お酒の飲み方と隣の人
コメントありがとうございます。
まだまだ中盤なので、これからもよろしくお願いします。
宮地さんと話をしながらファジーネーブルを飲み続ける。
飲みやすくてジュース感覚でゴクゴクいけそうだが、それはすぐに止められた。
「今回のは弱いのでそう簡単に酔いませんが、カクテルによっては数杯で足にくるものもあります。どのお酒にも共通することですが、一気に飲むと痛い目を見ることだけは覚えていてください」
「はい」
すでに痛い目を見た後なのだが、宮地さんの教えにしっかり頷く。
この一杯を10分かけて飲んでいるのだが、可能な限り酔いを抑えながら飲もうとするとそのぐらい遅くていいらしい。
「飲め飲めと絡んでくる人は基本無視で。どうしても、という時はグラスに口をつけて飲んだフリがいいですよ。あと、お腹には必ず食事を先に入れておくことです。空腹時にいきなりお酒は止めるように」
そう言いながら宮地さんは3杯目を注文する。
僕が1杯飲む間に3杯飲んでいるのだが、顔色が変わる様子はない。
それから自衛隊の階級の事やオフの日の事、プライベートの話などを小さく笑いながら話していると、僕の席から一つ離れて新しい客が2人座った。
「じじじじーさん、て、てて適度にしてくれよ」
「分かっているのであーる。あー、ほれゾンビとか言うのを」
「だ、だめだよぉ。えっと、あ、レレレレレモンサワー二つで」
「おんしは本当に面白くないのであーる」
少し気になってそちらに目をやると、見るからに細い体をスーツに包んで髪もセットしている男性と、対照的に白い髪の毛をボサボサに散らかした結構な年齢の老人が座っていた。
ゾンビとかいう聞くからに危ない飲み物も気になったが、この人たちはどんな関係なのだろうか?
「ももももうじーさんもっっとし! なんだから、ねねねね年齢に見合った飲み方をっっっしてくれよぉ。飲みすぎてききき急に倒れられると他の人に迷惑が」
「ふん! それも運命なのであーる」
「うっ運命なんて、ふざけた理論を振りかざさないでよぉ。おおおお俺たちは必死こいてるってのに、頭脳が死んだら全部パーになるだろ」
「おんしが引き継げばいいのであーる」
「っじじじじーさんの頭脳には敵わねーって! なななな何度言えば分かってくれるんだよぉ。ちょっとは孫の言うことを聞いてぇ」
どうやらお爺さんと孫の関係みたいだ。
しかも、お爺さんは重要なプロジェクトのリーダー? には見えないからアドバイザー的な人だろうか?
色々な名前の飲み物を頼もうとしているが、お孫さんが全部阻止して、店員さんもお孫さんの見方をし始めたので、諦めてレモンサワーを飲みだした。
僕は2人の掛け合いを聞いて、くすりと小さく笑った。
「どうかしましたか?」
「いえ、隣の会話がちょっとおかしくて」
「隣の席?」
宮地さんは僕の隣を一度見て、何も言わずにお酒にまた口をつけた。
何も言わないということは、この店ではよく見る顔なのだろうか?
最上階のお店なので来る人も固定されるだろうし、そういう人がいてもおかしくない。
僕がもう一度チラリと2人を見ると、たまたま老人の方と目が合った。
「お隣さんや、何かわしに興味があーるか?」
「あ、いえ!」
流石に耳を大きくして聞いていたとは言えず言葉を濁したが、考え直して老人を見た。
「すみません。お二人の話し声が聞こえて、僕的に面白かったので聞き耳を立ててしまいました」
「そうなのであーるか。まあ、若人を楽しませたのなら良しとするのであーる」
少し責められるかと思ったが、いい人そうでよかった。
そう思ってホッとすると、老人は何かを思いついたらしく目を開いて手を叩いた。
「あ! いやいや、そうであーる。どうせなら、第三者にあの事を訊くのであーる!」
「じじじじじじじじーさん! ちょちょちょ待って! ごごごごめんね」
「何で止めるのであーるか? わしらにない発想もあるかもしれないのであーる!」
「でででででも、ああああれは、っダメじゃないかな!」
強い意志で止めるお孫さんを、老人は鼻で笑って目の前にあるお酒を一気に飲み干した。
「そんなんだから、おんしは新しい発想を生み出さないのであーる。生であーる! 生なら問題ないであーるな? ジョッキで持ってくるのであーる!」
ドンっとキンキンに冷えたグラスに生ビールが注がれて老人の前に出される。
彼はそれを持って、僕の隣に席を移した。
「わしは百乃瀬亘であーる。隣はいいであーるか?」
「あ、はい。大丈夫です。瀬尾京平です。よろしくお願いします」
僕が自己紹介を返すと、百乃瀬さんは笑みを浮かべて「知っているのであーる」と言われてしまった。
ちなみにお孫さんは席を動かずに頭を抱えて唸っていた。
・・・強く生きてください。
「実はな、わしが何としても作りたい物があって、材料は揃っているはずなのにどーしても出来ないのであーる」
「何を作りたいんですか?」
僕の質問に、百乃瀬さんはビールを一口飲んで、僕を見ずに口を開いた。
「ゴーレムであーる」
その目に絶対に諦めないという探究の炎が見えた。
「ただのゴーレムではないのであーる。瀬尾くんは旧暦のアニメは観たことあーるか?」
「あります。有名どころは確実に押さえていると思いますが、1番はWです」
「ほう、Wを推すであーるか。わしは初代であーるな。あの初代故の無骨さがいい」
その目を少年のように輝かせて百乃瀬さんは語るが、その表情が急に陰った。
「だが、ゴーレムでそれを再現する事が出来ないのであーる」
「あー・・・」
再現する事が出来ないのは、当然といえば当然だろう。
まず、関節が細い。
人型の巨大ゴーレムを作ろうとすると、どうしても足の関節に負担がかかり過ぎて、戦う間も無く砕けてしまうだろう。
それ以外にも、人を乗せるという事でコクピットを搭載しなければならないのだが、地上2階か3階になる場所に座って、人を余裕で越えるほど足を上げて踏み出す衝撃をその尻にダイレクトに受けると、人は確実に尾骶骨を折る。
本当に作ろうと思ったら、下半身はガッチリとした素材で組み上げ、上半身は可能な限り軽量化させなければならない。
さらに足のパーツのクッション性を高めて衝撃を軽減させるか、コクピットを水に浮かべるかバネで吊るか。
「タンク型は?」
「論外なのであーる。目指すのは人型一択なのであーる」
「ですが、人が乗ったまま倒れたりすると、搭乗者はほぼ死にますよ? 地上3階から背を向けて地面に叩きつけられるんですから」
「それでも人型が1番いいのであーる! 理想は貫かねばモチベーションが落ちてしまうのであーる!」
モチベーションは大事だ。
ものづくりにおいて、モチベーションがないと何かしら問題がある物しか出来上がらない。
百乃瀬さんが今からタンク型の巨大ロボットを作ろうとしても、自壊しそうな物しか作れないだろう。
「いっそ必要なスキルをかき集めて、外部の魔力で発動できればできそうな気もしますけどね」
「外部の魔力であーるか?」
「魔石のことですよ。それを取り付けて、うまくスキルを発動できれば、スキル次第では衝撃とか重さとか無視できると思うんですよ」
なんせ、物理法則を無視できる唯一の力なのだから、巨大ロボットに適用できれば、どんなに暴れようと搭乗者に害を与えない物ができるはずだ。
一番の問題は、スキルを人が装備せずに発動できるかという点だけだろうが、それは僕が考えることではない。
「スキル・・・外部魔力・・・アレを繋げて・・・スキルの相性・・・」
僕のアドバイスが百乃瀬さんの想像力を働かせたのか、急に彼はブツブツと小さく呟きながら席を立って出口に歩きだした。
「あ! ままままま待って! ぼぼぼ僕を忘れないでぇ」
置いていかれそうになったお孫さんは、急いで店員にカードを渡して会計を済ませ、百乃瀬さんの後ろを追って出て行った。
ちょっと面白い人たちだったな。
巨大ロボット談話もできたし。
今日は楽しい1日だった気がする。