127.見えない未来
とりあえずロカスリーの町の北門まで下見に来た私たち。
そこで壁に残されたバツ印、そして壁には謎の魔力の痕跡。
名探偵と名高いこの私、アメリの推理が冴え渡り、謎は全て解けた!
…という事もなく、魔法協会の刺客の名前っぽい情報に引っかかりを覚えつつ今に至る。
「ん?アメリさん、ダッシュという名前に覚えがあるのですか?」
「へっ?あ、いや…うーん…フッ、フレヤさんが知らないなら…うーん、でも…」
くそー、人の名前が思い出せない…!
なーんか引っかかるんだよなぁ!
「ははっ!アメリ嬢はフレヤ嬢といつも一緒だからさ、フレヤ嬢が知らないってんならそりゃ気のせいだよ!」
「にゃー、確かにそうにゃ」
うーーーむ。
フリーデリケさんとナターシャちゃんの言うとおりなんだよなぁ。
「いえ、私とアメリさんが離れていたシチュエーションは案外ありますよ?護衛中に何か聞いたのではないですか?オットーさんやガリウスさんの言葉を思い出して見て下さい」
「オットーさん…ガリウスさん…」
そりゃそーだ。
うーむ、結構あの二人のお喋りは散々聞いてたんだけどなぁ。
「あ、バーン・ミュールの町中でも確か先頭の馬車は兵士の方とお喋りしてましたよね?そういうイレギュラーもあります」
「あー…は、はい…」
お、そういやそーだ。
なんか雑談してたね。
――なんてったっけ?あいつの名前
――このあとウィルマール王国で仕事があるだなんだって言ってたとか噂で聞いたけど、どうすんだろうな?
「…ダッシュ・カーン!!ダッ、ダッシュ・カーン!!」
そーだ!!
バーン・ミュールでもう一人の私が目にも留まらぬ身のこなしでパッカーンしちゃったヤツ!!
兵士たちがそーいや名前をチラッと言ってたっ!!
「ジュリエットさん、そういう訳で明日の刺客はアメリさんがバーン・ミュールの門の前で一撃で殺しましたので、明日はいつもの刺客は来ません」
「あーはいはい!!もう一人のアメリ嬢の性格が出てきてパカッと頭から真っ二つにしたヤツだろ?なんでアイツの名前なんて知ってるのさ?」
「そ、そうにゃ!!名前は出てこなかったにゃ!!」
いやぁ、アイツ…雑魚じゃなかったんだ…
アブネー…準備してなけりゃあんな呆気なくて、万全で来られたら大苦戦…うーむ。
あ、何でってか?
説明しなきゃだ。
「ま、町の中に入った時…へっ、兵士たちと…オットーさんガリウスさんが…世間話してて…!次は…そうっ!つっ、次はウィルマールで…し、仕事があるって言ってたって…へ、兵士の人がう、噂…聞いたって!」
「おぉ…アメリさん、いつも何気に人の話をよーく聞いてますよね?いやー、よく思い出しました!とても偉いですよ?」
むふー!
フレヤさんに褒められちゃった!!
覚えといて良かったーっ!
「あ、あんなに苦戦したのに…先生が一撃で…!?」
「にゃ。多分不意打ちだったにゃ!ダッシュ・カーンってヤツは大勢の兵士の一番後ろに居たにゃ!でもアメリさん、その兵士たちをクルクルクルーって身軽に飛び越えたと思ったら、そのまま奪った剣で綺麗に真っ二つにゃ!」
ナイス、もう一人の私っ!
あのサイコじみたセリフも帳消しになる大活躍!
みんなパッカーンの印象が凄すぎて忘れてるよこりゃ!
「あはは!「お前は剣で斬られるのと、メイスでぶん殴られるのと、槍で刺されるのと、死ぬときはどれが良いと思う?」だもんねぇ!いつもモジモジオドオドしてるアメリ嬢が凛々しくてさ!頭がいかれてる殺人鬼みたいだったよねぇ!怖いっ!怖い怖いっ!!」
「オススメは剣って言ってたにゃ!「身体が綺麗に半分になる想像がつくか?」ってにやっと笑いながら言ってたにゃ!」
どわーっ!!
全然忘れられてなかったっ!?
くそー、もう分かったから大声で言うのは辞めてっ!!
あっ!!
リンちゃん、ナターシャちゃんの背中に隠れただと…!?
「ふふ、アメリさんの武勇伝はおいといて。さて、このままだと代役が来ると思われます。明日になるか明後日になるか」
そ、そーだよ!
こんな私のしょーもないサイコっぷりなんざ、どーだっていいっ!
明日さ、絶対別の人来るじゃん!!
「た、確かに…従来は派遣された刺客を撃破していましたが、今回はそもそも事を起こす前に全て潰されています。彼らはリンちゃんすら奪われました。フレヤさんの仰る事もあり得るかと。そうなると…今後の展開について、私には何の知識もありません…」
そりゃそーだ。
ジュリエットさんにとって今回は完全「はじめまして」なパターン。
そもそも魔法協会はさ、リンちゃんをさ、なーんで一人ぼっちで行かせたのかね?
人手不足?
いやいや、あれか…魔法協会の大人までついて行くとスルッと中に入れる可能性が下がると…
用心深いんだね、そんなのロカスリーの近くでリンちゃんを一人ぼっちにすりゃ良かったのに。
…あー、それだと目撃される可能性が捨てきれないのか。
この辺りは見晴らしがいい場所ばっかだし。
「おいこら!なんでこんな平原のど真ん中で子供を捨てた!?」ってなるに決まってる。
「不確かな憶測でこんな事をいうのもなんですが…とりあえず状況を整理させて下さい。まず急に今回の刺客が、ジュリエットさんやアメリさんの手によって三人とも実行前に殺され、魔法協会は突如として人手不足に陥った。そして代役として急遽、本当に計画が遂行できるのか限り無く不明なリンちゃんがビックスの代わりにあてがわれた。ロカスリー近辺は見晴らしがいい場所しかない。目撃者を警戒したのでしょう、森の中でリンちゃんを解放し、ロカスリーへ一人で行かせた事がかえって裏目に出ました」
フレヤさんの言葉にコクっと頷いたリンちゃん。
あ、私…リンちゃんに避けられてる…
リンちゃーん、アメリお姉ちゃんはサイコじゃないよー?
怖くない怖くない…あれはもう一人の私だから怖くないよ?
…ダメだ、もう一人の私って時点でじゅーぶん怖い。
「ビックスとダッシュ、ジュリエットさんによって殺された刺客。そして『渡りし人』として規格外の力を持つ秘蔵っ子だったリンちゃんは解除できるはずのない筈の隷属化を解除された。いずれも計画を実行する前に失敗に終わり、結果、駒を4つも失っています。…恐らく時間の問題でしょうが、ビックスとダッシュの死亡、そしてリンちゃんの保護に、アメリさんが率いる『魔女っ子旅団』が関わっていたと魔法協会が知ってしまえば…私が魔法協会の幹部であれば…最大戦力をもってして、自分達の天敵『魔女っ子旅団』を殺そうと本気になると思います」
沈黙。
最早ね、誰もフレヤさんの意見を否定できるネタを持ち合わせていない。
「ですので、恐らく次が最終決戦となり…これまでのカズヤ・ミナミダイラ戦よりも、より過酷な戦いになる事が予想されます。私だったら、自分達の障害にしかならない、見事にメンツを潰した『魔女っ子旅団』は、もうスカウトする対象ではなく、確実に…確実に皆殺しにして安心を得ようとします」
その通りだ。
多分、フリーデリケさんのチャームに洗脳されるよーな雑魚も連れてこないかもしれない。
来たとしても、初めから露払い用でしかない。
「こっ、これが…繰り返しから、抜け出す…最後の、チャンス…」
「ま、そうさね!やるっきゃないってこった!」
不安そうなフレヤさんと、不安な私の頭にポンと手を乗せて撫でた大人モードのままのフリーデリケさん。
程なくして、この町の女神信教のお爺さんがやってきた。
お爺さんが何やらよく聞き取れない詠唱魔法を唱えると、壁でウニョウニョ蠢いていた黒いモヤは消え去った。
「これはアレですな…闇魔法の中でもアレですな…ダンジョンなんかでたまに見かけるアレですな、転移の魔法の痕跡がありましたな」
ほほう、アレですか!わからん。
そ、そんなのがあるんだ!?
「そんな魔法、あたしも知らないよ!母ちゃんからも教わんなかったねぇ…ダンジョンかぁ、どーりであたしが見たこと無い訳だよ!」
「この中でダンジョン慣れした人は…居ませんもんね。若い頃にダンジョンへ行ったことがあると仰ってたイザベラさんが居れば或いは…でしたけど」
うーむ、フレヤさんの言うとおり。
我ら『魔女っ子旅団』にダンジョン慣れした人材は皆無。
ジュリエットさんだってとーぜんダンジョンなんて行ったことないでしょ。
「この件に関しての然るべき報告はこちらの方で致します。バロン司祭、それにお嬢様と『魔女っ子旅団』の皆様、ご協力ありがとうございました」
えーと、こっちの兵士はラルフさんかな?
鼻が高い!
私、何もしてないけど…!
「ほっほっほ!流石魔人族ですな、隠蔽された僅かな痕跡を一目で見破るとは!恐れ入りましたな!」
どわっ!!
このじーさん、当たり前のよーにフリーデリケさんのお尻を撫でた!
ヨボヨボなのに変態だっ!!
「あらーじーさん!嬉しいじゃないか!お礼に良いことをしてあげたいとこだけど、じーさんから精気を吸い取っちゃさ、ポックリ逝っちまうかもしんないね!」
「ほっほっほ!もう少し若ければ、ですな!己の老いをこんなに悔やんだ事はなかなかありませんぞ!ほっほっほ!」
「そー思って貰えりゃあさ、サキュバスとしてこんな光栄なことはないよ!せめてさ、胸くらい触ってきなよ!」
へぇ、サキュバス族的にはじーさんに興奮されんのは光栄な事なんだ?
種族の価値観の違いだね…
しかし「せめて胸」って…ナターシャちゃんとかリンちゃんの前でそーゆーサービスは控えてほしい。
本当にとんだスケベじじいだ。
流石にリンちゃんやナターシャちゃんが居るからか、はたまたバロン司祭と呼ばれたじーさんがヨボヨボだからか、フリーデリケさんも胸以上の過剰なサービスも無く、私たちは壁のバツ印を眺めてる。
いや、過剰か…
もう既にバロン司祭と呼ばれた変態じーさんは帰って、再び静かな夜が戻ってきた。
意外なことにリンちゃんは夜更かししなれてるのか、全然ケロッとしてる。
「これでダッシュ・カーンがどうやって奇襲していたのか、その実態が分かりましたね」
「そうですね…もしまたやり直しになったらこの夜のタイミングでバロン司祭を呼んで消して貰うことにします」
ジュリエットさん、そんな後ろ向きな事を考えるなよっ!!
…って言いたいトコだけど、ジュリエットさんにとっては切実な問題だもんね。
あんま無責任な事は言えない。
「とりあえず今夜はあたしが空から見張ってるかい?異常な強さのヤツが入ってきたら一発で分かるよ!」
「そうですね、ジュリエットさん。ここはフリーデリケさんを全面的に頼ってしまうべきです。魔法協会は恐らくこの抜け道が使えなくなっている事に気がついて、どこかしらの門から魔物溢れなどで仕掛けてくる可能性があります。普通であれば暗いうちに行動を起こすと思いますが、彼らの力を考慮すれば、町に住民たちを閉じ込め、はじめから皆殺しにしてしまうつもりで白昼堂々とやってくる可能性だって十分に考えれます」
怖い事言うなぁ、けどフレヤさんの言うとおりだ。
もはやジュリエットさんの知識は役に立たなくなってる。
もう「次はいつのどれくらいのタイミングです」がなくなった。
普通に生きる私たちには当たり前な事なんだけど、今は未来の出来事が何もわからないってのが堪らなく怖い。
「フリーデリケさん、お願い出来ますか?」
「あたしに任せなっ!今回の『魔女っ子旅団』がさ、ジュリエット嬢を必ず六日目に連れて行くよっ!!」
こーゆー時のフリーデリケさんは頼りになる。
ふふ、この暗い雰囲気がちょっと明るくなった。
私たちはしっかり休んで英気を養おう!!
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