過去との邂逅
僕は目を開けてゆっくりと起き上がった。
頭がボーっとしている。
何も考えることができない。
あのダンジョンアタックから、もう何日経ったかすら分からない。
ただ、支部長や副支部長、鬼木さんたちは忙しそうにしていた。
僕は組合の医療室から・・・動かなかった。
気力が湧かない。
何一つとして出来る気がしない。
そんな心が影響しているのか、右腕はまだ動くが、右足が全く動かなかった。
・・・魔力というものが、上手く機能していないんだろうな。
そう考えていると、コンコンと控えめに扉がノックされた。
「はい、どうぞ」
「起きてたの。よかった。調子はどお?」
「相変わらずです。右足だけ動きません」
「そう・・・」
鬼木さんは見舞い用の果物をテーブルに置いて、ベッドの横に座った。
「・・・」
「・・・何か、調べたんですか?」
「分かる?」
「ええ、それなりには・・・」
「そう・・・」
言いにくそうに口の端を親指で何度も押し、僕を見て口を開く。
「瀬尾くんは宮下から、彼女に関して何か聞いてる?」
かなりアバウトな質問なのだが、僕には「言えなくてごめん」と言っていた彼女の姿を思い出した。
「・・・言う勇気がなくてごめんと、言ってました」
「言う勇気・・・か」
鬼木さんは、眉間に皺を寄せてはぁーっと深いため息を吐いた。
「・・・多分だけど、言えない事を知ったと思う。どうする? 聞きたい?」
僕の体が少しだけ前に傾いた。
正直言って知りたい。
何故莉乃がアイツと一緒に行ってしまったのか。
おそらく所属しているだろう反神教団に何があるのか。
「・・・莉乃から、直接聞きます」
「・・・そっか」
どうやら、結構重い内容だったようで、僕が拒否した事でホッとした表情を見せる。
「それなら、早く宮下を捕まえないとね。もう仏心は出さないわ。アイズの情報も絞り出させないと」
「アイズですか?」
「ええ、そうよ。高城たちの目が無くなってたでしょ。アレをやったのが通称アイズって呼んでいるレア狩りの一味よ」
「・・・」
「どうしたの?」
「久我山って名前かもしれません。あの時、莉乃は安部と久我山のせいで戻らざる終えなくなったと言ってました。高城さんたちを殺したのがそいつなら、久我山って名前のヤツです」
「久我山・・・そう、久我山ね」
そう言うと、鬼木さんは携帯を取り出してどこかにかけ始めた。
「日野さん、今大丈夫?」
どうやら相手は日野さんみたいだ。
「紗良先輩を殺したアイズの名前が分かりました。久我山って名前のようです。多分当たりです。情報元も信用できますっと言うか、瀬尾くんが情報元ですし。ええ、ええ。そうです。その話の一つです。警察で検索出来ますか? ええ、お願いします」
携帯を無表情で切って、自分の手元を見つめた。
「私が探索者の初心者だった頃よ。高校でE級ダンジョンを攻略した私の鼻をへし折ったのが、当時パーティを組んでいた北条紗良先輩と日野さんよ。2人が教育係で指導してくれたのよ」
「強かったんですか?」
「将来、紗良先輩は1級になるだろうって言われてたわ。召喚タイプの超レアスキルを持ってたわね。日野さんは当時から風使いよ」
当時のことをちょっと思い出したのか、鬼木さんは小さく笑って、すぐに笑みを消した。
「その紗良先輩を殺したのがアイズよ」
鬼木さんの手が拳を作って震え始めた。
「紗良先輩が実家に用事があるとかで1人で出かけた時があったのよ。そのスキルが付いたアイテムだけ組合に預けて・・・それが幸いしたのか災したのか・・・狙われて殺されたわ。それ以来、私と日野さんはそいつを追っていたの。名前すら掴めなかったけど・・・ようやく掴めた! 瀬尾くん、ありがとね」
そう言って鬼木さんは部屋から出て行った。
僕も、安部が見つかったんだからあれだけ動けてもおかしくないはずなのに。
僕はもう一度ベッドに横になって目を閉じた。
昔の人は魔力は操作出来るものだと考えていたらしい。
それに倣って、僕も意識をお腹やへそに向ける。
魔力があることは分かっている。
後は少しでも動けば・・・。
昼食を食べてしばらくすると、今度は支部長と副支部長が入ってきた。
「喋れるぐらいまで回復していると聞いてな」
支部長はベッドの横に座り、副支部長は少し離れたテーブルに席に座った。
「今、この阿蘇市を取り巻く状況を説明しておこうと思って来た。聞きたくなかったら言ってくれ」
「是非、聞かせてください」
僕の言葉に、支部長は頷いた。
「まず、この阿蘇市が奴らの根城だった。憎たらしいことにな。俺の縄張りの中で普通に生活していたみたいだ。まぁ、精神攻撃を住民全員受けていたみたいだから、知りようが無かったんだがな」
「精神攻撃ですか?」
「ああ、効果は本来ならどうでもいいと思えるものだが、おそらく自分たちに意識を向けないとか、一定の場所に入ったらボーっとするとかなんだろう。だが、全員がかかってしまうとここまで厄介なものになるとは思わなかったぞ」
「厄介ですか?」
「ああ、厄介だ。瀬尾は阿蘇ではどこに住んでいたか覚えているか?」
「ホテル・・・ですね」
「ホテルの名前は?」
「・・・」
「俺も覚えていない。俺たちだけじゃない。この街の誰1人として瀬尾の住んでいたホテルの名前を知らないんだ」
何度も追われた。
ホテルを出てからすぐ見つかった時もあった。
でも、誰1人としてホテルの中まで追ってこなかった。
「そもそも、年単位で一定の場所に留まる探索者に対して、組合は通常賃貸物件を紹介することになっている。なのに、瀬尾に対してそんな紹介は誰もしていないんだ」
「そんな決まりがあったんですね」
「あったんだよ。あくまで勧めるだけだがな。2年もホテルに住むとか、普通あり得ないだろ」
確かに。
それだったら普通は賃貸物件にでも移動して、定住するなら土地なりマンションなりを購入する流れになる。
2年間もホテル住まい・・・我ながらよく続けられたなと思ってしまった。
「ですが、こんな一つの市を覆うようなスキルって本当にあるんですか?」
「阿蘇神社がそうなんだから、多分あるんだろうな。これが攻撃スキルだったらと思うとゾッとするが」
超広域スキル。
日本では阿蘇神社しか確認されていない、超レアスキル。
それがもう一つある・・・。
「後な・・・こっちの方が方々では重大問題に発展しているんだが・・・」
前置きからして、非常に重たい案件が発生したことが伺える。
「探索者組合もそうだが、警察と自衛隊のスキル研究職の職員たちが、ほとんど居なくなった」
「はい?」
「残っている者たちにも聞き取り調査をしたが、居なくなった職員についてほとんど情報を持っていなかった。奴らは全ての準備をしていたわけだ・・・そしてもう十分だと判断したんだろう。近々動き出すぞ。俺たちも準備が必要だ」
支部長が立ち上がり、続けて副支部長も立ち上がる。
「対人戦は色々とキツイが、相手を無力化出来る瀬尾のスキルは貴重だ。特に、殺しに慣れていない人たちにとっては・・・な。・・・決断は任せる。いつでもいいから、参加不参加を教えてくれ」
2人が部屋から出て、僕はまたベッドに横になった。
反神教団が動き出す。
その際に、僕という存在は彼らにとって邪魔者でしかない。
機会があれば僕を殺しに来るだろう。
・・・ひとまず、この身体を動かせるようにならないといけない。
僕はベッドから出てシャワーを浴びて服を着替え、いつでも出られるように壁に置いてあった松葉杖を持って部屋から出た。
「ここに京平がいるのは分かってんだ! アイツのダチなんだから会わせてくれてもいいだろ!」
大きな声が2階まで響いた。
誰かが僕に会いに来たようだ。
「許可が出ていません! 許可が出てから後日また来てくださいと昨日もお伝えしたはずです!」
「ダチに会うのに許可もへったくれもあるか! 何も言わずに会わせればいいだろうが!」
「こらー、ちゃんと礼儀正しくするって約束だよー。約束は守るって言ったよねー」
「うぐっ! し、仕方ねーだろ。こいつが分からずやなんだからさ」
「確認もできていない人を、組合の重要人物に会わせる受付はいません」
「俺も組合に登録している組合員だ!」
「隣の方を見れは分かります。その上でお伝えします。会わせることはできません!」
ピシャリと言い放つ受付に、思わず拍手を送りたくなったが、それよりも気になることがあった。
この声・・・。
もうずいぶん昔に思える、忘れていた声。
階段を1段ずつ降りて、僕はその声の主を確認した。
「・・・木下」
僕の声に木下はピクッと肩を震わせて僕の方を見た。
「よぉ・・・久々だな、京平」