木下と水の武者
ドパーーーーン!!
不意打ちとしては大成功なのだろう。
食らったのは僕らなのだが。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁ」
「木下・・・大丈夫か?」
全身から湯気を発生させて、木下が悶え苦しんでいる。
僕もずぶ濡れで装備の中に水が入ってきた。
「・・・回復するまでそこにいてくれ。回復したら床の乾燥を頼む。ここは・・・不利すぎる!」
扉から一気に中に踏み込み、相手の姿を確認してダッシュする。
だが、僕の体は扉から入ってたった数歩で両足が地面から離れなくなった。
「やっぱりそうくるか!」
飛んでくる礫が顔に当たらないようガードするが、細かい飛沫がフェイスガードにつく。
これを拭ったらおしまいだ。
手が引っ付いて、自分で視界を覆うことになってしまう。
目の前には大きな水玉が宙に浮いていて、その中に鎧一式が人に見えるように浮いていた。
「この!」
全身が水浸しになり、心無しか身体の動きが阻害されている感じがした。
多分、身体にまとわり付いた水が、僕の動きを邪魔しているんだろう。
だが、一度にそれだけの水を操っているせいか、足の自由が取り戻せた。
ここから水玉まではまだ距離がある。
ドラゴンバスターで確実にダメージを与えるのなら、至近距離で撃つ必要がある。
「火は攻撃、風は素早さ、水は阻害特化か! 火が最初に出てくれて良かった。最後の土が1番簡単そうだ!」
数歩で進むとまた足が動かなくなり、礫が僕を攻撃してくる。
そろそろ装備の中の水がまずい量になってきている。
最初の不意打ちのときはまだ気になっていなかったが、今は中の水を操作されて徐々に絞れられてきた。
身体強化でなんとか堪えているが、このままいくと僕の足が捻り折られる。
・・・一旦下がるか。
引くことを考えながら耐えていると、後ろからジュワワワァァァっと水が蒸発する音が聞こえた。
木下が復活したのか。
「クソ野郎が・・・」
まずい、あいつキレてる。
「木下、本気は」
「出さねーよ。出さなければ何してもいいんだろ!」
後ろを見ると、もう彼の姿が見えないぐらい水蒸気が立ち込めている。
僕の足元の水も沸騰し始め、拘束はすぐに解けて僕は自由を取り戻した。
装備の中の水も操作されなくなり、前の水玉が震えだす。
「全て蒸発させてやる!」
水の武者が包まれている水玉の周囲を突然火の玉が覆った。
それも大きな一つの玉ではなく、何十個という膨大な数が水玉が見えなくなるほど包み込み、水を蒸発させていく。
僕からは、もう鎧の姿どころか水玉すら見えない。
これで木下のワンサイドゲームかと思いきや、そう簡単にことは進まなかった。
「木下!」
「こ・・・の! 足掻くじゃねーか!」
木下の周囲の蒸発していない水が、細い槍・・・いや、細長い針になって彼に襲いかかった。
木下はそれが身体に届く前に熱を発して蒸発させる。
似たもの同士の攻防戦が始まった。
しばらく同じ攻防が続いて、徐々に木下が押し始めた。
その間、僕は一切手を出していない。
正直に言って出すことができない。
下手に攻撃しようとすると、木下の火球をいくつか解除してもらう必要があり、彼の意識をそっちに割く必要が出てくる。
残念なことに、今の彼にそんな余裕はない。
ただでさえ僕の全力を出さない要求を守りながら攻撃しているのに、それにプラスして要求することは僕にはできなかった。
彼は彼で、僕の様子が気になるのか、兜の奥にある目がチラチラと時々こっちを向く。
その度に僕は頷いて、木下の行動を肯定した。
「結局・・・木下の力を借りないと無理な状況ってことか」
胸の進化の実に触れる。
使いたい衝動に駆られる。
生命力吸収が元のスキルになれば、もしくはグレードアップすれば、あいつより強くなるかもしれない。
でも・・・意味なかったら?
僕が望むスキルにならなかったら?
・・・今の方が有効なスキルだったら?
僕が迷っている間にも状況は変化していく。
シュゴゴゴゴゴゴォォォォォォォ!
強烈な水蒸気が火の玉の上の方から溢れ出た。
あの量の水玉が水蒸気に変わったら、膨大な体積になっているはず。
火の玉ではその量を抑え込めなかったのだろう。
だが、それらはそのまま散っていき、水の武者がいる気配はない。
水蒸気が散っていくのと比例して、火の玉は徐々に小さくなっていき、木下を襲っていた水の針も本数を減らしていく。
そして・・・水の針が無くなった頃には、木下の前には武者の兜が浮いているだけとなっていた。
「オ・・・ボエタ・・・」
最後まで言えずに兜は消えた。
この武者のアイデンティティの一つだっただろうに。
哀れだな。
「すまねぇな。余りにもムカっ腹きすぎてて手を出した」
「・・・いや、僕もどうしようもない状態だった。あのままだと一回撤退を考えたぐらいだから、木下が参戦したことは良かったと思うよ」
「そうか、なら良かった」
ホッと息が漏れる音が彼の口から漏れる。
「木下のさっきの火力は全力の何割ぐらいか教えることはできるか?」
「ああ、あれで6割ぐらいかな? 本気を出したら、水を一気に消し飛ばすこともできると思うぜ」
・・・恐ろしい火力だ。
下手するとさっきの状況では、大爆発が起きていた可能性があったらしい。
「絶対にやるなよ、それ。やるとしても、人がいない開けた場所限定だ」
「お・・・おう。分かった」
多分、理由は分かっていないんだろうな。
僕はため息をついた。
ただ・・・とてつもない力なのは確かだ。
僕の中では、莉乃の風神招来が1番強力なスキルだったのだが、炎帝も負けてはいない気がする。
二つとも規格外という点では一緒なのだが・・・。
「・・・僕の生命力吸収なんて、まだまだだったんだな」
僕の口から・・・小さな思いがポロリとこぼれ落ちた。
「ん? なんか言ったか?」
「お前が強すぎるって言ったんだ」
「そ、そうか? ・・・日和子を救出したら、また借りが増えることになるからな! しばらくはお前と一緒に行動してやるよ!」
「要らないよ。自由に動けなくなるだろ」
「ング! 俺の力が必要かもしれないだろ!」
「そん時は、組合に依頼を出すからよろしく頼むよ」
僕はこの部屋にあった下へ続く階段を見つけ、前回と同じように諸々を確認してから1段目を下りる。
「ちく・・・、俺だって・・・、かなら・・・」
後ろから、何かをブツブツ呟きながらついて来る木下を無視して、罠がないことにホッと胸を撫で下ろし、階段を下りた。