常識人とは?
コメントと反応ありがとうございます。
更新が不定期ですが、完走に向けて頑張りますのでよろしくお願いします。
携帯が振動して飛び起きた。
一瞬考えて、ここがホテルだと気づいて、ベッドにまた倒れた。
「誰からだろう?」
まだ振動している携帯の画面を見ると、松嶋さんの名前が映っていてすぐに通話マークをタップした。
「はい、瀬尾です! すみません、お待たせしました」
『ああ、出てくれてありがとうございます。寝てましたか?』
「ええ、ちょっと寝てたみたいです」
『起こしてしまったみたいで申し訳ありません』
「いえいえ、仮眠のつもりでしたので、これから昼食の予定でしたからちょうどよかったです」
『昼食? ・・・晩御飯では?』
「え?」
時計を見ると、すでに午後5時過ぎ。
「・・・寝過ぎたみたいです」
『過眠ですね』
誰が上手いことを言えと・・・。
『せっかくです。一緒に食事行きませんか?』
「そうですね。僕はこちらのお店を知らないので、お任せしてもいいですか?」
『ええ、もちろんです。タクシーで迎えに行きますので、そのまま待っていてください』
それから着替えてロビーで待っていると、30分過ぎたぐらいで松嶋さんが姿を見せた。
「部屋で待っていただいてもよかったのですが」
「先に待つ方が性に合っているので。それに、ここのホテルでは騒がれたりしませんし」
「確かに」
チラホラと僕を見る人はいても、そこから挨拶しにきたりサインを求める人はこの場にいなかった。
どうも、ホテル側が先んじて手を打っていたみたいだ。
「それでは、行きましょう」
「はい」
移動したお店は意外と近く、中に入ると予約をしていたのかすぐに個室に案内された。
内装は落ち着いていて、ちょっとゆったりできる雰囲気になっている。
「ここは色々な地方からの特産物が食べられることで有名なお店なんですよ」
「え! そんなお店があったんですか?」
「私も先輩に教えていただいた時はびっくりしました。そして、値段を見てさらにびっくりしましたよ。今日は瀬尾さんが一緒ということで、会社から経費オッケーの特別扱いなので、安心して食べてください」
メニューを見ると、牛肉から始まり豚、鳥と一般的な物から馬、羊と並んでいた。
そしてその中に一際目を引く食材があった。
「鮭!!?」
思わず大きな声が出て口を手で押さえた。
「大丈夫ですよ。私も最初、同じ反応をしましたから。あの時の先輩の顔は忘れられませんよ」
おそらく、今の松嶋さんと同じようにニマニマした笑みを浮かべていたのだろう。
「えっと・・・時価って書いてありますけど・・・」
「問題なしです。と言いますか、それを頼むだろうと想定済みです」
そう言って松嶋さんは、備え付けの受話器を取って「鮭の塩焼き御膳を2つ」と注文した。
それから松嶋さんと会話をしていると、ノックと共に食事が運ばれて僕と松嶋さんの前に丁寧に置かれた。
焼き魚の香ばしい香りが部屋を埋め尽くす。
ただ・・・予想外のことが起きた。
鮭のピンク色の身を見たとき、ブワッとその光景が目の前に広がった。
それはあの場面だった。
ピンクの髪をしたあの人が・・・笑いながら死んだあの場面・・・。
思わず目を硬く閉じて、浮かんだ映像を黒く塗り潰す。
それからそっと目を開くと、先ほどの焼かれた鮭の切り身がある。
もう・・・あの映像は出てこないみたいだ。
「どうかしましたか?」
「いえ・・・いただきます」
箸で一口の大きさに分け、骨がないことを確認して口の中に入れた。
すごく美味しかった。
でも・・・あの映像を浮かべる前に食べたかった。
食事を終えてゆっくりとお茶を飲んでひと息つくと、そんな僕をじっと見て松嶋さんが口を開いた。
「瀬尾さん・・・何かありましたか?」
その心配そうな声に、思わず「何でもないです」と言葉が出かかったが、松嶋さんとは付き合いもそれなりに長い。
「実は・・・」
僕は拘置所での出来事を少しぼかしながら説明し、ちょうど彼女の髪の色と鮭の身の色が似ていたため、思い出してしまったことを伝えた。
全部話し終えて松嶋さんを見ると、彼は難しそうな顔をして何かを考えていた。
「済みません。上手くは言えませんが、心の問題は結構厄介で、当社にも昔ほどではありませんが今でも一定数います。人によってそのラインは違いますからね。ただ、一律して過度な応援をしてはいけないと言われています。私には分かりませんが、プレッシャーを感じるのかもしれません。なので、回復したことのある人から聞いたことをお伝えします。まあ、参考にならないと思いますが、ある日ストンと良くなったそうですよ」
「ストン・・・ですか?」
「ええ、ストンです。心の中で折り合いがついたか、整理できたか分かりませんが、気づいたら良くなったそうです。なので、今ある瀬尾さんの障害と上手く付き合っていくしかないと思います」
「上手く付き合うですか・・・」
「そうです。反応するのは色だけですか?」
「いえ・・・ちょっと初めてのことなので、どこで反応するかはまだ・・・」
「でしたら、サングラスをかけましょう」
「サングラス・・・」
「最低限、色はそれで対応できますよ」
なるほど・・・。
今までサングラスをつけたことはないが、今の僕には必要なのかもしれない。
「しかし、次は新潟ですか。向こうに専用装備を管理できる工場は作ってませんから、簡易型の装備をお渡しします。銃弾や刃物ぐらいなら対応できますよ。自衛隊の推奨装備よりも軽いですしね」
「ありがとうございます。色々手配してもらって助かります」
「いえいえ、貴方をサポートすることが今の私の仕事ですから。当たり前のことですよ。むしろ、頼りにされて嬉しいぐらいです」
笑顔を見せる松嶋さんを見て、僕は「話して良かった」とホッとした。
「ですが、注意してください。見えない場所から頭を爆発させるスキルがあるなんて聞いたことがありません」
「いえ、あれはそういうスキルではありませんよ」
「え?」
「あれは・・・おそらく特定の言語を禁止する契約若しくは誓約のペナルティーだと思います。だから彼女はこれ以上自分から情報が出ないようにペナルティーを利用して自殺したんだと思います」
「そんなスキルが」
「あります。現に、自衛隊が同じ系統のスキルで特定の情報を制限していますから」
そう言って、僕は左手首の黒いリストバンドを松嶋さんに見せた。
「それは・・・」
「爆発はしません。ですが、電気が流れます」
「触っても?」
「どうぞ」
僕がそのまま左手を伸ばすと、松嶋さんはバンドの裏側を見たり、質感を確認したり、ルーペのような物を取り出して何かを確認した。
「取り外すことは?」
「できません。以前、シャワーを浴びる際に誤って外そうとしたら電気が流れました。警告なのかビリッとした程度でしたが」
「なるほど。ありがとうございます。こういう物もあるのなら、自殺できるぐらいのペナルティーというのも納得できますね」
松嶋さんはリストバンドから目を離し、ルーペを置いてフーッとため息をついた。
「本当に、スキルというものは私たちみたいな常識人では計り知れないものですね」
「え?」
「え?」
僕は思わず口を塞いだ。
「えっと、何か?」
松嶋さんが僕の失言を逃さず目を離さない。
「いや、えっと・・・松嶋さんが常識人ですか?」
「え、そこに引っ掛かったんですか? ショックなのですが・・・。私は常識人ですよ。平均的一般市民のど真ん中にいるつもりです」
「一般市民は人をスカウトするために危険地域に突進したりしませんよ?」
「え? しますよ。普通です」
「え〜・・・」
どうやら僕と彼の「常識人」は、かなりかけ離れているらしい。