112.一触即発
嘗て故郷であるフロストヴェイル王国の最果ての町フィニスで『霊絶の凍原』の案内人を生業にしていたガリウスさん。
ガリウスさんは若かりし頃、腕利きの案内人としてプロ集団のような探検隊の案内人に抜擢され、案内人を引き受けた。
『霊絶の凍原』に足を踏み入れたくない理由が明かされつつ今に至る。
ガリウスさんは両手の指を絡ませながらジッと自分の手元を見ている。
「…メタルゴーレムは全部蹴散らした。古代のスクロールは全部灰になったが…とりあえず危機は回避した。しかしブリザードは益々酷くなっていった。ドワーフの血が流れてる俺ですら凍死しそうな…味わったことのねえ猛烈な寒さだ。怪我を治そうと、体温を維持しようとして身体はドンドン力をそっちに回す、寒さってのは想像以上に体力をドンドン奪う。あちこち骨が折れててフィニスに帰る事も出来ねえ俺は…日を追う毎に飢えて飢えて…我慢して…飢えて…俺のことを兄貴兄貴と慕ってくれた舎弟の肉を…俺は…飢えて…ついに…」
俯いたままのその目から零れ落ちた涙が、ガリウスさんの手を濡らす。
「口に運ぶ度によ…俺の心の中は罪悪感と…悲しみとが押し寄せて…「こんな事をしてまで生きようとするのは辞めよう」とな…何度も何度も思った…けど、身体は「生きよう、生きよう」ってな…つい手が伸びちまう…俺は……俺は…大切な舎弟の…肉を喰らった化けモンだ…」
大切な仲間の肉を食べないと自分も死んでしまう極限の状況。
二人揃って死ぬくらいならその舎弟さんだって…なんて気休めは言えない。
ガリウスさんにとっては二度と近寄りたくない場所なんだ。
ほんの僅かの時間立ったけど、ガリウスさんは目を閉じて息を整え、再び口を開いた。
その間、私たちはジッと押し黙っていた。
フレヤさんもナターシャちゃんも言葉が見つからなかったんだろう。
「…やがてブリザードは収まった。俺はあちこち身体が悲鳴を上げるなか、這い蹲るようにしてフィニスを目指した。朦朧とする意識の中、もうダメだと思って倒れた。…気がつけば俺は見慣れた実家の寝床で寝かされてた。どうやら俺はマークメルス大亀裂の側で倒れてたらしい、捜索にきた仲間達に発見されて俺は生き延びた」
「そ、そんな状況で…よく歩くことが出来ましたね…」
「にゃ、本当にゃ…」
ちょっと私も俄かに信じがたい。
腕も足も折れた人が足元が悪い中、良いところまで歩いていける訳がない。
とは言え目の前には体験者本人が居る。
と言うことはこれは嘘じゃないって事だ。
うーむ…
「朦朧としてたから分からねえ…俺は極限状態で都合のいい幻を見てただけだと思って誰にも言わなかった事がある。ちなみにこれから話す内容はフィニスの案内人の中でも見たことも聞いたこともねえ話だ」
「はい」
「ドワーフともハーフリングとも…勿論ノームだとかな、兎に角そんなものとはまるで違う…人間の…そうだ、人間の子供が…倒れた俺の側まで歩いてきた…そんな記憶がある」
えー?
人間の子供!?
いやいや、それは幻でしょう!
馬鹿言っちゃ…
人間の…
…人間の子供?
人間の…人間の子供っ!?
「んにゃっ!!」
「あっ!!」
「あ、あ、あのっ!そそ、それは…!!」
「学者連中が言うには、古代ワービット族は俺らみてえな小柄な種族だったと言われてる。壁画だ文献だのを紐解くとな、そうらしいと聞く。ひょっとするとな…『霊絶の凍原』の果てには…まだ古代ワービットの生き残りが居るんじゃねえかと俺は思ってる。でもこれは誰にも言うな、重傷で朦朧としてたヤツが気を失う直前に見た信憑性の低い話だ。こんな妄言信じるヤツはまず居ねえ」
嘘…!?
そんな極限な死の大地で平然とウロウロ出来る存在…
そんなの確かにワービットの生き残りって可能性が高い!!
「お前さん達の内緒話が聞こえてきた時、俺のその疑念は確信に変わった。衝撃だった…あれは偶然だとか火事場の馬鹿力なんかじゃねえ。間違いなく俺は古代ワービットの生き残りに助けられた。アメリ、お前さんの仲間は『霊絶の凍原』の果て…フィニスの案内人も踏み込んだことのねえ最果ての向こうでまだ生き長らえている可能性がある」
頭の整理が追い付かない。
生きてる人が居るんだ…私と同じワービット族がまだ生きてるんだ!!
ガリウスさんが懐から手紙を出した。
フレヤさんが手紙を受け取る。
「フィニスで案内人をしてる俺の兄貴への紹介状だ。俺と同じくらい腕利きの案内人だった男だ…あれからもう20年経っている。きっと今の俺よりも凄い案内人になってるだろうよ」
「ありがとうございます。その折りには必ずお兄様に頼らせて頂きます」
ふと顔を上げたガリウスさんの表情は少し晴れていた。
「いつか『フレヤの冒険譚』が世に出回る日を楽しみにしているぞ。もし、少しばかり余裕があるようだったら、メタルゴーレムの墓場でよ…今もガタガタ凍えてる俺の舎弟の死体を拾ってやってくれ」
「かっ、必ず!!必ず…しゃ、舎弟さんを…連れて帰ります…!!」
「ありがとうな、本当に…ありがとうな」
よし、絶対私たちが連れて帰ってみせる。
ガリウスさんがいつか、心置きなく故郷に帰れるよう、私たちが『霊絶の凍原』を制覇してみせる。
翌朝、ついに最後の州となるマクヌル州入り。
いつも通りオットーさんが賄賂を渡してクレア門は素通り。
順調に進めばバーン・ミュールとかいう州都には昼くらいには着くらしい。
最後まで気は抜けないっ!
出来る傭兵なこの私。
神経を研ぎ澄ませてあっちこっちキョロキョロ警戒。
さあ魔物でも盗賊でも掛かってこい!
「さ、バーン・ミュールが見えて来たぞー?」
「でっ、デカいですね…!」
うわー、バーン・ミュールはデカい!!
って訳でさ、珍しく魔物一匹すら出なかったよね。
とても有り難いんだよ?
有り難いことなんだけどさ…最後の最後くらいド派手にビシッと決めたかったよね。
ま、まぁここまでの貢献度を考えればじゅーーーぶんだよ?
でも今日の私はこれじゃあ穀潰しだ。
「隣のサンズマル州と一緒になってさ、ウィルマール王国に侵略戦争ふっかけようと思うくらいには潤ってるみたいだよー?うちの麻薬を転売してるって噂もあるけどさ、ゴルディア鉱山って金鉱山と、アルカナ鉱山っつー魔法金属がザクザク出てくる鉱山みたいな富を生み出す鉱山があるから儲かって儲かって仕方ないんだよ、これが」
ふーん、オットーさんの話が本当なら、割とマトモに稼いでいる州なんだね。
「そう言えばアメリ達の次の依頼はウィルマール王国の子爵家の倅に稽古を付けてやるって依頼だったよな」
「あ、はい…モッ、モンフォール子爵…とフレヤさんが、いっ、言ってました」
そう。
ちゃーんと昨日の晩におさらいしてたんだよ。
っていうか倅とは言えど貴族相手に家名を間違えるなんてマズい気がする。
だから私も譫言のように「モンフォール子爵」「モンフォール子爵」とブツブツ呟いて頭に叩き込んだんだ。
「その子爵様の倅もさ、アメリちゃんとフリーデリケの姐さんからあれこれ学んで、そんで付け焼き刃で戦争に行くってんだろ?」
「倅の歳によるだろうが、まぁそうだろうな」
「まだ若かろうに、可哀想だよな。そんなの死んじまうだろうよ。マクヌルもサンズマルもさ、わざわざお隣の国を狙うよりも、連邦が崩壊してから一気にテラノバで覇権を!ってなんないもんかねぇ」
ま、そーだよね。
何も他国に喧嘩ふっかけなくても身内に呆気なく陥落しそうな州がワラワラあるよね。
「馬鹿言え、ここまでの道中で侵略してまで欲しくなるような州があったか?」
「…無いね!金くれてもいらないよ!」
「俺もだ。こんな腐った国、これっぽっちもいらん」
はは、物凄い「ごもっとも」だ。
しっかしひと月かぁ。
しょーじき、ひと月みっちり鍛えて本当に意味あるのかな…
貴族の倅…どう考えても…いやいや、あまりネガティブな事は考えないでおこう。
間近で見る州都バーン・ミュールはニーセンに引けを取らない大都市!
「さすが州都、すっげー!」ってよりは、寧ろ州都ではないらしいニーセンが逆にすげーって思わされる。
こっちは儲かっている州の都だよ?
あっちはユルシュルとクラウディアさんって二人の魔人族が勝手に牛耳っている町でしかない。
そんな町が儲かっている州の州都と並ぶなんて…
「よーし、最後の「差し入れ」だなー」
ふむふむ、ここで荷を降ろせば後ろ暗い品物はオシマイ。
なるほどね、帰りは賄賂なんざいらないんだ。
「どうだった?良かったろー?」なんて言って通行料を払っちゃえば良いだけの話だ。
おっと、順番が来た。
「よし、次!!」
「はい!あっしらシャディシリング商会で御座います!馬車はこれを含めて五台です!」
オットーさんのいつもの台詞。
寸分違わぬ鉄板の対応だ。
「交易計画書、物品目録、もし積み荷が高価な物であれば組合証書と輸送許可証、それと貴重品輸送計画書を提出しろ」
こ、こっ、交易…んんっ?
なんて?なんだなんだ?
ガリウスさんと目があった。
ありゃ、ガリウスさん肩を竦めた。
「いやあの旦那、あっしらシャディシリング商会でしてね?あ、これですね?つまらねえもんですが…」
なんだ、随分慌てん坊な門番だなぁ。
賄賂をもらう側がこんなガツガツしてるとガメツい。
うむうむ、受け取ったな?
よーし、じゃあいつも通り…
「待て、早く各種書類を出して貰おうか」
って、おーーいっ!!
あんた今、賄賂を受け取ったろ!!
それ本当につまらないもんって訳じゃないよ!!
他の兵士のひとーっ!こいつ素人だよ!!
ありゃ、苦い顔してるな…なんだなんだ?
「いやー、えっ?何があったんです?いつもならねぇ…?」
「マクヌル州、州候であらせられるヴァルデン家からの指示だ。もしこれらが提示出来ない、もしくは禁輸品を含む積み荷がある場合は接収せよと」
はぁっ!?
値切り交渉なんて次元を逸脱してる。
こやつら、まさかのタダで総取りするつもりだ。
もはや盗っ人の所業である。
「そんな!これはそのヴァルデン家に頼まれてですね、売るためにナグ州から持ってきた品物ですぜ!?それを接収だなんてあんまりじゃねえですか!!」
「おーい、オットー!どうしたー?」
ああ、フリードリヒさんとエリックさんだ。
オットーさんじゃ埒があかなそうだもんね。
「そ、それが諸々の書類を出せってのと、禁輸品が積み荷にあるなら接収するだとか…」
「今ここで引き返す場合は然るべき対応を取っても良いと許可が出ていてな?そう、今こちらには魔法協会からの用心棒も来ているのだがな、大人しく積み荷を明け渡せば穏便に済まるのも吝かではない」
なっ!!
ななっ!?
なぬなぬなぬっ!?なぬーーーっ!?
これ、盗っ人の所業どころじゃないでしょ!!
おいおい嘘でしょ、脅迫してきたよ!!
商人を脅して接収してネコババしよっての!?
なんというドケチ!!
スーパーセコセコ…えーと、バーカ!!!
ゆ、許せぬ!!
バーカバーカ!!うんこ!!バカ!!
ドケチの…えーと、バーカッ!!
うわっ!!うわうわっ!!
よ、よく見たら大勢の兵士に囲まれてる!!
抜剣してる!!
抜剣罪!!フレヤさんも捕まったでお馴染みの抜剣罪ですぞ!?
あ、それはナグ州だけかな…?
しかも兵士なら抜剣してもオッケーに決まってるか…
「ふぅ…些か急な話ですな。ここに来るまでの諸侯もやたらと強気な価格交渉を持ち掛けてくるとは思いましたが…残念ながらこの積み荷をタダで渡すわけにはいかんのですよ。この積み荷はたとえ禁輸品だろうと、我がナグ州の偉大なユルシュル様、クラウディア様が編み出し、そしてナグ州の庶民たちが汗水垂らしてこさえた大変価値のある物でしてね…」
「誰が余計な能弁を垂れろと言った?」
「フリードリヒさんっ!?」
なっ!!
フリードリヒさんが腹をレイピアで刺された。
護衛対象の怪我…そんなんじゃない。
こんな横暴、もう許せない。
魔法協会?
上等だよこの馬鹿!
早く魔法野郎を連れてこい、こちとら荒事なら得意中の得意なんだよ!!
話が早い、さっさとボコボコしてやるよバーカ!!
バーカバーカ!!
あれだ…バーカ!!!
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