179.窓の外、あれれ…?
ナンナホンオロチを討伐した私たちが案内されたのはフィリベールさんの実家である領都ベレノワールの領主邸。
そこは途方もないくらい立派な場所で、大興奮の私たちは屋敷前までやってきつつ、今に至る。
屋敷前の馬車回しをぐるりと回って玄関の前で馬車が停まった。
二台ともこの場にはまるで相応しくない馬車…ま、まぁ非常事態だし仕方がないよね。
フィリベールさんが手配した方の馬車だってオットーさんのとそんな変わりないし、まぁ大丈夫だろう…
玄関に続く道のりの両側には整然と使用人やメイドが並んで、恭しく頭を下げている。
本来なら私だってその両側のメイドたちのうちの一人として並んで頭を下げる立場だろうに…なんかこーゆーのはむず痒い。
「よっしゃ、着いたね」なんて良いながら勢い良くピョーンと降りるのはダメな事くらいは流石にわかる。
どっちの馬車も平民が使うよーな物資輸送用、乗り合い馬車ですらないからとーぜん階段とか梯子とかあるわけじゃない。
とりあえずフレヤさんたちが降りるのをフォローしとくか…
極力優雅に降りよう…
(ど、どうぞ)
(流石に緊張してしまいますね…)
(はは…)
流石のフレヤさんもこの雰囲気に飲まれてる。
あ、オットーさんの馬車に乗ってたメンバー全員緊張してる。
案外この雰囲気に飲まれてないのは私だけかもしんない。
あっちの馬車にはフィリベールさんにジルさんがいる。
流石ジルさん…全く動じてないし、なんならジュリエットの顔がチラッと見える場面がある。
最近ずっと大人モードの綺麗で美人なフリーデリケさん、澄まし顔でプカプカ浮いたままエリーゼちゃんやロザリアちゃんを抱きかかえつつ降ろしてる。
あの人はこーゆー時、ガッチガチに緊張したりしない。
いつも通りのフリーデリケさん…いや、母親の顔をしたフリーデリケさんだ。
肝が据わっているというべきか…堂々としてるよなぁ。
ん、一番格式高そうな装いのじーちゃんが来た。
侍従長ってとこかな?
「おかえりなさいませ、若様」
「ありがとう、爺や。よもやこんな形で里帰りすることになるとは思っていなかったが…はは、兎に角この短期間に色々と準備を整えてくれて感謝しているよ」
はは、フィリベールさん、ちょっと照れくさそう。
まるで身内との会話を友達に見られるのが恥ずかしい子みたい。
微笑ましい限り、みんなの緊張もほぐれそうだ。
「お褒めに与り恐縮でございます。皆様、ようこそお越しくださいました。伯爵様より、貴方様方のお手柄に心より敬意を表し、ここでの滞在を心地よいものとするよう仰せつかっております」
「ありがとうございます。温かくもこのような素晴らしいお迎えに感謝いたします。お世話になります」
お、緊張してても流石フレヤさん!
何だかんだこの手の対応もお手の物だよなぁ。
私のフレヤさんは本当に完璧だよ、うむうむ。
「ありがとうございます、滞在を楽しませて頂きます」
ぬおっ!?
フリーデリケさんっ!?
はえー…娘たちに母としての姿を見せているのかな?
フリーデリケさんは何気に色んな人に化けてはいるから、こーゆー演技は何気に得意なのかもだ。
しかもいつの間にか魔力謹製のドレスが白が基調の上品なドレスになってる。
こーゆー気配りが出来る人だったんだね…それならいつもその気を配って欲しかったよ…
人の頭の上であぐらをかいたと思ったらおならだもんなぁ「あはは、ごめんって!」とかガハガハ笑っちゃって。
ま、そんなフリーデリケさんも好きだけど、おならはダメだ!
「さあ、皆様、どうぞお入りくださいませ。お疲れでしょうから、客間でお茶をお召し上がりになりながらごゆっくりお休みいただければと存じます。伯爵様も後ほど皆様にご挨拶にいらっしゃる予定でございますので、その際にはどうぞよろしくお願いいたします」
お茶かぁ、貴族家で出される紅茶って本当に楽しみなんだよね。
どんな茶葉を、どんな風に淹れて、どんなお菓子をチョイスするのか。
それだけじゃない、お客様へはどんなティーセットが使われるか、温度管理は?所作は?
「おっ!茶か!ありがとよ!ゴクゴク!」じゃない、その家の格式が如実に現れる重要なものなのだ。
何気にめっちゃ奥が深い重要なものなのである。
「ありがとう、爺や。自分は父上の執務を手伝ってくるよ。今は執務室に?」
「はい、若様。伯爵様は現在、執務室でお仕事に集中していらっしゃいます。お待ちかねかと」
どーやら久しぶりの親子の再会っぽいけど、多分これくっそ忙しいやつだよね、ここまで起きた出来事的に…
そーいやコーネラ子爵もニコニコしつつもゲッソリしてたもんなぁ…
「そうか。それじゃあ顔を出してくるよ。皆様はどうかゆっくりとおくつろぎ下さい。爺や、あとは頼んだよ」
「承知しました」
最初は変装してて融通の利かなそうな真面目くん、正体を現してからは甘いマスクの好青年、そして実家に帰ればなかなか可愛い青年。
うーむ、フィリベールさんは王国から任されている仕事的にも、かなりの良い物件かもしれないね。
そんな訳で広間へと案内される私たち。
屋敷の中も立派なもんだ。
廊下に延々と敷かれたカーペットは深緑…とても品があるね。
いやー、センスが良いよ!ここ良いお屋敷だなぁ…
はえー、窓の外!見事な庭園がここからも見える!
これは良いね、ここからでも庭園の立派さが十分に伝わるよ。
今日は天気も良いね、はぁ…こんな天気の良い日にシーツでも洗って干したらさ、きっとお日様の匂いがたっぷりシーツに染み込んでさ?
寝るときにガバッと横になって「はぁ、いい匂いがしますね」なーんてフレヤさんがウットリするんだろうなぁ。
本当に良い屋敷に案内されたもんだ。
こんなのさ、下手したら王族の屋敷だよね最早。
使用人の数が兎に角多い。
あんな数の使用人を抱えられる程に裕福という事だけどさ、鉱山もそんなに数は無いらしい今、一体どんな収入源が…
「あっ!!ほれ!そんなとこでぼさっとしてないで早くいらっしゃいな!!」
どわっ!!
えっ!?えっ!?
だ、誰このおばちゃんメイド!!
なんだなんだっ!!
随分と手荒な歓迎じゃないか!!
「あ、あっ!え…」
「モンフォール家から助っ人で来た子かい?だろ?いやー助かったよ本当!急に「四日後にパーティーが開かれることになった!」だろう?オロチだからモロチだか知らないけどさ、それをやっつけた英雄様の表彰のパーティーらしいんだよ。さ、ほれ!おいで!!」
ややっ!?
だ、誰もいないっ!!
おいて行かれた…だと……!?
「あ、あ、はい…」
「んでさ、あんたはアレさ!食器!食器磨きを頼むよ!四日後のパーティーはさ、そりゃもう次から次へ食器を使うからさ、朝から食器を引っ張り出してきてもう大変なんて騒ぎじゃないんだよ!全然人手が足りなくてねぇ、最近連れてこられた奴隷だった子供たちには流石に皿磨きは任せらんないからねえ。皿をバリーンと割ってさ、畏縮しちゃっても可哀想だろう?あ、でもあの子たちってばさ、すっごい集中力で庭掃除をしてくれるもんだからさ、庭師連中が可愛がって可愛がって!はは、これが面白くてさぁ!庭師のじいさんの…」
そ、そうか…「今日は何となくモンフォール家の服にしよっと☆」なんて思って、モンフォール家のメイド服を着ちゃったのが仇になった。
ど、どうしよう…!
このおばちゃん、滅茶苦茶早口で喋る喋る!
ううっ、口を挟む隙がまるでない。
まるでナンナホンオロチと戦ってるときに感じた感覚と一緒だ。
こちらを喋らせる隙なんて絶対にみせない。
きょ、強敵だ…!
何も言えない私は厨房まで半ば強引に連れてこられ、適当な椅子に座らされる。
目の前のテーブルには気が遠くなるようなお皿の山。
単なる木の皿ならともかく、目の前に積まれている皿は白くて緻密な模様がある、如何にも高そうなお皿の数々。
はは、こりゃ確かに奴隷上がりの幼子たちに磨かせる訳にはいかないわけだ。
「さ、コツコツ磨いていくよ!ここにあるのは洗ってあるやつだからさ、ほい、これで磨いて!」
「あ、はい…」
これがフレヤさんなら「今回招かれたのは私たち『魔女っ子旅団』です!こう見えてもうちのアメリは…」なんて説明してくれるんだろうなぁ。
尤も、そもそもおばちゃんに話しかけられたら時点で誤解を解いてくれているはずだ。
それもこれもぜーんぶ、私がぼんやり突っ立ったまま窓の外を見てたのが悪いね。
ああ、はぐれたのはあくまで伯爵邸。
これが知らない大都市のど真ん中とかじゃなくて良かった…
と、とりあえず磨くかな…
…皿磨き、結構楽しいかも。
「はぁ…洗っても洗っても皿が減らねえなぁ。俺、もう指の感覚がおかしくなってるぜ…」
「男が情けない声を出すんじゃないよ!もし汚れが残っていようものならさ!「いやー、ヒルドリック家はお里が知れてますなぁ!わははは!」なーんて他の貴族から嫌みったらしく言われてさ!笑われたらどうすんのさ!」
「銀食器じゃない皿なんて別にジャブジャブ洗う必要ねえと思うけどな…」
「あたしら平民が呑気に使う訳じゃないんだよ!お貴族様は姑みたいに細かくてうるさいんだ「おや?この皿…ちょっと君!」とかいちいちウルサいったらありゃしないよ!ほれほれ!ピーピー泣き言言わずに洗いな!」
わ、私も水でジャブジャブ洗ってるにーちゃんに同意だ。
ちょっとくらい汚れてたって命が取られる訳じゃあるまい。
うーむ、ピカピカになると満足感があるね。
ピカピカ…あっ、そっか…!
私の無詠唱魔法の洗浄で終わらせちゃおう!
ははっ、馬鹿だなぁ、全然気がつかなかったよ!!
「あ、あのっ!!」
「ん?モンフォール家から来た子だね、何だい?」
「わ、わた、私…生活魔法が…と、得意です!!」
おばちゃんの目が輝く!
「ちょいと!それを早く言いなよ!ちょいとみんな!この子が生活魔法で汚れを落としてくれるってさ!!よしっ、じゃあ試しにやってみてちょうだいよ!」
「あ、はい…!」
遠慮はいらないね!
極限まで綺麗にしちゃうぞ!!
「おっ?こいつ、口下手だけどかなりできる女じゃないか!」なんて言われたい、思われたい!
できる女アメリ、よーし任せなさいっての!!
どーせならこの部屋丸ごと、いっけぇぇぇーーっ!!
「どわっ!!へ、部屋ごと…!?」
「えっ!?ええっ!?わ、私のエプロンの汚れも!!」
「ちょ、ちょいと!!こ、これ全部モンフォール家のあんたがやったのかい!?」
むふー、鼻が高い!!
尊敬の眼差し!!
みんな、僕の私の仕事が無くなった!と目を輝かせてる!!
「せ、生活魔法…で、傭兵として…お、お金を稼いだ事も…あ、あります!」
「アンヌさーん、銀食器も…ぜ、全部終わってまぁす…」
「ようアンヌ、や、野菜の泥まで…綺麗サッパリ無くなっちまったぜ…」
おおーっ、なんと心地よいものか、この心くすぐる…いやぁ、たまらんっ!!
た、たまらないよ!!
私…今最高に輝いてるのよっ!!
「モンフォール家には感謝感激だよ!!あんた小柄だしモジモジオドオドしてるからさ、なーんでまたこんな頼りなさそうな子を助っ人として貸してくれたんだろって思ったけど、いやぁ、モンフォール家の領主様には感謝感激だよ!!あんたとんでもない救世主じゃないか!!」
「すげえ!あーお嬢ちゃんがうちのメイドならなぁ!!いやあ、モンフォール家に返したくねえよ!!すげえよ!!」
「私たちの英雄様だね!あー、一気に楽になっちゃった!!」
褒めて!!褒めて褒めて!!
褒められると伸びるタイプの子です!!
私、褒められると、もっともっと力を発揮できます!!
「あれだ!!ランドリーメイドたちの仕事をちゃっちゃと終わらせとくれよ!!あの子たちにも頼みたい仕事が山積みなのさ!!」
この調子でドンドン綺麗にするぞーっ!!
この英雄のアメリ様に任せろってんだ!!
そんな訳でキッチンメイドやコックの仕事の一部、スカラリーメイドとランドリーメイドの仕事を丸ごとぶんどった私。
彼女たちもまた、手が空いたら空いたで頼みたかった仕事ってのは、アンヌさんっていう私を連れてきたおばちゃんメイドが「あんたはあっち」「あんたはこっち」とテキパキ指示してた。
どーやらこの家の使用人やメイドはあまり役割による差別みたいなことはしないよーだ。
多分メイド長ではないだろうけど、この辺りのみんなのリーダーであろうアンヌさんを慕ってる様子が窺える。
みんな和気あいあいとしつつも手際良く別の仕事へと向かった。
こーゆー一致団結してる仲の良い職場、きっとこのヒルドリック家の人々の影響じゃないかと思われる。
ああ、私も働くならこーゆー職場が良いな…
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