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不思議な魔女っ子とちびっこサポーターの冒険譚  作者: 三沢 七生


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187.もう少し

このウィルマール王国の大地が失った魔力の量は、誰も想像がつかなかった程に深刻な物だった。

私とリンちゃんがいればなんとかなるだろうくらいに思ってたけど、あまりにもちゅーちゅーと魔力を吸う祭壇に、リンちゃんは早々にダウン。

本日の儀式は中止となりました、とはならず、誰しもが必死に精気をフリーデリケさんに譲渡したり、祭壇に手を当ててはフラフラしながら交代して、どーにかこーにかペトリス族誕生を願いつつ今に至る。




「アメリさん!大丈夫ですか!?」

「お、お腹が…ちゃ、ちゃぽちゃぽです…!うっぷ…」


儀式が始まってから結構時間が経った。

ペトリス族の三人はひたすら『生命の歌』なる歌を繰り返し歌っている。

会場に集まってた貴族や家臣に使用人たちもその辺で倒れるようにして横になっている。

私はといえば、もう既に相当数の魔力回復ポーションを飲んで、どーにかこーにか持ちこたえている。


フリーデリケさんから「ゲロマズポーション」と呼ばれていたこの魔力回復ポーション。

短時間に飲みまくったお陰か、不思議とこの味も悪くないと思えるように………なる訳もなく、ゲップをすると喉までこみ上げてくる「ゲロマズポーション」の酷い味と、ちゃぽちゃぽのお腹のせいと、とにかく気持ち悪い。


ああ、ロカンさんに言いたい。

もうちょっと計画性を持ちなさいと!

魔力をちょっと分け与えるだけじゃなかったの!?

大騒ぎになってるよ!!見誤りすぎにも程がある!!

めちゃくちゃ身体に悪影響あるじゃん!!お腹がゲロマズポーションで満たされて気持ち悪いよ!!


「旦那様!!呼び掛けに応じた大勢の民を町からお呼びいたしました!!相当数いらっしゃいます!!」


爺や!!

領民をこの場になだれ込ませるの!?

こんなに大勢の貴族がダウンしてるのに!?

異例過ぎる、こんな何の準備も警備体制も無い中、領主が領民を敷地に招き入れるなんて流石にない。


「ミヒャエル!早くここまで案内しろ!!男はフリーデリケ殿の背中に手を!!女は祭壇に手を当てるよう伝えろ!!この際、貴族だ平民だなんて気にするなとも伝えておけ!!」

「はい!承知いたしました!!」


数の力を借りる戦法だ!

爺やが再び屋敷の外に向かって走っていった!

異例中の異例、誰も眉をしかめないし、咎める声もない。


「フリーデリケ!この後、町の連中が大勢来ると言ってたぞ!」

「よし来た!休んで大分マシになってきたよ!」

「ママ!私もやる!」


エリーゼちゃん!?

あ、人から吸ってロザリアちゃんに分け与えてたから出来なくはないのか!


「あたちも!」


ロザリアちゃんまで…本当に大丈夫かなぁ?


「にゃにゃ!ママを見るにゃ!凄く疲れてるにゃ!二人にはまだ早いにゃ!」

「そうだな、流石に二人には少しキツいかもしれない…」


ナターシャちゃんとジルさんの言うとおりだ。

多分、右から左へ流し込むだけの簡単なお仕事ではない。

現にフリーデリケさんはかなりしんどそう。


「ママが二人を見てるからさ、ママが「もう辞めなさい」って言ったらちゃんと言うことを聞くんだよ?」

「うん!言うこと聞く!」

「あたちも!」


エリーゼちゃんとロザリアちゃんもやる気まんまん。

私ももう一踏ん張りだ!




程なくして大勢の民衆が祭壇付近までなだれ込んできた。

男の人はフリーデリケさん、エリーゼちゃん、ロザリアちゃんの背中に手を当て、女の人は祭壇に手を当て、しんどくなったら後ろの人と交代。

頻繁に交代してるということは、それだけ祭壇が要求してくる魔力量が膨大だということが嫌という程わかる。

それでも誰一人として諦めようとは言い出さない。

それどころか誰も彼も必死な顔。


っていうか事態が好転したって感覚はない。

私はあくまで同じペースで魔力をちゅーちゅーと吸われているし「そろそろ終わるぞ!」という雰囲気を醸し出す人はいない。

大地が失った魔力の肩代わりを、私たちのような個人がどーこーできるもんじゃないのかもしれない。


やがて私にも限界が見えてきた。


「も、もう…そろそろダメそう、です…!」

「先生!もう魔力回復ポーションを飲むのはやめてください!それ以上はお腹にはいりませんよ!」


くそー…この魔力回復ポーション、とにかく回復効率が悪い。

私の魔力量が多すぎるせいっぽいけど、確かにジルさんの言うとおりで、もうお腹が限界を迎えてる。


「で、でもっ…!う、産まれてこれなくなっちゃいます…!」


意識が朦朧としてきた。

魔力が底をつきそうなのかも。

油断したら倒れそう…

もう一瓶飲もうものなら盛大に吐いてしまいそう。


いっそのこと気絶した方が楽かな…


「だ、だめだ…!!ああ、諦めない!!諦めないっ!!」


せっかくここまで耐えたんだ!

ここに集まったみんなだって全力を尽くしてる、気絶なんてしてる場合か!?

なんか結構いい感じのとこまで来た気がするのに、ここで諦めるのは勿体なさ過ぎる。


「お、おい!!祭壇の周りの鉱石が…!!」

「光り出したよ!!これも…それも!!伯爵様!!ぜ、全部光ってる!!」


レナトさんとヒカリさんの声だ。

本当だ!!祭壇をぐるりと囲むように並べられたら鉱石、まるでランプみたいに光り出した!


「幼い頃に一度だけ見たことがある!!皆の者!!そ、そろそろ誕生するぞ!!」

「み、見てください!!月明かり…!!つ、月明かりっ!!」


フレヤさんの叫び声に意識がパッチリ覚醒した気分。

月明かり…?




真っ直ぐ祭壇に射し込んでいる月明かり。

空の向こうから、何かが月明かりを通ってこっちに向かっている。


会場が静まり返って、ロカンさんたちの『生命の歌』だけが聞こえている。


来た、これがペトリス族誕生の瞬間か…!


歌が止んだ。

ロカンさんたちペトリス族が祭壇の前に立ってる。


ゆっくり、ゆっくり、身体を丸めるような姿勢で降りてきた。

あれがペトリス族の赤ちゃん…


「我らペトリス族の仲間が…誕生しました」


ロカンさんの腕の中…ちっちゃいちっちゃい、ああ…やっと産まれた…

もう、無理…





――


―――




「アメリさん、おはようございます」


んー…

よく寝たなぁ…なんだっけ?


「あ、お、おはよう…ございます…?」

「今は儀式の翌朝ですよ」


ぎしきのよくあさ。

儀式の…?


「あっ!!あっ!!」


しまった!!

儀式どうなった!?


「ふふ、漸く目が覚めたようですね。昨晩、無事に新たなペトリス族が産まれたのと同時に、アメリさんは気絶してしまっていたんです」

「そ、そう……でしたか…」


ふー…そうかそうか、無事に儀式が終わったんだね。

いやー、なんかぐっすり眠った。

今とても清々しい気分だ。


…清々しい気分?

あれ、あれれ?

あんなに魔力回復ポーション飲んだのに…なんでこんなに清々しいんだ?

ありゃりゃ?

おしっこしたくないのはなんでだ?

お腹がちゃぽちゃぽどころかすっきりして寧ろお腹が減ってるのはなんでだ!?


…あっ…!!


「お、おお、お漏らし…!!」

「ふふ、必死に魔力を回復させながら、祭壇に魔力を流し込んでいたアメリさんの姿を皆が見ていたんです。誰もアメリさんの失禁や嘔吐を笑っていませんでしたよ」


ぬおーーーっ!!

わ、私は消えてしまいたいっ!!

若しくはみんなの記憶が消えてほしいっ!!


「も、もう…パーティー、で、出られません…!!ででっ、出ません!!」

「何を言っているのですか!アメリさんはナンナホンオロチ討伐の立役者なうえ、もうロカンさん達で途絶えてしまうかもしれないと思われていたペトリス族の誕生でも多大な貢献をしたんです。そんなアメリさんが恥ずかしいからと言ってパーティーに顔を出さない訳にはいきませんよ!!」


絶対クスクス笑われるよ!!

「おい!あの子、白目むいたまま失禁してた子じゃないか!」「なんか馬車にひかれたカエルみたいな姿だったな」「ははっ!カエルか!白目をむいたまま嘔吐もしてたぞ?」

イヤだイヤだっ!!ヤダーーーーっ!!

道端でドロンとひっくり返ってるカエルみたいなゲロゲロ失禁アメリなんて呼ばれるのは嫌だっ!!


「わ、私は…ここっ、このまま消えます…!!マギアウェルバで…!き、消えます!!」

「わーっ!!ダメですよ!!ダメダメ!!マズいですって!!誰かーっ!?」


止めるなっ!!

止めないでくれフレヤさんっ!!

私にだって誇りってもんがあるんだよっ!!




フレヤさんの助けを求める声のせいで、私が寝ていた部屋には大勢の人がなだれ込んできてしまった。

このまま魔法で消えて逃げ出してしまっては傭兵としてマズいのではないか…とか、なんかアレコレ足りない頭で考えた結果、大人しくしていることで諦めた。


私が休んでいた部屋にはウィルマール王国の貴族が訪れては挨拶、そして感謝の言葉を頂いた。

終始フレヤさんが応対してくれ、更にジルさんが次の貴族がやってくる前に「この人は誰で何で~」と耳打ちしてくれたお陰で、どーにかこーにか乗り越えることができた。


すっごく意外だったのは、私は思ったよりも貴族相手に緊張する訳じゃないという点。

これまでもそこまで過剰に緊張する訳ではなかったけれど、普通にメイドモードのアメリとしてそれなりに対応可能であるというのが分かった。


とは言え流石に疲れるわけで。




「つ、疲れ…ました…」


一日中はじめましてな人たちとの挨拶と会話。

凄い…凄く神経がすり減った気分。

でも人見知りでモゴモゴしちゃう私には会話のいい練習になったかも。

それでもこんな良い練習というものはちょっとずつ慣らしながらやるもんだ。

これじゃあ新兵の戦闘訓練初日でいきなり熊や虎と戦わせるよーなもんだ。


「しかし先生、思っていたよりも普通に対応できていましたよ!私は感心してしまいました!」

「ジルさんの言うとおりですよ!アメリさん、やればできるじゃないですか!私も相棒の意外な応対にびっくりしちゃいましたもん」


褒められても有頂天になる余裕もない。

ただひたすら、疲れた。


「パーティーは明日じゃなくて三日後になったって聞いたにゃ!みんな疲れたから前夜祭も無いって聞いたにゃ。だからゆっくり休めるにゃ!」

「ま、町をブラブラ…したいです…きっ、気楽に」


適当にフラフラウロウロしたい。

正直パーティーなんかもういらないよ。


「気楽に?無理だよ!あたしら町をブラブラしようとしたけどさ、全然気楽にブラブラ出来なかったよ!」

「あたち、いっぱいおかしもらった!」

「私も「偉い」「ありがとう」っていっぱい褒められたよ!」


フリーデリケさん、エリーゼちゃん、ロザリアちゃんはとくにだよね。

庶民がワーッと屋敷になだれ込んできた時に精気を魔力に変換して祭壇に送り込んでた親子だもん、そりゃみんな感謝感謝だろーね。


「この界隈…いや、ウィルマールではペトリス族ってのは特別な存在なんだろうな。俺の出身はウィルマールでもテラノバでもないから、そんな種族がいるという話を聞いただけだったぞ」

「そうですね。話には聞いていましたが、人々の彼らに対する想いまでは知りませんでしたよ」


当事者とか関係者でもさ、何でもない平時に急に他国の知らん人相手に「ペトリス族に対する僕の抱える熱い想い」を唐突に語り出すわけないもんね。


「テラノバも恐らくは鉱脈とペトリス族が欲しかったのだろうな。だからこそマクヌル州とサンズマル州に金が集まり、魔法協会の全面的な支援に結びついたという訳だ」


ジルさんはペトリス族に対する熱い想いを持っている人か。

ペトリス族がいれば鉱脈を見つけてくれる。

頼めばトンネルも作ってくれる。

衣食住を適当に与えて、報酬は珍しい鉱石でも渡しておけばオッケー、金にがめつい連中が放っておく訳がない。


「まぁロクデナシが大勢いる国だからな、そりゃ欲しいだろうな」

「はは、フリーデリケちゃん、エリーゼちゃんにロザリアちゃんもたっぷり恩を売ったからさ、きっとクラウディア様が国を作った日にはウィルマール王国とは良好な関係が築けるだろうねぇ」


オットーさんのいう通り。

立派な親善大使だね!


「そういえば私とナーちゃんはね、ジャンヌお嬢様からお茶会に誘われて紅茶を飲んだりお菓子食べたりしたよ!」

「にゃにゃ!すっごく美味しかったにゃ!ジャンヌお嬢様にメチャクチャ可愛がられたにゃ!!お嬢様まだちっちゃいけど可愛かったにゃ!」


あー、ジャンヌお嬢様っていうのか。

ってことはきっと侍女のカタリーナさんが淹れた紅茶だ。


「本来ならご友人がいらっしゃるという話でしたもんね。アメリさんが教えた紅茶ですねきっと」

「へへ…で、ですね」


ああ、私はその場でメイドとしてキラキラと輝きたかった。

明日も多分同じよーな1日なんだろね…


ちなみにロカンさんたちは当面の間、ねぐらである大木の中に籠もって、産まれたばかりの赤ちゃんの世話に専念するらしい。

そんなロカンさんからの伝言は「ありがとうよ!」とのこと。

ほ、本当に軽い…!!

次会ったらたっぷり文句を言ってやりたい。

道端でドロンと死んでるカエルみたいになったぞ!と。


しっかしこの町をブラブラするのは無理そうだなー。

普通に旅がしたいよ、普通に。


面白かったという方はブックマークや☆を頂けますと幸いです。

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