143.フリーデリケさんにご褒美
極秘任務を終えた私とフレヤさんは、馬車に揺られてロカスリーへ帰ることに。
馬車は特に何の問題もなく、あたりが薄暗くなった頃にはロカスリーに到着して今に至る。
いやぁ、馬車ってやっぱり移動のペースが速い!
お尻はジンジンしてるけど、それでもその日のうちにロカスリーに着いてしまった。
地面に立つ有り難さを感じつつ私たち3人は御者のおじさんと向かい合う。
諜報員というべきか工作員というべきか…こーゆーおじさんって任務が終わったら何をしてるもんなんだろ?
普通に家に帰って家族と過ごすのかな?
そーいや荷台の木箱にはまだ偽アメリと偽フレヤさんが潜んでる。
彼女たちも普段どこで何をして暮らしているんだろう。
「それではありがとうございました」
おっと!私も頭を下げとかないと!
「こっちこそありがとよ、じゃあこの書類を」
「はい、確かに受け取りました」
ん、いつもの流れなら傭兵組合の事務所に行って手続き。
でも流石の私でも、今回もそーゆー流れになるとは思っていない。
「よーし、じゃあさくっと報告済ませて屋敷に帰るかねー!」
「ですね。アメリさん、行きましょう」
「あ、はい!」
おっとっと、置いていかれないようにせねば!
フレヤさんとフリーデリケさんとはぐれてしまって、ひとりでウッカリ傭兵組合の事務所に行って「依頼?な、なんの話ですか?」なんて受付からポカーンとされたら、全てが水の泡になる。
考えただけで真っ青…あばばば…!
ぜっ、絶対フレヤさんから離れないぞっ!!
さてさて、町を歩いてる訳だけど、また出発前に立ち寄った家かなー?
どこだったか詳しくは覚えてないけど、なんか道が違う気がする。
「あ、そういえばフリーデリケさんのお酒を買って帰りますよ」
「なっ!?ホントかい?やったね!」
えー?
そんな寄り道する余裕あんのかなー?
「ほら、丁度お店が開いてますからね」
「ありがとよ!大好きだよっ!!」
まぁ丁度酒屋がまだ開いてる。
うーむ、まぁ少しくらいなら寄り道くらい良いか。
さてフリーデリケさん、そろそろ私のフレヤさんを離して貰おうか!
ああっ!!そんなチューチューと…はしたない!!
私だってチューチューしたいのにっ!!
店の中が薄暗いな…
もう夜も近いしこんなもんかな。
いつぞや立ち寄ったロボロ村は夜も町は眠らず、どこもかしこも昼のように活気があった。
それだけあって夜でも町全体、どこもかしこも明るかった。
でもここは普通の町。
夜になれば町は静かに眠りにつく。
特に今は住民たちの中では開戦前夜のまま、夜に出歩く気分になんてなれないだろう。
「いらっしゃーい」
気だるそうなお姉さん。
ん?前髪が目に掛かってなんだか…えっ!?
ひ、ひひっ、一つ目だっ!!
あばばば…このお姉さん、目がっ!!
た、大変だ!!フフフフ、フレヤさーんっ!?
おばっ、おばおばっ!!お化けではっ…!?
「さてフリーデリケさん、ここ最近頑張ったご褒美として銀貨40枚まで使っていいですよ」
「ありゃ本当かい!うっひょーっ!どーしよっかなー!」
フリーデリケさんもフレヤさんもお姉さんの顔を見てギョッとしないあたり、一つ目の種族ってのはポピュラーなんだろうね。
何というか不思議な感じだ…鼻の上に一つだけ目がある。
出来る女は種族の差で驚いたりしない。
ここはスンとお澄ましせな。
スーン、一つ目の人ね、はいはい。
知ってました知ってました。
腰を抜かすかと思った…
酒についてそんなに詳しくないのか、フレヤさんはあれやこれやと口出しする事なく、私と一緒にフリーデリケさんと一つ目のお姉さんとのやり取りを聞いていた。
ウィルマール王国は物価が高くなっているだろうに…まぁ確かにフリーデリケさんは相当頑張ってるもんね。
お店の中は無数の瓶や壺が棚に所狭しと並んでる。
ちっちゃい物から大きめの物まで、形も同じ形ばかりじゃない。
ほへー、結構こーゆー瓶とかを集めるのも面白そうだなー。
ん、カウンターの方にはデッカい樽!
ひゃーっ、あれ買っていく人がいるの!?
あ、えっ、フリーデリケさん…まままっ、まさか樽を買うの!?
聞こえてきたフリーデリケさんと一つ目のお姉さんのやりとりからするに、どーやら客が容器を持ち込んで、樽に入ったお酒を量り売りみたいにして買うスタイルが一般的らしい。
じゃあフリーデリケさんが男たちから貰ってた瓶や壺って結構高いものだったんじゃないの!?
しっかしホッとしたよ…フリーデリケさん、よもやあんな巨大な樽をお買い上げすんのかと思った。
フレヤさん、絶対カンカンに激怒するよ…
フリーデリケさんは一つ目のお姉さんに勧められるままちっちゃいコップで樽の中身の試飲をさせて貰っていた。
買った酒がお酢みたいになってたり、クソまずかったらショックだもんなぁ。
食糧の買い出しとは訳が違うのかぁ。
「んー、じゃあマリル酒とミードを貰おうかね!この瓶に詰めたとしてさ、銀貨40枚の範囲内で収めとくれよ」
「はーい、その瓶何本あるー?ミード四本、マリル六本くらいにしとくー?」
「あるよ!あるある!それでよろしく頼むよ!」
流石フリーデリケさん!
酒瓶めっちゃ持ってる!
はは、ウッキウキだ!
その場でちょっと浮いたままクルクル回ってる。
一つ目のお姉さんは天秤と計量カップで手際良く計量してはフリーデリケさんの瓶にお酒を注いでいった。
面白いなぁ、こんな風にしてみんな買ってるんだ。
「ミードってさ、新婚夫婦が飲む特別なもんだって思ってる男が多くてさ、男たちと酒を飲む機会があっても、ミードばっかりはなかなかお目にかからないんだよねえ。ま、あたしは果実酒も好きだけどさ!」
「はは、男って案外細かいことを気にするもんねー。ミードは単価高いから気にせずジャンジャカ買ってほしいよー。別に何でもない日だって飲んでいいのにねー」
へえ、フリーデリケさんでも貰えない酒とかってあるのか。
ふーん、新婚夫婦が飲む特別なお酒?
単なる酒の一種にしか見えないけどなぁ。
「フリーデリケさんがよく差し入れで貰っているお酒の種類はなんなんですか?」
そういや私もフレヤさんも具体的にお酒の種類までは聞いたことがなかった!
ま、聞いたところで「へえ」としか言いようがないだろーけど。
「んー、そうだねぇ…大抵エールか果実酒だよ。たまに小慣れた男だと洒落たリキュールとかかね」
「まーどれもお手頃価格だねー、サキュバスのお姉さんでもワインとかミードは貰えないんだ?」
「いや、あんま高いものは遠慮するか、食い下がられたら一緒にその場で飲んじまうのさ」
へえ!ちょっと意外!
何でもかんでもガツガツ貰ってる訳じゃないんだ?
ほへー、なんか信念がありそーだ。
「それはどうしてですか?」
「だねー?有り難く貰っちゃえば良いのにねー?」
フレヤさんと一つ目のお姉さんの言うとおりだと思う。
貰えるなら貰った方がいいに決まってる。
「あたしらみたいな鼻つまみ者の種族の女がさ、お高ーく見えちゃうとさ、若い子だとか、人の姿に化けるのが苦手な子が可哀想だろう?「サキュバスと寝るならワインのボトルは無いと」なんて思われちまったらさ。まだまだ若い子だとか人の姿が下手っぴな子が、精気を貰えなくて途方に暮れちまう事もあるかもしんない、実力行使に出ちまって捕まっちまうかもしんない。だからあたしはこっちから金品はせびらないし、高いモンは受け取りたくないし、一緒に飲んじまって一緒に楽しんでさ「ああ、サキュバスって案外気さくで面白い良い奴なんだな」って男たちに思って欲しいんだ」
ヤバい、涙が出てきちゃった。
今のフリーデリケさんのセリフ、とっても格好良かった。
この人はなんて格好いい人なんだろう。
「お姉さん、めっちゃ格好いいよ!私、ゾクゾクしちゃったよー!」
「ふふ、店員さんと同じくです!ほら、アメリさんに至っては泣いちゃってますよ!」
恥ずかしいけど、でも何か泣けて来ちゃったんだもん。
ワンワン泣いてる訳じゃないし、感動したっ!
「母ちゃんの受け売りさ!でもガキンチョだったあたしも「なるほどな!母ちゃん格好いいなぁ!」って思ってさ、ずっとそうやって生きてきたのさ!あたしってばなかなか格好いいだろう?」
「はっ、はいっ!フリーデリケさん…優しくて格好いいです…!」
でへへ、フリーデリケさんから抱きしめられちゃった!
「照れ臭いけど、案外嬉しいね!」
照れ臭そうにはにかむフリーデリケさん。
はは、可愛い!
そしてそしてお会計はとーぜんフレヤさん。
「ねえハーフリングのお姉さん、この国以外でさ、どこの通貨持ってるー?」
「え?えーとスーゼル銀貨とノヴィアン銀貨もありますよ?」
ス、スー?ノヴィ…?
なんだなんだ?
あ、スーゼラニアとテラノバのお金ってことかな?
「わぁ!スーゼル銀貨だったら35枚でいいよー!」
「あ、本当ですか?スーゼル銀貨は潤沢なので、こちらは一向に構いませんよ!」
え?え?
なんでなんで!?
「あ、あのっ…なぜお酒が安くなるんですか…?」
「あのねー、この辺りの国でさー、スーゼル銀貨って一番銀の純度も高いし、信頼性がスッゴい高いんだよー?だって、あのスーゼラニアが崩壊するイメージなんて出来ないでしょ?」
ほえー、そーなのか!
フレヤさん、そーなの?
「ふふ、そうですね。アメリさんはご存知ないと思いますが、実はスーゼラニア王国を含むマークバー五国同盟の中でもスーゼラニアは最も豊かで安全であると言われているんですよ?」
あはは、フレヤさんの「えっへん」って顔!
確かに旅の序盤は不安になるような町はなかった。
どこも概ね平和で、そこそこ栄えてたもんなー。
「それに比べてノヴィアン銀貨は、あのテラノバのお金だよ?鉄に色塗っただけの雑な偽造硬貨もあるんだよー。ま、ノヴィアンにくらべたら、うちの国の方がマシだけどね。でもスーゼルは持ってると本当便利なんだー」
「こ、この辺り…スーゼル?銀貨じゃないです…よね?」
「商人同士の取引だと結構重宝されるんだよー、商人は信頼できるお金で取引したがるからねー」
ふーん、そんなもんなんだ?
全然知らんかったなぁ。
すげー勉強になった!!
フレヤさんに言われた通り、スーゼラニアのお金を入れたままの革の袋を異空間収納から取り出して渡した。
その辺の出店とかなら兎も角、こーゆー交渉術もあるわけか…
だって、私たち『魔女っ子旅団』はとんでもない数のスーゼル金貨を持ってるよ!?
そこそこの規模以上の商人だとスーゼル金貨とかで話を持ちかけるなーんて話もあるんか。
ふむふむ、ふーむふむふむ!
あ、フレヤさん!
さっきの御者のおじさんから貰った書類!
ははぁん、この一つ目のお姉さんに渡すから、急にお酒を買った訳かっ!!
今の今まで全然気がつかなかったぞ…?
「はーい、35枚!ありがとねー」
「こちらこそ良い取引をありがとうございました」
「姉ちゃん、あんがとねー!」
目と目で通じ合うみたいな様子もない。
「うちみたいな酒屋ってさー、ほら、お酒って津々浦々の商人と取引しなきゃでしょ?だから案外スーゼル銀貨とかスーゼル金貨で取引を持ちかけた方が有利になるよー!」
「日頃あまりお酒を買う機会がなかったのでとても勉強になりました!」
すげー、まるで書類を渡すのがとーぜんみたいなやりとり。
オドオドしてるのは私ばかり。
ちょっと不審かな…いや、いつもオドオドしてるから今更か!
ははは、いつとモジモジソワソワしてるとさ、こーゆー時に役に立つね!
ってやかましいっ!!
上機嫌のフリーデリケさんをニコニコしながら見守るフレヤさん。
特に特別な会話もなく、私たちは屋敷へと帰って行った。
楽しいお買い物だったからか、一瞬忘れかけてたけど、私が暗殺した事が本当に戦争を遅らせることにつながるのかな。
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