189.後片付けは戦争
私たちの表彰始まりますにて、ヒルドリック伯爵が盛り上がるよーな話をし、会場はフレヤフィーバーに湧きに湧いた。
パーティーはまだ続きつつ今に至る。
その後、一人一人名前を呼ばれ、豪華な箱に入ったメダルを渡された。
フリーデリケさんについては一家でだけど、それでも伯爵様は一人一人「この方はあーでこーで」と説明しつつ、だ。
なんというか伯爵様も相当律儀だね。
特に何かメモを見ながら喋ってないあたり、頭の中に喋ることが叩き込まれているのかもしれない。
貴族って本当大変だ。
おっ、ヒカリさんとレナトさんの番がきた。
二人は報酬のメダルを受け取り、そのまま伯爵家の護衛として採用されるという段取りだ。
伯爵様が両名の報酬として、伯爵家の護衛隊に入ることを求められたと説明。
とーぜん試験をしたわけだけど、まるで文句の付け所がなかったよと丁寧に言った。
「ここに、ヒカリとレナト両名を我がヒルドリック家の親衛隊の一員として迎える!この任命は、両名の優れた実力と、王国への忠誠を示す証である!」
伯爵様の声にヒカリさんとレナトさんは片膝をついて頭を下げた。
結構厳かな感じの報酬授与だったけど、厳かな雰囲気は益々厳かになってきた。
ん?爺やがなんかゴテゴテした鞘に収まった剣を持ってきた。
伯爵様に渡したぞ?
ん?んん?剣を鞘から抜いた。
あ、儀礼用のやつか、刃が落としてあるやつだね。
あれか、肩にポンと剣身を置いて「よろしくな!」ってやつ。
ヒカリさんの左肩に剣身を軽く当てた、続いて右肩。
「汝の力を正義のために。汝の知恵を主君のために。そして汝の心をこの国のために捧げる覚悟を示せ」
おおっ!格好いい!
「はい」
ヒカリさんも短く答えた。
おおーっ、カッケーなぁ!
私は護衛隊に入らないし、ウィルマール王国に何も捧げるつもりはないけど、あれはやりたい!
こ、今度フレヤさんにやって貰おうかな?
お、次はレナトさんの番だ。
流れはヒカリさんと…うむ、同じだ。
左肩からの右肩、ふむふむ。
しっかし豪華な剣だなぁ。
剣身にびっしり金で何か模様がある。
鍔も柄も…いやはや、お金ばかりがかかりそうな剣である。
「汝の力を正義のために。汝の知恵を主君のために。そして汝の心をこの国のために捧げる覚悟を示せ」
「はい」
ほほー、こーゆーの…いやぁ、元の時代で何度も見てるはずだよなぁ。
多少異なるだろーけど、それでも格好いいなぁ!
「我、主君と国を守る盾となり、剣となることを誓います。この命、正義と忠誠に捧げます」
ヒカリさんとレナトさん、声を揃えて宣言。
これで安心して子供が作れる訳だ。
良かったと思うよ、この伯爵家はかなり当たりの部類の貴族だよ。
まぁかなりの資産家っぽいから色々と苦労はあるだろーけど、二人はかなり強い傭兵。
そこはデーンと構えてていいと思うな。
お?また爺やが何やら…おおっ!マント!!
かかか、格好いいっ!!
侍女のメイド服と同じ色!深緑だ!!
格好いい!!わ、私もあれ欲しいっ!!!
あー、良いなぁ良いなぁ。
二人とも、マント似合ってるなぁ。
そのうち鎧なんかも格好いいのになるんだろーなぁ。
マント欲しいな…欲しいな!
…いや、マントを羽織ったメイド、そして魔法使いで戦士である…人一人が抱えられる要素をとっくにオーバーしてるね。
今の時点でかなーり訳わかんないメイドなのに、あんな高級そうなマントなんて羽織ろう日には「こ、こいつ…えっ?何者!?本当に何者!?」ってなる。
「ヒカリ、レナト。汝らの力と知恵、そして夫婦として互いを支え合う絆は、この地の守りにとって欠くべからざるものだ。護衛隊の中でも親衛隊のマントは、その責務と覚悟を纏う印。だが、その重みを恐れることなく、これからも共に未来を切り拓いてくれると信じている。よろしく頼んだぞ」
伯爵様の言葉に、ヒカリさんとレナトさんは左手で拳を作って、右胸に当てた。
伯爵様もようやっと剣を鞘に戻した。
盛大な拍手。
うむうむ、新たな人生の門出。
めでたい、本当にめでたい。
残るはフレヤさんと私。
一緒に報酬を受け取るのかな?
「アメリ殿、フレヤ殿」
どわっ!つ、ついに呼ばれた!!
「はい」
「ひ、ひゃいっ!」
あばばば…噛んだ!!
と、とりあえず伯爵様の前に行かな!
フレヤさん、おいていかないで!!
流石に片膝をつくことはせず。
フレヤさんは穏やかに微笑んで、軽く頭を下げた。
わ、私も…うわぁ、変な笑顔になったかも。
「貴殿らが我が領地に示した勇気と力は、語り継がれるべきものだ。貴殿らの尽力なくして、ナンナホンオロチの脅威を取り除くことは成し得なかった。ロセ・クイーンスパイダーを討伐し、今回ナーアスの町でナンナホンオロチの首を七本全て切り落とし、そしてペトリス族誕生の際には祭壇に対し、この魔力が減った大地の替わりにその身に宿す魔力を提供しつづけた英雄…」
私は五千年前の公爵令嬢…私は五千年前の公爵令嬢…
そうだ、私は記憶喪失してるけど、公爵令嬢なんだ。
五千年前に滅びた国とはいえ、多分この中でも一番偉いんだ。
できる、私なら優雅に振る舞える!はずだ!!
「それにしても、アメリ殿が所望された報酬には、いささか驚かされた。普通の金銀財宝や称号ではなく…よもや我が家の侍女が身に着けるメイド服とは…」
お、心がスーッと落ち着いてきたぞ…?
お淑やかに…お淑やかに。
パーラーメイドの皆さんが見てる。
侍女のカタリーナさんもだ!
アメリ先生として、堂々と応対するんだ!
爺やがついに持ってきた!
あの侍女のカタリーナさんが着てたものの、ちびっ子バージョン!
はわわぁ…美しい!は、早く着たい!
なんなら今すぐここで着替えたい!人目を憚らずに着替えたい!!
「アメリは豪華な報酬よりも、実用的で美しいものを好む方なのです。それに、このメイド服には伯爵家の格式と誇りが宿っておりますから、彼女にとって何よりの栄誉なのです」
お淑やかに…カーテシー!
ふふ、わたくし、公爵令嬢なんですの、おほほ…
どうだ!えっへん!!
会場は案外ざわめかない。
ここでもクイーンスレイヤーの名前が役に立ってるよーだ。
なんせクイーンスレイヤーはメイド服を着た、ちびっ子メイド。
だから報酬もやっぱメイド服なんだなって思って貰えてるっぽい。
爺やの手から伯爵様の手にメイド服が渡る。
伯爵様、優しい微笑みを浮かべた。
「これが貴殿の功績に見合うものかは分からぬが、心より贈らせていただく。この服は、我が家の誇りであり、格式の象徴でもある。どうか大切にしてほしい」
「あ、ありがとう…ござい、ます!」
あー、ダメ。嬉しくて嬉しくて、なんか胸がジーンと熱くなってきた。
そして私たちは壇上から降りた。
ふー、これでパーティーは終わったも同然だ。
その後は会場に招かれた楽団による演奏、そして貴族達による舞踏会が始まった。
ドレスや礼服を着ている訳でもないし、私たちはそんな華やかな様子を眺めることに。
私もそれなりの格好をして実際に体を動かせばそれなりに動けるんだろうけど、まぁそこまでして踊らなくてもね…
華やかで煌びやかなパーティーは夜が更けてきた頃。
「本日は遅くまでお付き合いいただき、誠に感謝申し上げます。夜も更けております。道中の危険を鑑みまして、皆様にはどうぞ今宵は我が館にてお寛ぎいただきたく存じます。既に客室の準備は整っておりますので、どうぞご安心ください」
さてさて、使用人たちはまだまだ大変そうだ。
そりゃそーだよね、こんな夜更けに「じゃあね!暗いけどさ、まぁ気をつけてよ、じゃあバイバイ!」なんて言われても、みんな困っちゃうもん。
そのためのこの巨大な屋敷というわけだ。
いやー、こりゃ後でまた厨房に行って手伝いたいな…
その日の夜中。
「アメリ様方にこのような事を頼んでしまい、大変恐縮に思います…」
ピカピカな会場、そして片づけ前の器やカトラリーは使用前のような状態。
むふー、これは気持ちがいい!
そう、私とリンちゃんとで手分けしてアチコチを生活魔法である洗浄で綺麗にして回っているのだ。
リンちゃんたち『ツバサ』チームはどっか別の場所に行っちゃった。
やっぱ、奉られて有り難がられるより、こーやって傭兵っぽく雑用をこなして感謝される方が気分がいい。
第二の人生が始まり、私もすっかり傭兵になったのかもしれない。
「いえいえ、我々はあくまで傭兵です。こうして実際にお仕事をして喜んで頂けることが何よりも嬉しいものですよ。ね?アメリさん?」
「え、あ、はい…!そ、それに…みんなここからが忙しい…ですから」
そーだよ。
ここの会場撤収からの食器の後片付け、テーブルクロスやらナプキンやらの洗濯に大多数のリソースが取られてしまう。
そりゃみんな乗り越えられるだろう。
でもそりゃみんなで徹夜して、かもしんない。
だったらこの屋敷の使用人たちの間で『紅茶の神』と密かに呼ばれる超人アメリ様がちゃちゃっとダルい仕事はやっつけちゃおうってなわけだ!
「確かに使用前の状態に戻っております、確認いたしました。よし、会場撤収を割り当てられた者達のみここの会場撤収を!それ以外の者はお客様方の対応支援を!」
爺や、本当にお疲れ様。
そしてこの後も頑張ってね。
それから私とフレヤさんは爺やから渡された簡単な屋敷の見取り図を見つつ、ひたすらアチコチを綺麗にして回った。
こーやって私やリンちゃんが圧倒的な生活魔法の洗浄でフォローしなければ、伯爵家の使用人だけじゃない、各貴族家が連れてきた使用人たちも伯爵様の使用人が捕まらずにてんてこ舞いなのだ。
これからヒルドリック家の使用人たちが臨む過酷なお仕事は、まずパーティー会場の後片付け。
夜更けなので急いで会場の食器類やデコレーションの片付け、貴族たちが使った装飾品などの忘れ物の確認や、忘れ物があればその管理。
装飾品の修理なんかも出てくるだろーし、これらの作業は、宴会担当の使用人や厨房のスタッフを中心に対応となるけど、このパーティーの規模。
もし私やリンちゃんが生活魔法の洗浄でアシストしなければ、今頃はほぼ総出で対応することになるんじゃないかと思うくらいの大規模っぷりだった。
次にお客様個々の配慮の把握。
宿泊する貴族の使用人たちは伯爵家のスタッフと連携する必要がある。
例えば、衣装の管理だとか翌朝の準備についての要望だとか、自分の主人の好みや習慣について情報を共有する形になる。
その辺の些細なことに、どこまで気を配れるかはヒルドリック伯爵家の名誉に関わってくる。
「朝は白湯?そんなん勝手に用意しなよ!」なーんて口が裂けても言えない。
それは明日の朝食なんかにも関わってくるし、ハッキリ言って最高にダルい。
んなもんその辺の宿屋みたいなスタイルにしちゃって「嫌ならその辺の屋台か飯屋でなんか買いなよ!」と、心の中で悪態をついている使用人もいるに違いない。
そんな訳で一番トップとしてそれら全て、この途方もない数のお客様の全てを把握して指示を飛ばす爺やは、執事として超多忙なのだ。
ちなみヒルドリック伯爵家は伯爵様の次男坊であるシャティオンさんという人が家令をしているらしい。
まぁこの規模の伯爵家なら家令と執事は兼任できないね…
爺やことミヒャエルさんは清掃や洗濯なんてちょくちょく確認する必要こそあれど、それはかなーりの使用人リソースを喰ってしまう、足を引っ張る類の大変な雑務なのだ。
「さて、三階も終わりましたね。次は高位貴族が泊まっている二階ですよ」
「ま、まぁ…共有部は、そ、そんなに汚れてないですね…」
うーむ、まぁ窓の曇り一つとってギャースカ文句を垂れる暇な輩もいるだろうし、綿埃一つで大袈裟に伯爵家を馬鹿にする嫌みな輩もいるだろう。
無駄じゃないと思いつつ、洗浄の魔法をかけて見た目がまるで変わらないのは、しょーじきつまんない。
「とは言え朝になり、朝日を浴びた結果、随分と埃っぽいんだなと思われてはヒルドリック伯爵家の沽券に関わりますよ」
「そ、そうですね…じっ、実感が湧かないけど…ほ、ほっ、本当に…」
「誰か!!誰か来てください!!治癒師を!!誰か治癒師を!!」
むっ!?
むむっ!?
ややっ!?
ななな、何か起きたぞ!?
「あそこ!あそこです!後ろ!!」
本当だ!
なんか薄暗いながらボンヤリとシルエットが見える!
「多分一番に駆けつけべきはこの家の使用人でしょうが…アメリさん、行きましょう!」
「は、はいっ!!」
そーだね!
一番近くにいる私たちが行かなきゃ!!
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