197.ベミール村到着
本来宿泊する予定だった町ウインルラにて、嫌がらせのように横入りしてきたのは、いつぞや私のフレヤさんに嫌みを言いやがったミュロウ伯爵家。
仕方なく隣の村まで行く道中に現れた魔物は、人喰いの気持ち悪いヘンなやつ。
そいつが遺体を食い散らかしてないか確認するべく森へと足を踏み入れつつ今に至る。
私の生活魔法で過剰なまでに眩い明かりを灯しながら、森の中の道なき道をひた進んでいる。
木々が生い茂る森は、私の魔法による明かりがなければ、何かに飲み込まれるような途方もない暗さ。
足元に散らばる枯れ葉を踏む音だけがやけに大きく響くのがまた心をゾワゾワさせる。
周囲の静寂は不気味なほどで、まるで風すら息をひそめているようだ。
私とフレヤさん、それに護衛隊の中でも獣人族の兄ちゃん、恐らく犬人族?の彼の鋭い嗅覚が頼りだ。
私には森の匂いしかしないし、それは多分フレヤさんも一緒。
この静寂の中で、私たちは森の奥へと足を進める。
獣人の兄ちゃんが立ち止まった。
鼻をひくつかせている。
そろそろかな?んー、わからん。
「…あるな、これは」
「何か見つけたのですか?」
兄ちゃんは答えず、ただ黙って頷いた。
またまた黙々と進み始める。
ほどなくして、私の鼻も妙な臭いを感じ取った。
それは、どこかおかしい臭い。
湿ったような腐敗臭に、何か生々しい嫌な気配が混じっている。
「その辺りだ!」
「…あった!あー…やはり犠牲者が出てましたね」
はじめは私もフレヤさんもついさっきまでは感じなかった腐敗臭。
兄ちゃんの宣言からあっと言う間に「これはなんかあるぞ」というヘンテコな臭いが漂っていた。
地面に無造作に横たわる三体の遺体があった。
明かりを近づけると、それは完全に腐敗した遺体だった。
行商人っぽい人と傭兵らしき人たちかな。
あまりにも無惨な形でそこに横たわっている。
ここでも吐いたり、目を背けたりしないお姉ちゃん譲りと思われる胆力に感謝だね。
これは結構経ってるかな、蘇生なんてまず不可能。
「さて、アメリさんにはこの遺体を異空間収納に仕舞っていただきます」
この遺体を異空間収納にって訳ね、はいはい…って、ええっ!?ちょ、ちょっと待っておくんなましっ!!
ふ、腐乱してるよ!?こ、この遺体…私の異空間収納に入れるの!?
あっ…でも獣人族の兄ちゃんもフレヤさんの発言に全然驚いてない。
フレヤさんも真面目な顔で遺体を隈無く調べてる。
ここで「腐乱してるし嫌です!」なんて言おうものなら「うわー、こいつ人の心とかないのかよ」って思われそう…いや、思われる!
あばばば…これは参ったぞ…
人でなしな女アメリは嫌だ!!
「行商人と護衛の傭兵二人というところですね。結構経っています…どれどれ?組合員証をと…」
フレヤさん、凄い肝っ玉が据わってるなぁ。
この人は臆するとかないよね…
ふむふむ、組合員証はこーゆー時にも役に立つという訳か。
「二人とも三等級…こんな駆け出しのような傭兵に護衛を依頼しなければならないほど、人手不足は深刻だったのですね」
「そうだな。今でこそ傭兵たちも町に戻ってきたが、ヒルドリック領もテラノバに程近い。一時期は人手不足が深刻だったのだと思う…可哀想にな…」
駆け出し…油断しているとこんな目に遭うのか…
こりゃ傭兵をやったまま所帯を持とうなんて思う人が殆ど居ないわけだ。
しかしさ、あれに騙されるって…
近くで見りゃさ、どー考えても人じゃないもん。
首を傾げざるを得ないよ。
「アメリさんは、この方々がなぜノクティウァグスに騙されたのか分かりますか?」
「え?あ、あの…あれで、な、なぜ騙されるの…ですか?」
とりあえず遺体を仕舞うか…
「あー、アメリさんには影にしか見えませんでしたか?影が森から急に出てきたように?」
???
フレヤさんは何を言ってるんだ?
え?んー?
「え?あ、は、はい…そうとしか…」
「流石です」
流石?
それはバカにしすぎである。
いくらなんでも間近で見れば人じゃないことくらいわかる。
私はそこまでぼんやりしてないよっ!!
「ノクティウァグスには精神操作の能力があります。あれが見せる姿は、見る者によって異なるのです。現に私には、人の良さそうな老人と、小さい男の子と女の子、そしてその母親と思しき女性、若い農夫の男性が心配そうに村の方から駆けてきたようにしか見えませんでした」
「なっ…!?えっ…、えっ?」
「一説によれば、喰らった人の形をとると言われています」
「ひえっ…!」
えっ…!?
いやいや!森の中から出てきた人影だったよ!?
暗くて良くわかんなかったとはいえ、そんな農夫だ老人だなんて分かんなかった…
怖い怖い怖い!!
食べられた人たちの形!?趣味が悪すぎる!!
「アメリ殿はお強いから、はじめからノクティウァグスの真の姿が見えたんだな。俺も駆け出しの頃はフレヤ殿のように見えたものだ。流石に臭いで一発で偽物と分かったが…」
「私には臭いでは分かりませんでしたが、やはり犬人族の方には一目瞭然なものなのですか?」
「ああ、ノクティウァグスがいくら巧妙に精神操作をかけようと、ヤツらの醸し出す死臭までは隠せない。今でもあの時の身の毛もよだつ感じが頭に残っているよ」
うわぁ…恐っ…恐っ!!
私もそんな風に見えてたら…今頃、割と本当に今晩のメインディッシュになってたと思う。
怖い怖い怖い!怖いよ!!
鳥肌が凄いです!!鳥肌が凄いです!!
「なっ、ななっ、なんで…フレヤさんは…魔物だと…!?はっ、始めから…け、警戒してました!」
っていうかフレヤさん、恐くないの!?
私ホントそのノクティウァグス?無理っ!
「ふふ、私にはアメリさんがいますから。アメリさんの不審なものを見る目で、私も「ああ、これはノクティウァグスではないか」と感じました。こんな薄暗い森ですよ?アメリさんなら「良かった!ベミール村に続く道でしょうか」とか「わぁ!迎えがきたようです」とか言って物凄いホッとしますが、今回はそれが一切ありませんでしたよね」
うっ!!そ、そんなことは…あるね。
こんな夕暮れ時に森の中の寂しい街道…絶対早く抜けたい。
村の方からワーッとお迎えが出てきたら諸手をあげて喜び、そしてウッカリ落馬してたことだろう。
それが木の陰からヒョロヒョロと出てきた人影だもんね。
流石にそれで諸手をあげて喜んでたら、それは馬鹿ということだ。
すっかりヒビリ散らかした私。
馬車に戻る道すがら、フレヤさんに手を繋いでもらった。
何というか強いから平気とか、弱いからアブネーとかじゃない。
お化け的な怖さが本当にダメ。
ノクティウァグス?本当に勘弁してくれ。
二度と会いたくない…
みんなと合流してフレヤさんがリーダーに報告。
とりあえず村にある傭兵組合の出張所で相談になるらしい。
再びポニーに乗って出発。
すっかり夜である。
「ふふ、アメリさん、そんなに怖いですか?」
「こっ、恐かったです!!あの…か、影、ノクティウァグス?が…気持ち悪くて…」
忘れたくても忘れらんない。
だって、もしフレヤさん一人で遭遇したら騙されて喰われて死亡でしょ?
その辺に居そうな人に化けて、村っぽい幻影を見せて…油断している背中にガバッと…もうダメ!!
「あれはお化けではなくて魔物ですよ、魔物。アメリさんにとって取るに足りない雑魚です。ちょっと搦め手を使ってくるだけで、ゴブリンやコボルトなんかと同じくらいの力しかありませんよ」
「はは!俺からすればロセ・クイーンスパイダーやナンナホンオロチの方が怖いですよ!」
「クイーンスレイヤーも普通の女の子なんすねー、なんだか親近感を覚えたなぁ」
もう好きに言ってください。
フレヤさんの体温が、ゾワゾワした心を落ち着けてくれる。
「ふふ、世間では得体の知れない存在のように噂されていますが、アメリさんはごく普通の女の子なんですよ。よしよし、今夜はしっかり手を繋いで寝ましょうね」
「も、催しちゃったら…」
「当然私がついて行きますよ」
クスクスでもプスプスでも良い、傭兵稼業って怖いっ!!
ベミール村は割と近かった。
シャリア男爵家御一行がやってくると、夜にも関わらず大勢の人がわらわらと集まってるのが見える。
こ、これは生きてる人ですよね!?
「い、いっ、生きてる、ふっ、ふつっ、普通の人…ですか?」
「あはは!アメリさん、流石に怯えすぎですよ!ちゃんと生きてる人が村で待っている姿が見えます!」
フレヤさん!!そ、そんなに笑わなくても…!!
ああっ、撃滅隊だけじゃない!みんな笑ってる!!
ぐぬぬぬ…分かんないじゃん!ノクティウァグスのめちゃんこ強い親玉が見せてる幻影かもだよ!?
豪勢な食事を振る舞われてるつもりが、その辺の落ち葉とかミミズとかをさ、みんな揃ってほくほく顔でモリモリ食べちゃってかもだよ!!
「風呂まで用意して頂けるなんて!」とか言いつつ、実は沼に肩までどっぷり浸かって恍惚とした表情をだね…!?
わあっ…!村の小さな石畳の通りが、家々から漏れる暖かな光で照らされている!
シャリア男爵家御一行を迎えるためか、村人たちは手に持ったランタンを灯し、一様に笑顔を浮かべている。
しかし村人の、笑顔を見ると脳裏をチラチラと過るノクティウァグスとの遭遇の恐怖。
思い出すと身がゾワゾワっと震えちゃいそうな思いだよ…
でもランタンの柔らかな光と村人たちの笑顔が視界に入る。
なんだかそんな様子が恐怖をやわらげていく気分。
広場で停まった。
護衛隊のリーダーが先導して馬車の扉を開ける。
シャリア男爵夫妻が出てきた。
「シャリア男爵様、男爵夫人様!ベミール村へようこそ!」
うわっ!声を合わせての歓迎の言葉!
熱烈な歓迎ぶりだなぁ!!
村人たちの先頭にいるお爺ちゃんが村長さんかな?
ニコニコしながら立ってる。
まるで、この村は村長と思しきお爺ちゃんの性格を丸っと反映したような素敵な村だ!
「シャリア男爵様、そして奥方様、ようこそベミール村へ。私はこの村の村長、アラン・ブランシェと申します。早馬にてお越しの事情を伺い、村を挙げての準備を整えさせていただきました。至らぬ点も多いかと存じますが、どうかご寛容のほどお願い申し上げます」
丁寧な人だなぁ。
フレヤさんなんて驚いたような顔をしてる。
「村長殿、このような夜遅くにも拘わらず、ここまでしてくださるとは。感謝いたします。このような温かな歓迎を受けるとは思いもよりませんでした」
「村人たちは皆、男爵様がこの村にお越しくださったことを大変喜んでおります。この村においては、どうぞごゆっくりお休みくださいませ。そして、必要なことがございましたら、どうぞ遠慮なくお申し付けください。我々村人一同、力の限りお手伝いさせていただきます」
この村、かなり当たりの部類の良い村じゃないか!
いやー、逆にこっちこそ当たりだった説、あるよっ!!
「村長様、皆様のお気持ちがとても嬉しいです。このような歓迎を受けて、私どもは安心して過ごすことができそうです。ありがとうございます。ベミール村の皆様も、どうか無理をなさいませんように」
シャリア男爵夫妻、リュドヴィックさんも奥さんのヴィルジニーさんも終始ニコニコ。
いやー、こりゃあやたらと怖かったノクティウァグスによって、私が心に負った深いキズも癒えそうだよ!
ここは絶対に良い村!
間違いないね、最も優れた村だよ!!
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