126.下見と看破
領都ロカスリーのド真ん中、ユージーン広場に座り込んであれやこれやと議論していた私たちとジュリエットさん。
領主の娘が、よくわからんちびっ子連中と真剣に語り合う姿は流石に目立ちすぎ、屋敷からやってきた爺やによって私たちとジュリエットさんは屋敷へ連行。
凄く気まずい夕食を経て今に至る。
今、私たちはジュリエットさんの部屋にいる。
何というか…とても上品なお部屋だ。
家具から調度品、どれもちゃんと拘りを感じる。
ジュリエットさんが拘って揃えてるのだとしたら、中々良いセンスをしてる。
天蓋つきベッドかぁ、いやーこりゃ立派だね!
なんか…座るもの憚られるなぁ。
っていうか、靴のまま立ってるのも申し訳ない。
別にそんな汚くしてる訳じゃないけどね。
と、とりあえずフレヤさんの後ろに立って、フレヤさんと同じ行動を真似しよ!
一番間違いない筈だっ!
「わぁ!お嬢様のお部屋みたい!」
「にゃにゃっ!ジュリエットさんはお嬢様だから当たり前にゃ!!」
「そうだったね!わぁ、お姫様ベッド!!」
リンちゃんもナターシャちゃんもはしゃいじゃって!
貴族令嬢の部屋なんて入る機会ないもんね。
あはは、フレヤさんもちょっと興味津々な顔してる。
「立派にゃ…にゃーっ!勝手にベッドに乗っちゃダメにゃ!」
「ふふ、別に横になっても構いませんよ?」
「えへへ、ありがとう!ほら、ナーちゃんも!」
「にゃー?じゃあ…にゃにゃっ!!気持ちいいにゃ!!」
あーあー、ジュリエットさんのベッドなのに、寝そべっちゃった!
二人がじゃれあう姿、非常に尊い。
ありがたやありがたや…!
「あたしたちはさ、明日の戦いの場をまだ知らないんだけどさ、ちょーっと事前に行って確かめた方が良くないかい?」
フリーデリケさんは部屋を目の当たりにして、全然はしゃぐ様子はない。
ちょっと意外。
そして真っ当な発言だ。
ふむふむ、下見か…なんか思わぬ発見とかがあるかも。
「ジュリエットさん、確かにフリーデリケさんの言う通りです。予め予習の意味も含め、下見しておきたいです」
「わ、私も…!」
ちょっと日は沈んじゃったけど、見ておきたい!
フレヤさんの行動の真似って訳じゃないよ!
本当にそう思う!
「そうですね、予め説明しておいて立ち回りをイメージして頂くのは良いかもしれません」
「何より、思わぬ発見が期待できるかもしれませんよ?」
えー、思わぬ発見?
流石に今更それはないでしょー!
過去何回も私とフレヤさんが赴いてるんでしょ?
何かありゃさ、過去のフレヤさんが気がついてるに決まってる。
「これまでも散々現場には赴いていましたが、特に何もありませんでしたよ?」
「この回はこれまでには無かった魔人族のフリーデリケさんという要素があるんです」
おっ?
分かったぞぉ?
ズバリ、フリーデリケさんのチャームを使ってあれだ!
片っ端から情報を吐かせるんだ!
大丈夫、夜にほっつき歩くのなんて男しか居ないっ!!
夜中にほっつき歩くイコール犯罪者!
男イコール犯罪者!
あわわ…私、凄い天才かも!?
そーだよ、全員チャームで洗脳しちゃえば平気!って完璧な計画、完全犯罪できちゃうよ!!
あっ、あ…!
か、かかっ、完全犯罪…!?
フフフッ、フレヤさんっ…なんて怖い計画を…!?
「あー、魔力の痕跡とかそーゆーのも探すかい?」
えっ?あっ、そっちね!?
あーはいはい、そっちかなー?とは思ってた。
うん、そーだねそーだね、その通り!
思ってたんだけどなぁ、惜しいなぁ!
そっちだったかぁ…
「その通りです。相手は魔法のプロ集団。私は魔法には明るくありませんので詳しくは知りませんが、魔物を呼び寄せたりするに当たって、何かしらの痕跡があるかもしれません。これまでには発見出来なかった何かしらが見つかる可能性があるかもと考えています」
「確かに…これまでには無かった視点です」
「同じ闇魔法を操るフリーデリケさんから、看破の仕方など効果的なアドバイスが貰えるかもしれませんし、もしまたやり直す事になった時に役に立ちます」
とは言え夜遅くなっちゃうし、外に出られるもんかね?
「ネロ、ラルフ、本当にごめんなさいね」
「いえ、これも我々の仕事ですから」
どっちか知らんけど、屋敷にいた兵士のうちの一人が答えた。
ご令嬢であるジュリエットさんがこんな日が暮れてから町へ繰り出すとなると、流石に護衛が必要らしい。
私たちが居るし、何よりジュリエットさん自身がめちゃんこ強い。
とは言えモンフォール家からすりゃ私たち『魔女っ子旅団』は会ったばかりの傭兵。
そしてジュリエットさんがめちゃんこ強い事なんてこの回では誰一人知らない。
ま、コソコソお喋りするしかないね…
「さて、ここです。ネロ、ラルフ、私たちはここで色々と調べたい事がありますので、暫く待っていて下さいな」
「はい、承知しました」
よしっ、ピッタリくっついて回る事は無くなったな!
ま、ここは兵士の数も多いしね。
「ではまず、先生とフレヤさんに休憩して頂きたいとお願いしたポイントになります」
んーと、どれどれ?
あー確かに壁にバツ印の傷があるな。
分かったぞぉ?
これは魔法協会が剣かなんかでドカッとつけた傷!
間違いない!
なんで痕を付けたか?
うーむ、えーと………記念?
そう、記念!観光客が「旅の恥はかき捨て」と言わんばかりに、己がこの地に来たぞ!とアピールするためにやる、よーわからん迷惑行為!
ふふん、天才過ぎて怖い。
さて、私の名推理を披露してあげるとするか。
「こっ、これは…記念!まっ、まほっ…「最近つけられた類いの傷ではなさそうですね。風化度合いから察するに、多少年月が経過しているように見えます」
「そうですね。以前からある傷です」
えっ?あ、そ、そうなんだ…!
最近つけられた傷、或いはあれだ…けっこー前につけられた傷という線も確かに考えてはいたんだよ。
ふむふむ、とにかくバツ印!
見事なバツ印だなぁ…そっちの線だったかぁ。
「にゃにゃ?アメリさん、何か言いかけたにゃ!記念?」
えっ!?
ナターシャちゃん、言わなくて良いからっ!!
辞めてよ!!めっちゃ恥ずかしいんだから、今さっ!!
こらっ!リンちゃん!クスクス笑わないでっ!!
ああっ、ナターシャちゃんまで…!!
これじゃあポンコツアメリだよ!!
「な、なんでも…ないですっ…!」
「待ちなっ!!その辺り…なーんか魔力がさ…怪しいねぇ」
魔力が怪しい?
おっ!
おおっ!?
……全然分からん。
「にゃー?ただの壁にしか見えないにゃ」
「そうですね…私にも…でも確かに毎回ここ…これは…」
疑うのは良いんだけどさ、流石にみんなで壁に向かってうんうんと唸るのは目立つ!
あわわわ…
「よしよし、ジュリエット嬢はダークヴェイルは使えるかい?」
「まだまだ不発が多く、とてもではありませんが「使える」とは言い切れません」
へぇ、詠唱すりゃ発動!って訳じゃないんだね?
でも習得は、ずぶの素人より早そうだ!
「あたしが母ちゃん教わった時みたいにやってみせるからさ、ちょいとあたしの背中にしがみついてみなよ」
あ、フリーデリケさんが大きくなった。
ジュリエットさんの大きさでちびっ子モードのフリーデリケさんの背中に抱きつくのはちょっと難しそうだしな…
「はい、それでは失礼して…」
「あたしの身体を巡ってる魔力を感じるんだ。分かるかい?」
「ええ、感じます…」
ジッと目を閉じるジュリエットさん。
「これは中々貴重な光景ですよ?」
ん、フレヤさんか。
うーむ、確かに貴重な光景ではある。
大人モードのフリーデリケさんも相当な美人。
そんな美人なフリーデリケさんが真剣な表情をしてる。
フリーデリケさんの背中に抱きつくのも中々の美人なジュリエットさん。
一言で言えば眼福である。
「で、ですね…がっ、眼福です…」
「ええ、普通は…って、今…眼福って言いました?」
ギクッ!な、なぬーっ!?
そ、そっちの意味で貴重じゃないの!?
「にゃにゃにゃっ!アメリさん、本当に面白いにゃ!一貫して発想がズレてるにゃ!」
「確かに眼福ではありますが…私が言いたいのは、師弟関係による詠唱魔法の教育方法なんて、普通無関係な第三者が見れるものではありませんからねって意味での「貴重な光景」なんですよ」
ほほーっ、確かにそうかも!
こーゆーのって秘匿されがちっぽいもんね!
ふむふむー、教え方も三者三様。
誰かから詠唱魔法を教わる予定のない私とフレヤさんにとったら、こんな光景はお目にかかれるもんじゃないんだ。
しかし「ほえー、そうなんですねぇ」はダサいな…
出来る女っぽい発言じゃない。
「で、ですね…。だっ、だからこそ…が、眼福だなぁ…と」
「アメリさん、嘘つくの下手すぎにゃ!にゃはははっ!」
「あははっ、アメリさん面白い人だね」
ガーン!!
バレてる…!?
しかもナターシャちゃんとリンちゃんからゲラゲラ笑われてるっ!!
ぐぬぬぬ…人を笑わせるのは良いよ、でも笑われるのはダメだっ!!
「ふふ、ちょくちょく笑いをとりに行こうとしますよね。ふふ、なんでこんな真剣な場面で…ふふっ」
恥ずかしい…!!
そんな私たちのしょうもないやりとりなど気にせず、フリーデリケさんはひたすら同じ魔法を繰り返しては、ジュリエットさんに解説をしていた。
きっと幼かったフリーデリケさんもクラウディアさんからこうやって教わったんだね。
露払いの奴隷として捨てられ、幼いながら生きることに疲れていたフリーデリケさん。
クラウディアさんの背中に乗って、クラウディアさんにしがみつきながら、クラウディアさんの優しい声であれやこれや教わって。
きっと、魔法だとかチャームだとかの生きる術より、母親の愛を知れた事が一番大きかったんだろうね。
「よーし、それじゃあジュリエット嬢!あの怪しい壁に向かってやってみな!」
「はいっ!」
ジュリエットさんの背中をバシッと叩くフリーデリケさん。
ジュリエットさんは手応えを得たような、自信に満ちた表情。
そしてバツ印のあるお目当ての壁の前に立った。
「光の深淵、虚無の仮面、暴かれし真実の影、ダークヴェイル」
どうだ?
おっ!!
黒い玉がジュリエットさんの周りを!
成功じゃん!!
「出来ましたっ!!」
「下地があるから飲み込みが早いよ!でもそれより見てみなよ!」
そうだった!!
魔法習得がゴールじゃなかった。
壁はどうなった!?
「これは…!?この辺りだけ壁に黒いモヤのようなものが…」
「やっぱりだよ!この辺だけ感覚なんだけどさ、なーんか違和感があるんだよ!」
「フリーデリケさん、これはどう対処すればいいですか?」
看破までは出来た。
よしっ、次の魔法の出番だよっ!!
「えっ?あたし?知らないよ!」
「えっ…!?」
「えっ?「えっ」て言われてもねぇ!」
えーっ!?
なななっ、なんだってーっ!?
見つけただけっ…!?
「ははは…とりあえず報告を挙げるしかないですね」
そう言いつつ肩を竦めるフレヤさん。
ジュリエットさんの護衛として来た兵士のうち、ネロと呼んだ方の兵士に事の成り行きを説明。
兵士のネロは魔法に詳しい者を呼んでくると言って、町の中へと消えていった。
とーぜん暴かれた黒いモヤの辺りは立ち入り禁止で兵士が立つことに。
背後の壁で蠢く禍々しい何か。
立って見張っている兵士たちも気が気じゃない様子だ。
「いつもですね、あの辺りから刺客の男が現れているんです。先生があそこに座っていると、一番効率的に応戦できると言いますか…言ってしまうと先生が張り切ってしまうので、多くは語れなかったと言いますか…」
ううう…情けない先生でごめんよ…
しかしなんであんな得体の知れない場所で休憩しろと言われたのか、フレヤさんがジュリエットさんに問い詰めた結果、ジュリエットさんの口から出てきた理由がこれ。
「そうでしたか…アメリさんならさもありなんですね」
ぐぬぬぬ…私だってそう思う…
やっぱフレヤさんからじっとりした視線を浴びるのは堪える。
私はもう張り切らないと思う。
「ちなみに刺客の名前とかは分かんないのかい?」
お、フリーデリケさんの言うとおりだ。
まぁ知り合いって事はまず有り得ないだろうけど…
「残念ながら所持品の中に身元を示すような物がなく…」
ですよねー。
先にやっつけちゃってたビックス・ミラーとかいうヤツがなぜか書類も持ったままだっただけでさ、普通は身元を証明するサムシングは無いのがデフォルトなんだろーさ。
「にゃー、ビックス・ミラーみたいに何か持ってた訳じゃないにゃ」
「はは、まぁ知ったところで魔法協会に知人が居るわけではありませんから、参考にはなりませんよ」
フレヤさんの言うとおりです。
「ビックス・ミラー…」
「にゃ?リンちゃん、ビックス・ミラーって知り合いにゃ?」
お、そっか!
リンちゃんはつい先日まで一応魔法協会所属!
…とは言え子供だもんな…何かに関わってたとは到底思えぬ。
「あの森に連れて行かれる途中ね、魔法協会のオジサン二人が喋ってたの。「ビックスだけじゃなくダッシュとも連絡がつかない」とか言ってたよ」
うわっ、リンちゃんが子供だからって油断してお喋りしてたのか。
どこの世界にもアホは居るもんだ。
「ビックスは今日騒ぎを起こす予定だった本来の刺客、そして護衛中だった私達にやられてしまい、代役としてリンちゃんがあてがわれたと…ダッシュと言うのはひょっとすると明日の刺客の名前でしょうか」
「まぁ襲ってきたヤツの名前を知らないんだもんねぇ。ダッシュって聞いたとこで確証はないけどさ、まぁ間違い無く!じゃないかい?」
「しかし「連絡がつかない」というだけでは、やられているのか、そもそも毎回そういう「連絡がつかない」流れで、計画に問題がないのかは判断つきませんね」
「ま、フレヤ嬢の言うとおりだね!とりあえず明日はそのダッシュとかいう輩が来るってつもりで居た方がいいさね」
うーむ、ダッシュ?
なんかどっかで…
いやいや、フレヤさんが知らないんじゃ私が知るわけがない。
フレヤさんの言うことこそが全てなのだ。
でもダッシュ、ダッシュ、ダッシュ、ダッシュ…んー…?
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