講師としての指導
コメントありがとうございます。
ちょっとシビアな世界で、なるべく現実寄りに書いてますが、これからも飽きることのないように書いていきますのでよろしくお願いします。
会場は教壇の位置が1番低く、生徒が座る席が徐々に高くなっていて、何処にいても僕の姿とホワイトボードが見えるようになっている。
その中で、今日の生徒たちは最前列の席に座っていて、それ以外の人たち(藤森さんとか帆足学長とかカメラを構えてる人とか)は、僕のスキル範囲外に立っている。
僕は小声でエイジに「スキル吸収」を指示し、さらに身体強化を使った。
「さて、知らない人のために僕のルーツを説明します。福岡県甘木市の出身で、15歳の時に地元でダンジョンが発生しました。その際にトラブルに遭い右腕右足を切断されています。今は装備しているので見た目は普通ですが感覚はありません。それから阿蘇市で探索者として活動し、A級モンスターを倒して1級になりました。ざっと言うとこんな感じですが、何か僕に関して質問はありますか?」
僕は5人に対して左から順番に視線を送る。
これからダンジョンのこととかスキルについても質問をしてもらう予定でいるので、この質問を最初の足がかりとして積極的に手を挙げてほしいという願いを込めて見る。
すると、右側に座っていた小網さんが手を挙げた。
「小網さんですね。どうぞ」
「はい。えっと、瀬尾さんが今回講師を引き受けた経緯を知りたいです」
「今回の講師を引き受けた経緯ですか・・・。まず、僕が未成年で活動していた際、僕の身元保証人に自衛隊・警察・探索者組合の三つの組織がなってくれました。天涯孤独の身としてはすごく有り難く、恩を感じるのには十分だったんですよ。なので、そこから来た依頼については余程のことがない限り受けるようにしています。後は、1級という立場ですね。1級探索者は基本的に探索者組合からの依頼は断れません。もちろん無茶な要求や優先すべき事があれば別ですが」
僕が言葉を区切って小網さんを見ると、彼女は小さく「ありがとうございます」と言って眉間に皺を寄せた。
彼女の希望に添える回答ではなかったのだろうか?
そう感じて彼女から続きの言葉があると思い待ってみると、今度は燧さんが手を挙げた。
「燧さん、どうぞ」
「はい。実は瀬尾さんが講師を引き受けたことである噂が流れたので、それについて質問させてください」
ある噂?
僕は努めて冷静を装って頷く。
「今回、瀬尾さんがパーティメンバーを探していて、専門学校の生徒で優秀な人がいればスカウトする、という噂です。本当でしょうか?」
質問の内容にびっくりしてしまった。
5人を見ると、それぞれが期待に満ちた目で僕を見ている。
流石にこれはこの場でしっかりと否定しないと問題になる。
僕はしっかりと首を横に振った。
「申し訳ないですが、僕はパーティを組むつもりはありません。なぜそういう噂が広まったのか不思議ですが、単独でA級を倒せるのでパーティを組んでもデメリットしかないんです」
僕ははっきりきっぱりと伝えた。
その言葉を正確に受け取ったのだろう。
5人ともあからさまにがっくりと項垂れている。
「あ、この噂も嘘なのでしょうか? 瀬尾さんに戦いを挑んで勝てば1級になれるって・・・」
何処をどうしたらそんな噂が生まれるのだろうか?
「えっと、僕に勝っても1級にはなれません。探索者のランクはスキルを持って5級、経験を認められて4級、スキルを3つかD級ダンジョンの完全攻略で3級、スキルを4つ以上か複合効果の特殊スキルを所持、もしくはB級ダンジョン完全攻略で2級、1級は組合が要請するか、パーティでA級モンスターの討伐です。あー、もしかしてあのせいかな?」
そういえば、僕が4級の時に支部長がいきなり1級にランクアップさせられた事があったな・・・。
勿論、僕がすでに1級になっても問題ない実績をあげていて、周囲から「なぜ1級じゃないんだ?」という声があったからこその例外措置だったのだが、僕が認めれば上の級で活動できるとか勝てば1級になれるとかに捻じ曲がって広まった可能性がある。
「もし僕に進言できる権限があればだけど、僕を倒す事ができれば3級になれるよう組合に言ってあげるよ」
そう言って身体一つ分右にズレると、そこに毛むくじゃらになった近重くんが突進してきてホワイトボードの下部に頭突きして崩れ落ちる。
僕は彼の確認をせずに左手を顔の前に構えると、ベルゼブブの籠手にガンガン! と何かがぶつかった。
そして、八日市さんが何かしようとしていたみたいだけど、形になる前にエイジのスキル吸収に吸い込まれていく。
「小網さんは何もしなかったみたいに見えるけど、デメリット系かな?」
「主人、正解だぜ。あの一瞬で2つの精神攻撃スキルを使ってきたぜ。あぶねー女だ」
不意打ちでも倒せればという思いで、予め計画していたのだろう。
何かしてくるだろうと思ってたから、警戒していてよかった。
僕は生命力吸収で動けなくなっている5人を確認する。
彼らはスキルを使う気力も無いようだが、灼熱ダンジョンのあのアルマジロはこの状態でスキルを使ってきたので、改めてA級でも上位モンスターがどれだけ危険な存在か知ることができた。
「さて、奥の人たちはちょっと下がってください」
僕は近重くんの毛むくじゃらの体を左手で持ち上げて彼の席に下す。
同じく飛びかかってこようとしていたのか、タイミングをミスって机に足を引っ掛け顔面を床につけてキスをしている燧さんを起こして座らせ、僕も元の位置に戻る。
「皆さんからの質問は、この状態ではできないと思いますので、これから、今度改正されるダンジョン内での配信行為とその危険性について話をしようと思います」
僕はホワイトボードに◯をいくつか重ねて描いて、真ん中から順にABCDEFと記載していく。
「これは阿蘇ダンジョンのモンスター分布図です。阿蘇は霊峰富士ほど複雑にダンジョンが重なっていないので参考に描きました。この中で阿蘇市はFとEの境です。ちょっとE寄りかな? それでも阿蘇市に行くのは危険とされています」
FとEの境に黒丸を描いて、コンコンとホワイトボードを叩いた。
「理由はいくつかありますが、一番の理由はこの区分けも絶対ではなく、D級モンスターが出没することもあるし、ごく稀ですがB級も来るときがあるからです。ですので、今回の改正で許された範囲はここだけです」
僕は阿蘇市から阿蘇山とは反対方向に向かって◯を描く。
「この範囲であれば、危険なモンスターは居ないし、今の僕と同じ装備をしていれば万が一もありません」
ここで僕は少し間を置いた。
この時点で気づく人は気づくからだ。
ちょっとだけ視聴者のコメントを見たいが、我慢して背筋を伸ばす。
「皆さん気づきましたか? はっきり言って、今の時期から始まるダンジョンライブ配信は、危険が一切起きない、しばらくすると飽きられるものになります。ゲームのようにレアアイテムや食料をモンスターがドロップすれば、その情報と共に動画がバズったりするかもしれませんが、この世界ではそんなものは無い。唯一皆んなが興味を持ちそうなコンテンツとしてモンスターの攻略動画がありますが、このF級しか出ないエリアでC級やB級と戦うなんて不可能です」
僕はホワイトボードにそのエリアで出そうなモンスターの名前をつらつらと書き連ねた。
全て小動物でノンアクティブのモンスターだ。
「もしかしたら、自衛隊や組合から許可が出た探索者だけC級のエリアまでならできる可能性もありますが、生死がかかっている状況で動画の画角とか映りとか、コメント返しなんてできるわけがない。中級から上級の探索者なら、絶対にライブ配信はしません」
やるとしたら、編集した動画の配信ぐらいだろう。
それならやろうとする人は多いかもしれないが、映りを気にして攻略に身が入らなくなるだろうな。
「2級なら態々動画配信しなくても、十分お金稼いでいますし、危険を犯してまで撮る意味はないですね」
そこまで言って、僕は生命力吸収を解除した。
暗い表情で前にいる5人がノロノロと座り直す。
「芸能人なら動画で人気を少しでも稼ぐことは、自分の利益になるからやる意味はあるだろうけど、探索者はそのせいで注意力散漫になるから、僕はおすすめしません。それより、相手との戦力差を冷静に見極める目を養ってください。僕のスキルを知っているのにこんな限定空間で仕掛けるのは、自分たちを愚か者と言っているのと同じです」
僕の言葉に、5人はガックリと首を下げて俯いた。