準備万端のアタック
次の日になって、僕は組合に連絡を取り、如月さんと木下へダンジョンアタックは3日後と伝えてくれるよう頼んだ。
無気力な日々を送ったツケを払わなければならない。
僕は、ここ数日で肉がついてしまったお腹を摘む。
本当は1週間とか間を取って身体を以前と同じ状況に持っていければいいのだが、その先が待っているにだから、そんなに時間は掛けてられない。一の宮体育館のグラウンドを借りて足腰から鍛え直す。
民間のジムもあるのだが、まずは体力を取り戻す方に専念した。
自衛隊所属時代にやったトレーニングを、思い出して後悔しながら、テーピングで足首を固めてグラウンドを走り、腕立てをして腹筋背筋を鍛えた。
途中から木下が参加してきて、僕を見てフンッと鼻を鳴らして笑いやがった。
「遅いな。それにフォームも変だろう? 走り方教えてやろうか?」
・・・こいつ、忘れてるだろ。
「右足が使いものにならないんだよ。装備メンテの時いただろ? その時スタッフと僕の会話を聞いていなかったのか?」
「え? あ・・・ああ」
それからしょんぼりして、木下も黙々と僕のスピードに合わせて走っていく。
並走するのは、あまり好きでは無いのだがペースを落とさず400メールを10周走り切った。
次に、高さのある鉄棒に向かい、ジャンプして両手でしっかり掴んでぶら下がった。
木下も、息を乱しながら隣の鉄棒にジャンプして掴むが、30秒も持たずに手を離して地面に座った。
「クソ・・・マジかよ」
一般成人男子がぶら下がりで1分を越えようと思ったら、しっかり体重を落とさない限り、かなりキツイ。
僕は1分経ったらすぐに手を離して腹筋背筋腕立てを各30回こなしてまたランニングを行った。
驚く事に、それ全部にこいつはついてきた。
自衛隊で鍛えていた分、簡単には追いつかれない自信があったのだが、元の素地が違うのか。
「後は柔軟をして今日は終わり」
「ハァハァ・・・なんだ、もう終わりかよ。・・・っハァ。大した事なかったな」
「明日も同じ時間にやるつもりだけど、木下は明日明後日はゆっくり休んだほうがいい」
「はぁ? ・・・明日も来るに決まっているだろ」
「筋肉痛で動けなくなるはずだ。アタックに影響を与えたくなかったら休め」
「・・・クソ」
地面に大の字に寝ていながら憎まれ口が止まらない。
僕は呆れ半分で木下を見て、更衣室に向かおうとすると、木下が僕を呼び止めた。
「なあ・・・いつになったら俺のことを名前呼びするんだ?」
「・・・なに?」
変な言葉が聞こえた。
僕がこいつを名前呼びする?
ありえない。
キモ過ぎる。
「寝言は寝て言え」
「・・・そう言われると思ったから寝てんだよ」
まさか僕のセリフが読まれるとは思わなかった。
最悪の気分だ。
少しの敗北感を胸に、僕は汗を拭いて服を着替え、自分の部屋に戻って身体を休めた。
次の日も下手したら来るかと思ったが、僕の忠告を聞いてくれたのか、姿を見せなかった。
・・・そしてアタックの日が来た。
組合には珍しく東京通信の兼良さんが来ていた。
「まさかブラックアイズの装備に、当社の通信システムを組み込む事になるとはな」
「急に無理言ってすみません」
「いやいや、うちは問題無いんだが、先方の静岡企業連盟がオッケーを出した事にびっくりした」
「秘密主義なんですか?」
「秘密主義ではないけど、専用装備というものはその企業の技術が詰まっているからな・・・他の企業に触られるのを嫌がる。だから、通常こういう許可を取るのは時間がかかるんだが・・・今回早かったな・・・」
また企業の思惑だろうか?
何が目的かは分からないが、邪魔しなければ気にしないようにしよう。
それよりも気になる事がある。
「なあ、木下・・・」
「何だ?」
「・・・彼女は・・・いつもああなのか?」
「見んな、カス平」
「突っ込みたくなるだろ、クズ下」
「なに言いあってるの? 喧嘩はダメだよー」
あんたの格好だよっと思いながらも、僕は如月さんを見れない。
「別に、装備の事なら気にしなくていいよ。もう随分と着けてるから」
「でも見んな。日和子が汚れる」
「汚れるかバカ。つうか、いい加減言わせろ。彼女の目が死んでる気がするから」
「分かった。でも傷つけるなよ」
無理だろと思いながらも如月さんを見て勢いで尋ねた。
「何で水着なんですか? しかもビキニタイプの紐って」
「聞かないで欲しかったかなー」
地雷だったのか・・・。
いやまあ・・・その体型で紐ビキニだしね。
「何で二個一になったのかなー。ただでさえ私ってチンマイのに、この装備のせいで笑われるんだよね。でも、スキル使わないと専用装備が重すぎて動けなくなるし」
「ローブとか羽織らないんですか?」
「この子、隠すとスキルを発動しなくなるのよ」
何その弊害は。
「おかげで私は露出狂扱いよ」
露出教?
色んなところで信者ができそうな宗教ですか?
まあ、北海道や東北では信者は少なそうだけど。
「何を考えているんだ? カス平」
「現実逃避しただけだ。突っかかるなよ、クズ下」
もうそれ以上は話題にせず、僕らは阿蘇駅から火口を目指して行き、ファイアバードの巣の前で一度止まった。
「如月さんは、ファイアバードとの戦闘経験はありますか?」
「無いけど、飛行モンスターとの戦闘経験はあるよ」
「木下は?」
「スキルに慣れるための特訓で、アイスバードを倒した事があったな。俺が先頭で行っていいか?」
「・・・炎帝の能力を僕も知りたいからお願いするよ」
僕の言葉に、一度目を大きくしてそれから胸を張って前を見た。
「ああ、任せろ! 出てこい! 炎帝・火輪子!」
・・・ヒワコ?
すぐ近くで木下が焔に包まれ、その身を朱い甲冑に変えてファイアバードの巣に突っ込んでいくが、それよりも衝撃的な名前だった。
僕は・・・如月日和子さんを見る。
彼女は僕を見ずに、正面だけを見ているが、口の端がヒクつき、体も微妙に震えている。
・・・僕は何も聞かずに前を見た。
火の玉が幾つも飛び回り、木下に襲いかかる。
だが、彼にはそんな物石の代わりにすらならない。
ボス! ボス! ボス!
音をたてながら木下にぶつかるそれらは、ダメージを与える事なく消えていく。
苛立ちをあらわにしたファイアバードが1羽彼に飛びかかったが、その攻撃も彼の身体を通り抜けてしまった。
「うーん、微妙な火だな」
通り抜けたファイアバードが纏っていた火が消えていた。
「クケー!」
叫び声をあげて自らの身体に再度火を灯したファイアバードだったが、その火も木下の方へ向かって吸い込まれていく。
ファイアバードは何度も火を灯すが全て結果は同じで、同時に熱量まで奪われて最後はパタリと倒れて光に変わっていく。
「もういいぞ! 他に奴らは攻撃してこないから!」
木下から呼び掛けられたが、上空には何十羽とファイアバードが羽ばたいている。
「大丈夫だよ。行こう」
如月さんが先に木下に近寄り、僕もその後を追う。
如月さんの言う通り、ファイアバードたちは僕らに攻撃することなく、上空で見続けていた。
「火属性のモンスターなら理解できるみたいなの。和臣くんが自分たちより強いって事がね」
「如月さんは今の木下の強さをどう見ているんですか?」
「どうって?」
「如月さんは木下と戦って勝てるんですよね?」
「ああ、うん、勝てるよ。今の段階ならね」
「今の段階ですか・・・」
「そう。もっと対人戦を経験して、技術と駆け引きを覚えて、体力つけて長時間の戦闘に耐えることができたら・・・私は確実に負けるかな」
僕のスキルも、あの物理無効状態が精霊と同じ状態なら効くかどうかも怪しい。
「おーい、何のんびりしてんだよ! さっさと行くぞ!」
「ハイハイ! すぐ行きますよー!」
木下の呼びかけに、如月さんが応えて走っていく。
僕はそんな2人に、何とも言えない気持ちでその後ろをついて行った。