20.出発
出立の挨拶でカントの町の中をあちこち回っている私とフレヤさん。
いよいよ始まる大冒険の予感を感じずには居られずに今に至る。
その後は、フレヤさんの知り合いを中心に挨拶に回った。
流石フレヤさんの故郷だけあって、兎に角知り合いが多い!
みんなフレヤさんの夢を応援してくれていた。
みんなの応援を無駄にしないよう私も頑張らないと!と前向きな気持ちになれた。
そして、昼前くらいになってから再び傭兵組合の事務所へ。
うーむ、昼時ともなると事務所の中はいつも通り閑散だ。
受付のカウンターではリンダさんが暇そうに頬杖をついてる。
私達に気がついてパッと姿勢を正して私達に向かって手招きしている。
「出来たよー!」
そんなリンダさんの声に、パッと受付に駆け寄る私とフレヤさん。
「知ってると思うけど開封厳禁ね?ここだけの話、次の依頼でアメリちゃんは3等級に上がるから、絶対開けちゃダメだよ?」
思わぬリークに私とフレヤさんは見つめ合って笑顔になってしまう。
「えへへ、や、やった……!」
「リンダさんもこれまでありがとうございました。マチルダさんにもよろしく伝えてください」
そう言ってペコッと頭を下げたフレヤさんに続いて私も頭を下げる。
誰の事だろう?
多分あの色っぽいお姉さんがマチルダさんって言うのかな?
フレヤさんが仲良さげな他の受付の人と言えば多分そのお姉さんだ。
「伝えときます!ふふ、2人の名がこの田舎まで轟く日を楽しみにしてますね!」
ニッコリ笑顔を浮かべたリンダさん。
最後に丁度昼食をとっていたユージンさんとミリアさんに声をかけ、私達はカントの町の西側の入口までやってきた。
町の入口には兵士の人が二人立っていて、私達の出立を知ってか知らずか温かい目で見守ってくれていた。
私達は町から一歩出たところで振り返って、ユージンさんとミリアさんに向かい合う。
「それじゃあお父さんお母さん、フレヤは行ってきます」
緊張したような顔でフレヤさんが改まってそう告げる。
ユージンさんとミリアさんは微笑んでいた。
とても優しい顔。
「ああ、行ってらっしゃい。私たちの可愛いフレヤ。2人の無事をこの町から祈っているよ」
「気をつけてね、いつか元気に帰ってくる日を楽しみにしているわ」
ユージンさんとミリアさんは寄り添い合い、零れ落ちそうな涙をじっと我慢しているようだった。
「わっ、私がフレヤさんを……なっ、何があっても全力で守り抜きます!いっ、命の限り!く、食い扶持に困るような、ま、真似はしましぇん!そのっ…!し、しっ、幸せに、ししっ、しますっ…!」
なにか言いたくなった。
2人の大事な愛娘は私が守る。
この魔法と杖で。
絶対幸せにするんだ!!
「ふふ、アメリさん、それではまるで結婚の報告みたいですよ」
フレヤさんが笑いながらそう言うと、ユージンさんとミリアさんもクスクス笑い出した。
つられて私も噴き出してしまう。
本当だ、確かに私がフレヤさんを貰いに来た男みたいになってる。
「さ、アメリさん。行きましょう!まずは予定した場所まで歩いてから野営です!」
フレヤさんに背中をパシンと叩かれ、私とフレヤさんは西へ向かって歩き出した。
「頑張れーっ!フレヤーッ!」
「気をつけてねーっ!!」
後ろからユージンさんとミリアさんの声が聞こえてくる。
いつもはスースー先を歩いてゆくフレヤさん。
今日は私の横に並ぶようにして歩く。
振り向くそぶりはない。
ありゃー?ちょっと素っ気ないなぁ。
チラッとその表情を窺おうかな……
あ、フレヤさん、ニコニコしながら泣いていた。
私はそんなフレヤさんと握っていた手にギュッと力を込めた。
ギュッと力を込めると、フレヤさんもギュッと握り返してきた。
私達の冒険の始まりだ。
振り向かず前へ前へ進もう。
サン・モンジュレ街道を西へ西へと、ひたすら歩く私達。
目的の辺りまで思ったより早くつきそうだと足取りを緩めた頃になると、フレヤさんの指示のもと、私達はその辺に咲き乱れていた白いフワフワの丸い花を摘み始めた。
「こ、これ、薬草ですか?あの、ふ、ふわふわしてて……さ、さわり心地がいいですね……」
花の大きさは当たると痛そうな少し大きめな石ころ程度。
いい匂いがぷんぷん漂う訳でもなければ、お世辞にも美味しそうには見えない。
取り立てて綺麗な花って訳でもないなー。
可愛いっちゃ可愛いけど……
「これは荷箱の中に敷き詰めて緩衝材として使うガラス草と呼ばれる草の花です」
「ガ、ガラス草?あの……ガ、ガラスですか?」
「ええ。ガラスを運搬する際、この花を箱に詰め込んで割れないようにしていたのがその名前の由来のようで、大したお金にはなりませんが、私たちにはアメリさんの異空間収納がありますので長期間とっておけます。他に何も採取するものがない時はこうして摘んでおくといいでしょう」
私より私の有効活用方法を知ってるなぁ。
しかしガラス草か、何だか触ると怪我しそうな名前だね。
「へ、へえ……こっ、これにそんな用途が……」
「ガラス草も流石に年中花をつける訳ではないので、こうして取っておけば1年のうち、高く売れるタイミングがあるんです」
そう言いながら次々にガラス草の花を麻袋に放り込んでゆくフレヤさん。
フレヤさんは更に解説を続ける。
「別に藁とかで代用でもいいのですが、この花は柔らかく品物に細かな傷が付かないので、一番重宝されます。常設依頼に無くても買い取って貰えると聞きますね」
「へ、へえ!い、良いお小遣い稼ぎなんですね……な、何だかこの花が、お、お金に見えてきました……!」
ははぁん、なるほどね。
確かに藁とかで代用したらガラスなんかは細かい傷が入りそう。
とは言え自然のモノだから年がら年中花が咲いてる訳じゃない。
このガラス草があまり生えてない町だとか、冬だとかに売ればいいお金になる訳だ!
よっ!フレヤさん!
しっかりしてるー本当っ。
摘んでいる途中、毛虫がついている花があって私は情けない事に驚いて素っ頓狂な声とともに盛大に尻餅をついた。
フレヤさんはそんな私を見てゲラゲラと笑い、2人してその場で大笑いしてしまった。
虫、怖いもん!
やがて大きな麻袋がいっぱいになった頃、大体この辺だなとフレヤさんが当たりをつけていた場所まで到着。
道から少しそれたところに大きな木が一本だけポツンと鎮座していて、確かに野営するには良さそうな場所だった。
ここまで魔物と遭遇はなし。
遭遇したのはさっきの虫のみ。
ホント平和な地域なんだなー、平和すぎて魔物の存在なんて忘れそう。
私の異空間収納から出したテントをテキパキと効率良く組み立ててゆくフレヤさん。
私は設営に関してはする事がない戦力外なので、再びその辺のガラス草の花をブチブチと摘んでゆく。
小銭が咲いてる!小銭が!
花を摘む少女…微笑ましい光景のハズだけど、私の表情はきっと欲にまみれた気味の悪い顔だっただろうね。
そうこうしているうちにフレヤさんは私の異空間収納から以前摘んだキノコや野草をグツグツ煮込んでスープを作ってくれた。
途中フレヤさんは斜め掛け鞄から取り出したハーブをパラパラと鍋に投入。
このパラパラと散らした特製ブレンドのハーブが味の決め手らしい。
美味しく頂いてお腹をさすっているうちに明日のヴィントスネーク狩りの作戦会議を開催。
とは言えフレヤさんの出した案に私が「へえ」とか「ほう」とか言うだけではあるけど…
「ヴィントスネークはその辺の普通のヘビと同じく草むらをじっとり移動します。普通のヘビと違う点は風魔法を使って人を切り刻む、という点です。そして動きが鈍くなった獲物を丸呑み…という訳です」
こわっ!!
なんでそんな危ない事すんの!
頭おかしいでしょ!そのヘビ!!
風魔法でって…あっ…!
「ア、アビスランパード……まっ、魔法攻撃は対象外です……」
「なるほどなるほど…となるとセオリー通りヴィントスネークが好むと言われる香りで誘っておびき出します。アメリさん、ニキシー持ってますよね?」
「え、あ、ニ、ニキシー?あー、あの紫色の実でしたっけ……?」
いつぞやフレヤさんの言いつけ通り採取しておいた紫色の木の実の事だ。
常設依頼の品目にはないものなので、料理にでも使うんだなと思ってた。
「ですです。ニキシーを軽くすり潰して石の上にでも置いておけば、開けた場所でもヴィントスネークが勝手に寄ってくるんです。ニキシーは彼らの大好物ですからね。ニキシーに夢中になっているところをグサリ!ですね」
ふぅん、案外簡単そうだなー。
……あれ?そんなんで対処出来るの?
「あ、あれ?そっ、そんな事なら……み、みんなニキシーを持ち歩いて、いざって時に遠くに……ほ、放り投げたら被害なんて無いのでは?」
そうだよ。
あんな普通に採取出来るようなもので簡単に対策できるじゃん。
私だって馬鹿じゃない、そんなの矛盾してるじゃん!
「あぁ…ははは…、実はニキシーはですね、摘んで少しすると臭くて鼻が曲がりそうな匂いを発するんですよ。だから臭くなる前のニキシーを持ち歩けるアメリさんはヴィントスネーク相手に無双出来る訳ですね」
「な、なるほど…!て、てっきり食べるのかとばかり……」
「臭いので食用ではないですね。秋も深まる頃になるとニキシーが成る木の辺りは臭くて臭くて!…とてもじゃないけど近寄れませんよ」
そ、そんな臭いモノが異空間収納にあるのね…!
間違えて取り出さないようにしないとだ…
っていうかそんな臭いの?
ちょっと大袈裟じゃなーい?
景気良く吹かし過ぎじゃないかねー?
夜も更けると挿絵執筆の依頼をされた。
慣れた環境が良いかと思い、旅立ちに際して私達はフレヤさんの部屋にあった机と椅子を異空間収納に入れて旅に持参している。
野営地に年季の入った机と椅子。
なかなか違和感バリバリの光景である。
どんな挿し絵が欲しいかフレヤさんにざっくりオーダーを受け、ぼんやりと明るい光の玉と焚き火のもと、私が一発勝負でスルスルと絵を描く。
この瞬間はいつも緊張する。
ちなみに今の所フレヤさんから没を喰らったことはない。
ちなみに今日の挿絵のオーダーは、泣きながらも振り返らず町を出るフレヤさんと私の姿。
ガラス草に毛虫がついてて大袈裟に驚いて尻餅をついた私。
晩御飯のキノコと野草のスープ。
そして丸いニキシー数粒と適当に書いた目つきの悪いヘビ。
「ふふっ!本当に絵が上手ですね!目が飛び出してますよ!」
「び、びっくりしたんです!虫……きっ、気持ち悪いじゃないですか……!」
「慣れですよ慣れ。しかしアメリさん、本当と描き慣れてますよね?即興に近い形であれやこれや描いてるのに、全然ペンに迷いも描き損じもないですもんね」
「記憶をなくす前の私は、ひょ、ひょっとするとこういう絵を描くのを、な、生業にして暮らしてたんですかね……?」
「いやいや!アメリさんはメイドさんにしか見えませんし、腕っ節も強いし魔法も使えるんですから、まさか絵が本業の画家って事はないでしょう!」
そう言ってクスクス笑うフレヤさん。
ま、まぁそりゃそうかな……
「そ、それもそうですね。た、戦う画家……なっ、なかなか奇天烈です。はは……と、とにかく、紙もインクも……む、無駄にならずに安心です……」
「上質な紙って高いですもんね。もう幾ばくか安くならないのかな……」
そう言ってため息をつくフレヤさん。
そう。
インクは兎も角としてこのまっさらな日記帳は比較的どこでも売っている反面、まぁ値が張るとフレヤさんがよくボヤく。
紙は遥か昔『渡りし人』がもっと高級な羊皮紙の代用品として植物をどうにかこうにかして紙にする事に成功した努力のたまものらしい。
代用品とは言え、それでも失敗したからとくしゃっと丸めて捨てるのも憚られる程には高い。
流石のフレヤさんも普段メモをすらすら書いている手帖は安価で粗悪な紙を紐で纏めたようなもの。
うっかりすると文字を書いてる時に穴が開いちゃうようなやつ。
フレヤさんが清書する際は練りに練った文章を書き損じないよう集中して執筆している。
なので挿し絵担当の私がヘラヘラした気分で描き損じる訳にはいかないのだ。
そんな執筆活動に励みつつ夜は更けてゆく。
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