凶報と依頼
テレビで朱野さんの安否が不明になった知らせがあって1日が過ぎた。
朝も鬼木さんに電話をしてみたが、やはりでず、テレビからの続報を確認していると、彼女から折り返しの電話が鳴った。
「鬼木さん!」
『瀬尾くん、今まで電話に出れず、ごめんなさい。今、飛騨にいて、正直時間がなかったわ』
「朱野さんの件ですよね」
『テレビで報じていたからね、知っててもおかしくないか。はぁ・・・反神教団がどういうトリックを用いたのかわからないけど、突然D級とE級のダンジョンが現れてブレイクしたわ。現れた時期は・・・広域認識阻害が消えた時期と一緒だと判明したけど、同時にブレイクさせるなんてありえないことなのに・・・』
「朱野さんは? どこに入ったかぐらいは掴めているんですか?」
『・・・ダンジョン群の中でもC級のダンジョンに入ったことが分かっているわ。朱野の力量なら何があっても大丈夫だと思うけど、反神教団が関わっているとなると判断がつかない。捜査は他の行方不明者とあわせて続けられるけど、朱野のスキルが狙われていたのなら・・・』
最悪な状況が僕の頭をよぎる。
『それで、瀬尾くんは今自衛隊の小田原の寮にいるのよね?』
「はい」
『今向かっているから、そこで待ってて』
「分かりました」
鬼木さんが今どこにいるのか分からないが、もう既にこっちに向かっているということは、急ぎの話があるのだろう。
僕は一階に下りて、受付で応接室の状況を確認した。
運良く今日は誰も使用しないようだ。
「すみませんが、何時になるか分かりませんが、探索者組合の鬼木さんがこっちに向かっているので、到着したら応接室を使いたいんですが」
「承知しました。今日は突発的な使用がない限り誰も使う予定は無いので、来たら案内しておきます。電話番号をいただければ、ご連絡しますが?」
「お願いします」
僕は受付に携帯画面に表示された僕の番号を見せて、メモが終わるのを待つ。
「はい、大丈夫です」
「よろしくお願いします」
受付の奥をチラッと覗いたが、雨宮さんの姿はない。
僕は何も訊かずに自分の部屋に戻った。
それから、ソワソワしながらテレビのチャンネルを無意味に切り替えたり、動画ツクールを観てたり昼食を摂ったりして時間を過ごしたが、結局鬼木さんたちが到着したのは午後3時を過ぎた頃だった。
鬼木さんが来たとの連絡があったので、応接室に行ってドアをノックし、中から鬼木さんの声が聞こえたので扉を開ける。
「お久しぶりね、瀬尾くん」
「お久しぶりです、鬼木さん。そして、日野さんは島根ぶりです」
「ああ、島根ぶり」
日野さんはおそらく運転係だったのだろうか、かなり疲れている。
かと言って、鬼木さんが元気かと言えばそうではない。
彼女は彼女で目の下にクマを作っていて、見るからに疲れていた。
「飛騨はどんな状況だったんですか?」
「私たちが行ったときには既にブレイクしてて、救援要請が出ていたわ。今ここに誰がいるかも確認できずに片っ端から対処していた感じよ」
「ブレイクしたのはDとEだったんですよね?」
「ああ・・・普通のDとEなら良かったんだがな・・・」
日野さんがここまで体力を消耗しているということは、対処にクセがあるモンスターが受肉したのだろうか・・・。
「レイス系・・・ですか?」
「正解よ」
日野さんが頷き鬼木さんが答える。
「しかも安眠妨害するタイプで、夜になったら叫び声はあげるわ騒音をかき鳴らすわ、防音設備を使っても物理はすり抜けてくるし! 本当に最悪だったわ」
「それは・・・お疲れ様でした。受肉したボスはB級だと思いますけど大丈夫だったんですか?」
「そっちは比較的にな。人数もいたから処刑人と落武者と・・・」
「リトルドラゴンよ」
「ああ、そっか。レイスや怨霊どもを潰す方が苦労したよ。それに・・・な」
2人の眉間に皺が入った。
「ブレイク前に・・・朱野さんはダンジョンに入ったんですか?」
僕の質問に2人が頷いた。
「朱野以外にも何組かダンジョンに入っていた報告があったわ。後で見つかった人もいるけど、朱野は何も見つかっていない。私たちはその後ヤツらの新情報が出たからこっちに来たけど、向こうでは今も捜索してるはずよ。・・・最悪、霊媒師スキル持ちに頼む必要があるかもしれない」
霊媒関係のスキルは行方不明者が生きているか死んでいるかを確定させるための最終手段として使用される。
スキルホルダーは僕が知る限り3人だけだが、民間の依頼は受けずに警察の依頼とテレビでの広報だけ活動している。
「そこで、新情報の件で瀬尾に頼みがある。近日中に富士市に移動してほしい。探索者組合の方で既に宿舎は手配済みだそうだから、今ある荷物だけ持って向かえば大丈夫だ」
「えっと、明後日でいかがですか? ちょっと明日は夜に食事会があって・・・」
「へぇー、自衛隊の人と仲良くしてるのね。できたら組合の人とも仲良しになってほしいんだけどなー」
「いえいえ、えっと、今回の人は福岡でお世話になった人で他の人もここでお世話になったので・・・」
僕が焦って言い訳をすると、鬼木さんはクスクスと笑って手をヒラヒラと振った。
「大丈夫よ。ちょっと言ってみただけだから。それに私たちも1日ぐらい休憩が欲しかったところだしね」
「そうだな・・・今日こそはレイスの騒音に悩まされず、ゆっくり寝れる」
2人とも、相当レイスに悩まされる日々を過ごしたみたいだ。
2人が泊まるホテルを聞いて、明後日迎えに来てくれることになり、僕は部屋に戻った。
それから携帯を手に取って矢田師団長にコールする。
『矢田だ、どうした?』
「すみません、瀬尾です。先ほど探索者組合の鬼木さんと警察の日野さんが来て話をしました」
『・・・そうか。富士市の探索者組合に行くことになったか?』
「そうですけど・・・そちらに組合から連絡がありましたか?」
『いや・・・ちょっとした推測だ。いつ行くことになった?』
「明後日の予定です。明日は夜に佐藤さんたちと食事会をすることになってますので」
『そうか。なら、私の確認も明日の10時ごろにさせてもらおうか』
そうだった。
僕に憑いた死神の回避手段を教えてもらわないといけなかった。
「承知しました。場所はどちらで?」
『お前の場合は、寮の応接室でいいだろう。10時になったらそこで待っていてくれ』
「はい」
電話を切ってソファーに体を沈める。
もし死神が鎌を振る場面に遭遇するとしたら、鬼木さんたちが持ってきた新情報が関係しているのか・・・。
震える左手を右手で押さえて、僕は静かに目を閉じた。