19.準備
旅立ちを宣言し、フレヤさん一家の絆を前に、家族でもない私が一番大泣きして赤っ恥をかいた翌朝。
今日はいつもより早起きして今に至る。
朝起きて身なりを整えた私達は、傭兵組合の事務所へ行くことに。
隣町のベルーガに関係するような依頼はないかをチェックするのと、後は事務所へ拠点異動を届け出るらしい。
そう。こうして「拠点を変えるよー」と事務所に届け出る事で、事務所の方で私達の実績などをスルスル書いた拠点異動届を作って、渡してくれるらしい。
勿論封蝋でしっかり封印されるので、万が一あとから何か書き加えようとして開けた形跡があろうものなら、無効な書類になってしまうらしい。
そうなると私であればなりたての2等級としてまた一から実績の積み直しになるみたい。
それは流石に面倒くさいかな……
ちなみに拠点異動しないでも、他の事務所で依頼達成の報告は受け付けて貰えるし報酬もしっかり貰えるらしい。
そういう時は事務所に一筆書いて貰って、自分の拠点にしている事務所にその一筆を提出すれば、ちゃーんと実績として反映して貰えるとの事。
うまいこと出来てるんだなぁ。
世界中あちこちに事務所を構えてるだけあるね。
拠点異動届なしでも別の事務所で登録できるし、等級が上がりたてだったら案外、発行しない傭兵も珍しくないみたい。
夜も明けきらない中、事務所に着いた私とフレヤさん。
丁度今まさに貼り出されている依頼たちを人混みを掻き分けてじっと見つめる。
こういう時二人揃ってちびっ子は良いね!
同じ高さにライバルが居ない。
おーっ!朝一番だと依頼の紙が多いこと多いこと!
とは言え依頼が多過ぎて目移りしちゃうね。
しかしこんな長閑な町でも結構依頼ってあるもんなんだなぁ。
「あっ!この依頼!頂き!」
フレヤさんがぴょんと飛び上がって見事依頼の紙をゲット!
いやぁ、ぴょんと飛ぶフレヤさん、かわええー!
って言うかこんな大量の依頼から良く見繕えるなぁ。
人混みから抜け出し、フレヤさんと紙を覗き込む。
「えーと、調査・討伐の依頼ですね。ふむふむ、サン・モンジュレ街道にて複数のヴィントスネークの目撃情報多数あり。被害者の証言からおよそ3~5匹は居る模様。風魔法による怪我と思われる怪我人、多数確認。場所は地図参照されたし。討伐の証を発行するので死骸はまずベルーガの兵士詰め所まで持ってくる事。依頼報酬は銀貨60枚。死骸は確認後詰め所にて査定後に引取証明書発行。期限はなるべく早めが望ましい。とのことです」
フレヤさんの説明を聞きつつ眺めた紙には確かに簡単な落書きのような地図があり、ざっくりと円で印してある場所がある。
ふーん、調査して討伐?
泊まりになりそうな予感。
ん?引取証明書?
「と、引取……証明書?」
なんじゃそりゃ?
『うむうむ、死骸あるね!よしいいぞ!』で終わんないの?
「相手が適当なお役所仕事だからって事で、死骸を仲間内で横流しして報酬をちょろまかす輩が過去に居たそうです。だから詰め所で査定済みの死骸に王国の焼き印をペタッと焼き付けるのですが、それが引取証明書です」
「ほほう!な、なるほど……!け、消せない証明を……付けるんですね」
寸借詐欺の真似事みたいな事をする輩は、どこにでも居るんだなぁ。
普通、それを国の兵士相手にやるか?
バレたら捕まるんじゃないの?
「あ、あれ…?でも焼き印のところを削れば……?」
「焼き印で付ける番号がですね、発行される討伐の証に記されます。討伐の証は王国の紋章入りの書類ですから、偽造しようものならかなり重い罪で逮捕されます」
ほえー、大変だなぁ。
こんな仕組みが出来るくらいだから、その昔はちょろまかしが酷かったんだろうね。
「たっ、逮捕されないように、き、気をつけないと…!」
「あはは!何でまともに狩る予定の私達が逮捕の心配をするのですか!ふふ、おかしなアメリさんですね」
「そ、そりゃそうでした……」
私ってば何でこう一々ネガティブな思考なんだろう…!
照れ笑いで誤魔化しつつフレヤさんの手元の紙に再び視線を落とす。
案外精密に描かれているヴィントスネークとやらが絵の中からこっちを見てる気がする。
「ヘビ……ニョロニョロ、きっ、気持ち悪そうですね……」
「ふふ、アメリさんの強さの前ではヘビなんて単なる綱ですよ。倒すだけで標準の報酬が銀貨60枚。ヘビ一匹ごとの追加報酬。これは狙い目です。さ、受付に行きましょう?」
ヘビ……テカテカニョロニョロ、気持ち悪そうだなぁ……
単なる綱なんて思えないよ!
今からゾワゾワしてきた。
傭兵の朝は忙しい。
この時ばかりは受付もリンダさんだけでなく多くの人が対応にあたっているみたい。
やっぱり「誰某ちゃんに受付してもーらおっ」なんて考えるしょうもない輩が居るのかなーなんて思ったけど、おばちゃんや男の人の受付にも同じくらい列が出来ているあたり、みんなそれどころではないんだろうね。
いつもこんな早朝に来ないから、忙しそうな職員の人達の様子が新鮮だ。
「あら、フレヤちゃんにアメリちゃん!常設依頼以外に手を出すなんて珍しいですね?」
私達が並んだ受付にはハキハキしている事でお馴染み、元気印のリンダさんが待っていた。
「おはようございます。実は私達、旅に出ようと思いまして。この依頼を受けつつまずは西へ、ベルーガに拠点を移そうかと」
フレヤさんのやりとりを黙って見つめる私。
下手に口を出しても仕方ないし、口を出した所でどもって苦笑いされるだけ。
私は無口でクールな魔女。
そ、そういう設定なんだよ。
「あらら、寂しくなるけど……でもフレヤちゃんの夢がついに動き出すんだね!承知しました!すぐに拠点異動の書類を纏めますね!それまで町の中で挨拶でもしてきたらいかがですか?」
「ありがとうございます。そうさせて貰います。さて、アメリさん、行きましょう」
クールな魔女とは言え礼儀は欠かさない私。
リンダさんにペコッと頭を下げてフレヤさんの後を追う。
まずは解体場へ行くことに。
解体場の前ではバルトロメオさんがパイプをプカプカふかしながらどっかりと地面に座り込んでナイフを研いでいた。
ふふ、鼻歌なんて歌っちゃって。
「バルトロメオさん、おはようございます」
フレヤさんがそう言いつつバルトロメオさんに近づく。
私たちに気がついたバルトロメオさんは顔を上げて私たちの顔を見るとニコリと微笑む。
「おっ、フレヤとアメリじゃねえか。おはようさん」
「おっ!おはようございます……!」
クールな魔女はどこへやら。
私はバルトロメオさんみたいな傷だらけでムキムキなダンティに目がない人らしい。
ついついクールな魔女設定などコロッと忘れて声が上擦ってしまう。
「朝からこんなむさ苦しいとこにきて、どうしたんだ?」
「実は私達、そろそろ旅に出ようかと思いまして、まずはベルーガに向かう予定なんです」
フレヤさんの言葉にバルトロメオさんはのっそりと立ち上がりフレヤさんの背中をポンポンと叩く。
「そうかそうか!ついにフレヤの夢が始まるんだな!寂しくなるけどよ、町から町へ渡り歩くのが傭兵ってもんだ」
「いつか大物になってこの町へ凱旋しますよ、ねえアメリさん?」
急に話を振られた私は「ひゃい!」と思い切り噛んでしまった。
「2人にはよ、ネーベルタイガーとオウルベアでたっぷり儲けさせて貰ったぜ?本当にありがとうな!すげえ冒険譚を楽しみにしてるぜ!アメリもフレヤの事よろしくな?」
にっこりと微笑むバルトロメオさん。
「はいっ!たっ、例え腕や足をもがれようと……!フ、フレヤさんを守り抜きましゅっ…!!」
「さ、流石に手足はもがなくていいと思うぞ……?」
私の決意表明にたじたじなバルトロメオさんと苦笑のフレヤさん。
次に私のリクエストで兵士の詰め所の方へ。
詰め所では丁度朝礼のようなものをやっていたらしく、結構な数の兵士達が整然と並んでいて、隊長のジェームスさんが兵士達に向けて話をしていた。
(そろそろ終わりそうです。挨拶したいサラさんとダンさんは居そうですか?)
少し離れたところからそんな様子を見ていた私達。
フレヤさんが私にそう耳打ちする。
基本的にスーゼラニア王国の兵士はみんな兜を被らないみたいだね。
お陰でサラさんもダンさんもすぐに見つけられる。
(居ました!)
(朝礼が終わったタイミングで話しかけましょう)
第二の人生が始まって最初にお世話になった人達だ。
この人達の心遣いが無かったら私は路頭に迷っていた事だろうね。
感謝感激。
「アーメリッ!元気でやってるみたいだね?」
私に気がついたサラさんがダンさんを連れてわざわざ私達のもとまでやってきた。
「あ、あの、お、お陰様で素敵なサポーターにも恵まれまして……ど、どうにこうにか傭兵稼業が出来てます……!」
「はは!どうにかこうにかなんてモノではないらしいじゃないか。聞いたぞ?登録一発目の依頼でとんでもない品質のネーベルタイガーやオウルベアを納めたとな!組合の連中も思わぬ臨時収入に浮き足立ってると聞くぞ?」
ダンさんが笑いながらそう言うと、サラさんはカラカラと豪快に笑いながら私の肩をポンポン叩く。
「聞いた聞いた!やっぱりアメリは凄い魔法使いだったんだね!それにさ、フレヤちゃんは町の人たちの噂では凄腕のサポーターらしいじゃないか!それもあの『マテウスの冒険譚』のマテウスの子孫だって!もう信じらんないっ!いやー、ビックリしたよ!あたしさ、アメリ達なら凄い冒険が出来るんじゃないってゾクゾクしてるよ!」
「ああ!俺も最高にゾクゾクしたっ!デタラメに強い破天荒なイサムとしっかり者で苦労人の凄腕サポーターのマテウス!まるで2人そのものじゃないか!兵士達の間でも話題になっていたところだ!」
「えへへ、アメリさんをしっかりサポートしていきます!」
マテウスさんはやっぱり超がつくほど有名人らしいね。
サラさんとダンさんは大興奮でフレヤさんと握手をしている。
ん?苦労人?まるでそのものとは失敬な!
いや、そのものかも……
兎に角だ。
きっと『マテウスの冒険譚』という本は子ども達を興奮させたバイブルのような本なんだろうね。
でも私は敢えて読まないようにしている。
本の内容に引きずられて中途半端な旅になるくらいなら、私は私らしく心のままに歩む。
それはフレヤさんも同意してくれた考えだった。
「だ、第二の人生が始まった時、おっ…お二人に出会えた幸運を、わ、わ、忘れません。ほ、本当にお世話になりましたっ……!」
そう言って頭をぺこっと下げると、なんだかじんわりと涙が滲んできた。
私という人間は結構涙もろいんだなぁ。
でも本当に幸運だった。
「ふふ、アメリの第二の人生に幸あれ。あたし達はこの国で兵士やってるからさ、また会える日が来るよ」
「だな。次会ったら酒でも酌み交わそう。」
「はいっ!」
一生懸命作った笑顔。
私の本格的な旅が始まるんだなと一層感じた。
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