地下9階 氷の姫
ふっと・・・意識が浮上して目が覚めた。
時間を確認すると、朝の4時13分。
昨日は何時ごろにボスを倒したのか確認していなかったため、今の自分が睡眠を十分に取れているのかわからない。
結局食事をとらずに寝てしまったので、空腹を感じるが、手持ちでは最後の食事だ。
なるべく遅い時間に食べて移動の時に空腹を感じないようにしたい。
僕はもう一度目を閉じて膝に頭をつけた。
次に目を開けた時には、木下も唸りながら起きたようで時間を確認すると7時54分だった。
「・・・腹減った」
「起き上がれるか? 昨日のダメージは大丈夫か?」
「・・・まだちょっときつい。ボスが自爆ってマジでやめてほしい」
本当に。
マザーボムでもあんなえげつない自爆はしなかったはずだ。
「今はどんな感じ? 動けたりは?」
「普通の動きもいつもの速度は出せない。何だか、全ての力が回復にまわってる。今この状態でスキル解除はしたくないな」
「・・・まあ、あの自爆食らって無傷はありえないか。もしかしてスキル解除したら血まみれとか?」
「あー、可能性はある。こんなにダメージ食らったのは初めてだし」
「じっくり回復してから移動しよう」
「俺としては日和子を救出したいんだが」
「血まみれで彼女を抱きたくないだろ。如月さんが心配するぞ」
「・・・そうだな・・・」
ここまで来た。
来たからには必ず助けないと意味がない。
それから僕らは、残っていた携帯食と水をとって、しっかり回復してから地下9階へ下りた。
ただ・・・階段の途中から下の階が見えたので2人で覗くと・・・
「牛頭と馬頭か・・・」
「筋肉化け物じゃないか。しかも刺又って言うやつか? めっちゃ棘あるし変なオーラ出てるし・・・食らったら死ぬだろ」
「ここから熱探知で如月さんの居場所を探れないか?」
「・・・やってみる」
陽炎とは違って精度は低いらしいが、如月さんが氷のスキルで壁でも作っていれば分かるはずだ。
じっと動かずにスキルに集中する木下。
僕も彼の集中が途切れるようなことはせずに、じっと立って待つ。
数分が経って、木下の身体がピクッと動いた。
何かに反応した。
木下はまだ確信に至っていないのか、まだ動かずに集中している。
・・・もどかしい。
「何かあったか?」と聞きたい。
腕を組んでその言葉が口から漏れるのを堪える。
「いた・・・」
そう言って、木下がようやく動いた。
「場所は? ここからどのくらい離れてる?」
「そこまで遠くはない。通路の裂け目? なんか割れ目みたいな場所に入って壁を作っている。罠はないから走っていけるはずだ」
「そうか・・・なら問題は」
僕は下を見て、荒々しく唸っている牛頭と馬頭を見た。
「あいつらだけか」
今の木下のコンディションでは直接戦うのは無理だろう。
あいつらは生きているようだし、火鼠の巣と同じように木下を背負って進むことがベストだ。
ただし、一つだけ問題が発生していた。
「踏めそうか?」
下りてくる途中で、バキッという音と共に右足の固定していたパーツが壊れたみたいで足首が言うことを聞かない。
「加重を使うことに関しては問題はなさそう。だけど移動が難しいな」
この場所まで来るのにも、壁に手をついて足首を捻らないように注意しながら下りてきている。
捻るといっても装備が邪魔をして酷いことにはならないだろうが、満足には走れないだろう。
「木下の付与有りで身体強化使って踏むしかないか」
「後ろからこられても迷惑だしな。確実に倒してから行こうぜ」
確かに倒して進む方がリスクは少ない。
後ろから物を投げられる方が怖い。
階段をなるべく下りて、これ以上下りると相手に見つかると言うところで僕は木下を背負った。
「・・・」
「・・・」
お互いの状況からこれしか方法がないため、お互いに無言だ。
言い合う気力がないという事もあるだろう。
僕はそれからさらに3段ほど階段を下りてスキルを使った。
ガクリと木下の身体が抵抗を失う。
「何か来た」
「初めての匂いだ」
喋るタイプか!
5階ボスだった武者よりも流暢に喋っている。
僕は急いで階段を下りて、2体に向かって走った。
「おお、こっちに来るぞ」
「何やら危険な感じがする・・・ぐっ!?」
牛頭が力を失いその場に倒れ、続いて馬頭が膝をついて横向きに倒れた。
急いで踏み殺そう。
他にもモンスターがいて、共闘されると厄介だ。
先に倒れた牛頭の首に乗って両足で踏んだ。
「・・・嘘だろ」
牛頭の首の筋肉が、僕の右足の重量に耐えていた。
ありえない・・・。
灼熱ダンジョンに入って、加重を切ったのは一回だけ。
例えブラックドラゴンがこの場にいたとしても、踏めさえすれば確実に倒す自信はある。
それだけの重量になっているはずだ!
「踏み抜けない!」
まるで分厚いゴムタイヤの上に乗っているようだ。
牛頭の血走った目が僕を睨んでいる。
今の状況がかなり屈辱なのだろう。
だが、僕としても予想外の状況になった。
首がダメだという事で頭や腕、脚に移動してみたが、全く砕ける気配がない。
「防御力アップスキルか耐久力アップスキルで耐えているのか?」
にしても非常識な防御力だ。
こんなやつら、確実にダメージを与えれるスキルじゃないと、物理攻撃の前衛なんか手も足も出ない相手だ。
手足が無理なら目潰しだけでも・・・と思っても、潰せる武器がない。
いくら木下の付与と身体強化で超人クラスの力を持っていても、今の牛頭の防御を貫いて目を潰すことは出来ないだろう。
「木下・・・走るから案内を頼む」
僕の目の前に火の矢印が現れた。
どうやらこれの指し示す方に進めばいいらしい。
焦らず右足を確認しながら扉に近づき、外を覗いた。
・・・他にモンスターは居ない。
僕はもう一度牛頭馬頭を見る。
2体とも血走った目で僕を睨んでいる。
・・・追いかけてくるな・・・。
「木下、如月さんの氷の壁が見えたらスキルを切るから・・・急いで溶かせよ」
いうことを聞かない右足に力を込める。
「行くぞ!」
「愚かで矮小な小人が!」
「脆弱なその身を叩き潰してくれる!」
背後から怒声が響き、激しい足音が追いかけてくる。
「何処だ! 何処に如月さんはいる!?」
目の前に分かれ道。
木下が指す左の道へ入ると、その先に赤い岩肌に似つかわしくない、透明な壁が一部存在していた。
「あれか! 頼むぞ!」
「任せろ! すぐに呼ぶからな!」
僕の背中から木下が飛び降りて透明な壁に向かった。
僕の役目は・・・
「小人! 何処にいる!」
「いたな! 逃さんぞ!」
こいつらを留めておくことだ。
鼻息荒く姿を見せた2体だったが、僕と一定の距離をとったまま歯軋りをし始めた。
「牛頭の・・・こやつは妙な術を使ったな」
「確かに使った。体から力が一気に抜けた感じだった。それに、あの小ささから考えられないほどの重量を感じたぞ。首の骨が折れるかと思った」
「迂闊に近づけないのなら、投げるしかないな」
「そうだな」
2体が持っていた刺又を僕に向けて投擲した。
速い!
身体を倒してそれを避けるが、右のショルダーガードに掠って、その部分が削り取られてしまった。
「ふむ、なかなかの反応速度」
「小さいせいか、狙いが定め難い」
余裕のあるセリフを言いながら、2体は再度刺又を構えた。
えっ!? と思って思わず最初に投げた刺又を確認したが、そこにあるはずの刺又がない。
僕の行動に気をよくしたのか、2体は笑みを浮かべた。
太い腕に支えられてた刺又が再度投擲された。
避けようと思ったが、位置取が悪かった。
今避けたら攻撃が木下に向かってしまう!
まず頭を避ける。
ここが当たったら1発アウトだ。
そして1本目の柄を左腕で弾く。
これで方向は変えれたはずだ。
続いてちょっと奥にある刺又を蹴り上げる。
間に合わないかと思ったが、なんとか石突に右足を当てることができた。
そのせいで加重に耐えてきた靴底が取れて飛んでいく。
「京平! 開いた!」
待ちに待っていた!
反転してモンスターに背を向けて走り出す。
右足のせいで速さが出せない上に、踏み込むたびに体勢が崩れる。
その上を何かが飛んでいった。
なんだ? と思ったら、なぜか左目に映る岩肌の赤が鮮明に見える。
そして・・・熱風が僕の顔を焼いた!
「ぎゃぁぁぁぁあああああ!」
顔を手で覆うがまとわりつく熱は全く取れない!
前も見えずにバランスを崩して足を引っ掛け前に転げた。
顔が熱い! 息が出来ない! 肺が焼ける!
「京平!」
木下のバカが僕を呼んでいる。
何かががっしりと僕の体を掴んだ。
「俺の手だ! 何もするな!」
スキルを使おうと思った瞬間、木下が叫んだ。
よかった、あいつの炎の手か・・・だったら大丈夫だ。
「おのれぇぇぇ!」
「逃すかぁ!」
ドカン! と後ろで音がした。
それからすぐに空気が冷えて息がしやすくなる。
僕はこれ幸いと息を大きく吸い込み吐き出す。
「ウェ! ゲホ! ゲホ!」
口の中が痛い!
舌や粘膜が熱で火傷した気がする。
「出てこい! 小人!」
「卑怯者! 臆病者!」
そちらを見ると、氷の壁を挟んで牛頭と馬頭がなんとかして氷を壊そうとしていた。
だが、ヒビが入ってもすぐに元に戻って壁が壊れることがない。
アイスドラゴンにやられたのと同じ原理だ。
しばらく怒声を上げながら壁を叩いていたが、疲れたのか数分後にはどっかに移動して行った。
「た・・・助かった・・・いちっ!」
顔の左側がひりついた。
多分、赤くなっているのだろう。
戻ったら温泉に入る必要があるかもしれない。
「ここは・・・」
モンスターが何処かに行って、ようやく僕は周囲を落ち着いて見ることができた。
灼熱地獄の赤い壁の熱をものともしない氷の壁。
「日和子の防衛用スキルの中だ。今回は二重にしてるみたいだがな」
木下が彼女に近づき、その棺を撫でる。
如月さんは、その棺の中で幸せそうに寝ていた。