そう言われているからだろーか?
とにかく、この部屋にいる村人たちの様子は明らかに不自然に感じた。
お、フレヤさんがズンズンと言い争っている間に話って入った!!
フレヤさんに危害が及ばないように構えなきゃ!!
フレヤさん、目を細めてテーブルの料理に視線を落として、疑惑の中心にある木の大皿に乗せられたらロースト肉を凝視!
顔を近づけてロースト肉の香りをクンクンと嗅ぎ始めた。
「失礼ですが、これ…普通のウルフ肉ですか?」
「ええ!普通のウルフ肉です!この村の近辺で狩ったばかりのフォレストウルフの肉です!腐ってもいません!」
フレヤさん、姿勢を戻した。
腕を組んで眉を顰めるフレヤさん、かわゆい!
おっと、警戒警戒…!
「確かに表面の焼き加減は悪くないですね…でもこれ、調理する前に保存処理がされていますよね?」
「えっ!?あ…いや…!」
おっ!?頭を張って言い争ってた村人が動揺したぞ!?
良く見りゃ村長をはじめ、他の村人たちも動揺したのを見逃さなかったよ!
こいつら、怪しい!!
「塩漬けかと思いましたが、これは違う。妙に甘い香りがしますね…」
「そうなんだよ!料理で嗅いだことのない匂いなんだ!じゃあ何かって言われると俺じゃあ分かんないけど、でもこれは怪しい!本能的に「危ない」と感じるんだよ!」
犬人族の護衛のにーちゃん、声を荒げた。
フレヤさん、言い争ってた村人の目をジッと見つめて口を開く。
「ひょっとして、保存液か何かに漬け込まれていたのではありませんか?」
「ほ、保存液…?フレヤ殿、それはどうして…」
男爵のリュドヴィックさんが口を開いた。
良かった…誰も飲み食いしてなさそう。
指をテーブルにトントンと置くフレヤさん。
冷静な表情だ、それがまたかわゆい!
ああっ、すぐに気が逸れちゃう!
すぐに「フレヤさん、かわゆい!」になっちゃう私も悪いけどさ、そもそも論を言えば、かわゆいフレヤさんも大概良くないよ!
テーブルにあった木のフォークで怪しいロースト肉をツンツンしながら口を開くフレヤさん。
「それだけではありません。肉の繊維が柔らかすぎますし、妙に水分を含んでいます。ほら」
ぐにっとフォークで押した肉…た、確かになんかじゅわーっと肉汁が出てきた。
じゅわっと流れ出した肉汁が皿の端を濡らす。
うーむ、何が「ほら」なんだろ?
フレヤさんが「ね?美味しそうな肉汁でしょ?」と言わなそうなのは分かる。
「皆さんも思い出して下さい。ウルフ肉って、こんなにジューシーなものでしたか?魔物肉は家畜とは違い、普通はもっと繊維がしっかりしていて脂身も少ないので、肉汁なんてほとんど出ないはずです。これ…本当に普通のウルフ肉ですか?」
村人たちはしどろもどろ。
あからさまに何か隠してる。
フレヤさん、溢れた肉汁に鼻を近づけた!
追撃の手を緩めようとしないっ!!
「肉汁がやけに水っぽいですね。それになんだか甘ったるい香りがします。すいません、ちょっと嗅いでみて下さい」
おっ、犬人族のにーちゃんに水を向けたぞ?
犬人族のにーちゃんも鼻を近づけてクンクン。
「…これだ、この匂い!普通の肉から出てくる匂いじゃない!料理の時に嗅いだことのない変なにおいだ!」
「犬人族ではないハーフリングの私ですらこれは料理の味付けで発生する匂いではないと思いますよ」
シャリア男爵家サイドはフレヤさんの言葉に感心してるというか、尊敬の念を抱いているよーな眼差しだ。
たしかにフレヤさんの言うとおりだ。
ウルフ肉って、言われてみれば繊維がしっかりしてて肉が硬めなイメージ。
脂身も殆どないから、とーぜん普通にロースト肉にしようものなら肉汁なんて殆ど出ないなず。
今目の前にあるウルフ肉と称する謎肉は、半生焼きのロースト肉。
いくら半生焼きだろーが、こんなに溢れる肉汁は不自然。
それまで黙っていた村長、曖昧に笑いながら答えた。
「そ、そうです! 普通のウルフ肉ですとも! ぎ、行商人から買った保存の利くものと伺ってまして…あと、私たちの村の特別な調理法で…」
…この言い訳がましい台詞、誰が信用するんだ。
私ですら呆れ顔を浮かべているよ…
間違いなく何かを隠してるな、これ。
「なるほどなるほど、行商人から!だから保存液に浸けてあったのでしょうか」
「ええ、ええ!そうですとも!」
「なるほどなるほど…あれ?この村の近辺で狩ったフォレストウルフの肉を、普通に焼いたロースト肉と仰っておりませんでしたか?」
「そ、そうね…私もそのように説明を受けたかと…」
ヴィルジニーさん、表情がニコニコしたまま引きつってる。
フレヤさんの圧倒的勝利だね、これ…
「とにかく、そういう理由により、我々は自分たちで用意した水や料理を口にします。お気遣いいただき感謝しますが、残念ながら村の皆さんが用意したものは口に出来ません」
「で、ですが…!」
「村長さんも他の方々も、ご自身のお子さんやお孫さんに、説明が二転三転する正体不明の料理を食べさせたいと思いますか?普通は食べさせたくないでしょう?」
ぐうの音も出ない正論。
その後、テーブルに並べられた正体不明の料理達は全て村人たちの手によって下げられることに。
何というか気まずい…
出されたものをはねのけて下げさせる。
うーむ、とは言えこんな露骨に怪しい料理なんざ口にしたい訳がない。
私が万能なヒーリングを使えるとしても、だ。
あっ、こ、これ…人肉ではなかろうか!?
…この推理はフレヤさんを激昂させる予感がするね…!
村人たちが次々とテーブルから料理を下げてゆく。
ん?なんだ?この違和感…
…この人たち、ふて腐れてないし、ブーたれてもいない。
普通は「お貴族様は本当にいちいちウルサいなぁ」とか「お高くとまりやがって!男爵家のくせに!」とか心の中で悪態をつかない?
いや、男爵家のくせにはちょっと言い過ぎかな…
とにかく!強烈な違和感だ。
えっ…目が血走ってないか?
なにこれ…フフフ、フレヤさーん!?
(あ、あの…!)
(言いたいことは分かります。後でです。後で)
フレヤさんも違和感を覚えてるんだ。
いや、シャリア男爵家サイドの面々はみんな違和感を覚えてる顔だ。
このお手伝いの村人たちの様子は明らかにおかしい。
この村で一体何が起ころうとしているの…?
数名の村人がジッと立っている中で私たちはご飯を食べることに。
何か声がかかって対応するため、と言うより…これは監視だ。
とてもいやーな視線。
シャリア男爵家側でパッと料理を用意できるのは私たち『魔女っ子旅団』だけ。
日頃から料理を多めに作ってはせっせと私の異空間収納にしまい込んでいるフレヤさんと私。
こーゆー時に真価を発揮するってもんよ!!
護衛としてここまでの道すがら、かなーり活躍したけどね…
「男爵夫妻にはこちらなんて如何でしょう。テラノバ連邦のナグ州名産の羊づくしの料理となります。私とアメリの二人では到底食べきれない量でしたので、手つかずのまま異空間収納に仕舞っておりました」
二人で色んな料理のストックから盛りつけなおし、どーにか豪華に見える料理を男爵夫妻に出した。
ふふん、まだ湯気も立ってるよ!!
「あらー!これは随分と立派ですこと!」
「おおっ、本当だ!湯気まで立っているとは!フレヤ殿、これは…テラノバ連邦のナグ州の市中の食堂では、このような品質の料理が出るのですか?」
ナグ州の羊づくしの料理…あんま思い出したくないやつだね。
「いえいえ、実はこれはですね、スーゼラニアからテラノバ入りする際に…」
他のみんなへの料理も用意しつつ、フレヤさんが面白おかしく、私が逮捕され、私が引くほど泣きじゃくり、無罪放免となって接待されたエピソードを語ってしまった。
意外や意外、フレヤさんってばいつぞや護衛旅をしたときに出会ったハーフリングのエルマス夫妻の如く、随分と面白おかしくかたってくれちゃって、しかも泣きじゃくる私の真似なんて上手にしちゃって、みんなの笑いを誘っていた。
私はと言えば、最高に恥ずかしくて、多分ニタニタしたまま黙々と盛りつけ直し作業に徹していた。
「あはは!下手したら今頃、訳分かんない棒をグルグル回す労役についてたかもしれない訳だ!アメリ殿は実に…ふふ、愉快な方でいらっしゃる!」
「アメリさんってば、本当に面白い方ね!ふふふ、笑ってはいけないのは分かっていますが…ふふふ、訳の分からない棒…ふふふ!」
リュドヴィックさんもヴィルジニーさんも、私の情けないエピソードがツボにはまってしまった様子。
まぁこんなピリピリしたムードの中、私の情けないエピソードでちょっとでも笑ってもらえるなら、それでいーのだ。
「そう言えばアメリ様はヒルドリック家の屋敷でも何かあったと伺いましたが…ふふ、すいません」
のあっ!?じ、侍女のお姉さん!!
使用人同士の繋がりはすげー!いや、そんだけ話題になってたってだけか…
「ふふふ、ディアーヌ様がしきりにその話をしては笑っていらしたわ。屋敷で迷子になって…ふふふ!ごめんなさい、可笑しくって!」
「謝ることはありませんよ!もう、あの時もうちのアメリときたら…」
フレヤさんが口を開く前にチラッと私を見た。
「ごめんなさい」って、ちょっと申し訳無さそうな顔をしてた。
ふふ、大丈夫だよフレヤさん。
ただただ護衛に徹するだけじゃないのが『魔女っ子旅団』だよ。
精一杯のおもてなしをして「ああ、また何か依頼したいな」と、依頼主に思って貰えるようになりたい。
シャリア男爵家サイドのみんなが笑ってる。
これでみんなのピリピリが少しでも紛れればいいな。
厄介ごとを蹴散らすのは私の仕事!
さあ、厄介ごと、かかってこい!
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