一線を越える思い
ブックマークありがとうございます。
最後に向けて頑張りますので、よろしくお願いします。
トンネルの側面にそれはあった。
まるで誰かがツルハシで掘ったかのような穴だ。
「異界ダンジョンではなさそうです。崩落の危険性があるので注意して進みましょう。先頭は僕が行きます。この狭さなら何が出ても戦いにならないと思うので、皆さんは道順とトラップに注視してください」
「分かりました。千津は瀬尾さんのすぐ後ろに続いて。次に真耶、乃ノ実、小夜、明里、私の順で進むわ」
なるほど。
戦闘能力のない力間さんを中心にその前後を支援と遠距離、外を戦闘系が警戒する形か。
最後尾のことも考えて見城さんが務めるあたり、洞窟タイプのダンジョンの経験を積んでいることが伺える。
「もう既にモンスターのタイプは分かってますが、用心して行きましょう」
「この狭さだと一対一しかできなさそう」
「ええ。あと、腕も満足に振れないでしょうね」
綾杉さんが両腕を広げて壁から壁までの広さを確認し、軽く腕を振る。
余裕は多少あるみたいだが、両手に短剣を持って移動しながら攻撃するとなると壁に武器が当たる可能性が出てくる。
「もう、小夜にモンスターを殺させる体験はさせたから、ここは瀬尾さんに任せましょう。真耶は飛来物に注意して叩き落とすようにして」
「分かった」
ここに来る前にオーク系の受肉モンスターと2回遭遇して、火焔蝶が対処することになった。
僕が見たところただのC級だったが、危なげない戦いで安心して見ることができた。
最後は立てなくなったオークに力間さんが何回か短剣を突き刺して終わらせていた。
緑の血に怯えながらも見城さんの厳しい言葉を受けて、必死に短剣をオークの首に突き刺していた。
洞窟の広さはオークが通れるほどの広さはあるが、2体が同時に襲いかかってくるほどの余裕はない。
僕もエイジを大鎚ではなく両手剣に変えて何度も振り回して加重をかける。
「エイジ、前にモンスターが出たら生命力吸収で」
「承知だぜ、主人」
左手に持った懐中電灯で中を照らしながら一歩一歩進んでいくと、岩陰にモゾモゾと動いている何かを発見した。
「エイジ」
「了解だぜ!」
隠れている岩にエイジの目を向けて近づきその姿を捉えると、逃げようとして生命力を吸収されたのか、トカゲが1匹転がって出てきた。
念の為スキルを撃たれないように十分な距離まで近づいてそれを確認する。
「岩蜥蜴か?」
「皮膚は似ていますが、目が少し違う感じがしますね」
比江さんが綾杉さんの脇から顔を覗かせてモンスターの類似点を指摘する。
確かに違うようにも見えるが、この場では判断できないため剣を突き立てて倒すとD級の魔石が転がった。
「・・・さて、ちょっと問題ですね」
「そうみたいですね」
僕と比江さんは腕を組んで考えた。
「比江さんは現状をどう見ますか?」
「そうですね・・・。外のオークは死体を残したので受肉していたのでしょう。そして、問題のダンジョンもあったのでここがオークのダンジョン・・・だと思ったのですが、いたのは岩蜥蜴に似たモンスターでした。つまり・・・」
比江さんが一度下を見て、僕が考えていることと同じことを考えて僕を見た。
「他のダンジョンで受肉したオークがこのダンジョンに住みついている」
「僕もそう思います。もしかしたら、オークのハグレが率いている可能性もありますね」
そうなると、オークナイトかジェネラルクラスを想定しないといけない。
倒せないことはないのだが、問題は彼女たちだ。
「火焔蝶はA級と戦った経験はありますか?」
「ありません。B級も他のパーティと合同で戦った経験があるだけです」
オークは統率者がいて武器を持ったときはB級までランクが上がる。
これはオーク単体が脅威になるのではなく、集団として戦うことになり戦略を使ってくるため、ジェネラル1体とオーク1体だけではC級のままだ。
僕らはそのまま進み、時折現れるオークとトカゲ系のモンスターを倒して先に進む。
「オークって弱いんですか?」
あまりにも僕が簡単に倒すため、力間さんが不思議そうに尋ねてきたが、それを比江さんが首を横に振って答えた。
「1人じゃ絶対に立ち向かっちゃダメなモンスターよ。瀬尾さんだからこんなに簡単に思えるの。間違っちゃダメよ」
なんだか常識外という評価を受けているようなのだが、何も突っ込まずに僕はこのダンジョンのことを考えた。
そうこうしていると、光が漏れている通路に辿り着いた。
周囲を警戒するには十分な光だと考え、僕らは懐中電灯を切って中を覗く。
中はちょっとした広間になっていて、壁には松明が焚かれていて、僕らが照らさなくても中の様子がよく見えた。
「ジェネラル・・・いや、その上か?」
「出現したトカゲの魔石を食べていますね」
「モンスターが魔石を食べるなんて初めて見た」
「受肉したモンスターはすぐに倒されるから、どういう物を食べるとか、何も研究されてないからね」
「ですが・・・危険ですね」
ジェネラル(仮)の周囲に武器を持ったオークが3体いる。
毛並みが通常のそれと違うので、もしかしたらオークの上位種かもしれない。
「それでは、僕が倒してきますね」
「あ、ちょっと待って。もしかして、あのジェネラルってスキル付きの装備を着てない?」
見城さんに言われて僕はジェネラルを再度見た。
確かに兜から鎧から着込んで武器も大きな戦斧を持っているが、スキル付きかまでは分からない。
「欲しいのなら倒した後にあげますよ」
僕の言葉に、女性陣全員が「うっ」と言って考えた。
だが、それも一瞬で見城さんが頭を振って僕を見た。
「それだと、スキルを使うたびに瀬尾さんに申し訳なく感じてしまうから、私たちで挑戦させて。もちろん、瀬尾さんが危ないと思ったら、いつでも手を出してかまわないですから」
「そうですか。なら、最初に僕が取り巻きを引き剥がして倒しますので、皆さんはジェネラルのタゲを取ってください」
「分かったわ。皆んな聞いたね。私たちの力を1級探索者に見てもらえるチャンスよ」
彼女の言葉に他の4人が頷き、力間さんが少し寂しそうに5人を見ていた。
「小夜は待ってて。上手くいけば貴方が使えるスキルが手に入るからね」
「はい・・・」
言葉少なく力間さんが頷く。
自分の力が足りないことを理解して悔しいのだろう。
だが、参加しても足手纏いにしかならないことも理解しているようだ。
「僕が取り巻きを倒したら、すぐに僕の側に来てください。ここにいるより安全ですから」
「分かりました」
僕は両手剣を振り回して加重をかけた。
「では、行きます!」
身体強化をフルに使い、両手剣を大鎚に変えて、最初の取り巻きの頭を叩き潰す。
緑の血が飛び散り、残った体がゆっくりと倒れた。
残り2体がすぐに立ち上がり武器を構える。
姿形は牛頭馬頭と似ているのだが、残念ながらこいつらに脅威は感じない。
やろうと思えばジェネラルごと倒せそうなのだが、僕はあえて背を向けて取り巻き2体を引きつけながら壁際に行き、ジェネラルと引き離したところで生命力を吸収してサクッと頭を潰した。
動かないことを確認して力間さんに手招きすると、彼女は周囲に注意を払いながらも足早に僕の側に駆け寄る。
「大丈夫だった?」
「ちょっと不安でした。今も心臓がバクバクしています」
確かに、ダンジョンの中で有用なスキルも無しに1人で立っているのは怖かっただろう。
僕も最初にダンジョンに入ったあの日のことは今でも忘れることはない。
目の前では火焔蝶の5人がオークジェネラルと戦っていた。
下手するとA級の可能性があるか? と考えていたが、戦い方は戦斧を振り回すだけの力任せ・・・所謂脳筋の類だった。
ただ、それにしては身につけている装備が豪華すぎる。
僕は足元に転がっている2体の死体の装備を確認すると、それぞれひとつずついいスキルが付いたアイテムを持っていた。
「力間さん、これを」
「え! いいんですか?」
「僕はもう十分スキルを持ってますから」
ネックレスと指輪を力間さんが受け取って装備する。
足速と無呼吸運動10分というなかなか微妙なスキルだが、逃げる場面ではすごく効果を発揮する。
今の彼女には必要なスキルのはずだ。
「ぶぉぉぉぉおおおおおお!!」
「マックスパワー! アンチ・ウエポン!」
「反射防壁! 防御力向上!」
「摩擦係数減!」
二振りの短剣を腰に納めた綾杉さんが、振り下ろされる戦斧を避けて、その側面を強烈な音と共に殴りつけた。
戦斧が跳ね上がってオークジェネラルの体勢が崩れる。
綾杉さんだけの力じゃない。
パーティとしてお互いが補い合っているのだろう。
・・・少しだけ羨ましいと思ってしまう。
「速度増!」
「一点集中!」
見城さんの短剣がオークジェネラルの左膝を貫いて、ジェネラルが膝をついた。
さらに追い打ちをかけるようにその目に矢が突き刺さる。
「ぐぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!」
オークジェネラルの悲痛な叫びが響いて天を仰いだ。
火焔蝶に喉を晒してしまう体勢だ。
「決めるわ!」
見城さんが短剣を喉に突き立てて、傷口を広げるように抉って引き抜く。
流石に耐えきれなかったか、オークジェネラルはそのまま前に倒れて動かなくなった。
「よし・・・討伐完了よ!」
見城さんが動かなくなったのを確認して完了を告げた。
受肉したモンスターはいつものように消えないため確実に倒したのを確認しないと油断はできない。
彼女たちは笑顔で死体に背を向け、力間さんも彼女たちを讃えるために駆け寄っていった。
そんな彼女たちを見る僕の目に・・・それは映った。
黒いモヤだ。
発生源は・・・オークジェネラル!
「皆んな避けろおおおお!!」
見城さんと比江さんが何も見ずに跳んで地面に転がった。
少し離れていた六カ村さんと宝月さんは僕の視線の先を見てそれから離れた。
1番運が悪かったのが綾杉さんだった。
彼女は戦闘のときから接近していたため見城さんと同じくオークジェネラルの死体から近い場所に立っていた。
本当なら見城さんと同じように何も見ずに飛び退かなければならなかったのに・・・僕の視線の先にいた、ゾンビ化したオークジェネラルを見てしまったのだ。
その分対応も遅れ、その間にオークジェネラルゾンビが戦斧を掲げ攻撃体勢になる。
僕も・・・間に合わない!
「真耶! 避けて!」
誰かの叫びが響いて、戦斧が振り下ろされる。
気が抜けた場面での攻撃に、綾杉さんが動けずに表情を凍らせた。
そして、その身体をドン! と力間さんが押した。
僕が間に合わないと思った距離を、先に駆け寄っていた力間さんが足速のスキルを使って走ったのだろう。
その速度も加わって押す力が増し、綾杉さんを戦斧の軌道から押し出した。
ただ・・・彼女の両腕が、その場に残ってしまうことになった。
「小夜!」
彼女の両腕を切り飛ばす戦斧。
「きゃぁぁぁああああああああああああ!!」
力間さんが血を撒き散らしながら倒れ込む。
そして、肘から先がなくなった両腕を抱え込んで身を縮めた。
「くそ!」
オークジェネラルゾンビをスキルの範囲内に入れると、すぐにその場に倒れて動かなくなった。
目下の脅威がなくなって、火焔蝶の面々が力間さんに駆け寄る。
「傷口縛るよ!」
「ハンカチ噛んでて!」
「両腕持ってきたわ! これなら手術すれば繋がるはずよ!」
僕は大鎚を振って、エイジが「こいつが原因だぜ」と教えてくれた腕輪を破壊すると、黒いモヤが消え去り、今度こそ確実にオークジェネラルゾンビは動かなくなった。
そして僕も力間さんに近づくと、彼女は苦痛に顔を歪ませながらも上半身を助けを借りて起こし僕を見た。
口からポロリと噛んでいたハンカチが落ちる。
「えへへ・・・ミスしちゃいました」
「バカ!」
辛そうだが無理して笑顔を作る彼女に見城さんが怒る。
「小夜は何も悪くない。ミスしたのは私だ」
綾杉さんは自分に怒っているのか握った拳が震えている。
だが、ここにいるのは探索者だ。
誰しもが彼女のように両手どころか首を切り取られる可能性もあった。
今回は、たまたまそれが力間さんの両腕だっただけだ。
「病院に行くわよ。緊急で組合に連絡しましょう」
比江さんの言葉に1人を除いて全員が頷く。
しかし、その1人が異議を唱えた。
「待ってください。その前に確認させてください。私が離脱した場合、皆さんは瀬尾さんの護衛を継続するんですよね?」
「小夜のことを心配した状態で護衛なんて継続できるわけないでしょ。申し訳ないけど、瀬尾さんには1人で東京に行ってもらうことになるわ」
そうなるだろうなと僕も頷いた。
もし誰か僕について一緒に行動したとしても、力間さんのことが気になって注意力散漫になるはずだ。
そんな状態で護衛なんてできるはずがない。
「・・・こういう時って、小説とかだとペナルティーがあったりしますけど、組合にもペナルティーってあるんですか?」
「・・・あるな」
「瀬尾さん・・・」
比江さんが何か言いたそうに僕を見るが、ここで嘘を言っても後でバレるだけだ。
実際に、もし彼女たちがこの場で僕の護衛を降りた場合、まず組合に話が行き、状況を精査してお達しがくる。
それから彼女たちが阿蘇に戻ると、今ある温泉への護衛の依頼は彼女たちには回ってこなくなるだろう。
何故なら、仲間が傷ついたとき、護衛対象を見捨てて仲間の治療を優先させると分かっているからだ。
その時彼女は絶対後悔する。
しかも取り返しのつかない後悔だ。
なら、今選んでもらうしかない。
「力間さんは、どうしたい?」
「私は・・・足手纏は嫌です」
「うん」
「迷惑をかけたくないです。火焔蝶が好きなんです。一緒に戦いたいです」
彼女の偽りない本音がでた。
なら・・・、
「僕と同じように両腕を装備する?」
「装備?」
「そう。でも、付くスキルはランダムだし、腕の感覚は無くなるから、元の動きを取り戻すまでそれなりに時間はかかる。でも、傷はすぐに無くなるよ。失った血は戻せないけどね」
僕の言葉に希望を見出したのか、上半身をググッと前に乗り出した。
「装備すれば、護衛を続けることができますか?」
「それは力間さん次第だけど、今すぐ病院という状態ではなくなるよ。訓練は必要だけど、僕も感覚のない右手で握手ぐらいはできるようになってる」
彼女の目に光が宿ったように見えた。
このまますぐに両腕を装備しそうだったので、その前に念押しはしておこうと力間さんが喋る前に僕が口を開ける。
「ただ、本当に何が付くか分からない」
「はい」
「意味不明なスキルかもしれない」
「はい」
「キツイ臭いを放つスキルかもしれない」
「・・・はい」
「強制的に便秘になったり、好きなものが食べられなくなるスキルかもしれない」
「・・・そんなスキルが?」
「あるかもしれない」
「・・・はい」
「それでも装備しますか?」
力間さんは他の人たちを見た。
皆んな彼女に判断を委ねているようで、目が合った全員が頷く。
「お願いします」
力間さんが両腕を上げ、その切り口に比江さんと綾杉さんが切られた両腕をつけた。
「ネックレスを外してあげてください。もし強力なスキルが付いたら占有率が高くなります」
僕の言葉に見城さんがネックレスを外す。
準備はできた。
後は彼女が願いを口にするだけ。
「・・・すぅ・・・装備! がはぁ!!」
それは一瞬で終わった。
今回、僕はあの時間が止まった世界には行けなかったようだ。
「エイジ、彼女の腕はどうなった?」
「無事にスキルが付いてますぜ。ただ、俺様と同じように腐敗防止に押し出されて、スキルが両方とも体の方に移動したみたいだぜ。それに・・・」
「それに?」
エイジの目がグルンと回って僕を見た。
「指輪・・・外し忘れてたみたいですぜ?」
「・・・忘れてた」
ある意味取り返しがつかないミスをして、僕の額から冷や汗が流れ落ちた。