目的への思い
コメントありがとうございます。
あと、読み続けていただきありがとうございます。
色々と自分自身にも突き刺さることを書いていますので、読む方は目にフィルターをつけて読んでください。
よろしくお願いします。
桑島時子が僕の前で余裕そうに頬杖をついた。
「ねぇねぇ、瀬尾くんはいま何歳なのか教えて欲しいな」
「・・・20ですよ」
「うわ、若いのね。そんなに若いのにあんな殺し合いの場を経験して大丈夫なの?」
「メンタルチェックは受けました。合格をいただけましたよ」
「へー、心が強いのね」
緊張している僕とは真逆で、桑島が楽しそうに僕に質問してくる。
「桑島さんはおいくつですか?」
「こーら。女性に年齢を聞くことは失礼にあたるんだぞ~」
「さっき貴方が聞いて僕が答えました。男女平等主義者なので答えてもらいます」
「え~、私はフェミニストが好きなんだけどな~」
「残念でしたね。それで? おいくつですか?」
「34よ。若いでしょ」
「・・・」
「えっ・・・老けてるのかしら」
いや、僕の目に映る彼女は老けていない。
髪の色のせいもあるかもしれないが、どう見ても20代にしか見えないのだ。
「あ、すみません。もっとお若く見えたので返答が遅れました。髪もピンク色で似合っていますよ」
「あら。それは嬉しい答えね。でも、できたら早く答えて欲しいかーも。私ってほら、目が見えないから」
「その布は見苦しくしないために?」
僕の言葉に、彼女はちょっと嬉しそうに布を撫でる。
「そうよ。カッコいいでしょ~」
「カッコいい?」
どちらかと言えばカワイイ方だと思うのだが、彼女と僕の感性の違いだろうか?
「以前ね、中二病を拗らせた仲間がいて、彼女が言うには『盲目キャラは目を布で覆って、私に見えないものはないって言うのがいいんだよ。布に大きな目が一つ描かれてるとなお良し』らしいのよ。それで看守の人にお願いしたのだけど・・・どうかしら? 私、カッコいい?」
無駄に右手を広げて顔の下半分を隠し、カッコいいポーズをとりだした。
「カワイイですよ」
「そうでしょ! カッコいい・・・カワイイ?」
「ええ、カワイイです」
桑島は不思議そうに首を傾げた後、ゆっくりと右を向いた。
右方向には壁しかないのだが、彼女は構わず喋り出す。
「私、言ったわよね。カッコいい目にしてって。ファンシーなものにしたの?」
「いえ、そもそも目ではないです。カワイイキャラクターです」
流石に放置もできずに僕が答えた。
「キャラクター・・・」
「サンリ」
「そのブランドは知ってるわ。どの子?」
「マイメ」
「カワイイの真ん中じゃない」
「あ、いえ、その敵役のクロ」
「どっちにしてもカワイイしかないのよ!」
叫びと共に布を剥ぎ取って投げ捨て、テーブルを両手でドンッと叩く。
そんなにカッコよく有りたかったのだろうか?
というか、目がないのにキャラクターのこと知っていたのか?
反応から見て、確実にその造形を知っている人のそれだった。
「一つ質問ですが、そのキャラクターを見たことがあるんですか?」
「無いわよ?」
「・・・知らないのに何でそんな反応ができるんですか・・・」
「ああ、違うのよ。あずみって私の同僚なんだけど、木を削って作ってくれたことがあるの。当時は私も魔眼で輪郭とか凸凹ぐらいは見えていたから、それで知っていたのよ」
「輪郭だけ?」
「そうよ。だから、貴方がさっき言った私の髪の色。ピンクだっけ? 私、知らないのよ。どんな色なのか」
桑島が指を2本立てて両目を指差した。
「無眼球症って言うらしいわよ。目の元が無かったらしいわ。ふふふ。初めて物の形を見たときは感動したわ。あの時のことはどう説明しても分からないでしょうね」
分からない。
僕はそんな経験をしたことがないから。
経験出来ないものを共感することは、そのてのスキルを使わない限り不可能だ。
使ったとしても・・・おそらくすでに見えている僕は彼女と同じように感動しないだろう。
「そろそろ・・・いいですか?」
「なにか?」
「・・・僕を呼んだ理由です。ダークフューチャーのことを話すなら他の人でいいでしょ」
「・・・話をしたかったのよ。あの子の思い人とね。宮下莉乃に指輪を贈ったの、貴方でしょ?」
ドクンと心臓が高鳴った。
「彼女は・・・持っているんですか?」
「指につけているわ。毎日磨いていたわよ。だから、会いたかったの。どんな子なのかなって。・・・こうして話してみて良かったわ。貴方、誠実なのね」
「・・・僕には自分のことなんて分かりません」
「ふふ、そうね」
桑島には目が無いはずなのに、僕を優しい目で見ているように感じた。
だったら何故・・・、
「何故ですか?」
「何が、かしら?」
「何故、城島さんを殺したんですか・・・」
「ああ、強化中毒のスキルホルダーね。あの戦いで、私たちは3人を可能な限り早く殺すと決めていたの。結局間に合わなかったのだけど」
フーッと彼女は息を吐き、空気がピンッと張り詰める。
「強化中毒、栄光、完全貫通。この3人があの戦いで最初に排除しなければならない相手だったのよ」
「他の人たちに脅威は感じていなかったと?」
「デウス・エクス・マキナで倒せる予定だったのよね。貴方も、あのレールガンを受けていればやられていたはずよ」
確かに、あの一撃を受けていれば僕の専用装備は砕け、エイジじゃ対処できない物理攻撃がダイレクトに僕の体に届いていたはずだ。
「あの場で殺さなければならなかったのは、生身でもB級モンスターを戦えるほど強化する人と、味方全員に影響を与え、未来にも影響を与えると言われている人、そして、万物全てを貫通する攻撃ができる人だった。栂村と百乃瀬は、まさか貴方が先陣きってくるとは思わなかったのよ。こっちも鬼神が彼の守りについているなんて思わなかった。魔眼が効かないって卑怯よね」
「失敗した時点で引けば良かったじゃないですか。何故戦いが終わった最後に彼らを殺した!」
「そんなの当然じゃない。私たちの仲間はまだ生きてるのよ? 目的を持って進んでいるの。障害は排除しなければならないわ」
「命を捨ててでもか!?」
「私たちの命なんてカスも同然よ。私は生まれつき両目がなかった。この世界の美しさを知ることが出来ない人間だった。栂村は感情が欠落していて惰性で生きていた。他の人を思い遣ったり、共感したり助け合ったりできない人間だった。百乃瀬は精神力の弱さから全てから隠れて生きるしか出来なかった。彼の祖父としかほぼ会話ができない人間だった。普通に生きていけない私たちを、貴方たち普通の人は何て評価するか分かる? 死んだほうが良いんじゃない? よ!!」
桑島の閉じられた両目から涙が溢れ出した。
僕はその言葉と涙で、彼女がどんな人生を送ってきたのか理解した。
「だからね・・・私たちダークフューチャーは神を殺すために動いていたのよ。言っておくけど、活動は反神教団よりも私たちの方が長いから。その分、神を倒すためのルートも幾つも考えたし、そのうちの一つは私たちが担っている」
「神を殺すことが貴方たちの目標か」
「そう! 私たち4人で考えた絶対な計画! クソッタレな神を殺して! 私たちが普通の人として生まれ変わる!」
僕は目を見開いた。
クソッタレな神・・・。
同じことを言った人がいる。
神を嫌い、神を憎んで狂った研究者。
「皆嶋さん・・・」
「懐かしい名前を言うのね。貴方にやられたみたいだけど、私たちの元同僚よ。彼女は別のアプローチで進めるって言ってたけど・・・結果は貴方が見た通りよ」
フーッと桑島が深くため息をついた。
「旧暦だったら・・・神がいなかったら時代なら私たちもこのようなこと思わなかったでしょうね。こんな身体に生まれたのは運が悪かったから。これが私の運命だった。そう思えたかもしれない。でもね、神はいるの。こんな運命を私に押し付けた元凶がいるのよ。なら、私が生まれたときに目をよこしなさいよ! ミスをしたなら改善しなさいよ! 何で私がこんな苦労をしているのよ! 私たちの普通を奪ったのは神なのに! だから何もしない怠惰な神を殺すの。さて、こんな私たちに対して・・・あの全てを忘れる運命の子の思い人である君はどう考えているのかしら?」
まるで桑島は僕の覚悟を問うように、瞼の奥から僕を睨みつけた。
理不尽な運命・・・。
今まで報われることがなかった過去・・・。
そして希望を持つことすらゆるされない未来・・・。
神を殺したいと思う彼女に、僕の思いは届くのか?
「僕は・・・」
「君は?」
「・・・神を殺させない!」
「へぇ~」
まるで予想していたかのような反応に、僕は一瞬身を乗り出しそうになってグッと堪えた。
「貴方たち普通の人はそう考えるでしょうね。世界的に見て、ダンジョン時代になっても日本は統率が取れていて目立った混乱は起きなかったわ。そんな世界で生きてきたのなら、今より酷くなる可能性がある選択なんて選ぶわけがない。分かってたわよ。あの子も可哀想に」
「誰がどう可哀想なんですか!?」
「誰って、宮下莉乃さんよ。あの子がアルツハイマー病だってこと知ってるかしら?」
「知ってますよ」
「なのに、唯一改善が可能なレベルシステムを貴方は否定するのでしょう? 思い人に裏切られるなんて可哀想よね」
「誰も裏切ってなんかいない!」
耐えきれずに大声で叫ぶ。
「僕は裏切ってないし諦めてもいない! 莉乃のことは別の道で必ず助ける! 世界に混乱を招くような力なんかなくても必ず!」
「そんな幻想・・・いつ手に入るのかしらねぇ」
「多少時間がかかっても、秩序が消え去った世界より遥かにマシだ!」
「普通の答えね。誠実だけどつまらないことで・・・」
フンッと鼻を鳴らして頬杖をつき、数秒右下を向いて彼女は何かを考えた。
「まあ・・・任せてみようかしら」
「何を・・・」
「新潟県村上市」
突然の地名に僕は口を閉じた。
「私たちの基地があるわ。広い場所だからくまなく探してみてね」
まさか彼女の方から打ち明けてくれるとは思わなかった。
僕は急いで立ち上がり扉から出ようと足を動かす。
「あら? 待って待って。もう会話は終わりなのかしら?」
「もう十分でしょ。正直に言って、貴方と話をしていると疲れます。だから、その地名が聞けた。もういいです」
「本当につれないわね」
僕はその言葉を無視してドアノブに手をかけ捻ろうと力を入れた。
「白滝巴のスキル」
僕の身体が止まった。
記憶が正しければ、その名前はダークフューチャーの幹部の1人だったはずだ。
「私たちのトップよ。その情報を教えてあげるって言ったらどうする?」
「それが正しい情報だという保証はあるんですか?」
「私から聞いた後、精査すればいいんじゃないかしら?」
桑島がチョイチョイと指で彼女の正面を何度も指差す。
今は少しでも情報が必要な状態か・・・。
僕は一旦深呼吸してドアノブから手を離し、彼女に向き直る。
その余裕の笑みが、また僕の心を引っ掻くが、何とか対面の椅子に座って彼女を睨んだ。
「座りました。教えてもらいましょうか」
「ふふふ・・・。本当に誠実で良い子だわ。それじゃ、よく聞いてね」
桑島がグッと顔を近づける。
分厚いアクリル板を挟んでいるとはいえ、スキルを持っていれば危険を覚える距離だ。
だけど、僕も彼女の言葉を聞き逃すことはできない。
グッと顔を前に出して近づけた。
「白滝巴の保有スキルは・・・」
ゆっくりと、もったいぶる彼女の声に僕は集中する。
そして・・・、
「ご」
パァァァァァァァアアアアアアン!!
突然、目の前が赤黒い色に染まった。
ドロリとしたその液体と共に、ピンク色の糸のような物と物体がズルリと落ちていく。
その隙間から・・・あのキャラと同じような、意地悪な笑みを浮かべた彼女の口元が徐々に塗りつぶされていった。