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理由

木下が巨人の両腕を切り落とした。

倒れていて抵抗する様子もないので大丈夫だと思うが、念のためだろう。


僕はゆっくりと滑空して巨人の胴体に近づくが、思いの外速度がある。

一旦上昇しようかと思ったが、腕をポンポンと叩かれてそちらを見ると、館山さんが降ろすようハンドサインを出してきたので、速度を抑えながら地面近くで2人を離した。

2人は上手く受け身を取って転がり、僕は2人分の重量を手放したことで再度上昇してゆっくりと降りた。


「これは・・・」


巨人の首元に大きな穴が空いている。

館山さんが貫いた穴だ。

覗いてみると、奥の方で光っている魔石が見えた。

気にはなったが、それよりも先に確認しなければならないことがある。


「木下!」

「なんだ?」

「こいつの仮面を取ってくれ!」

「取れるのかよ!」


炎帝の手が巨人の顎にかかり、その仮面を引き剥がす。

そこに・・・彼はいた。


「やあ、瀬尾くん。左足を怪我しているようであーるが、大丈夫なのであーるか?」

「身体強化と炎帝の付与でなんとかなってます。俺のことよりも・・・」

「この姿であーるか? ふふふ。どうしようもなかったのであーるよ。人では巨大ロボを操作できない。直接繋がない限り、であーるな」

「巨人との融合」


まるで人形のように表情を失い、巨人の顔と融合した百乃瀬亘が楽しそうに声を震わせた。


「どうやって首を動かすか、どうやってバランスを取って動かすか、手足の動きを思い通りにするか。このスキルを持って全て解決したのであーる」

「・・・だけど、それは貴方という犠牲があっての成果だ」

「犠牲ではないのであーる。礎と呼んで欲しいのであーる。わしと知久の作り出したロボが基本となり、これから更に改良されてドラゴンや海竜と戦う武器となる。その未来が目の前にあーる」

「そうですね・・・あの時、そういう目を貴方がしていたから・・・貴方は狂っていないと僕は考えていました」

「・・・」

「何故この巨人の武器で多くの人の命を奪った!? 神化のため? 昇華のため? 違う! 貴方はそれをするために大量虐殺するほど狂っていない!」


あの行動だけが・・・あれだけが不自然だった。

理由のない殺害。

人によってはあるのだろう。

むしゃくしゃして、どうしようもなくて場当たり的に刃物を振ることも。

でも、この人は違う。


目の前の百乃瀬は僕を見ず。

なんの感情も浮かべずに声を発する。


「瀬尾くんとわしだけにして欲しいのであーるよ」


僕は館山さんたちを見て頷く。

もう、彼に戦う意思も力もない。


「木下! 俺たちを下ろしてくれ。鬼さんを連れて戻るぞ!」

「え? あ、分かった! 京平! その翼はもうすぐ消えるからな!」

「わたくしの力を存分に味わいましたでしょ! そこのエイジより優秀だった事がご理解いただけたのではなくて?」

「味わうか! ふざけた事を言いやがって。テメーの力なんて要らないんだよ!」

「ムキー! 大きな態度をしていられるのも今のうちですわよ! すぐにダーリンポイントを稼いで、貴方を追い抜いて見せますから! 覚悟なさい!」


木下が3人を掴んで移動する。

僕はその姿を見届けて、十分に離れたところで翼が消えて左足の痛みが強くなった。だが、僕はそれを顔に出さないように努めて百乃瀬に向き直り、その場に座った。


「行ったよ」

「ふむ。さてさて、長話になるのであーるが、わしには家族がいた」


孫と言っていた順平がいるのだからそうなのだろう。


「不思議に思わないのであーるか?」

「何処かに不思議に思う点がありましたか?」

「ふっふっ・・・瀬尾くんは真っ直ぐにわしを見るのであーるな。だが、一般的に、わしは変人に分類される人間なのであーる」


そこは否定できない。

オタクや蒐集家の域を飛び越え、その分野を研究するほどの熱意になると、変人と呼ばれる・・・良く言えばストイックと呼ばれる人でなければ辿り着くことはできない。

一つの分野の天才と呼ばれる人たちは、だいたいそういう人たちだ。


「わしの息子の知久はわしを超える変人だった」

「・・・」

「この巨人の設計製作をほぼ全てやったと言えば多少は想像できるのであーるか?」

「貴方が作ったんじゃないのか?」

「わしがやったのは最後の肉付けであーるな。設計図は手を加える必要がないほど完成されていたし、必要なスキルも揃っていた。後は作るだけだったのであーる」

「自衛隊の研究者がいなくなったのは」

「製作の人員であーるな。逃げていなければ、まだ拠点にいるはずなのであーる」


やっぱり、この人は狂っていない。

狂っていたら、その人たちは既に死んでいるはずだ。

皆嶋さんみたいに・・・。


「喜んでわしに見せてきたのであーる。これで人類は救われると。ドラゴンや海竜に怯えずに済むと。・・・だが、当時の上層部は知久の案を却下したのであーる。非人道的武器として・・・」


その理由は僕にも分かる。

目の前に融合してしまった百乃瀬を見れば、誰もこんな案を採用しようとはしないはずだ。


「悪い事というものは、立て続けてくるのであーるよな。ちょうどその日・・・知久の妻であった美奈子さんが、順平を産んで亡くなったのであーる。知久を理解してくれる優しい子だったのに・・・。それからも知久は真面目に人類のために研究していた。現実逃避だったかもしれないのであーるが、融合を起点とした可能性をいくつも作った。なのに・・・知久は全てのプロジェクトから外され、閑職に追いやられたのであーる。実質クビであーる」


百乃瀬の言葉から力が失われた。


「あの時のあの子の表情は絶望であったのであーるよ。わしは・・・しばらく休ませようと知久を1人にしてしまった。その方がいいと思ったのであーるからな。・・・その日に首を吊った・・・」


ふーっと音がした。

まるで残った肺の空気を吐き出したかのような音だった。


「後でわかった事だが、知久のことを誰も理解せず、会話もしなかったのであーる。あの子は・・・完全に孤立していたのであーる。初めてだったのであーるよ、あれ程の怒りを覚えたのは。本当は狙って撃つつもりはなかったのであーる。ただ、ひと泡吹かせるつもりだった・・・」


なのに、昔の怒りが手元を狂わせ、巨人の兵器は莫大な被害を自衛隊と警察と探索者に与えた。


「なんともなんとも・・・やってしまった事は仕方がない。ならば神になるしかないと思ったのであーるが・・・完全貫通にしてやられたのであーる」


武器を犠牲にして全てを貫くスキル。

単純な攻撃力なら絶対的な力を持つスキル。

あの首の付け根の穴が勝負の決め手だったのだろう。


「理由としてはそんなところであーる。それよりも、わし・・・と言うより知久が考えた巨大ロボはどうだったであーるか?」

「・・・何が?」


何がどうなのか?

意味がわからず眉間に皺がよる。


「瀬尾くんなら分かるはずであーる。戦ってどうだったであーるか? 改善点は? 良かった点があれば嬉しいのであーる。さあ、感想を評価をお願いするのであーるよ!」


子供のように声が弾んでいる。

まるで先ほどまでの戦いは模擬戦だったかのように。

単なるデモンストレーションだったかのように・・・。

でも、実際は・・・。


「感想は・・・ありません」

「・・・なぜであーるか?」


意気消沈という感じだろうか?

だが、それでも僕は彼とこの話をするつもりはなかった。

何故なら・・・


「この巨人が大量殺戮したからです」

「・・・」

「使った人の問題? 時代が悪い? 関係ない! 今日! 俺の・・・僕の知り合いが、コイツのせいで死んだ!」

「・・・」

「みんな、みんないなくなった! 一緒に食事した人たちが! お酒を飲んだ人たちが! 優しい! 罪のない人たちが殺されたんだ!」


僕の言葉に、百乃瀬は何も言わない。


「憎い・・・。感想を言うならその一言だ。何故これを僕たちじゃなくモンスターに向けてくれなかった? どうして・・・神と戦おうなんて思ったんだ・・・」


僕たちに向けられなければいっぱい話せた。

お酒を飲みながらでも、話に花を咲かせて。


「僕から話す事はない! こんな物の話をしたら、あの人たちに申し訳がない!」


キッパリと断った僕に、動けないはずの百乃瀬の目がこちらを見た気がした。


「そうであるか・・・。冥土への旅立ちを前に知久への土産話ができると思ったのであーるが、残念であーる」

「・・・何を言って・・・まさか」

「融合した後、わしの生命を維持していたのは魔石であーる。特に完全貫通が破壊した魔石はその核と言っていい魔石なのであーるよ。それが破壊されたのであーる。もう間も無くわしは死ぬのであーる」


全てを諦めたかのように、穏やかに百乃瀬は息を吐いた。


「ああ、幸代。今行くぞ。知久、美奈子さん。順平も間も無く行くのであーる。そしたら、家族全員でババ抜きをするのであーるよ。順平が1番好きだった遊びであーる。楽しみに・・・」


音声が切れた。

ブツリと・・・。

それからは、もう何も言わない・・・。

いくら待っても・・・待っても。


「百乃瀬・・・少しは罪を償えよ! チクショーーーーーーー!!」


僕の声が虚しく響いた。

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― 新着の感想 ―
狂気の狭間で揺れ動いていた感じなんですねぇ
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