151.ひとりぼっち
昏睡状態のアメリ。
アメリはそんな中、ある体験をする事になる。
今回は途中から三人称視点になります。
ありゃ?
ベッドの上…
うーむ、えーと…なんだっけ?
何してたんだったっけか…
あっ!ありゃ!?
遺跡調査は!?
あの後どうなった!?
いや…さっきのは夢だったかな?
途中から記憶がない、この身体が軽い感じ…
どーもこりゃ夢だった気がしてきた。
うーむ、確かにお誂え向きに神殿跡地下遺跡の調査?
随分と虫のいい話である。
でも結構リアルな夢だった気がする。
とは言えこのいつもの思考…夢ではない。
私はね?夢の中でさ、きっとこんな風に「これは夢か?いや、夢じゃない。夢か?」なんてなるよーな上等な人じゃないのだ。
しっかし随分と立派な部屋だなぁ。
ジュリエットさんの部屋より立派。
別にジュリエットさんの部屋が貧相って訳じゃないけどさ。
ま、モンフォール家の屋敷だろーね。
でもいつもの部屋じゃない。
おー…?
んんーこの部屋…なんか馴染みがあるよーな、ないよーな…
いやいや、おいおい!
ここ、どこだ!?
これこそやっぱ夢でしょ!
なんで私一人でこんな豪華なベッドで寝てたんだ!?
こっちが夢?いや、あっちが…えーと、こっちがあっちで…
あばばば…頭がおかしくなったかぁ?
って髪が黒い!
おおっ、ってええっ!?
そんな急に戻るもんなの!?
これは大変だ、フレヤさんにご相談だっ!!
「フ、フレヤさん…!フレヤさん!どっ、どこですか…!?」
「さくら、意識が戻ったか」
お姉ちゃんの声だ。
ん?
「あ、あっ…あっ!?」
この女の人…今目の前で立ってる女の人…
お姉ちゃん…私のお姉ちゃんだ!!
なんで今の今まで忘れてたんだ、私のお姉ちゃんだ!!
私そっくりなお姉ちゃん。
でも私よりキリッとした顔をしてて、髪も私より短くて…
「お姉ちゃん!!」
「よしよし、これまで苦労をかけたな」
懐かしい暖かさ。
ゴツゴツした手。
いつも私の頭に唇を落としてくれる。
でも、なんで…
「お、お姉ちゃん…な、名前が…なまっ、名前…」
なんで名前が思い出せないの?
こんなに大好きなお姉ちゃんなのに。
いつも苛められる私を守ってくれたのに。
誰よりも優しくて、みんなの憧れで。
「お姉ちゃんも沢山話したい事がある。しかしもう時間がない。お姉ちゃんの名前はユリだ。ユリ・オガサワラ・アストリア。私たちはアストリア公爵家。さくらはサクラ・オガサワラ・アストリアだ」
「う、うん…!でも思い出せないよ…!もっと時間、ないの?」
「すまない、このままではさくらが死んでしまう」
しんでしまう。
さくらがしんでしまう。
私が、死んじゃう!?
「もう時間がない。手身近に話す。私たちワービット族は発展しすぎ、やがて時を自在に行き来する『時渡りの魔法陣』を編み出してしまい、神の怒りを買った。さくらが仕えていた親友で親戚でルーマローラ王国の第二王女殿下、アルメリア・エリディアナ・ルーマローラ殿下が編み出した魔法陣だ」
「さくら…私がそのアルメリア・エリディアナ・ルーマローラ」
気がつけばいつの間にか真っ白な空間にいた。
いつ豪華な部屋から真っ白な空間に移動したんだ?
意識が安定しない気がする。
目の前にはお姉ちゃん、そしてフレヤさんとよく似た女の子…
全然思い出せない…
でも、この前…弓の使い方を教えてくれた女の子の声!
「私が編み出した立体魔法陣、やがて時間を行き来可能にする魔法陣を編み出した。でもそれはフライヤの怒りを買ってしまった」
「殿下、時間がありません。あの時、唯一『時渡りの魔法陣』でこの時代に逃げおおせたのがさくらだった。神罰は想像を絶する大惨事を招いた。私と殿下が神罰からさくらを咄嗟に守ったとき『時渡りの魔法陣』が発動、どういう訳か絶命したはずの私と殿下の魂がさくらの中に入り込んでしまったようだ」
わかんない、なにも分かんない…
「ごめんね、私の意識が最近覚醒しちゃってね?ユリと同時に覚醒したままだとね、もうさくらの身体が保たなくなっているの」
「私もつい最近までは朦朧とした意識のままさくらの中で覚醒と休眠を繰り返しながら漂っていた。しかし先日「この身体はさくらのモノである」と認識してしまい、こうしてハッキリと自我が覚醒した。そしてついに殿下の意識まで覚醒してしまった。このまま私たちがさくらの中に居座ってしまえば、さくらはもう二度と目を覚まさなくなってしまう。マギアウェルバにはな、気絶したり髪が白くなるなんて副作用はない。身体に負荷がかかりすぎているんだ」
ちょっと待ってよ!
訳わかんないよ!!
「なっ、なんで…!?」
「ずっとさくらの中で漂っていたんだ。それくらい分かるさ」
「たった一人の…それもバトロアンでもマギアロアでもないさくらの小さな身体に三人分の意識が納まる余裕なんてないの。さくらの中に居るとね、身体のあちこちが悲鳴を上げているのが嫌ってくらいわかるの」
ヤダよ…せっかく、やっと会ってお喋りしたのに…
「せ、せっかくお喋りできたのに…や、やだっ!!」
「我が儘を言うな、さくら。一つのコップに三杯分の水は入らない。時間の問題だったんだ」
「私たち、死んだと思ったのにね、さくらの意識の中にほんの僅かでも居られてさ、ユリや私の力を全部をさくらに託せて、本当に本当に幸せだよ」
「ま、まだ…ふ、二人の事が…おっ、思い出せない!!思い出せないのにお別れなんて…やだ!!」
どうして…なんでこんな…
「あんなに臆病で引っ込み思案だったさくらが、震える身体を抑えながら一生懸命戦ってな?前へ前へと…勇ましく歩む姿がな?…お姉ちゃんはな…?そんなさくらがな…?」
「さくら、もう私が居なくてもへっちゃらじゃない。あなたにはフレヤさんっていう素敵な相棒ができたでしょ?あの子なら安心して泣き虫さくらをお任せ出来そうだね」
「はは…そうですね。さくら、もう本当に危険だ。周囲をよく見てみろ」
白い空間…アチコチにヒビ…
足下も…どんどん崩れてる。
「ま、待って…!」
「『サーカロム』と『マギアロア』の要素を二重に持ってる天才が私!その異常な戦闘能力を持ってる『バトロアン』がユリ!フレヤさん、惜しい!って言ってあげて!」
「お姉ちゃんと殿下は一足先にあの世でさくらが来る日を待ってるさ。どうせ誰しもがいつかはあの世へ行くから、急いで来る必要はないからな?フレヤさんと仲良くな。ワガママを言ってフレヤさんの足を引っ張るんじゃないぞ?」
「まだ話したいことが沢山あるよっ!!!」
「お姉ちゃんだって殿下だって…まだ話したいことは沢山ある。しかしもう時間が残されていないんだ。さくらの身体は限界だ…ダメだな、涙が止まりそうもない」
「ふふ、だね!あーダメ、私たちが泣いたら泣き虫さくらの涙まで止まんなくなっちゃう!」
待って…待ってよ…!!
「置いていかないで…!!!ま、まだ…なっ、なにが…!」
「詳しく知りたくば、まずは北の最果てを目指せ」
「そこに私たちのいた王都が静かに眠ってるかも」
北の最果て…
待って、置いていかないで!
もっとお喋りしたい、ずっとそばにいてよ!!
「待って…待っ…て……!」
ひどく眠い…
「さようなら、私の可愛い妹。世界で一番愛してる」
「私のあだ名、名前にしてくれて嬉しかったよ!私の杖、大切に使ってあげてね!バイバイ、大好きなさくら!」
待って…
待って…!
待ってよ!!!
ーーー
ーー
ー
「アメリさん!!!」
あ…
「ちょいと!!髪が急に黒くなったと思ったらアメリ嬢が起きたよ!!!誰か!!バロンのじーさん呼んできとくれよ!!」
お姉ちゃんと殿下…もういないんだ…
心に…ぽっかり穴が空いたみたい。
フレヤさん、そんなに泣かないで?
フリーデリケさん、相変わらずだなー、ってフリーデリケさん泣いてる…
安心させてあげなきゃ…
涙が止まらない。
「あ……!あっ………!」
「アメリさん!アメリさん!!生きてて良かった…!アメリさんに死なれたら私…!ううっ!!良かったよぉっ!!」
沢山心配させちゃったんだな…
でも悲しくて、とにかく悲しくて…涙が止まらない。
物凄い喪失感…私、ひとりぼっちになっちゃった。
もう一人で戦わなくちゃいけないんだ。
お姉ちゃんはもういない。
殿下ももういない。
五千年後の世界…一人だけ生き延びちゃった。
何となくそうじゃないかって考えてはいた。
でも実際にその事実を突きつけられると、心にガッと来た。
私が生きていた時代のありとあらゆるものはもう無い。
私の記憶も殆どない。
全部五千年前に置いてきてしまった。
この広い世界で…私だけ急に紛れ込んだ異物だ。
急に砂漠の中に放り出されたような、海の底でポツンと静かに眠っているような。
大切な人たちを犠牲にして。
大切な思い出を全て失って。
そこまでして私なんかが生き延びる意味なんてあるの?
堪らなく寂しい。
お父さんもお母さんも顔も声も覚えてない。
サクラ・オガサワラ・アストリア?
はは、何言ってるんだ?
公爵令嬢?そんな馬鹿な。
ユリ・オガサワラ・アストリア。
アルメリア・エリディアナ・ルーマローラ。
絶対絶対、絶対に大切な人たちだった。
なのに私、名前を聞いても全然ピンとこないよ。
でも、顔を…顔を見て「懐かしいな」って思えたのは本当に良かった。
さようなら、私の大切な人たち。
さようなら、私の生きた時代。
さようなら。
ーーーーーーーーーー
モンフォール家の屋敷にて『魔女っ子旅団』と『ツバサ』の面々にあてがわれている部屋に、それぞれのパーティーの面々が集まっている。
時刻は朝食を終えた後、それぞれがベッドに腰を下ろしていた。
ベッドには、アメリがぼんやりと天井を見つめたまま横たわっている。
胡座をかいたままプカプカと浮いているフリーデリケが口を開いた。
「ぶっ倒れて目を覚ますまでに3日。パチッと目を覚ましたと思ったらギャンギャン泣いて抜け殻になって3日」
フリーデリケはそう言いながらふわりとアメリの腹の辺りにそっと降りた。
若干浮いているのか、アメリは顔色一つ変えずに何もない天井を眺めたままだ。
「なぁ、そろそろいい加減さ、口を割っても罰は当たんないじゃないかい?」
「にゃー、アメリさん…ずっと上の空にゃ。いつもみたいに表情も変わらないにゃ」
ナターシャは心配そうにアメリの胸に頬を押し当てる。
いつもならだらしない顔でニタニタするアメリだったが、心此処にあらずと言わんばかりに反応はない。
「先生…」
ジュリエットも心配そうに眉を八の字にして隣に立っていたリンと視線を合わせる。
リンも眉を八の字にして肩を竦めた。
フリーデリケが浮くことを辞めたのか、アメリの身体にかかっていた布団にしわが寄るが、胡座をかいて座られているアメリ自身の反応は無い。
フリーデリケは腕を組んだまま口を開いた。
「意識を失っている間になんかあったのかい?」
「……」
アメリは視線をゆっくりとフリーデリケの方へと向けるが、それ以上の反応は見られない。
「なぁ、何があったのかあたしらに教えとくれよ」
「……」
「よう、心配なんだよ。ほれ」
「……」
そんなのれんに腕押しなアメリに痺れを切らしたのか、フリーデリケは声を荒げだ。
「やいっ!あんたが今さ、何を考えているのか言ってくんないとさ、こっちもどーしようもないんだよ!!3日も寝込んでさ、よーやっと目を覚ましたと思ったらギャンギャン泣いてダンマリ!飯も食わないと来た!こっちは何もわかんなくてさ、なにをどう声をかけりゃいいのかわかんないよ!!」
フリーデリケの怒鳴り声にアメリはジッとフリーデリケの顔を見つめる。
「あたしの顔よりさ、ベッドサイドでずっと座ってる相棒の顔を見なよ。頼もしい相棒じゃなかったのかい?頼もしい相棒にも言えない出来事ってなんだい?あたしらが聞いてちゃマズいなら席を外すよ?寄せ集めのパーティーだけどさ、あたしら結構楽しく旅をしてこなかったかい?」
フリーデリケの目に涙が光る。
「アメリ嬢、いつもキョロキョロしてモジモジソワソワしてさ、ニタニタしたり驚いたり…そんなあんたがさ、生きることを諦めた顔をしているのにさ、手を差し伸べても反応してくんないのがもどかしいんだよ…」
フリーデリケはしゃくりあげつつもゆっくりとアメリの身体にうつ伏せ寝になるように横たわった。
言葉は続く。
「あたしはあんたの考えてる事やさ、体験した事なんざ知らないよ。でもさ、あんたの今の顔は見覚えのある顔さ。もう生きるのなんてどーだって良いってさ、生きるのに疲れ切って諦めてる顔だよ。そうだよ、あんた、ガキンチョの頃のあたしみたいな顔してんだよ。だからイライラムカムカしてくるんだよ。こんなに、あんたにはこんなに心配してくれる仲間がいるのにさ…なんでそんなこの世界で一人ぼっちみたいな顔してんだい!分かったらフレヤ嬢の顔を見なって!!!」
フリーデリケの叫びに、アメリは漸く顔をゆっくりと右へ向けた。
そこにはニコニコしたまま涙を流しているフレヤがベッドサイドに置かれた座っていた。
「アメリさん…今アメリさんが感じていること全てを、私はその全てを知って、少しでもそれを一緒に抱えたいと思って居ますよ」
「あ…フレヤ…さん…」
「ふふ、漸く名前を呼んでくれましたね。アメリさん…私にもアメリさんをそうさせてしまった喪失感や虚無感を分けてください。私はね?私はアメリさんとなら、たとえ地獄の果てでもついていきます。あなたの隣に最後まで立っています」
アメリがゆっくりと両手をフレヤの方へと動かす。
フリーデリケはうつ伏せの格好のままでふわりとアメリの身体から離れた。
フレヤは涙を拭うこともせず、アメリの両手をそっと、ガラス細工の彫刻を包み込むように両手で包み込んだ。
「ご…めん…な、さい…」
「どうかアメリさんを悲しませるものを、私にも分けてください。だって、私は相棒でしょ?」
アメリは起き上がってフレヤに抱きつき、声を上げてワンワンと泣いた。
フレヤはいつまでもアメリの背中をトントンと規則的に叩いていた。
一人の身体に三人分の魂。
第二の人生が始まったその時から、アメリの身体には想像以上の負荷がかかっていた。
やがて負荷は目に見える形で現れ、ついにはアメリは生死の境を漂う結果となった。
面白かったという方はブックマークや☆を頂けますと幸いです。





