273話 土鍋
八日目赤口③
昼ご飯食べると宛てのない散歩。野菜を購入し夕餉を鍋にと提案。土鍋で食べるための手段を伝える。
別邸に戻り礼儀作法を舞いを無しにして、再度特訓。キヌを将軍に見立て、立ち振舞と正しい礼儀作法を今一度見直す。間違いやどこを訂正すればよいのかを覚え直す。
覚えているだろうか。コウキは、元々は間者という忍びのような仕事を生業としており、行商人として各地を練り歩くことで情報収集をしていた。今もまだ間者を片手間に続けている。雇い主は秘密であり漏らすことはツネタロウであっても言うことは出来ない。
間者の主な仕事は、情報収集であり目の動きや僅かな仕草を見落とさず話の内容を精査。次いで多いのは、情報操作と現代では言うが、まるで本当のことかのように嘘を流し混乱させるという扇動を得意としている。真実かのように話すため演技が上手くなければ人は信用しないし、噂を広めたくなる嘘をつくことへの言葉の選択は大事である。
それらのわずかな仕草や演技が、礼儀作法の訓練に役立つ。
間者相手は、庶民だけではない。中には、武家に直接扇動することもある。相手が武家であれば、武家での礼儀作法はまた別のものであり、商人などの作法と異なる。
ツネタロウ「またしてもこのような素晴らしい謁見にお招きいただき、誠に恐れ多い限りでございます。昨年は大変お世話になりました。まさかこのような若輩者が、このような素晴らしい方々に囲まれて、このような席にお招きいただけるとは…身に余る光栄でございます」
コウキ「キヌ様はそのままで。殿は、謙りすぎです。いくら相手が将軍であっても謙りすぎると嫌味にも取られかねません。殿はまだお若いのです。煩わしいと思われる発言は慎むように」
とまぁこういった言葉の使い方にまで、指導を受けひとつひとつを学び直している。
ウルシマの基本的な礼儀作法を使いコウキの応用を身につける。
オヤマ出立前に、コウキは供の前任者であるクニアキから聞いた。
殿の好物や好みや行動パターン。男も女も特に好みはないと。ただ、キヌという女子にはなにかありそうだと。まさかその後嫁になるとは思いもよらず。
好奇心旺盛で、見るものすべてに興味を持つ。それにより速度が落ちてしまうこともある。酒はあまり強くなくその割には、酒を飲みたがる。
人が過剰に好きなため問題にもなりやすい。なんでも首を突っ込むクセがある。サッテで助けに入り恨みを買う。返り討ちにしたが。
本来、将軍との謁見はあり得ないが、マサズミの家臣として間接的な謁見ではあるが、挨拶のほかは普段の語り口調を許されている。
将軍は、ツネタロウのことをたいそう気に入っている。
風呂にて汗を流す。
コウキ「キヌ様とお入りにはなられないのですか」
ツネタロウ「以前のぼせさせてしまったからな。どうも誘いづらく」
コウキ「それは恐らく、違うことでだと思うので。ああそう。少し早めに出れば」
ツネタロウ「そうか。それもそうだな。明日はそのように伝えよう」
コウキ「喜ばれますよ」
膝上ほどの高さの瓶が3つ見える。
ツネタロウ「あの瓶はなにをするのだろうか」
コウキ「見てみましょう。うん。水ですね。湯を薄めるのに使うのでしょうか」
ツネタロウ「なるほど。私は恐らくだが家臣の方々が体を洗うのに湯を使い次の人のためにと水を足すのでは。次の人のためなのではなかろうか」
コウキ「だとしたら、空焚きも防げますし」
風呂を出る前に瓶の水を3つ調べてると、たまたま瓶のフタの雫が足先にポタポタと滴り落ちる。
ツネタロウ「冷たっ!」
風呂を出てその旨を聞き調べる。
風呂番に聞くと、瓶3つではたかが知れてるので、水を張った時の余った水を入れてあり、湯を薄めるのに使う程度だと。コウキの説が正しかったがなにかもっとこう。こうなんとか、なんとかかんとか。出来ないだろうか。悩む。
いつまでも体が温かい。コウキとそう体格は変わらない。コウキの方が細身ではあるが、冷えないようにと着物を着込む。一方、ツネタロウは着物の下はふんどしだけ。素肌に直接着ている。
コウキ「殿はその、寒くないのですか」
ツネタロウ「それがな。なんでかな。まだ湯上がりのように熱いのだよ」
湯上がり時に、足先を水で濡らすと保温効果があるという。僅かな量で充分。年中使える技。
ツネタロウは運悪く足先を冷やしたと思われたが、結果体を冷やしにくくしていた。
しかし、まだ誰もその事に気づかず。
風呂文化が本格的になるまで、知られていない。
夕餉
女中たちは、ツネタロウに言われたとおりに大鍋であらかた作ったのを湯で温めた土鍋にアツアツの焼き石を敷き、その上に煮込んだ鍋の具を入れ替える。御膳には別に小皿に葉物野菜。
ツネタロウ「美味しそうですね。焼き石で火傷はしませんでしたか」
女中「ご心配おかけしました。誰一人火傷することなく」
ツネタロウ「それはよかった。安心していただきましょう」
いただきます
トシマサ「なるほど。この小皿の葉物を入れるのだな。その間に別のものをいただこう」
わかりやすく食べ方解説をしてくれる。
トシマサ「クタクタになるまでに食べられるのは菜を食ってるなと実感するな」
ツネタロウ「シャキシャキしており美味しくいただけますね」
トシマサ「昨晩の舞は役に立ったのか?」
ツネタロウ「ええ。ウルシマ様とは色々ありましたが、明日見分し合否をいただきます」
トシマサ「色々が気がかりだが、食べ終えたら見てやろう」
ツネタロウ「父上。感謝いたします」
食べ終え。
トシマサ「温かい食事を皆とともに食せたのは幸せであるな。良い夕餉だったぞ」
女中たちに労いの言葉。
女中頭「ありがとうございます。こちらの野菜と鍋の提案はすべて婿様の指示によるものです」
トシマサ「そうだったのか。婿殿が?」
ツネタロウ「昼に散歩に出たのですが、宛てなく歩くと閉めようとしていた出店で買い求めたのです。おかげで安く購入できました。買うときにこれで鍋ができそうだなと思いお願いしたのですよ。美味しい鍋でした。アツアツのまま食べられる幸せ。良いものですね」
女中たちは褒められたのと笑顔で感想を言い合う男たちを見て釣られて笑顔になる。
トシマサ「購入した分を請求せよ。あとで支払わせる」
ツネタロウ「父上。結構ですよ。たかが知れた額です。それより、皆様と食べられたのが嬉しいです。是非、また機会がありましたら鍋で戴きたいですね」
ただし、土鍋と焼き石を使ったため洗い物がいつもの倍はあり、壊さないように気を使うなど片付けが捗らないことから女中たちからは「たまになら」と小言が聞こえたとか聞こえなかったとか。
トシマサ「そこはもう少しゆっくりと話しなさい」
夕餉の後の礼儀作法を見てもらう。それを傍で見守るコウキとキヌ・ヨウ。
耳打ちするキヌ。
キヌ「コウキさま。男女でこうも違うものなのですか」
コウキ「そうですね。姫たちとはまた違いますね。キヌ様もご苦労されたのでは」
キヌ「初めは大変でした。しかし、ヨウから教わることも多くまた懐いてくださったこともあり助けられました。旦那様は、器用なお方ですがこんなにご苦労されてたのですね」
コウキ「苦労かも知れませんが、これからの武家として知っておいて損はありません。と殿はおっしゃられてました。気構えが出来てらっしゃいます。ご立派です」
キヌ「そうなの。明日無事合格いただけるとよいですね」
トシマサからの指導のあとは別邸に戻りゆっくりと過ごす。
キヌ「お疲れさまでした。すぐにでも布団に入りましょ」
ツネタロウ「そなたはいつも私を寝かそうとするな」
キヌ「体を労ってほしくて」
ツネタロウ「責めてるのではない。一時でもキヌさんと話したいのだ」
キヌ「それは、布団に入ってからでもできますよ」
ツネタロウ「だが。では、こちらの布団に来て話さんか?布団も冷えておるし」
キヌ「ではお邪魔します」
一言二言話してる内に寝てしまう。
キヌ「お疲れなのですよ。もっとお気を楽にされるようになれば」
子を寝かしつけるように。その傍ら自分の布団に戻らず傍で寝る。
また見てね




