幸せと忠告
ブックマークと評価をありがとうございます。
更新が遅い時もありますが、気長に待っていただけるとありがたいです。
※文章の並びをミスしました。修正します。
※修正しました。多分大丈夫と思います。
高々に笑いあう3人を残して、僕は打ち合わせをしていた松嶋さんたちと合流し、服を着替えて宿舎に戻ることになった。
部屋に戻ってからは、一度貴重品を確認して財布と携帯だけ持って一階に下りた。
もうすぐ木下が来る。
そう思って入り口で待っていると、ランドクルーザーというゴツイ車で迎えに来た。
・・・普通免許持っていたのか・・・。
「早く乗れよ。俺の行きつけのとこに行くから」
「分かったよ。どっちの後ろだ?」
「いや、京平は横だ。後ろには日和子が乗ってるからな」
「普通、彼女が横だろう」
「事故ったら危ないだろ」
「事故る前提で運転するな」
僕が助手席に乗り込むと、後部座席から如月さんが僕の肩を叩いた。
「久しぶりだね、瀬尾くん」
「お久しぶりです。あの後、木下からのプロポーズを受けていただけたようで安心しました」
「おい、こんな所でその話は・・・」
「お店の中でされるよりましだろう」
「いいじゃない。瀬尾くんのおかげで私の怒数も下がったんだから。あのままだと、本当に更に数週間口聞かなかったかもしれなかったんだよ」
「あー、確かにな。今ならわかる。ありがとな、京平」
「どういたしまして、平穏無事に行ったようで何よりだ」
本当に、あのまま変にギクシャクな関係にならなくて良かった。
お店について車から降り、入り口に向かおうとすると、木下が後部座席の扉を開けて、如月さんの手をとって、まるでクリスタルガラスでも扱うかのように慎重に降ろしていた。
いくら大切でも大袈裟だろ・・・。
木下の行動に違和感を覚えたが、そうせざるを得ない状況が一つあることを思い出して、何も言わずに店内に入った。
お店は全国では珍しく海産物を扱うお店で、静岡県民であれば2万円で食べれるらしい。
ここ以外では何処でも食べることはできないので、かなり良心的な値段だ。
「大将、今日はよろしく頼むよ」
「あいよ! いつも新鮮なカニを卸してもらってるからね。張り切って捌くよ」
4人席に座っておしぼりで手を拭き、料理が出てくるのを待つ。
先にコンロと鍋が用意されたので、カニ鍋を作ってくれるらしい。
「流石に今の如月さんには生は危ないか」
「ああ、万が一があるからな」
「・・・」
チラリと如月さんを見ると、何か言いづらそうに木下と僕をチラチラ見る。
その行動に、僕は確信した。
「木下、おめでとう。予定日はいつだ?」
「え!? あ、あれ? 何でだ?」
「お前の態度とさっきの質問で8割ほど。残り2割は如月さんの態度だな」
出された水を一口飲んで、混乱している木下を見た。
おそらく、まだ誰にも言っていないのだろう。
後ろを見ると、カウンターの奥の大将や他の従業員も動きを止めていた。
「まだ、内緒でお願いします。間違ってもSNSなどに書かないように」
「わ、分かった! お前らもいいな! 静岡の新聞社やテレビ以外で第一報が出たら、俺たちはここにいられなくなると思え!」
「「「うす!」」」
お店の絆を確認できた所で、僕たちの前にカニの巨大な足が2本、殻が取り除かれた状態で置かれた。
身はすでに切られていて、最初は鍋の中にそれを入れて、しっかり火を通してタレにつけて食べる。
「うっまぁ!」
思わず声が出てしまった。
僕の声に、満足そうに木下と如月さんが笑顔を浮かべた。
「そのカニはね、静岡の海岸で獲れたものなの。受肉したモンスターなんだけどね。地域貢献で定期的に組合で狩っているの」
「この店には、俺が直接卸しているんだよ。だから気にせず食べてくれ」
「ありがたくいただくよ。・・・このカニって他の地域では見ないけど、発送とかはしていないのか?」
「そんな計画もあったらしいけど、企業団ができてからは、地域の物産は来て食べてもらうって流れになったらしいぜ」
「細かい話をすると、いろんな場所が欲しいって手を挙げたけど、郵送の費用とか単価とかの関係で苦情が各所から来て、当時の会長が、だったら来てから食べろ! ってことで決着したらしいわ。一部関東のお店では隠しメニューとしてあるみたいよ。どういうルートかわからないけどね」
如月さんも美味しそうにカニを口の中に入れる。
木下が獲ってきた物なら、美味しさも倍増だろう。
「如月さんはまだ・・・その、食事の偏りとか味覚関係は変わってないんですか?」
「うん、まだだよ。今のうちにしっかりと食べておかないとね。下手したら数ヶ月食べれない可能性もあるから」
嬉しそうに微笑む彼女を見て、改めてあの時助けて良かったと思えた。
そんな事を思ったせいか、如月さんが真剣な顔で箸を置いた。
「あの時は・・・助けてくれて本当にありがとう。君が和臣くんと助けに来てくれなかったら、今ここに私はいなかった。この子を授かることも、幸せを感じることもできなかった。本当に感謝しています」
「俺からも・・・。正直、あの時はまだお前の中で俺に対する蟠りもあったはずなのに、救助に協力してくれて感謝している」
2人が同時に頭を下げた。
後ろを見ると、大将以下全員が僕に向けて頭を下げている。
人がいないからいいようなものを、流石に店内の全員が頭を下げるという事態に戸惑ってしまった。
「皆さん頭を上げてください。どうしたらいいか分からない」
僕の言葉に、皆んな頭を上げてそれぞれの作業に戻っていく。
木下たちは、それでもまだ箸を持たずに僕を見ている。
「僕としては恩をきせたつもりはないよ」
「でも、お前がいなかったら、あの時間に合ったかどうか・・・」
「いいって。僕だってこうしてエイジが進化したし、前より強くなれたんだ。如月さんも、変にプレッシャーを持たないようにしてください。そっちの方が心配になります」
「うん・・・分かったわ。でも、何かあったら連絡してね。いつでも助ける準備はできているから」
彼女の言葉に、僕は苦笑して一回だけ頷いた。
それからは、カニの小鉢を堪能しながら箸を進め、木下と如月さんに訊かなければならない事を思い出した。
「そう言えば、お住まいは静岡県ですか?」
「今は、私と私の両親、そして和臣くんの両親と一緒に東京にいるよ」
「木下は一緒に住んでいないのか?」
「こっちの賃貸マンションに住んでるぜ」
それなら、一定期間木下が如月さんと東京で生活をしていれば、最悪の事態は回避できるかもしれない。
「木下、お前って長期休みを取れたりするのか?」
「ん? 可能っちゃ可能だと思うけど、どうだろうな?」
「貢献度で考えたら休んでも問題ないと思うよ。霊峰富士は発生して今まで一度も異常活動したことがないダンジョンだから、突然どうこうはないと思うわ。自衛隊も注視しているのもあるからね」
カニを食べ終わったら、鍋の汁から灰汁を取り除かれ、そこに野菜と追いカニが投入されて蓋がされた。
目の前で、土鍋がグツグツと音を立てる。
「お前はしばらく如月さんと一緒にいた方がいい」
「・・・何でだ?」
「詳しくは言えない」
「・・・」
木下が僕を正面から見る。
僕の表情から何かを読み取ろうとしているのか、その視線はかなり鋭い。
「京平って、そんな変なリストバンドする趣味なかったよな?」
ピクッと眉が動いてしまった。
「何がある? 言えよ」
僕はリストバンドを触りながら思考を巡らせた。
自衛隊も今回のことは、可能な限り被害を出さず、相手を壊滅させる手段を考えているはずだ。
その戦力に木下の存在も含まれている可能性が高い。
今のうちに休暇申請を出せば災難から逃れるはずだ。
「今は言えない。自衛隊がどう動くかも不明だから」
「お前はどうすんだ?」
「僕はここにいる。アイツがいる可能性が高いからな」
右手で拳を作って力を込めた。
「ようやくだ・・・この機会を逃すわけにはいかない」
メリメリっと拳が音を立てたので、すぐに手を開いて軽く振った。
それからは、鍋を突っつきながら霊峰富士のモンスター分布やトラップ関係の話をした。
木下は登頂したが、そこで不死鳥と遭遇し、戦いはしたが倒すことはできず引き分けだったらしい。
最後はお互い睨み合いながら引いたそうだ。
鍋の締めは雑炊にしてもらった。
うどんも捨て難かったが、僕は米派だ。