雨の降る日に・・・そして・・・
説得は上手くいった。
あの解答で、本当に納得したかどうかは分からないけれど、超広域認識阻害スキルホルダーを探してもらえることになった。
「すまないが、そう簡単に出来る内容じゃないから、今日は帰るように外の人たちにも伝えてもらえるかな?」
僕は緋緋色氏の言葉に従って部屋を出る。
出る際に、一度彼を見ると、彼はヒャッホイ氏がいた画面を見て椅子の背に体重を預けていた。
何を考えているのだろうか?
僕はそう考えながら、扉をゆっくりと閉めていった。
「話し合いは終わったかね?」
「はい、なんとか・・・。あれで納得していただければいいんですが・・・」
「それは彼の気持ち次第だろうな」
リビングに戻ると、中込隊長が僕に労いの言葉をかけてくれた。
周囲を見渡すと矢田師団長と雨宮さんの姿がない。
「彼女たちは気分が悪くなったらしくてね。無理をさせてもいけないから退席するよう伝えたよ。それよりも、ちょっと訊きたいのだがね、座ってくれるかい?」
「はい。あ、ありがとうございます」
座ると同時に、僕の前にコーヒーが置かれた。
ちょっと飲みたかったので中込隊長を見ると、笑顔で頷いてくれたので遠慮なくカップに口をつける。
「それでね、訊きたいのは君たちが言っていたゲームについてなのだが、そんなに難しいものなのかね?」
「難しいと言うか、捻くれているんです。作中では登場人物が全員殺されるんですが、誰も殺せない状況で起きるので、読者の思考を狂わせるんですよ」
「作者は答えを発表しなかったのかな?」
「しませんでした。もしかしたらどこかひっそりと書いて放置しているかもしれませんが、僕が探しても見つけることは出来ませんでした」
ネットの海の中、もしかしたらという思いもあって、一時期探していたこともあったが、結局見つけることは出来なかった。
「ふむ・・・もしそれがあるのなら、こちらでも探してみるか」
「え? 自衛隊で・・・ですか?」
「必要になるかもしれないし、何より知りたいだろ? 真実を」
中込隊長が楽しそうに笑みを浮かべて立ち上がる。
僕もそれに合わせて立ちあがろうとしたら、手で静止された。
「私は先に退席させてもらうが、君はゆっくりコーヒーを飲んで行きなさい。中村くん、都築くん。色は朱だ。いいね」
「「はっ!」」
中込隊長が退席した後、僕は2人に見守られながらコーヒーを飲み、部屋から出てこなくなった鎌谷さんにお辞儀だけして帰るとになった。
地下から上がると、以前入口として使った機械振興会館から出た。
そこからは、おそらく防弾加工された車に乗り、ほぼ強制的に寮まで送り届けられた。
何処かに寄りたいなどと言える空気ではなかった。
この日はもう大人しくしようと決めて、ジムに置いてあるような機器を使って一汗流し、部屋に戻ってシャワーを浴びてベッドに倒れた。
次の日、雨は今日も降っている。
僕はいつも行っているバーをネットで検索してみると、お昼も開店してオムライスとかカレーを提供しているということで行ってみることにした。
お値段は2,300円。
夜と違って、客層も変わっていて、テーブル席には2人の女性と1人の子供がいたり、黙々とカレーを掻き込んでいるガタイがデカい男がいたりしている。
僕はいつもの席でオムライスを頼んでみた。
ソースはデミグラスで。
卵は切り開くタイプではなく、チキンライスを全て覆っているタイプだ。
「さあ! 餃子を頼むのであーる!」
「ここここのおお昼! には、なっないよ! くくクリームパスタで・・・いいよね」
「しょうがないのであーる!」
オムライスを半分以上食べたところで、百乃瀬さんの声が聞こえた。
口の中の物を飲み込んで入り口を見ると、いつもの2人が入ってきて僕を見つけた。
「おおおおおおおお! この時間には珍しいのであーる! しかし、これぞ運命なのであーる!」
百乃瀬さんが笑顔で僕の隣に座って、店員を指差す。
「親子ど」
「クっリームパスタ・・・ふふ2つで」
店員は頷いて水を2人の前に置いた。
「運命ってどうかしたんですか?」
「そうなのであーる! わしは、もう会えなくなるのであーる!」
「え!」
追加のひと匙を口に入れようとして止めた。
「心配することないのであーる! 研究が上手くいった結果なのであーる!」
「そうなんですか・・・。いや、喜ばしいことですから、こんな顔してはいけませんね。おめでとうございます。いつかゴーレムのお披露目をするんですか?」
「日にちは決まっていないのであーる! だが、近々に見せるのであーる。人類の叡智の結晶を世界中に知らしめ! デウス」
「じーさん!」
突然、大声でお孫さんが百乃瀬さんの言葉を遮った。
その大声に店の中の人全員が僕らに目を向ける。
僕は周囲の人に頭を下げて、態度で謝罪をする。
大声を出したお孫さんは、すごい顔で百乃瀬さんを睨んでいた。
「ふむ・・・まあ、いいのであーる」
「ききききき気をつけて・・・」
それから僕はオムライスを食べて席を立った。
「お先に失礼しますね」
「ああ、瀬尾くん。君と出会えて良かったのであーる。またどこかで出会えたら、心ゆくまでロボットについて語り尽くすのであーる」
「はい、百乃瀬さん。その時はお酒を飲みながら話しましょう」
握手を最後に交わして僕は店を出て、どうするか悩んでいると携帯が鳴った。
矢田師団長からだ・・・。
数日かかると鎌谷さんは言っていたけど、もう居場所が分かったのだろうか?
「はい、瀬尾です」
『矢田だ・・・』
いつもの矢田さんの声よりも・・・一段と低い声が携帯から響いた。
『今すぐ東京タワーに来るように。正面に来てくれれば迎えを寄越す』
「分かりました」
不安を覚えながら携帯を切ってタクシーをつかまえて東京タワーに到着して、そこにいた自衛隊の人と一緒に、東側にある公園から地下に入った。
そして・・・、
「鎌谷さんが殺された。カプセル内での窒息死だ。・・・お前宛の遺書だ。すまないが・・・機密の関係で中を改めさせてもらった。修正も黒塗りもしていない。ただ、そこに書かれている人物に関しては今から対処させてもらう」
鎌谷さんの死が告げられて、数枚の紙を渡された。
・・・汚い字だ。
そこには、どれだけあのネットの中で僕と出会えたことが救いだったか、年齢が離れているけど、本当に親友になれるかもと思っていたこと。
そして・・・あのゲームの推理の可能性について広げてくれたことにすごく感謝していた。
ただ、僕の解答に囚われてしまって、新しい推理が出来なくなってしまったとも書いてあった。
・・・それは、ごめん。
それから、超広域認識阻害スキルホルダーについて書いていた。
僕は彼の個室に移動して、もう既に段ボールの中に彼の蒐集物が詰められていた物を見た。
それから彼のパソコンがある場所に行って画面を見る。
「ヒャッホイ氏・・・いえ、穴渕藍さん。居ますよね?」
僕の呼びかけに・・・画面が光を帯びて彼女が姿を現した。
『・・・酷いな。うさぎ氏は俺のことをヒャッホイとだけ認識してくれると思ったのに』
服を全て黒に染め、黒のヴェールで顔を隠して僕を見ている。
「何でですか・・・何で緋緋色氏を殺したんですか!」
僕の声に、彼女は動じない。
画面の向こうではどうかわからないけど、この画面上ではかろうじて見える口元からは何も分からない。
『私はね・・・この姿が本当の私だと思っているの』
口調がガラリと変わって彼女が喋り出した。
『現実の私はね、病気と薬でベッドから動けないの。しかも、太りやすい体質になったせいで醜くなってね。・・・そして、私の心が限界に達したときに緋緋色氏とうさぎ氏と・・・私の所属するダークフューチャーに出会った。本当に、厨二病の組織名よね。黒い未来なんて・・・悪の組織丸出しじゃない。・・・でも、その組織が私に力をくれて、生きるためのお金をくれた。どうしようもないのよ。どうしようも・・・ね』
「殺さなくても・・・助けを求めることだって!」
『仕方ないじゃない。もしかしたら、レベルが手に入って、自由に生きる夢を見てしまったら・・・もう殺さない選択も助けを求める選択もない。進むしか私の前にはなかったのよ』
「貴方は! 友達を殺すことに罪悪感を感じないんですか!?」
『無いわ。だって、今の私より・・・幸せじゃない』
「・・・どこがだ!」
苛立ちを隠せず、思わず声を荒げた。
『だって・・・50歳まで、色々な場所に行ったんでしょ? 色々な人に出会い、青春もして、人生楽しんだでしょ? 私には何一つ無かったのに! 何一つ許されなかったのに!』
画面から小さくドタドタという音が聞こえた。
『ああ、もうダメね。このスキルの唯一の欠点よ』
「・・・自分を認識阻害させることはできない、ですか?」
『・・・正解。それじゃ、バイバイだ、うさぎ氏! もう俺と会うことはないと思うけど、ちゃんと周囲は見とくようにな! はぁ・・・ごめんね・・・』
誰かが乗り込んでくる音がして、画面がぶれて消えた。
「くそ・・・くそぉぉぉぉおおおおおおお!」
鎌谷さんの遺書を投げ捨てる。
ネット内での友達だった。
顔は知らなかったけど、何でも相談して、何でも言いあえる仲だった!
「クソォォォォォォオオオオオオオオオ!」
次より章が変わります。
そして、超広域認識阻害が消えたことで、色々と動きます。
楽しんでいただけるように頑張りますので、よろしくお願いします。