128.決戦前夜と揺れる心
三人目の刺客だったハズのダッシュ・カーン。
ソイツはテラノバ連邦のマクヌル州のバーン・ミュールの町で私がやっつけた魔法協会のヤツだった事が判明。
ヤツらが使うと思しき転移の魔法の痕跡も消し、フリーデリケさんが夜のロカスリーの町の空の上で監視しつつ今に至る。
フリーデリケさんに町の見張りはお願いし、私たちはジュリエットさんの部屋に戻ってきた。
私たち『魔女っ子旅団』までジュリエットさんの部屋で寝るのは流石に無理だろうと思ったが、そこはジュリエットさんの強引なワガママと、フレヤさんの物凄いコミュニケーション能力で言葉巧みに説得し、押し通して貰った。
フレヤさんは胸を張って「指南とは机の上でも出来るものです」と言ってた。
机の上…うーむ。
「ナターシャちゃん、リンちゃん」
私の手によって髪の手入れをされているフレヤさんが口を開く。
「にゃ?」
「はい?」
ナターシャちゃんのブラシを使ってナターシャちゃんのブラッシングをするリンちゃん。
むふー、何もかもがかわゆい。
「ここから先は危険な事態が想定されます。私は…二人まで今回の事態に巻き込むのはどうかなと思っています…」
あー…そうだよね。
いくら『魔女っ子旅団』って言ったって「産まれた時は違っても、死ぬときはみんな一緒だよ!」なんて方針じゃない。
とんでもない手練れがやってくるとして、多分私はそんな全員守りきる自信はない。
逃げられるなら逃げて良いんだ。
こんな所で心中する事はない。
「わ、私の『無敵バリア』でみんなを守ります!」
「にゃ…リンちゃん。でもリンちゃんも敵を殺す事があるかもにゃ。リンちゃんはまだ子供にゃ」
ナターシャちゃんも心配だよね。
どんな世界だろーが、子供を戦闘に巻き込んで、意志疎通できる相手を殺すことは憚られるに決まってる。
「でもね、この世界でナーちゃんと冒険するって決めたの」
「にゃあ…リンちゃん…」
「それに私の『無敵バリア』があれば絶対役に立つと思うの!最強のアメリさんでも壊せないんだよ?」
はは、ちょっと嬉しいな。
最強のアメリさん…か。
こんな幼い子すら覚悟を決めてる。
私が絶対未来を切り開いてやるぞ。
『フレヤの冒険譚』の見せ場だ。
ロカスリーの死闘。
『魔女っ子旅団』は力を合わせてロカスリーを守り抜き、ジュリエットさんを救い出したんだ。
どんな困難でも、本の中で動き回るアメリとフレヤは必ず、必ず乗り越えられるんだ。
「わ、私…ぜっ、絶対勝ちます…!ど、どんなヤツが…来ても!」
絶対私が勝つ!!
「フ、フレヤの冒険譚は…こんな所じゃ…お、終わりません!!」
「ふふ、それじゃあ明日は『魔女っ子旅団』とジュリエットさんとの共同戦線、総力戦です!リンちゃんが出来そうな事を今のうちに整理しましょう!」
フレヤさんの表情に笑顔が戻った。
名サポーターフレヤの最大の見せ場だね。
本人でも思い付かない戦い方を思い付いてみせる。
そうやって私たちはここまでやってきたんだ。
リンちゃんは思ったより無詠唱魔法が多彩だって事がよく分かった話し合いになった。
どうやら、リンちゃんの居た世界では数え切れない程のお話があって、その中ではその世界に無いはずの魔法やら必殺技やらが登場するらしい。
リンちゃんは魔法協会でカズヤ・ミナミダイラから無理矢理、そーゆーものをイメージして無詠唱魔法として昇華させる練習をさせられてた。
保護されてこれまでの期間だから、二回だけカズヤ・ミナミダイラに稽古を付けて貰ったらしい。
リンちゃんは私にない物を大量に持っている。
私たちこの世界の人達には思い付かないような途方もないアイデアだ。
フレヤさんはリンちゃんの結界について深くアレコレ聞き出し、魔力消費が激しい事を確認。
「私がこう言ったらこうしてください」と丁寧に説明し、リンちゃんもコクコク頷いてた。
常時結界に閉じこもるような真似は魔力消費的に無理らしい。
フレヤさんにはお馴染み改造されたツインサイクロン。
ナターシャちゃんには私がチクチク修理してた古代の武器の中でも、確かマギアテック社?のスターコーラー…とか言った気がするやつを渡しておく事に。
フレヤさんのツインサイクロンに比べると威力は劣るけど、なんかやたらババババって撃てるやつ。
あんま記憶にない辺り、きっと私が仕えてた姫殿下の琴線にはそこまで触れなかった代物なんだろうと推測。
でもちゃんと修理まで進める知識はあったし、全然大した故障じゃなかった。
そして私はジュリエットさんから、この屋敷にあった上等な長剣を借りる事に。
剣を持っていれば、ひょっとすると心の中で見守ってくれているお姉ちゃん?が力を貸してくれるかも…なんて思いもある。
こういう時こそ自分の力だけで乗り越えるべきとは思う。
でも、そんな奇麗事を言ってるだけじゃどーもこーもならん時だってある。
そして大量に渡されたポーション。
これは魔力回復できるポーションらしい。
ふーん、そーいやこーゆーの飲んだことないな。
高いのかな…フレヤさんが買わないって事は、高いんだろうな…
何事もなく朝はやってきた。
フレヤさんは「あちら側も発覚から態勢を整えるまで多少時間を要するでしょう」なんて言ってた。
少し楽観的な意見だとは思うけど、実際私もそー思う。
考えなしで乗り込んでくるような雑魚じゃない。
朝食の場にはジュリエットさんのご両親は顔を見せなかった。
それでもジュリエットさんは終始、決意に満ちた表情をしてて、凛々しい美人って本当に美しいなぁと密かに思ってた。
しかも今日は動きやすそうな傭兵っぽい恰好。
うーむ、私もなんか傭兵っぽい恰好にしようかな…
メイドっていうアイデンティティ的なアレが無くなるってどーなのよ?
そんな緊張感のない私。
朝食を済ませて屋敷を出た私たち。
上空からふわりとフリーデリケさんが降りてきた。
「おはようさん、なーんも無かったよ!」
当然と言わんばかりに私の頭の上で胡座をかくフリーデリケさん。
こーゆー日常感がホッとする辺り、やっぱ私もどっか緊張してんだね。
「とりあえず北門にでも行ってみますか?」
うーむ、手掛かりなしだもんな。
「ありゃ?なんか抜け道使えないぞ?」って来るかも。
まぁ…そりゃ無いか…
「そうですね。もう私の知っているパターンではありませんので、そうしてみましょう。護衛は巻き込みたくないので、このまま向かいましょう」
「ちなみにそのさ、カズヤ・ミナミダイラってのはどんな見た目なんだい?魔力で分かるだろーけど、みんなは違うだろう?」
お、そういやそーだ。
まだ全然聞いてなかった!
「えーと、黒髪で目は濃い茶色、背はジュリエットさんよりちょっと大きいかな。いつも黒くて長いコートを着てて、目つきが悪いよ」
なんじゃそりゃ。
一発でバレそーだ。
「そんな珍しいヤツ、町の中に普通に入れるのかい?」
「手配書さえ出回っていなければ、当然入れはするでしょう。傭兵、商人、もしくは旅人、兎に角町に入る口実なんていくらでもありますよ。そのなりでは目立つことは目立つでしょうけれど」
ふむー、ジュリエットさんは肯定も否定もしないね。
じゃあやっぱそーゆー見た目なんだ?
「大きい町だから、目立っても見つけるのは難しいにゃ」
「そうですね。ジュリエットさんのこれまでの経験に従って、北門でまた様子を見ておくしかないですよ。騒ぎが起きたらフリーデリケさん、空から誘導お願いしますね」
こーゆー時、マジで頼りになるフリーデリケの姉さん!
はは、えっへんって顔してる!
「任せなよっ!!総力戦だよ!もうさ、あたしも溜めに溜めた精気の大放出祭だよ!」
よしっ、とりあえず北門行くか!!
ロカスリーの町は、これから大騒動が巻き起こるなんて事は誰一人考えてもいない。
そりゃそーなんだけど、みんないつもの何て事無い日常だ。
開戦間際と言われててちょっと暗い雰囲気の、だけどやってきた朝に気分が良くなってる、そんな爽やかな朝。
「そう言えば、本来戦うはずだったダッシュ・カーン戦ですが、もしアメリさんが魔力を消費して勝った場合、本来のカズヤ・ミナミダイラ戦はどうなっていたのですか?」
あ、そーいやそーだ。
最早ダッシュ・カーンとの戦いはない。
じゃあ知りたいというのが人の心ってもんだ。
「それは…」
うーむ、ジュリエットさん、焦らすね。
「どーせダッシュ・カーンとやらは死んだんだしさ、なんかの参考になるかもしれないよ!で、どうなるんだい?ねえ?」
俄然食いついたフリーデリケさん。
いやー確かに気になるよ!!
「ダッシュ・カーンとの戦いで我々が敗北したことはありません。毎回必ず、先生が勝利をもぎ取って下さいます」
ふむふむ、そーゆー感じの相手なんだね。
ダッシュ・カーン自体は別にって感じか。
「しかし初回は先生が魔力を使い切ってしまい、翌日の朝まで意識を失ってしまいました。そうなると…そうなるとですね、カズヤ・ミナミダイラ戦で先生は身体がボロボロなままで魔物溢れの処理と同時にカズヤ・ミナミダイラと戦うことになり、先生は重傷を負い、フレヤさんは…」
「私は…どうなるのですか?」
ジュリエットさんが言い淀む。
嫌な予感だ…
予感というか、間違いない…
「フレヤさんは殺されます。私も程なくして殺されますので、そのパターンのそこから先の出来事は分かりません。…ロカスリーも崩壊していますし、カズヤ・ミナミダイラは無傷。恐らく先生も時間の問題かと…」
魔力消費が鍵を握る。
なるほどだ。
最終戦を前に消耗してしまうのは死に繋がる。
「魔力消費を抑え、万全な状態で戦った場合、先生は生存していましたが、フレヤさんは重傷を負って気絶し、私も途中で必ず命を落とします。ですので…結局、それより先に進んだことはないですから、カズヤ・ミナミダイラには勝てません。…カズヤ・ミナミダイラの強さは異質です」
フレヤさんが殺されるか重傷で意識不明か…
そんなの流石にダメだ、どうする?
そこまでして…命を懸けてまで介入すべきなの?
「今回は私が守ります!私のバリアは、あの人でも破れませんでした!」
「にゃ、私とフレヤさんは邪魔にならないように後方から支援してるにゃ!危なくなったらちゃんと逃げるにゃ!」
肝心要の私が弱気になってちゃダメだ。
戦士の心得なんてまるで知らないけど、少なくとも戦う前からビビってトンズラこくよーなヤツは戦士として論外だろう。
戦士…、あれ、戦士?
いや、魔法使いのつもりなんですけどね。
そもそもメイドか…
「ふーむ、なるほどですね…ふむふむ」
歩いたまま腕を組んでいるフレヤさん。
フレヤさんは強いな…
これから自分が大怪我を負って気絶するか、下手すると死ぬかもしれない未来が待ってるのに。
それなのに、未だ次なる一手を考えてる。
多分フレヤさんの心の中に「えーっ!?私死んじゃうの!?ヤダ、ムリ、バイバイ!」なんて考えは微塵もない。
こんなに力がある私でも持ってない、これはフレヤさんが持っている力だ。
私はフレヤさんに手を引っ張って貰わないと前にも進めない弱虫なのか。
ダメだダメだ!!
こんな臆病風をビュービュー吹かしてちゃだめだ!
私もやる気マンマンで臨まないとっ!!
「フリーデリケさん、魔力って他人に渡せたりしますか?」
「ん?そりゃ出来るよ!」
「よしよし!風向きが変わりましたね、今回はフリーデリケさんの魔力をアメリさんに譲渡するという魔力回復手段があります!」
ほほーっ!
そーなのか!
魔力って吸い取るだけじゃないんだ?
そーいやジュリエットさんから渡されたポーション。
あれも魔力回復できるやつじゃなかったっけ?
「か、回復なら…ポーション?でも…」
「それもそうですが、アメリさんは魔力が尽きる度に魔力回復ポーションを一気飲み出来ますか?結構な数を飲む必要がありますよ?」
おぉう…!
そーゆー罠が!
そんな事ばっかしてたらあっと言う間にお腹チャポチャポだ…!
「戦いの途中ですが、ポーションを飲み過ぎて花を摘みにいきたいです!」「しょうがないなー、さっさと行け!」「はーい」…アホかっ!!
うわぁ、ポーションってそーゆー弊害があるんだ…
「フリーデリケさんのチャームは効かない相手と考えると、フリーデリケさんは足止めや魔物溢れの際の殲滅をしつつ、いざという時はアメリさんに魔力譲渡をしましょう!これまでの回でアメリさん、ジュリエットさん、そして私の三人でも魔物溢れには対処出来ています。今回はナターシャちゃんとリンちゃんにも後方で協力して貰いますので、これでかなり行ける筈と踏んでいます」
「もし今回…相手方がいつも以上に本気を出して来たら…私は皆さんを巻き込んでまで…」
ジュリエットさんがそんな弱気なこと言っちゃダメだよ!
「そんなの今更ですよ!やるんですよ、私たちはやるんです!大丈夫、今この瞬間の回は間違いなく繰り返しから脱出すべき回です!」
「そーだよ!アンタが弱気になってどーすんだい!ジュリエット嬢、全力で行くよっ!!未来はジュリエット嬢、アンタが掴むんだよっ!!」
わーっ、フレヤさんもフリーデリケさんもジュリエットさんの背中をバンと叩いちゃって!
不敬罪ですぞ不敬罪っ!!
ふふ、でも頑張ろう!!
いつでも掛かってこい!!
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