198.点と点
気がつけばもう200話。
ダークエルフは超えたいとこですね。
夜になって辿り着いたベミール村で、村人から熱烈な大歓迎を受けたシャリア男爵家御一行。
世の中には良い村があったもんだとウキウキしつつ今に至る。
「す、すごく…良さそうな…む、村ですね!」
「…私はね、なんかこう…うーん、どこか引っかかっていますよ」
フレヤさんの申し出により、私とフレヤさんはこの村の傭兵組合の出張所へと歩みを進めている。
村長の家に通された時に目にした豪勢な料理の数々を前に、フレヤさんが「それでは我々は傭兵として先ほどの遺体の相談をしてきます」と言い出したのは、本当に涙ではなく、涎が止まらない思いだった。
ぐぬぬぬ…スッゲー美味しそうな料理の数々だったんだよ!
「りょ、料理…気に入らなかったですか?」
立派なロースト肉!彩り豊かな野菜の炒め物やサラダ!スープにパンの数々!お酒も完備!フレヤさんはあんな豪勢な料理のどこに引っかかたいうのか!
フレヤさんもなかなかに舌が肥えてるねぇ、引っかかっちゃうかぁ。
「もうっ!料理のラインナップに引っかかった訳ではありませんよ!何でしょう…違和感が拭い去れないというか…」
「そ、そうですかね…?」
うーむ、私にはさっぱりだなぁ。
でも、こーゆー時のフレヤさんの勘は当たる気がする。
とは言えあんな豪華な料理を前にして、こちとらお預けを喰らってるんだ。
こちとらフレヤさんの仕事熱心な様子に引っかかるよ…
はぁ、お腹空いたなぁ…早く食べたいなぁ。
「とにかく出張所で話しますから、アメリさんは余計な事は言わないでくださいね?」
「は、はい…」
そ、そんなジットリした視線を向けないでおくれよーフレヤさん!
早く宴に戻りましょうよー!
出張所は村の外れの方にちょこんと佇んでいた。
ここは熱烈な歓迎からは隔絶されているような静かで寂しい印象を受ける。
まるで浮き足立っていた心がスンと落ち着いたような…まぁ現実に引き戻されるような気分だ。
よく言えば木で出来た機能的な小屋。
出張所って大体これだね。
周囲が薄暗く、なーんか物悲しい佇まい。
フレヤさんは臆せず出張所の扉を開ける。
扉を開けると、中は質実剛健そのもの。
地図や掲示板、備品や本棚には本がズラリ。
おぅ…なんか夢から覚めた気分。
「傭兵組合、ベミール出張所へようこそ。小さな英雄さんたち」
職員も一人、受付のねーちゃんだけか。
金髪を肩のあたりで切りそろえた人間のねーちゃん。
青いヘアバンドはその碧眼と合わせてるのかな?
えーと…奥に所長とかがいるのかな?
あんま大きな村って訳でもない、森の中の小さな村。
傭兵の姿も見当たらないし、夜ともなるとこんなもんなのかな?
中まで物悲しかった…!
「はじめまして。既にご存知のようですが、私たちは『魔女っ子旅団』と申します。私はサポーターのフレヤ、そしてアメリです」
「ええ、有名人が来てくれて光栄です。私はこの出張所の所長をしているアリーナ。よろしくお願いね」
「ア、アメリです…」
うおっ!所長!?若いのに所長とな!
ほへー、単なる受付のねーちゃんかと思った!
じゃあ遺体の処理についてもこのアリーナさんに相談すれば一発って訳だね。
「シャリア男爵家の護衛としてベミール村に立ち寄った次第なのですが、ここからほど近い森でノクティウァグスに遭遇し、森の中で腐乱した遺体を発見しております。3等級の傭兵の遺体が二体と、行商人のような身なりの遺体が一体。この村で埋葬して頂けないかと相談に来ました」
流石に「無理です」とはなんないのかな?
傭兵も含まれてるしね、私はさっさと異空間収納から取りだして埋葬したいよ。
不謹慎だろーけどさ、やっぱ「腐乱した遺体を持ってる」ってのは、精神衛生上よろしくない。
「シャリア男爵家の護衛?」
「ええ、かなりの熱烈な歓迎に圧倒されてしまいました」
「ああ、言われてみれば村人たちが何だか忙しそうに駆け回っていたかな。男爵家が?へえ」
ほーん、傭兵組合の所長でも、村人とそこまで密接に情報のやりとりをしている訳じゃないんだ?
この様子だとアリーナさんは詳細を知らなかった感じだ?
日常的な雑務の依頼とかで、住民と仲良くなりそうなもんだけどなぁ。
「突然の訪問にも関わらず、村がこれほどの準備を整えているのには心底驚きました。通常、このような田舎の村で貴族の受け入れともなれば、少し時間がかかるものではありませんか?ウィルマール王国は、そうでもないのですかね…」
「突然?確かに突然であれば少し早すぎる気がするかな。何か事前に連絡があったわけではないの?」
考え込むアリーナさん、訝しむフレヤさん。
そしてぽけーっとしてる私。
なんだなんだ?何に引っかかってるんだろ?
「いいえ、本来はウインルラの町に泊まる予定だったのですが、どうやら割り込みで別の貴族が強引に泊まることが決まったようで、ウインルラの町長さんが早馬でこちらのベミール村で泊まれる段取りをとって下さいましたが…突然と言っても過言ではないかと」
前置きが長い…
早く宴の席に戻りたいなぁ。
とは言え世間話を切り上げてさっさと「そんなことはどーでもよくて、ちなみに腐乱した遺体なんですけどー」はちょっと失礼過ぎる。
「フレヤさん、ズバリ聞きます」
アリーナさん、声を潜めた。
鋭い目つき…ごくり、なんだなんだ?
「あんた、失礼過ぎるって言われないか?」って詰められる?
なんだと馬鹿やろう!?
「はい」
「この村…率直にどう思った?」
あ、どう思ったって?
私はこれまでで一番最高な村だと思ったけどなー?
なんならちょいちょい遊びに来てチヤホヤされたい。
ぐへへ、「アメリ様すごい!」とか「可愛いのに強い!」とかね?ぐふふ…
「それにしても…いくら直前に早馬で知らされたとはいえ、突然の訪問だった割に、やけに準備が整っていると感じました。しかも、あの歓迎ぶりは少し過剰すぎるようにも思います。ご厚意を踏みにじるような考察なので、こんな風に訝しむのは申し訳ない気もしますが…」
うーん、流石に考えすぎてはなかろーか。
だって、おらが村にお貴族様が!なんと名誉な事だ!ってなったんじゃない?
「す、凄く親切そうでしたよ…?料理もすっ、凄かったし…ロ、ロースト肉とかお酒とか…!」
「親切?確かに表向きはそう見える。でも、それほど豪勢な料理や酒をその日のうち、ましてや直前に知らされてすぐに用意するのは、普通はこんな村じゃ難しい。少なくとも、この村の規模ではね」
冷静なアリーナさんの視線が私に向けられる。
これは…村を疑っている顔だ。
あ、フレヤさんも。
「いくら、貴族様がやってくる!となったって、流石に不自然ですよね。用意できなくもないとは思いますが、急にやってくることになったのはミュロウ伯爵家ではなく、男爵家ですよ?その背景を知っていたらあんな盛大で手厚いおもてなしには違和感を覚えます」
「ここベミール村は普段、外部者にはあまり興味を示さないし、田舎特有ののんびりした雰囲気があります。それなのに、大急ぎで整えられた歓迎の準備、豪勢な料理や酒…少し不自然じゃないかしら?」
普段は余所者に興味を示さない。
のんびりした田舎の小さな村。
そんな閉鎖的な村がなんでそんなものを振る舞える?
「あ…予算…」
「そうですよアメリさん。アリーナさんの前であれですが、正直、特色のなさそうな田舎村にしてはやり過ぎなんです」
「ふふ、私も最近ここに赴任してきただけだから気にしないで」
あ、やっぱり余所者ってわけか。
じゃあ村について言いたい放題だね!
「そうでしたか。とにかく、あんな料理や酒を振る舞うためのお金の出所は?おかしいんですよ。農作物だけを売っていたらですね、あんなにもてなせる訳がありませんよ」
「た、たしかに…」
うーむ、急にきな臭くなってきちゃったぞ?
面倒なことに巻き込まれたなぁ。
「それに、そもそもあなたたちの泊まる予定だったウインルラの町。なぜミュロウ伯爵家が急に割り込んだのか、その点も気になるところね」
それは流石に跳躍しすぎでは?
ちょうどみんな領地に帰るタイミングだったしさ?
シャリア男爵領のお隣って言ってたはずだし…
「…実は出立前にも、ミュロウ伯爵家の動きに注意するよう、ヒルドリック伯爵家から忠告を受けておりました」
ほーん、出立前ねぇ…って、なっ、なんだってぇーっ!!
なんでそれを私に教えてくれないの!?
ぜんぜん知らなかったんだけど…!
あっ!ピリピリムードはそのせいか!!
「ミュロウ伯爵と言えば王都にタウンハウスを構え、普段はそこにいると聞いている。それなのに彼の領地を通る道で急に割り込んできたなんて、何か裏があるように思えてならないわ」
…マジかぁ。
そうかそうか、確実に面倒ごとに巻き込まれてるじゃん。
「たしかに…ミュロウ伯爵の動きも妙ですね。ベミール村に泊まらせるよう手配した真の理由が分かりません。ここで確実に何かが起きる…」
「か、考えすぎでは…ないですよね…?」
考えすぎであってほしい。
何事もなく豪勢な料理を堪能して、明日の朝には「バイバーイ!」と笑顔で出立したい。
「その通り。こういう時は、全ての偶然がただ重なったように見える中にこそ、意図が潜んでいるものよ。それに関係あるか分からないけれど、私はノクティウァグスの件も気になるわ」
「それはどういう…?」
場の空気がどんどん引き締まっていくようだ。
また気になる点…私たちの周辺は、いつのまにか無数の点が散らばっている。
「ここに着任してきてね、流れの傭兵から話を聞くまで、私はこの辺りにノクティウァグスが数多く現れるなんて話、村人から聞いたことがなかったの。おかしくない?ヤツらは人を巧みに騙して殺す狡猾な魔物。そんな厄介な魔物が数多く生息しているにも関わらず、誰も傭兵組合へその件について口にしない」
「ノクティウァグスには別名がありましたね…」
別名?
「ええ、『屍送り』とか『森の喰らい手』なんて呼ばれているわ」
ひえっ…!
ってことはつまり…?
「アメリさん、ノクティウァグスはなにも人を騙し欺いて喰らうだけではないんです。遺棄された死体を喰らうのもまたノクティウァグス。ヤツらは他の獣や魔物よりも死体を見つけることに関しては秀でていると言われています。存在していると不都合な遺体なんかであれば…」
「この村の住人たちは何かを隠してる。あなたたちの話を聞いて益々そう感じたわ」
も、もうそれ以上は結構ですっ!!
怖い怖い怖い!!ひっじょーに不気味すぎる!!
なんなのノクティウァグス、もう本当に気味悪いよ!!
「とにかく、出された食事や飲物には一切手をつけないことね。どんなに見た目が美味しそうでも、今は信用しすぎない方がいいわ」
「えっ、あ、はい…」
そんなぁ…せっかくのご馳走だったのになぁ。
そんな話を聞いちゃったらさ、もう言われなくても食べたくないよ!
「それだけじゃない。村の人たちの動きにも注意して。彼らが何をしているのか、どこにいるのかをしっかり把握しておくこと。それが安全に繋がるわ」
「承知しました。アリーナ所長、助言感謝します」
「くれぐれも慎重にね。それから…遺体の件もこの後で詳しく聞かせてもらうわ」
そう言って微笑むアリーナさん。
でもそんなアリーナさんの目にはたしかな警戒心と冷静さが感じられた。
その後、村人の目に付かないようにってことで、アリーナさんに出張所の裏手に案内され、そこで異空間収納に仕舞い込んでいた遺体を出した。
生活魔法の洗浄で綺麗にしたけど、アリーナさんは手際良く遺留品を回収していた。
またまた生活魔法で穴を掘った私。
穴の中に遺体を入れ、土を被せて土葬した。
この人たちはひょっとするとただ単に、ノクティウァグスに騙されて喰われただけじゃないかもしれない。
口封じ?それとも何かに巻き込まれて?
こんなややこしい陰謀じみた展開に巻き込まれるとは夢にも思っていなかったな…
遺体、ノクティウァグス、ミュロウ伯爵、村人、豪華すぎる歓迎…点と点が線で結ばれることはあるのだろうか。
頭脳担当はフレヤさんだから、私は精一杯フレヤさんを守ることに専念しないと。
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