守る者たち
木下が何とか立ち上がって魔人の背中に殴りかかる。
だが、その行動を読んでいたのか、魔人が振り返って木下の拳を払い落とすと同時に腹に独鈷を突き刺す。
「がはっ!」
物理無効が効いていない!
ダメージが完全に通っていて、木下はその場で再度膝をついた。
「挑戦者よ。元気なことはいいことだが、俺との戦いのために取っておいてくれ。疲れ切ったお前と戦っても面白みに欠ける」
「勝手なこと言ってんじゃねー。テメーが破壊しようとしているものは、俺たちが守っているものだ! そう易々と諦められねーんだよ!」
炎の大剣をまた作り出し、木下が切りかかる。
「ふむ・・・仕方ないな」
その大剣を避けながら魔人は何かを考えて、一度頷いて剣を構えた。
「強制休憩だ」
「うぉぉぉぉおおおおおおらああああああ!」
木下の攻撃を避けて、魔人がすれ違いざまに独鈷を腹に突き刺して手を離した。
「がふぅ! こ・・・この・・・」
独鈷を腹から抜こうと手をかける。
その隙に魔人が刀の柄で木下の首の辺りを思いっきり打った。
堪らず木下がその場に倒れると、その足を2本の剣で突き刺し、押し込んで地面に縫い付けた。
「がぁぁぁぁぁああああああああ!」
痛みに木下が吠える。
「そこで見ているがいい」
魔人が火口の縁に向かって進む。
ダメだ。
まだ準備が終わっていない。
「えいじ・・・すきる、きゅうしゅう」
「・・・」
エイジに僕を縛るスキルの吸収をお願いしたが、エイジはそれに応えない。
「えいじ・・・」
「ダメよ、瀬尾くん。君はもう、何があっても戦わせないわ」
如月さんが強い口調で僕に言った。
「きのしたが・・・」
「信じて。お願いだから、彼と私を。君のパーティメンバーを!」
僕と如月さんが言い合っている間に、魔人は阿蘇市を見渡せる場所に辿り着き、ニヤリと笑った。
「ああ、あるな。あそこだ。あそこに力が集中している。なるほど、あれならば切り札足り得るな。この俺が気づかなければの話だが」
4本の腕を大きく広げ、炎をその中央に集め出す。
その熱量に、魔人が立っている地面が溶け始め、離れているはずのアイスドームも徐々に形を崩し始めた。
「この! 私のドームまで!」
如月さんは高熱に押し負けまいと、スキルに集中してアイスドームを維持しようとする。
そして・・・魔人の前に小さな太陽が出現した。
小さいと言っても僕たちを飲み込むには十分すぎる大きさで、あれが仮に阿蘇市に着弾すれば確実に焼け野原になる。
エイジの吸収なら!
あれを吸収出来るはずだ!
「えいじぃ!」
「ダメだぜ、主人。吸収は出来るだろうが、距離が遠すぎる」
だからと言って見てるだけなんて出来ない!
僕は身を捩って何とか拘束から逃れようとするが、激痛もあって拘束が解けることはなかった。
そして・・・魔人の炎の塊が完成した。
「では、滅びろ。名も知らぬ街よ! この俺が滅ぼした最初の街として名を残すがいい!」
ドン!
重低音が響いて炎の塊が放たれた。
・・・もうダメだ。
阿蘇市は焼け野原になる。
僕はその先の光景を見ることができず、右目を閉じて顔を背けた。
「だからさせねーって言ってんだろうが!」
「貴様! どうやって!?」
木下の声が響いた。
同時に魔人の驚愕した声も聞こえた。
僕は目を開けて見ると、木下が空を飛んで、巨大な盾を作り出して炎の塊を受け止めていた。
バカな、木下は両足を地面に縫い付けられていたはず。
僕がその場所を見ると、そこには切り離された2本の足と、魔人の剣が放置されている。
・・・あいつは、自分の足を切ったのか!?
確かに今のやつなら移動は飛行すればできるだろう。
だけど、力尽きてスキルを解除してしまったら、切った足は手術で繋ぐしか元には戻らないんだぞ!
あいつはバカか!?
「言っておくけど、瀬尾くんに和臣くんの行動を批判する権利はないからね。君が取った無茶な行動はあれと一緒よ」
一緒にして欲しくない。
一緒にして欲しくないが、僕は何も言えずに歯を食いしばった。
目の前では木下が炎の塊を押し返そうとして、魔人もそうはさせまいと力を込めている。
「愚かだ! 全くもって愚か者だ!」
「ウッセーな! テメーが俺を批判してんじゃねーよ! 俺は俺で最善を選んでいるんだ!」
「その最善とやらで自分の足を切ったのか? 俺との戦いはどうするつもりだ!」
「どうするもこうするもあるか! お前と俺との戦いはもうない! 俺たちが街を守り切ってお前は倒されて終わりだ!」
木下の身体が金色に輝く。
あいつ自身も炎の塊に対抗するため、かなりの熱を放っているはずなのに、全く恐怖を感じない。
それどころか、魔人の放った熱も和らいでいる。
「お前の攻撃を防げばぁ、俺たちの勝ちだぁぁぁぁああああああああ!」
「戦いながら寝ぼけているのか愚か者! ならば防いでみるがいい!」
炎の塊が大きく膨らんで・・・木下に向けて中に渦巻いていた力が放たれた。
一つの街を破壊することができる力を、木下は大楯で受け止めて耐える。
盾に弾かれた力は千々になって至る所に飛んでいった。
「きゃっ!」
そのうちの一つが僕たちの上を飛んでいって、一瞬でアイスドームが蒸発する。
如月さんが慌ててドームを作ろうとしたが、エイジがそれを止めた。
「安心していい、炎の小僧の奥方。熱やスキルは俺様が吸収出来る。あれはその範疇だから、この場にいる限り安全だと思っていい。ドームは不要だぜ」
「そ、そうなのね」
自分を守る物がないという状況が不安なのか、少し身を震わせて、それでも無様な姿は見せないように胸を張って木下を見る。
飛び散る力が流れ星のように散っていく。
あの先に阿蘇市や他の場所を守っている人がいないことを願った。
上手くA級モンスターに当たってくれると嬉しいのだが。
そうして炎の塊は力を放出し続けて、徐々に消えていく。
防ぎ切った。
最大のピンチを切り抜けたことに喜びを感じたが、その代償は大きく残された。
・・・木下の両腕が消えていた。
「はぁ・・・はぁ・・・」
「・・・」
息を荒くして、浮遊する力も失い地面に降りてグッタリと座る。
その姿を、魔人はつまらなさそうに見て首を掴み上げた。
「お前は挑戦者じゃない。ただの愚か者だな。俺を前にその腕と足で何ができる? 街を守った。確かにその通りだろうが、お前が死んだら誰があの街を守るんだ?」
「ぐっ! がはぁ!」
「結局お前は何も守れていないんだ」
「こ・・・この・・・」
魔人の腕を振り解こうと身を捩るが、腕も足もない状態ではただ動いているだけに過ぎない。
木下が危ない!
「きさらぎさん、こうそく、といて!」
「・・・ダメよ」
「きさらぎさん!」
「私が行くわ」
如月さんの言葉に、僕は右目を大きく開けた。
流石にそれは自殺行為だ!
魔人と如月さんでは力に差がありすぎる!
「私だってね、1級パーティのメインメンバーなのよ。いざという時に取る行動は決めてるの。それにね・・・」
彼女は僕を見てニコッと笑った。
「彼氏を助ける女性ってかっこいいでしょ」
如月さんの周囲を白い冷気が覆っていく。
「瀬尾くんはここで待っててね」
「きさらぎさん!」
「大丈夫。私たちは勝つ!」
如月さんが駆け出した。
白い冷気が走る彼女をスッポリと包み、その形を変えていく。
そして、1匹の氷の狼が冷気の中から飛び出した。
大きさは水牛ぐらいだろうか?
人と比べたら大きいのだろうが、今の魔人と比べると片足ぐらいにしかならない。
それでも彼女は一直線に向かっていき、魔人が気づいたときには、口を大きく開けて飛びかかった。
「和臣くんを離せぇぇぇぇぇええええ!」
「ぐぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!」
氷の狼が右足に噛みついた。
そして、どうやらそれは魔人に大ダメージを与えたようで、魔人が初めて苦痛の叫び声を上げた。