閑話 響野仁美のメモ
私が物心ついた時には、すでに父方のおじいちゃんは居なかった。
小学生の時にその事について両親に尋ねると、九州の南にいる悪いやつにやられてしまったと言っていた。
だったら私が仇を取るよ! と鼻息荒く宣言すると、お父さんが笑いながら頭を撫でて、それは父さんの役目だから、仁美は優しい子になってくれと言われたのを覚えている。
そんなお父さんは・・・私が中学生になるのを待たずに亡くなった。
第3回屋久島奪還作戦。
過去の2回よりも被害を出した作戦にお父さんも参加していた。
海自として参加していたらしいが、遺体は家に戻ってこなかった。
お父さん以外にも、参加した自衛隊の中で遺体が戻ってこなかった家は沢山あったらしい。
それほど酷い戦いだったようだ。
「お母さん・・・私も自衛隊に入るよ」
「私だけ・・・残すの?」
お母さんが泣いた。
「ごめん。でも、縄文杉だけは・・・私の代で倒したいの」
・・・お母さんは何も言わなかった。
私は高校を卒業後、自衛隊に入った。
空自を志願したのは、戦闘機こそあの縄文杉にダメージを与えられる武器だと思っていたからだ。
厳しい訓練を勝ち抜いて戦闘機乗りになり、時間があったらVRのシュミレーターで訓練して縄文杉に何度もミサイルをぶち当てる映像を焼き付けた。
おじいちゃんの仇を、お父さんの仇を、私が打つ!
「第4回屋久島奪還作戦が決まった」
第5航空師団所属の隊員が集まった会議室で、師団長が言った。
私は机の下で拳を作った。
この日をどれほど待ち侘びたことか。
「君たちも知っているとは思うが、今回の作戦に、熊本の探索者、瀬尾京平が参加する事になった。彼のスキルと実績からみて、討伐できる可能性が高い! 彼が縄文杉をスキル範囲内に入れさえすれば・・・我々の勝ちだ。逆に言うと、君たちの命を彼に捧げる必要がある。その覚悟がある者だけ・・・残りなさい」
暗に、師団長は私たちに死を告げていると私は感じた。
臨むところだ。
私は私と同じ悲劇を繰り返させないためにこの場にいるのだ。
そのために私に死ねと言うなら、死んで見せよう。
私は目を閉じて時間が過ぎていくのを待つ。
しばらくすると、師団長が手を打った。
「諸君らの覚悟に感謝する」
私以外にも何人かいた。
でも、戦闘機をこの人数分出さないはずだ。
たった一体の敵に対して何十機の戦闘機が出撃しても、攻撃できる進路は限られている。
6機が目安だ。
私は眼に力を込めて、私を選べっと師団長を睨む。
「・・・4人だ。私が十字架を背負えるのは。もちろん生き残ることが1番いい。だが、何か予測不能な事態が起きた時、真っ先に死ぬのがお前たちだ。もう一度聞く。覚悟がある者だけ残りなさい」
・・・誰も席を立たなかった。
私たちはお互いが、身内を縄文杉に殺されていることを知っていた。
だから、あとは成績か模擬戦闘で選ばれると踏んでいた。
私が1位で突破した。
縄文杉を仮想空間で倒すVRで好成績を収めた結果だ。
「生きて帰れよ」
私たち4人に、師団長は言ってその場を離れた。
そのあと、選ばれなかった隊員たちが、涙を流しながら私たちに別れを告げ、また、絶対に倒せと鼓舞して帰っていく。
みんなと別れが済んだあと、入れ替わりで西部航空方面隊隊長の関口さんが入ってきた。
思わずみんな起立して敬礼をした。
「ああ、そういうのはいい。これより、俺とお前たちの命は同価値だ。縄文杉を倒す仲間として交流を深めよう!」
私たちは言葉が出なかった。
関口隊長の言葉をそのまま受け取るなら、隊長が戦闘機に乗ると言っているのだ。
「・・・隊の指揮は?」
「陸自から城島さんが参加するらしいから任せる! 俺は現場の方が咄嗟の判断がしやすいからな。なんだ? 年寄りは戦闘機に乗るなとでも言うつもりか?」
それからみんなで種子島の駐屯地に移動した。
その間に、隊長から今回の作戦となる瀬尾さんの話を色々と聞いた。
どうも、陸自の人から色々と聞き出したらしい。
回復の温泉など、阿蘇のフィールドにあることすら知らなかった。
多分、モンスターを倒す事に集中し過ぎていて、その他のものに目を向けていなかったからだ。
もし、生きて帰れたら、陸自に混じってフィールド探索するのもいいかもしれない。
種子島では、戦闘機に乗って、的当ての練習をする日々が続いた。
「なんつー命中率・・・。スキル持ってたりする?」
「正真正銘実力よ。VRでの特訓の成果が出たわ!」
「響野さんが運び役で決定みたいですね」
「そうだな。よろしく頼むぞ!」
「はい!」
そうしていると、今話題の瀬尾京平が駐屯地に到着した。
身長は私よりも高い。
170はあるだろう。
彼の横には、西部方面隊直属の宮地さんと、元2級探索者でテレビで解説をしている鬼木玲花がいた。
今回の作戦のお目付け役なのだろう。
「なんだか・・・陸自の奴らの視線が悪いな・・・」
「そうですか?」
竜堂さんの言葉を聞いて、私はさりげなく視線を移すと、確かに彼らの視線に敵意を感じる。
数々の実績を積んでいる英雄と、何かトラブルでもあったのだろうか?
そのことを、私と竜堂さんが関口隊長に伝えると、彼は顎をひとなでした。
「交流会がこれからある予定だ。念の為俺たちはまとまって行動しよう」
おそらく乱闘騒ぎになることを予想していたのだろう。
実際は、あっさりと、たった1人の人物によって私たちはなす術なく倒れてしまった。
「あ・・・ヒュー、ヒュー」
呼吸が細い。
肺がもっと酸素を欲しているのに、ギリギリの量しか吸うことができない。
これが生命力吸収!
現在日本でも指折りの超レアスキル!
「・・・これは・・・参ったね」
関口隊長が頭を掻きながら立ち上がった。
私たちも、手足の調子を確認しながらゆっくりと立ち上がる。
「何も出来ませんでした」
「抵抗不可能かよ」
「でも、期待できる」
「縄文杉にこれが効けば・・・確実だ」
それから交流会は二転三転して、東田師団長が更迭されることとなり、第8師団のメンバーも一部帰還する事になった。
代わりに第4師団の人たちが来るらしい。
第4師団が着任して、私たちはようやく英雄と話をする機会をもらうことができた。
素直ないい子だった。
第8師団とのあのギスギスした空気は何だったんだと思えるぐらい友好的で優しい性格をしていた。
その日、私は手紙を書いた。
お母さんへの手紙だ。
生きて帰れれば不要になる手紙。
遺書にはしたくないから、不吉なことは書かないでおく。
そして、決戦の日が訪れた。
私が彼を、縄文杉に送り届ければ完勝できる戦い。
「緊張してますか?」
戦闘機に向かう途中、我らが英雄が質問してきた。
「うん。・・・でも、何回もシュミレーションしてきたことだから、絶対にミスはしないよ」
彼は頷いた。
それから戦闘機に乗って、準備をして合図を待つ。
大丈夫、落ち着いている。
インカムから彼の声が聞こえて、先に関口隊長たちが離陸した。
まずは隊長たちが縄文杉の注意を引きつけて、私が英雄を射出しやすい状況を作り出す。
それから5分後に私も離陸し、あっという間に縄文杉が見える高度に達した。
「こちらヒビキ。目標地点に到達。これより射出態勢に入ります」
『こちらセキ。了解した。対象の注意はこちらを向いている。進路を確保する。遠慮なくやれ』
関口隊長の指示を受けて、私は一気に戦闘機を縄文杉に向けて降下させる。
絶対に外してはならないので、可能な限り近くから撃つ必要がある。
何度もシュミレートした光景で、奴の注意はみんなが引いてくれている。
私は狙い通りの位置で英雄を射出し、戦闘機の状態を起こして縄文杉の攻撃範囲から離脱する。
私に合わせて、みんなも戦闘区域から離脱し、上空で隊列を組んだ。
『縄文杉を無力化しました!』
英雄の声がインカムから響いた。
私たちが待ち望んでいた瞬間だ!
少し時間をおいて、ドォォォオオンっと轟音を響かせて縄文杉が倒れていく。
お父さん・・・おじいちゃん、やったよ。
みんなの仇を取ったよ。
涙が流れそうになったので慌てて眼に力を入れる。
駐屯地からは、轟音を聞いて陸自の輸送ヘリが飛んできた。
これから先は彼らの仕事。
私たちは戻って祝杯をあげないと。
そう思った時、英雄が叫び声を上げた。
『ダメだ! 来るな!』
必死の声だった。
『僕たちが倒したのは大王杉だ! 警戒してくれ! 奴は! 縄文杉は! まだ生きている!!』
地面から巨大な根が生えて輸送ヘリを貫いた。
ああ、悪夢はまだ終わっていなかった。
『全員理解しているな。まだまだ仕事時間だ! 集中するぞ!』
関口隊長の檄がとぶ。
「はい!」
私は短く返事をして、隊列を組んだまま縄文杉へと向かった。
「くっ! このぉ!」
遠くで注意を引くのとは違い、今回は英雄に攻撃が行かないようにしなければならない。
つまり、可能な限り接近してこちらも攻撃しないといけないのだ。
リスクが跳ね上がり危険度が増す行為。
機体スレスレを枝が過ぎていく。
後ろからは木の根が私を追いかけてきた。
私は機体を大きくターンさせて斜め上から縄文杉を見た。
憎いあいつは根を何本も合わせて巨大な根を作り、天高く振り上げる。
何をするつもりかと思った。
そして私の目は、遊歩道にいた英雄の姿が見えた。
・・・縄文杉の狙い。
私は機体を英雄に向けて降下する。
ほぼ同時に、縄文杉は根を振り下ろして本体から切り離した。
英雄の足が止まった。
死を感じたのかもしれない。
「大丈夫ですよ、英雄殿」
私は機体を巨大な根に向けて突進させる。
「日本を、頼みます!」
ああ、お母さん、親不孝で御免なさい。
もしそっちに戻れたら、「頑張ったね」って褒めてね。
次回より第4章に入ります。