100.打合せ
ナグ州最後の町、クラーシャに着いた私たち。
これから『ブラッドレイヴン』の件も含む会議をするという事でガリウスさん案内のもと、事務所みたいな大きな建物へ向かいつつ今に至る。
「連れてきたぞ」
「よし、揃ったな。『魔女っ子旅団』のみんなも適当に座ってくれ」
会議室かな。
中に居たのはエリックさんとベネディクトさん。
それとケットシー族の猫ちゃんことナターシャちゃん。
ナターシャちゃん、えぐえぐ泣いてる。
あらら、大丈夫かな…
「それでは失礼して…さ、座りましょう?」
おっとっと、ナターシャちゃんの事をジッと見ちゃってた。
まだ本当にナターシャちゃんが被害者と確定したわけじゃないね。
とりあえずフレヤさんの言うとおり、今は座ろ座ろ。
「到着時にガリウスから話は聞いた。そして商会の事務仕事を手伝わせるという口実でナターシャを連れてきて話を聞いた」
そう言ってチラリとナターシャちゃんに視線を送ったエリックさん。
ニコニコ張り付けたような笑みを浮かべるベネディクトさんが口を開く。
「どうやら積み荷の中からクスリをくすねてこいと予め命令されていたようですね。他の傭兵たちの様子を窺いつつ、裸になって野良猫のふりでもして盗んでこい、と」
「ごべんなざいにゃ!!ごっ、ごべんなざいにゃ!!」
胸が締め付けられる思いだ。
バレればサポーターとしての人生が終わるどころか、こんなイカレた国、秘密裏に殺される事だって有り得そう。
でも断れば有ること無いこと吹聴され、結局サポーターとしての人生が終わる。
ナターシャちゃんは精神的に追い詰められていたんだ。
フレヤさん、パッと立ち上がって椅子をひっくり返した。
と思ったら、両手で顔を覆って泣きじゃくってるナターシャちゃんを抱きしめた。
特にびっくりしなかった。
なんか部屋に入る前からやるせないような顔をしてたもんね。
「もう大丈夫!怖かったね、辛かったね、でも…も、もう大丈夫…!」
そんなフレヤさんの必死な様子。
驚きつつもフレヤさんにしがみついて益々泣きじゃくるナターシャちゃんの様子。
言葉が出なかった。
私もフリーデリケさんも目に涙をため、黙って見ている事しか出来なかった。
フレヤさんは泣きじゃくってるナターシャちゃんに、きっとあの頃の自分を重ねていたんだ。
無知で非力で、ロクでもないヤツらから脅され、でも夢のため、そして自分の夢を応援してくれているみんなが居て、辞めることも出来ず。
あの日、暗い森の中で裸にされて泣きながら火の番をしていた自分とナターシャちゃんが重なっているんだ。
そんな震えながらどうしたら良いのか分からない自分を、立派なサポーターになった自分が助けに来た。
涙が止まらなくなった。
悔しい。
堪らなく悔しい。
どうしてこんなに健気な子を…平気で虐げられるの?
そんな事して何の意味があるの?
心に深い傷を与えて何の得があるの?
悔しいよ、悲しくて辛くて…悔しい。
「ナターシャ、そしてフレヤ嬢。女神様は必ずや子らの行いを見ていらっしゃいます。安心しなさい、私たち神の使いが女神様の御名において、愚か者どもに神罰を下すのです。女神様の御心に従い、汝らの苦しみを終わらせることを誓います。これが神の御意志であり、我らが使命なのです。女神様の光が、汝らの心を照らし、安らぎをもたらすでしょう」
ベネディクトさんだ。
貼り付けたような笑みが、今はなんだか頼もしい。
思わず縋りたくなるような…宗教に傾倒する人たちの気持ち、客観的に見てたからこそ分かった気がした。
「ベネディクトの言うとおり。あとは女神信教の敬虔なる僕である我々に任せろ。平然とのさばる盗賊もどきに怯え震えるのは今、この時が最後だ。お前たちに成り代わり、この私が愚か者どもに鉄槌を下してやる。女神様が見守るこの世界に止まない雨も、明けない夜もない。女神様の御名において、正義を執行するのだ」
エリックさんも然り。
この人たちは根っからの聖職者だって感じた。
ベネディクトさんもエリックさんも、まるで暗闇に差し込んだ一筋の光に見える。
盗賊を殺すのに都合が良いから専属護衛をやってるなんて聞いたけど、この人たちもまた、嘗て盗賊たちに故郷も家族も滅茶苦茶にされた時、こんな風に救いの手を差し伸べられたのかな。
世の中の害になっている訳じゃないし、まあ良いのかな?
フレヤさんもナターシャちゃんもしゃくりあげながらベネディクトさんとエリックさんを見つめてる。
ついさっきまで私も同じような呆けた顔で見てたのかな?
フレヤさんとナターシャちゃんが落ち着いてから、改めて話し合いが始まった。
「でさ、具体的にどーやって『ブラッドレイヴン』の悪事を暴くのさ?この護衛が始まってから今のところ別になーんも悪事働いてないよ?」
うむー、フリーデリケさんの言うとおり。
そーゆー話をナターシャちゃんに言ったってだけで、シャディシリング商会をはじめ、まだどこにもなーんの被害もない。
話が逸れるのは分かっている。
分かっているし不謹慎だって理解している。
でも敢えて言わせてもらおう。
スンスンとしゃくりあげてフレヤさんとぴったり並んで座るナターシャちゃん、きゃわゆ過ぎる。
一体にゃんですかっ…このきゃわゆさ天元突破した猫ちゃんは!
私のフレヤさんにビターっとしがみついているけど許せちゃう。
はわぁ…眼福過ぎて昇天しそう。
さて、思考を戻そうね…
「あれだ、ヤツらに直接盗ませるシチュエーションを作りゃいい」
「ガリウスの言うとおり。積み荷の中に太客向けの新作のクスリがあると耳にしたとナターシャからヤツらにリークさせる。そんな新作があるからこそ、今回の護衛旅はナグ州を出てから大変そうだと漏らしてたと。しかしナターシャは俺たちや商会から気に入られ、殆どそばに居ない。フリーデリケ嬢が男の相手で見張りにスキが生まれる夕食後、この町は商会のお膝元でしかもここは商会の事務所だ。商会も『アイアン・シールズ』も油断している。アメリ嬢とフレヤ嬢はロセ・クイーンスパイダー討伐の件について州候の身内から「是非に」と声が掛かった」
エリックさんの計画で案外なんとでもなりそうではある。
確かにこのクラーシャの町に来てから商会の面々も気が抜けてる感は感じた。
「ちなみに『ブラッドレイヴン』が積み荷に手を出さなかったら…」
フレヤさんの言うとおり。
「ナターシャが居ねえならどうしようもねえ」くらい慎重な感じだったら身も蓋もない。
事実、それくらい慎重なヤツらだからこそ、こうして傭兵を続けられているのだろう。
「それならあたしが手っ取り早くチャームで盗ませちゃうかね!」
「チャームで操ったのがバレたら立場が悪くなるのはフリーデリケさんですよ」
「そ、そうかい?じゃああれだよ…有無をいわさず裁いちゃってさ?」
「いくらなんでも強引過ぎます!なんか後味が悪いです…!」
フレヤさんの言うとおり過ぎる。
それで話が済むなら初めから小難しい相談なんていらん。
「そうだな…しかし一つ案が浮かんだ」
ん?エリックさん、どんな案だ?
エリックさんが語った案はこうだ。
『ブラッドレイヴン』がすぐに行動を起こさない慎重派だったのなら、ナターシャちゃんとフリーデリケさんを有効活用するとのこと。
「太客向けに新作のクスリや稀少な魔物素材が積み荷に混ざっているらしい」と小耳に挟んだとナターシャちゃんから偽情報を『ブラッドレイヴン』に流す。
そしてフリーデリケさんは優先して『ブラッドレイヴン』の相手をする機会を作る。
んで、フリーデリケさんが「アイツが抜け駆けしてお宝を盗み出す計画を練ってる」「ナターシャにバレるように適当な物を盗ませ、そのドサクサで拝借するらしいよ」とほんの僅かなチャームを駆使ししつつ、一人一人に適当なメンバーの名前を出して伝える。
その場では「馬鹿なことを言うな」と一蹴されるだろうけど『ブラッドレイヴン』はメンバー同士で疑心暗鬼になる。
後はフリーデリケさんが『ブラッドレイヴン』のメンバーに成りすまして適当に不審な行動を取って疑心暗鬼を加速させる。
ナターシャちゃんからも「誰それの行動が商会から不審がられているようだ、組合に報告されては傭兵活動に支障をきたす。流石にあなたから自重するよう注意してください」と個別に報告を挙げる。
アイツが抜け駆けする。
アイツが抜け駆けする。
疑心暗鬼は益々肥大化する。
フリーデリケさんからも枕元で「アイツはどうやら警戒されている」「商会も『アイアン・シールズ』もアイツを警戒している」と適当な情報を流す。
自分には警戒の目は向けられていない。
このままじゃ『ブラッドレイヴン』は崩壊する。
この泥船から早々に降りなければ自分も「依頼主から不信感を抱かれる傭兵パーティーの一味」のレッテルを張られて巻き添えを喰らう。
そして指し示したかの如く見張りの手が薄くなる瞬間が生まれる。
その時、内輪揉めで争いあうのか。
それとも我先にとお宝を盗んでトンズラをこくか。
と、いう計画らしい。
少なくとも積み荷に手を出さずとも、ナターシャちゃんやフレヤさんに八つ当たりくらいはするだろう。
最悪その点を突いて糾弾するのも悪くないとのこと。
事と次第によっちゃ温い感じにはなるけど、まぁ少なくともパーティーは解散になるね。
とりあえず…それ以上の妙案は浮かばない。
そして私達『魔女っ子旅団』への依頼について。
『ブラッドレイヴン』とは関係なく元々頼もうと思っていたらしく、どーやら明日以降立ち寄る太客とのやり取りの場に私とフリーデリケさんが立ち会って欲しいとの事。
髪色こそ違えど、その見た目からクイーンスパイダーであるとモロバレな私がぽやーんと突っ立ってるだけで効果絶大!らしい。
…本当か?
普通に側仕えのメイドが居るだけにしか見えないか?
「そ、そんな…意味ありますか…?」
「商会の客はどいつも他の国で言えば貴族だ。アメリ、お前は取引相手の隣にロセ・クイーンスパイダーより強いヤツが立ってたら、何か出し抜いてやろうだとか、悪さしてやろうと思えるか?俺は思えない」
「た、確かに…」
うーむ、ガリウスさんの言うとおりかも。
ロセ・クイーンスパイダーともう一度戦えって言われてもごめん蒙りたい。
魔物は露骨に敵意を向けてくるし、普通に戦闘になる。
ある意味、とーっても分かりやすい。
しかしそこに居るのは魔物ではないちびっ子の私。
私みたいに何考えてるのか良く分かんないヤツにジッと見られてたら怖いし、居心地悪いかも。
「ははは!あたしは大きくなって見守ってるからさ、アメリ嬢はムスッとしながら取引を眺めてなよ!」
「ガリウスさんの言うとおりですね。その手の相手は時勢に敏感で、とても精通していますので、アメリさんを一目見れば「これは間違いなくクイーンスレイヤー本人だ」とピンと来ると思いますよ」
うーむ、まぁフリーデリケさんもフレヤさんもそう言うし…
ま、突っ立ってるだけで役に立つならいっか。
フレヤさんとナターシャちゃんについては商隊の事務処理を手伝って欲しいみたい。
そんなシャディシリング商会の事務を手伝うなんて、秘密的な面で本当に良いの?と思ったけど、誰も異論を唱えないあたり、割と普通の事みたいだ。
サポーターが事務処理に専念する事で商隊のみんながもっと別のことに専念出来るからかな。
まー、サポーターも傭兵だし、依頼主の守秘義務は絶対守るだろうからね。
っていうか普通にサポーター限定で事務処理の手伝う依頼とかも普通に来てるみたい。
全然知らんかった…
兎に角!
『ブラッドレイヴン』包囲網がはじまる!
絶対にぎゃふんと言わせてやるぞ!!
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